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10-3. 天誅②

 父、と呼ばれる未来は、クーデターを起こしたときに諦めたはずだった。


 ―― 光が第三皇子として認められ、その才をあらわすようになるにつけ、すでに成人していたふたりの兄皇子は、この腹違いの弟を(うと)むようになった。

 しばしば刺客をさしむけられ、暁龍に 『兄皇子たちは嫉妬深く残忍です。このままではやがて、光殿下のみならず、浩仁殿下まで暗殺されかねません』 と忠告され、クーデターを決意した。

 当初は穏やかな帝位の禅譲(ぜんじょう)を狙い、皇帝は生かしておくつもりだったが、反対派の旗印にされてしまったので、自害を勧めざるを得なかった。


 ただ生き延びたかった。

 ただ、生まれたときを知っており、気づけば無邪気に光のあとを慕って追いかけてくるようになっていた弟を、守りたかった。


 それだけなのに、気づけばずいぶんと、違う場所に来てしまっていた ――

 そこにあるのは、血塗られた玉座だけ。

 その玉座にいま在るのは罪にまみれた仮初めの皇帝だが、やがては、真に天に愛された子が座る ―― それだけが、光の唯一の希望だった。


 争乱のもととなる自らの(たね)を残すことなく、いかような孤独にも耐え、国政が落ち着いた機を見計らって弟に玉座を譲る。

 それは、光なりの罪滅ぼしであり、皇太后の恩に報いる唯一の方法でもあったはずなのだ ―― なのに。


『 宝宝想見他爸爸 』


 宝宝 (私たちの子ども) の文字を指でなぞり、ついで爸爸 (お父さん) の文字をなぞる。

 それだけで、先ほどまで目を冴えさせていた慚愧(ざんき)の念や孤独が、薄れていくのを光は感じた。


 ―― 泥酔してウッカリ作ってしまった子だという。今、宮中には暁龍の子であるという噂もあり、皇太后が宮正を動かして調査中だ。

 「そのようなことあるはずないのに、早くやめさせてください」 と、この寝室で暁龍が何度もこぼしていた。

 だがむしろ、暁龍の子であるならいいのに、と光は望んでいた。


 ―― もし自身の子であるならば、彼らに罪はなくとも、いずれ密かに処分させねばならない、と考えていたからだ。

 だから、妃の妊娠を告げられても、会いに行きもしなければ、言葉ひとつもかけなかった。

 だがいまその考えを、紙片の文字を繰り返しなぞりながら、光は恥じていた。


(そうまでして守った玉座を、浩仁が欲しがるものか…… あれは、そういう男だ)


 子が生まれてくるまでは、まだ時間がある。その間に、何か良い方法を考えれば良いのだ。これ以上、誰も殺さずに済む方法を ――


(会いに行ってみるか)


 太監に外出を告げ、光は、暗闇に足を踏み出す。

 長い廊下を渡り外に出ると、夜の空気は澄みきった月の光と初霜の気配に満ち、いつの間にか桂花の匂いは消え失せていた。


 冬が、近づいているのだ。




※※※※




【だがらな、雪麗さんが復讐しなぐっでもどうせ、暁龍のやづどズル春霞は、泰山府(あの世)で便所の(コエ)汲み係だっぺ。あだすの書3枚で泰山府君(あの世の王)がら聞いたんだから、間違いねえっぺ】


 これ他言しねえで怒られっがら、と言いながらも、あの世の内情をバラしまくっている美雀。

 なんでも、この世に幽霊として滞在許可を得るために、泰山府君の求めに応じて書を100枚ほどもなしてきたらしい。


「なにか、枚数多くないですか?」


 首をかしげる雪麗に、美雀は 【そんなこどねえだ!】 と力説した。


【詳しいごどは約束があるがらまだ言えねえが、先払いぶんも含んでるのっぺ。安いぐれえだっぺ!】


「先払い…… ですか?」


【あっ、ごれは絶対に教えられねえっぺ。教えだとたんに、即ヒュンッ、だがらな!】


「ヒュンッ、とはなんでしょう?」


【それも秘密だっぺ!】


「そ、そうですか……」


 なんか怖い。


 ―― ともかくも戻ってこれて良かったと、おしゃべりを繰り広げていたところ、窓にぽとりと小石があたる音がした。


「雪麗さま」


 小声で呼ぶのは、華桜宮の杏花である。


「きましたよ」


「どちらが?」


「月下美人です」


「そう。ありがとう。では、うちの幽霊をお願いしますね」


「…… 本当にいるんですか? そこに?」


 杏花はあたりをキョロキョロ見回した。大経奉納の際、雪麗に書才ゆたかな幽霊が宿ったとの噂は聞いていた。

そのときには 「ふーん」 程度にしか思っていなかったが、実際にここに居るとなると、話は別である。


 この後の手筈は、杏花と美雀が春霞と暁龍をこっそり見張ることになっているのだ。最初は杏花ひとりの予定であったが、美雀の急な帰還で変わったのである。

 ちなみにそれを明明から伝え聞いたとき、杏花は 「いらないんですけど!?」 と叫んだそうだ。


「…… 一緒に、行くんですよね、やっぱり……?」


「ええ。大丈夫ですよ。とっても良い子なんですから」


【よろしぐお(ねげ)えしますだっぺ!】


 聞こえないとわかっていても、元気よく挨拶をした美雀。


「………………」


 何かを感じ取ったのか、杏花はしばらく黙り込んだあと、真剣な声で訴えてきた。


「雪麗さま。大変失礼ですけど、ウチ、雪麗さまのとこだけは無理かもです」



※※※※



 ―― ねえ、お母さま、牡丹を描いたの。見てくださる?


 ―― あら、上手よ春霞。…… 雪麗も、あなたの年頃には見事な水仙や梅を描いていたわねえ。お父様が詩をつけて、ほら、軸に仕立ててそこに掛けてあるでしょう? 雪麗は元気でやってるかしらね……


 記憶の中の母との会話は、いつも、李家には相応しくない生まれ月だからと他家へ養女に出された姉のことだった。


 そのたびに、春霞はのみこんだものだ。 「お母さま、わたくしのことも見て。今、お母さまの目の前にいるのは、わたくしなのよ」 という言葉を。

 だって、それを言っても、なお母の目が遠くへ行った姉を求めていたら、とても悲しくなってしまうから。


 春霞は頭が良くなくて、黄鳳国で当然の教養とされる古典の詩や名句をちっとも覚えられなかった。手先も不器用で、裁縫も習字も上手くなかった。

 ただ容姿だけは人一倍優れているようで、父親や来客にはよくほめられた。だが母は 「容姿が優れてる女なんていくらもいるのよ」 と言った。

 母は春霞によく姉のことをほめてきかせたが、春霞自身をほめたことは、1度もなかった。

 どんなに良い子にしていても、母にとっては、居なくなった姉のほうが良い子なのだ。


 だがやがて春霞は、母に存在を認めてもらう方法を知った。どこでも気ままに、自分の思い通りに振る舞えばいいのである。

 父は 「李家の血筋だな」 と笑って許し、来客もみな 「面白いお嬢さまですね」 と言ってくれた。

 母だけは 「なんです、あの振る舞いは。婦道とはどういうものか、ご存知ですか。今から婦徳について30回書きなさい」 と、まなじりつり上げて怒ったが、そのときだけは母は、最初から終わりまで、春霞ただひとりを見てくれていたものだ ――


(つまり、わたくしがこうなったのは、わたくしのせいじゃなくてお母様のせいなのよ)


 ぺろりと唇をなめ、春霞は久々に逢いにきてくれた男の胸にもたれかかった。


「千本紅桃李 ――」


 思いつくままに、鼻にかかった声で口ずさむ。

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