表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/63

9-4. 競書①

「はいぃぃ…… 選妃の破体書は、あだすのだ…… です。

 でも雪麗さんは、ズルじゃないっぺ。あだすの名を出せって言っでぐれだっぺ。です」


「ではなぜあの選妃の折、そなたの名を出さず、雪麗さんの名にしたのですか?」


「いろいろ…… 雪麗さんに恩返しどが、無尽公の書が欲しがっだどが、あだすの書で選妃の1位になっでみだがっだどが…… 」


 ずっ、と鼻をすすりあげる美雀。

 雪麗は、少々驚いていた。美雀の才能は疑うべくもないもので、美雀自身もそれに揺るぎない誇りを持っているのだろう、と思っていたからだ。

 この驚くべき天才児が、選妃の1位などという矮小な勝利を望んでいたとは…… 人はつくづく、己ひとりだけで立つのが難しいものである。


「あだすはずっと贋書しか作っでごながっだから…… 死ぬ前に、あだす自身の書を認められだがっだ…… です。

 雪麗さんの名さ使えば、それがでぎるど思ったんだっぺ…… です」


「あの破体の書は素晴らしかったですよ、美雀。ですが、こちらのほうがより素晴らしい」


 皇太后が示したのは、壁の書だった。古くからの出生の祝い歌 ―― 波打つ《《はらい》》やくっきりとした《《はね》》が大きな喜びをあらわすその書は、神聖な生命というものへの祈りのようにさえ、見える。


「技術を見せつけているのか、素直な心でなされたか。それが通じるのが、書というもの。そなたのなした贋書も、父を思う心が伝わる良き書でしたよ」


「…………! 気づいでたっぺか!?」


「楊美雀。李辛(りしん)出身の美術商、楊伯の娘ですね…… 楊伯には気の毒なことをしました。あの日は所用で宮廷におらず、救うことができなかったのです」


 美雀がまた、ずずずっ、と鼻をすすった。しゃくりあげながら、訴える。


「あの日は、《《本物の書》》が多ぐで…… 差し替えが間に合わながっだっぺ…… 親父には、半分にしどぐように言っだのに…… 」


「本物の書が贋書と判じられてしまったことは、罰せられるべきことです。

 ですが、陛下好みであるという理由で宮廷に贋書があふれるのもまた、()しきことなのですよ、美雀」


「はいぃぃ…… ずびばぜん(すみません)


「だが、楊伯の持ち込む書が気に入られていたのは、陛下好みだけが理由ではないでしょう。贋書を装っていても、それをなした者の真実は隠しようがないものですから」


(そのとおりです)


 雪麗も、内心大いにうなずいていた。

 たとえ贋書をなすときでさえも、美雀の手蹟()はいつもどこか自由さを失わず楽しげだ ―― それは、その道を愛し研鑽を積む者にしか表せない境地のものであろう。

 ひたすらに磨き、余分なものをそぎおとした末にしかあらわれぬ本来の輝きなのである。

 身に付けてきた塵屑(ゴミ)を己の芸だと勘違いしているような輩は、周りを一度よく見てみると良いのだ。似たり寄ったりの塵屑(ゴミ)を得意気に見せびらかす者の、いかに多いことかを。

 美雀の贋書は、それらとは明らかに一線を画していたからこそ、楊伯から袖の下を掴まされていない鑑別士さえも 『本物』 と認めざるを得なかったのだ。


「美雀。そなたの書で惜しいのは、贋書であることだけでしたよ」


「ぐすっ…… もっだいねえお言葉だっぺ……!」


「―― 皇太后さまっ! 騙されないでくださいませぇっ!」


 今にも泰山府(あの世)に飛びそうな勢いで感動している美雀と、そんな彼女が憑依した皇貴妃とを、にこやかに見守る皇太后 ―― しみじみとした周囲の空気を破るように声を荒げたのは、もちろん春霞であった。


「こんなことっ…… ぜんぶ、お姉様の演技に、違いありませんわっ!」


「なにをでだらめなごど言っでるだが。呪うっぺよ、ズル女」


「皇太后さま! こんな女、貴妃にはふさわしくございません! 厳重な処罰を!」


「では、こうしましょう」


 心情的には春霞をこらしめたくても、現実は、雪麗が演技をしてわざと賢妃を陥れようとする可能性も、ないわけではない。

 果たして、どのような判断が下されるのか ―― 一同は、しんと静まりかえって皇太后に注視した。


「先ほどから申しているように、書には(まこと)があらわれ、誠なき書は見映えがいかによくとも、不快なものです。ここは皆様、いかがでしょう。

 競書(きょうしょ)にて、より優れた書をなした者の主張を真実とみなすというのは」


「そんなのっ…… 不公平ですわ! お姉様が勝つに決まってるじゃない! どうせ皆様、お姉様にひいきなさるんでしょう!?」


 春霞が吠えたが、皇太后の冷たい一瞥(いちべつ)で沈黙した。

 いかに四華ともてはやされる名家の姫であろうと、後宮では皇太后の権力のほうが絶対だということを、やっと思い出したようだ。


 こうなると、あとは早い。

 院長が呼ばれ、引き続き御堂を借りる交渉がなされた。不正を防ぐため、この場で書を競うことになったのだ。


 余談だが、堂の壁の落書きについてもその際に断りを入れたところ、書のできばえと、この世ならぬ霊がなしたという説明でかえって有り難がられた。寺宝にされそうな勢いである。


 ―― 話を戻そう。

 こうして、競書のために急ぎ整えられた御堂にて、美雀と春霞は、それぞれに机に向かった。


 題材・書体は自由。

 

 後宮の者たちだけでなく、慈恩院の僧たちまでが総出でことの行く末を注視する中、ふたりは同時に筆を手にとった。


 だが、春霞はすぐに下ろしてしまう ―― 書くことが、見つからないのだ。


 一方で、美雀はすでにゆるゆると筆を動かしはじめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『九生皇妃のやりなおし~復讐や寵愛は求めません~』 のタイトルでコミカライズ配信中! 原作にはないシーン多数です。違いをお楽しみください!
下記リンクからどうぞ!

Booklive!さま

ネクストf Lianさま

2024年9月1日より各電子書店さまにて発売

Amazonさま

コミックシーモアさま

ピッコマさま piccoma.com/web/product/167387
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ