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8-3. 疑惑③

「まさか、そんな……」


 当惑して思わず声に出してしまった雪麗。

 香寧が怪訝(けげん)な顔をしたので、あわてて 「なんでもありません」 とフォローした。

 察した明明が、さっと雪麗の目線の先を見るふりをする。ちょうど、美雀のいる位置だ。


「あっ、あんなところにクモの巣! 気づかずすみませんでした、雪麗さま」


「ええっ、確認したはずですのに!」


 慌てたように天井の隅を向いた香寧の目が、先ほどよりもさらに不思議そうにパチパチと(しばたた)かれた。


「…… 明明、クモ、どこなの?」


「あっ、すごく小さいの! なので、香寧ねえさんには見えないかも! もうさがりましょうね、ねえさん!」


 明明が急いで香寧の袖をぐいぐいと引っ張った。


「ええ、でも……」


「早く寝ないと、明日はすぐに起きなきゃですよ? いきましょ!

 あっ、雪麗さま。クモの巣は、明日、尚寝局によく言っておきますね!」


「ええ、よろしくお願いします」


「はーい!」


 不本意そうな香寧を力強く引っ張って退出していく明明を見送り、雪麗は改めて、美雀のほうへ顔を上げた。


「―― で? どういうことでしょう? 暁龍が春霞を妊娠させるだなんて…… 彼は、宦官ですよ?」


【だっぺ? だけど、はえてたっぺ! ちゃんと、そばまで行って確認しだっぺ!】


「なにが」


 美雀は真剣な表情でこう訴えた。


【男の子のアレだっぺ……!】


 ことの次第はこうである。

 というべきほどのことでもないのだが、美雀はそれから小半時程度かけて、その経緯をかなり詳細に説明したのだった。


【―― つまり、春霞がアレを……(自主規制)して……(自主規制)して……(自主規制)したらだな】


「 ……………… 」


 あまりの内容に、目を見開き口も半開きにして、己の耳を塞ぐ雪麗。


【こう、可愛らしいアレがピンとしてピュッと出て、それをズル女が口で】


「 ……………… 」


【んでズル女は、『いれて』 っで、……(自主規制)んだげど、宦官のが 『いえ、やめておきましょう。私たちの皇子です。大切になさらなければ』 って…… 意外と、常識人だっぺな】


「 ……………… ぷはぁ」


 長い美雀の話が終わり、雪麗は詰めていた息を深々と吐き出した。


「けれど…… 生えていただなんて…… 宦官の定義とは、いったい……?」


【あだすが思うのに】


 美雀は厳かな顔をして、宣言した。


【アレは、ちょん切ったあとでまた、生えてきたんだっぺ……!】



※※※※



「ありますよ」


 落ち着いた筆さばきで丁寧に 『知悪』 と大経の文言を写しながら、楸淑妃はかすかに微笑んだ。


 浩仁皇太弟の出陣から始まった写経も、すでに15日 ――

 最初は皇帝とその周辺、次に宮廷内の各部署を巡り、最後が後宮である。

 先に尚宮や尚寝といった後宮を管理する部署の女官たち、それから四妃の各宮の順に写経し、トリが皇太后宮の予定となっていた。


 雪麗たちは、写経開始15日目にしてようやく、春霞のいる華桜宮、出征中の蕣徳妃の留守を預かっている煌蘭(こうらん)宮を終え、菊芳(きくほう)宮の主である楸淑妃とその侍女たちの前で、さまざまな癖のある文字が並ぶ紙を広げているのである。


 そのついでに 「失った(パオ)を再生する仙薬があるという噂をきいたのですが、まさかですよね?」 と尋ねてみたところ ――


甦金丹(そきんたん)というものがございますのよ」


 こともなげに楸淑妃は言ったのだった。

 世間話のような何気ない口振りでありながら、頬の笑窪(エクボ)が深くなっているのを見れば、その仙薬の成果には満足しているらしい。


「常備しておりましてよ。成分も、さほど入手は難しくございませんから」


「成分…… ですか」


「ええ。もっとも大切なのは、発情した雌犬を見て(サカ)ったちょうどそのときの牡犬の…… ほほほ。これ以上はやめておきましょうね」


「ありがとうございます」


 何やら危なそうな材料の暴露を聞かずにすんで、心からほっとする雪麗。

 春霞といい楸淑妃といい、同じ後宮にいながら、なぜにこれほどにオトナなのであろうか。


「それでその、甦金丹ですけど、最近、どなたかに求められたりは…… 」


「ここだけの話、求める者は多くて。改良しがいがありますわ。雪麗さんもついに、お要りように?」


「い、いえそういうわけでは」


「あら、残念…… お気に入りの宦官ができた際には、ぜひお試しくださいな。きっと、双方ともに満足されましてよ?」


 急な振りに冷や汗をかく雪麗の横では、香寧と明明が半分固まっている。

 清廉無比なはずの主の口からでたとんでもない話題を、頭が拒絶しているのだろう。気持ちはわかる。


「けれど、それで妊娠などしてしまっては、大変なのではないでしょうか?」


「あら、妊娠などするわけがないでしょう?」


 楸淑妃は 『求道』 の文字を書き上げながら、品よく呟いた。


「 少女出野見

  金風萌万草

  不結実唯楽

  只咥快為宝  」


 ―― 小さな娘が野に出でて、金の風に全ての草が萌えでるのを見た。実は結ばないとはいえ、楽しい眺めである。ただひたすらに快く草を口に含んで、この光景を宝のように愛でるとよろしい。 ―― というような意味合いだ。


【つまり、生えるけど実は結ばねえがら存分に楽しめ、ってこどだっぺか…… なら、あのピュッはなんだっぺ……? なあ雪麗さん、アレ、本物だと思うが?】


(知るわけないでしょう……!)


 美雀が考え込み、雪麗は平静を装いつつ侍女たちとさらに固まり、楸淑妃は写経を終えて筆を置いた。


 『 知悪抱罪求道 之至大極楽也 』


 ―― 悪を知り罪を抱きてもなお誠の道を求めれば、天国にだってたどり着けるよ ―― 


「良い言葉ですこと」


 楸淑妃は、にっこりと美しく微笑んだのであった。



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