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8-1. 疑惑①

 皇太弟の出陣を祝う宴を兼ねた儀式は、城の中央にどん、と建てられている大鳳殿にてほどほどに華々しく行われた。

 このたび出征するのは、騎馬隊と歩兵隊のみの予定であったが、戦況を考慮した暁龍の進言もあり、火器隊も加わることになった。なかなかの大所帯である。

 これだけの軍が大鳳殿の庭を埋めつくし、一斉に動くさまは壮観でもあった。だが皇太弟の意向もあり、式はさほど冗長になることなく、すぐに宴へと移行した。

 

 というのも、この儀式の一番の目的が実は、皇帝の激励でも軍の行進でもなく、兵士たち全員に酒と豪華な羊肉の(スープ)を賜うことだからである。

 で、『帰還したあかつきには、再びこの場で勝利を祝おう』 などと、暗に 『勝ったらまた肉食えるぞ。褒美(ボーナス)もあるぞ』 と示唆してやる気を出してもらうのだ。


 そして翌日未明の見送りでは個別に挨拶する時間などはないから、この宴が、発つ者と残る者が直接言葉を交わす、最後の場となる ――



「苳貴妃さま、お見送り、誠に光栄です。しかも立派な贈り物までいただきまして。大切に使わせていただきます」


「おめがねにかない、何よりです、皇太弟殿下」


 浩仁と雪麗は、やや形式的に挨拶を交わした。

 出陣前の宴で、後宮を含む宮廷の主だった者たちひとりひとりに挨拶をするのは、黄鳳国では、軍を率いる長としての勤めでもあった。いざというときにスムーズに支援を受けるための根回しである。

 宴の時間は限られているから、お互いに交わす文言は、どうしても決まりきったものになってしまいがちだ。


「爽やかな香りで、頭がすっきりするので早速、重宝しています」


「ようございました。勝利とそれをもたらす勇気を象徴した、月桂と香茅(こうぼう)の匂いでございます」


「なるほど、そうでしたか…… 」


「同じものを蕣徳妃あてにことづけておりますので、なにとぞよしなに」


「おまかせください」


 これだけの会話でも長いほうで、雪麗が 「ご無事をお祈りしております」 と言ったのを最後に、皇太弟は足早に、次の(しゅう)淑妃へと挨拶に向かった。


 ちなみに、華桜宮の主こと李賢妃は、このような場ですら欠席である ―― もっとも、彼女が堅苦しい席を嫌うのは、今に始まったことでは、ないが。

 後宮入りした当時が幼かったこともあって 『お子さまだから』 『李家じゃしょうがない』 と大目に見られるのが常で、この度も欠席したからと誰かの話題に登ることすらない。

 ただ、皇太后が 1度、にこやかな表情のまま雪麗に 「気ままな春の嵐はいつ微風(そよかぜ)に変わるでしょうね」 と愚痴を漏らしたきりである。


 なぜあのようなナメた態度で皇后や貴妃の座を欲しがれるのか、はなはだ疑問 ―― と雪麗は思うのだが、春霞の中では己の態度と欲望は矛盾していないらしい。


 だがそのとき、雪麗にしか見えない嵐が、すごい勢いで会場を斜めにつっきってきた。


【大変だっぺ大変だっぺ大変だっぺ!】


 雪麗のそばにいるのも退屈して、会場の周りなどを気ままに見て回っていたはずの幽霊である。


(どうしました、美雀)


 目だけで尋ねる雪麗だが、大体の予想はつく気がしていた。さっき美雀は皇帝と侍従の宦官、暁龍とにしきりにちょっかいをかけており、おそらくは彼らの話題が聞こえたのだろう。


 とすれば、それは ――


【なんとっ、あのズル女が妊娠しだっぺ!】


(やっぱり)


【んん? 驚がないっぺ?】


(ええ、まあ……)


 なにしろ、人生9回目だから。

 そろそろかとは思っていた雪麗である ―― 昨日、春霞が浩仁に贋の恋文を送ったにも関わらず夜中に仙泉宮に現れなかったあたりから、特に。

 夜中につわりが始まったために予定が狂った、と考えれば、納得行くのだ ――


 だが、次に美雀が言い出したことには、さすがに驚いて目を見張った。


【あれの父親(てておや)、もしがしだら皇帝じゃねえだっぺ!】


(えええ……!?)


 美雀によれば、暁龍と皇帝はこのような会話をしていたという ――


「皇帝陛下にお祝い申し上げます。李賢妃が懐妊されました」


「…… 余がいつ、李の小娘を召したと?」


「中秋の観月の宴にございます。覚えておいででしょう?」


 正確には召したのではなく、出向いたのだ、と、暁龍は言った。


 ―― 2ヶ月半ほども前のことである。

 月があまりにも明るく、天の大河は白く輝き、宴に趣を添えていた。


 中秋の観月の宴は、宮廷全体で行われる華やかなものであるが、むしろ本番は黄昏(こうこん)終刻、後宮の妃みなが下がってからである。

 司楽の楽士が演奏する曲にあわせて薄絹を(まと)った女芸人たちが舞い、男たちは大臣も軍将もなく無礼講で大いに盛り上がるのだ。


 そこで呼ばれた詩人が、皇帝にごますりして 『白玉盃(月の盃)銀漢(天の川)の乳酒を北斗で注げば、これぞまさに天子の飲み物。一杯で不老(おいざる)を知り、一杯で不死(しなざる)を知れば、嫦娥(月の女神)すらも悔しがりましょう』 といった意味の詩を作ったものだから、座はさらに沸いた。

 『この一杯は不老』 『この一杯は不死』 と喝采しつつ皆が皇帝に酒をどんどんと勧め、皇帝も機嫌良く盃を受け続けたのである。

 宴が終わる頃には、皇帝はすっかり酔い潰れていたそうだ。

 すなわち、フラフラと足元おぼつかず、暁龍に背負われて寝所へと向かったのだった ――


(まぁ、おんぶ。素敵ですこと)


【反応するどご、そごだっぺか】


 美雀は呆れ気味だったが、雪麗には確信があった。

 皇帝はすでに(よわい)35歳で最近とみに顔色が悪いとはいえ、実はなかなかの美丈夫である。特に、若い頃の勇猛さをしのばせる、未だ引きしまった筋肉が素晴らしい。

 一方の暁龍は、天女もかくやと評判の美人 ―― このふたりの取り合わせが、美味しくないわけがない。

 前回までの回帰(ループ)では、ふたりの組み合わせにときめいただけでも額の呪符(紫水仙)は 『不敬である。けしからん』 とばかりに雪麗を痛めつけていた。だが、それがなくなった今では、どんな妄想でもしほうだいである。


(うふふふふふ……)


 ついアレコレと想像してニンマリとしてしまう雪麗に、まるで人外でも眺めるような視線を投げつつ、美雀は続きを話し出した。


 ―― 宴のあと、寝所に戻る途中で皇帝が水を欲しがった。

 そこで、たまたま近くにあった華桜宮に、暁龍は皇帝を背負ったまま立ち寄り、水を頼んだのだそうだ。

 すると、泥酔した皇帝を見た春霞がいたく心配し、休憩していくように勧めたうえで自ら看護を申し出たのだという ――


【あのズル女が、そっだな殊勝なタマだっぺか!?】


(ですけれど、寵を得るためであれば、あるいは…… )


【うげげげげ…… 気持ぢ悪いぃぃ】


 ひとしきり悶絶してみせたあと、美雀は 【ま、そおいうこどでだ、あの宦官は、そのときに皇帝があのズル女をやっちまった、って言ってるんだっぺ】 と締めくくった。


(なるほど…… ですが、そのどこが、おかしいのでしょうか?)


【ほらぁ。いっぐら、あのズル女に下心があっだどしても、泥酔しだら()たねえっぺ?】


(たつ……)


 思わず手で両目を覆ってしまう雪麗。頭の中で宦官と(むつ)んでいた皇帝に、突如として、男のソレがもわもわと生えてしまったのだ。実物を見たことがないゆえに、詳細まではわからぬが。


【だがらな、あだすは、あのズル女が別の男をくわえこんで子ぉ《《はらんで》》嘘ついてるんだって、推理したんだっぺ!】


 どやぁ! と胸を張る美雀。だが雪麗は、首をかしげた。

 それも無い話ではなかろうが、簡単に別の男、といっても、いったいどこから調達したのか ――


 しかし実のところ、一番の問題はそこではない。


 ―― 春霞が妊娠したということは、これから、雪麗をなんらかの罪に落とそうと本気で活動してくる、ということでもあるのだ。

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