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7-4. 女 装

 ―― これまでの回帰(ループ)の経験からいえば、鶏鳴(けいめい)をまわれば安全 ―― だが、絶対ではない。

 全てが回帰ループのたびに同じとは、限らないからだ。特に今回は、時期的にもイレギュラーである。おそらくは明日以降、浩仁が城からいなくなることが影響しているのだろう。


 そう。念には念を入れ、できる限りの用心をしたほうが良い…… と考えれば、洪仁の女装はなかなか良い案なのである。夜目であれば、誰でも美女に見えるものだ。


「…… 雪麗さま? まさか」


 香寧がひやりとして主の名を呼んだときには、すでに遅し。

 雪麗は普段は良識で封印している李家の血筋を発揮したかのように、洪仁の手を取ってとろけるような流し目を送っていた。言っておくが無自覚である。

 彼の身の安全を確保しようと、必死なだけだ。


「ね、浩仁さま? …… この勝負、負けてくださいませね?」


「…… わかった」


「浩仁さま! なにアッサリ落とされてるんですか!」


 九狼が悲鳴をあげたが、これまた時すでに遅く ――


「はーい! じゃあ、おふたりとも、キレイになりましょうね!」


【うっひょお! まさか、こっだな面白いもんが見れっどは! 幽霊にはなっとくもんだっぺ! はい、ご案内ぃ、だっぺ!】


 九狼と洪仁は、明明と (見えてないが) やたらと興奮した美雀によって、女官服に着替えに連行されてしまったのだった。




「明明ったら。化粧までは、やりすぎですよ!」


「だって香寧ねえさん。誰に見られても女官だと思ってもらわないと。

 ちなみに胸は、寄せて上げる肉がないので肩巾(ひれ)で隠したんですよ」


 どや、とばかりに胸を張る、明明。

 浩仁と九狼が別室で着替えてでてきたところをすかさず、そして有無を言わせずに髪型を変えて化粧を施してしまった手腕は恐るべし、である。


「ね? 雪麗さま。なかなかのものでしょう? これで、殿下と九狼さんは、身も心も女官です!」


「―― いやさすがに心はまだ」


「ええっ、こんなにキレイに仕上げて差し上げたのに! まだご不満なんですか、殿下? では花鈿(かでん)もつけます?」


「…………。 いや、さすがにそれは変だろう、なあ、九狼?」


「そうっすよ。額飾りまでつけるのは、女官としてはちょっと……」


 明明の勢いに押され気味ながらも、辛うじて最後の一線を死守する、浩仁と九狼である。


「えーっ。そんな!」


 明明は不満そうだ。


「絶対、もっと可愛くなれますのに! ねえ、雪麗さま?」


「そうですね…… ですが、今のままでもじゅうぶんだと思いますよ、明明」


 雪麗は笑いをこらえて、ヒートアップする明明をたしなめた。


 ―― 確かに、完璧に化けさせたくなる気持ちはわかる。

 九狼は服装と化粧で、やや目付きはキツいがかわいらしい少女にしか見えない。浩仁も、本来女官服が似合いそうにない男らしい顔を、巧みな化粧と顔の両脇で低めに結った髪型で見事にごまかされていた。 『大柄で男っぽい女官』 でとおりそうだ。黙ってさえいれば、だが。


「目立たないのが肝要ですよ、明明」


「雪麗さまのおっしゃるとおりです。奴婢(ぬひ)が花鈿をつけてるだなんて、おかしすぎますからね」


「はぁい……」


 一瞬しょんぼりした明明だが、すぐに立ち直り、浩仁たちに挨拶した。


「今度は、司楽から古代の姫の衣裳を借りておきますね!」


「―― いや、もう負けませんよ?」


「それは、皇太弟殿下。まことに残念なことでございますね……」


「あ、いや。苳貴妃のおおせならば、負けるかもしれません」


「冗談じゃないですぜ、浩仁さま!」


 浩仁の冗談に九狼が目をむき、明明が弾けるように笑った。

 ついには香寧の口角までが、少し上がってしまっている。笑うまいと懸命なのが、かえっておかしい。


「ともかくも、戦が終わりましたら。またぜひ、みなでゲームをしましょうね、皇太弟殿下」


「苳貴妃…… もちろん、すぐに終わらせてみせますよ」


「ご無事をお祈りしております…… あの、それから」


「なにか」


「その服装のときには、もう少し歩幅を狭めたほうがよろしいかと」


「ああ、なるほど」


 雪麗の割かし真剣なアドバイスに、浩仁が歩幅を縮めてちょこまかと歩きはじめ、九狼が吹き出した。

 とくに重要なことは話していなくても、そう狭くはない建物の出入り口までは、彼らにとって意外なほど短い。


「ではまた」


「いやほんと、楽しかったっすよ。また呼んでください。こんな仕事なら、いつでも大歓迎っすから!」


 別れを告げて足早に去る女官姿の背を見送りながら、雪麗はふと、呟いた。


「―― けれど、どうして来なかったのでしょうか」


「なにがですか?」


「猫…… いえ、少し夢に見たものですから」


 雪麗の予定では、『迷い込んだ飼い猫を探す』 という名目で、春霞と暁龍が仙泉宮に乗り込んでくるはずだったのだ。

 そのとき単純に、仙泉宮の侍女と浩仁の侍従を巻き込んでゲームをしていたなら…… さすがに 『苳貴妃と皇太弟が夜中にふたりで逢っていた』 とは言い立てられないだろう、と踏んでいた。証言者の数はこちらのほうが多い。


 ―― だが、春霞たちはやってこなかった。

 常の回帰(ループ)とは時期が違うせいだろうか、と考えて、雪麗は不意に 「あ」 と小さく声をあげた。


「どうされましたか、雪麗さま?」


「いえ…… なんでもありません」


 香寧と明明が不思議そうな顔をしたが、雪麗にも確信があるわけではない。

 ―― だが、もし、《《春霞に動けない事情ができた》》としたなら……


 それは、あり得ないわけではない。



※※※※



「けど、用心っていっても用心しすぎっすよね。こんな夜更けに、女官服で戻れとか」


 仙泉宮が後宮の北端にあるのに対し、皇太弟の寝所である和誠殿は後宮の南端、外廷との境近くである ―― 


 長い道を内股気味に歩きつつ九狼がこぼすと、彼の主も同じようにちょこまかとした歩幅を心がけながら 「いや、用心にこしたことはないだろう」 と声をひそめた。 


「後宮は花街よりもうちょい怖いんだ。実力だけでは割りきれぬからな」


「そんなの、花街も宮廷も一緒ですよ。人が集まれば、どこも大体は同じ 「ちょっと待て」


 不意に、浩仁が九狼を制した。


「どうしたんすか」


「今、なにか動いた気が…… ほら、そこ」


「気のせい……」


 言いかけて、九狼も口をつぐんだ。

 華桜宮の影で、確かに誰かが動いている。闇に沈む色の服に、頭を同色の布でおおっている。その下から、ちらりと見えた髪の色は、銀。


 ふたりはそちらに顔を向けないようにうつむき、歩を早めた。


「…… 李家の烏だろうな、あの服装」


「間男っすかね。こんな時間に」


「…… いや、あのプライドだけは高そうな李家の姫が、烏など相手にはしないと思うが」


「わかりませんよ?」


 けどあの目立つ髪を染めないのは、間諜としてはマヌケじゃないっすか、と九狼が軽口を叩く。


「―― ま、わざと負けがその用心のためっておっしゃるなら、わかりますよ一応は」


「…… いや、それは違う」


「じゃあ、なんっすか」


「…… 彼女が、はじめて名前で呼んでくれたから…… あと、手も2回もさわってしまって…… 最初のあれ、あの返しで良かったかな」


「心配されなくても、めっちゃ遊び慣れてるふうでしたよ」


「そうか、ならいいんだ…… 」


 乙女のごとくうつむく洪仁。月の下ではよく見えないが、きっとその頬にはほのかに血が昇り、口元は引き締めようとしても緩んでしまっていることだろう。

 九狼は、早々に理解した。


 ―― これはどうしようもないやつだ、と。

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