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7-2. 仕掛けられた罠

 これまで8回の雪麗の人生のうち最初の3回は、夜に急な浩仁の来訪を受けたことが、終焉のきっかけになっている。

 浩仁の来訪中に、逃げた飼い猫を探しにきたという春霞と暁龍が仙泉宮に乗り込み、不義の現場だと騒ぎ立てるのだ。

 そこから処刑終結(エンド)へは、待ったなしである。

 華桜宮の女官と暁龍子飼いの宦官たちがあれもこれもと不義密通の証拠を虚実とりまぜてあげつらい、言い訳には聞く耳持たれず、最終的に浩仁と雪麗は、ふたりとも処刑されてしまうのだ。


 3回目までは、雪麗もまだ恋を諦めることができなかったうえに、全て春霞が仕掛けたことだとは知らなかった。だから、どんなに用心していても結局、ひっかかってしまっていた。

 せめて浩仁だけはと、彼の処刑を免れるためにできる限りの手をつくしても、ダメだった。彼は関係ないと主張するとき、『嘘をついてはならない』 とばかりに額の紫水仙(呪符)は雪麗が昏倒するまで痛み続けた。そして、雪麗が浩仁をかばおうとするたび倒れてしまうことすら、不義密通を行っている証拠だと捉えられてしまったのだ。


 ―― 彼はそのたび、別にとらわれている牢から(ふみ)を届けてくれた。

 記されているのはいつも、覇王別姫の故事から引用した詩だ。 『ひとりこの世に残るよりは、共に死ぬほうが良い』 というほどの意味合いである。

 その優しさも情も、雪麗にとっては有難いと同時に、より一層つらかった。


 ―― だが、4回目以降は、切り抜け方を覚えた。

 春霞を足止めしてしまえば良いのだ。これには杏花(きょうか)という名の華桜宮の侍女を使って、皇帝に春霞から、として文を届けさせる。

 そこに書かれているのはたった7字だ。


『 宝宝想見他爸爸 』

 ―― 赤ちゃんがお父さんに会いたがっています ――


 これはさすがに、普段は後宮を無視する皇帝の心にも刺さるらしい。その夜は必ず、皇帝は華桜宮を訪れるようになる。

 そこには雪麗と浩仁を罠にはめようと待ち構えている暁龍と春霞がいるが、取り繕う暇もなく急に来訪した皇帝に見つかってしまう ―― (とが)められるのは、雪麗と浩仁ではなく、春霞と暁龍になるのである。


 だがこの作戦は、これまでの回帰(ループ)でこのイベントが起こるのが春霞の妊娠が公にされた日と決まっていたからこそ、使えたのだ。


 春霞が妊娠する前に突然、来られては避けようがない ――


「これは、皇太弟殿下。このような時刻にわざわざおこしとは…… なにかあったのでしょうか?」


 浩仁を出迎える際、雪麗はわざと他人行儀に聞こえる言葉を選んだ。

 ―― もしダメでも、できる限りはあがく。

 額の呪符(紫水仙)が消えたときに、そう決めたのだ。しない理由など、どこにもない。だって今回こそは、《《そうして良い》》のだから。


 対して浩仁の顔は、眉が少々さがり、心の底から申し訳なさそうである。その耳は、真っ赤に染まっていた。


「…… その、苳貴妃。今朝がた、匂い袋をお願いした件ですが、あれは…… 私自身の不勉強によるものでして…… その、使い古しを贈るという意味を、全く知りませんでした」


「ご安心くださいな、殿下。わたしも、深い意味など全く存じませんもの」


 雪麗は、ほっと、胸をなでおろした。このイベントにしては早いと思ったのが、どうやら勘違いで、春霞絡みではないとも考えられるからだ。

 浩仁はただ、謝罪しにきただけなのかもしれない。


「ご存知ないなら、良かった」


 ご存知ないわけがない。女だけの園というのは、実のところ、女だけであるがゆえに、遠慮も慎みもないものなのだ。

 女官たちが口さがなく喋るアレコレを小耳に挟みながら、若い妃たちは1年も経たぬうち、立派な耳年増に成長していくのである。

 ―― だが、それをわざわざ明かす必要は、もちろんなかった。


「けれど、皇族のかたに使い古しをさしあげるわけにはまいりませんもの。それだけです」


「そうですよね。私のほうは、ただ…… 常に貴妃さまがそばにいてくださる感覚があれば、戦場でも心強いと思っただけなんです」


「まあ。わたし、そのような強者であるつもりはございませんけれど?」


 冗談めかしながら、雪麗の胸はチクリと針で刺されたように痛んだ。


 ―― そのようなこと言わないでください、と、叫んでしまいたい。

 最初の人生で聞いたなら、嬉しいに違いない浩仁の言葉。そのひとことひとことが、彼の首に掛けられた見えない縄を次第に縛っていっているかのように、今の雪麗には思えてしまうのだ。


「―― ご用件はそれだけでしょうか、皇太弟さま」


「ああ、違います。実は、そちら(仙泉宮)の女官が、このような(ふみ)を届けてくれたのですよ」


 雪麗は、ほんのわずかに目を見開いた。

 浩仁が取り出したのは、見覚えのある金箔を散らした紙 ―― 中身は、もうわかっている。

 そこには、雪麗のものによく似た字で、こう書いてあるはずだ。


『今晚的月亮好美、請来見我。我愛你。(月の美しい今夜、逢いにきてください。愛しています。)』


 ―― 果たして、そのとおりだった。


 先ほど春霞絡みでないと勘違いしてほっとした己を殴ってやりたい、と切に思う雪麗である。


(きっともうすぐ、春霞と暁龍がドヤ顔で乗り込んでくるはずですね……)


 タメイキつく暇などない。

 今はまず、どうやって切り抜けるかを、考えるべきなのだ。



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