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5-4. 最終面接③

「それならば、紅鉛丹づくりは見直さなければ…… 罪もなき少女に傷をつけるのは、ずいぶんと野蛮なように思いますよ」


 野蛮、と楸淑妃を(とが)めてみせながらも、皇太后はどことなく残念そうである。彼女もまた、程度は軽めだが、神仙術フリークなのだ。


 楸淑妃はしとやかに礼をとった。


「おおせのとおりでございます、皇太后さま。

 ですから、わたくしはこれを、月のもの ―― 経血で(まかな)うのがよろしいかと考えておりますの」


「それでは採るのが非常に難しいでしょうに」


「ええ。しかし、天子さまともなれば、その限りではございませんわ。

 少女たちを、宮の女官として雇えばよろしいのですから…… わたくしの宮ではすでに、そのための者たちを召し抱えております」


「なるほど…… そうすると、費用が大変ではありませんか?」


「はい。しかし、皇太后さまと陛下の御ためでございますので……」


「楸淑妃…… そなたの忠義、いたみいります」


 どうやら皇太后は感動したようだが。


(それ違うな) (違いますよね)


 互いにそっと目配せしあう、蕣徳妃と雪麗である。

 楸淑妃にとっては、皇太后も皇帝も、資金提供者 兼 仙薬の実験台にすぎないだろう。


 だが、皇帝もまた、皇太后と同じく感ずるものがあったようだ。

 かつては英邁との評が高かった天子であっても、年を取ると若さと寿命を求め、怪しげな術に金を注ぎ込むようになる ―― その例もまた、故事に散見されるのだが、先ほど春霞を叱ったようには、自身には当てはめられぬものらしい。

 重々しく、(しゃが)れた声を発した。


「暁龍。楸淑妃に、特別手当を」


「いえ、皇帝陛下。わたくしは、そのようなつもりでは…… 」


「忠義と働きには、見合った報酬を与えるものだ。そのつもりがないと言うなら、なおいっそう、忠勤に励めばよい」


「おそれいります」


 胸の前で手を組み合わせて、たおやかに顔を伏せる妖艶な美女 ―― きっと胸中では、会心の笑みを浮かべているに違いない。


【あーあ、なるほど…… 位より金を取るんだっぺな】


 そのとおりである。


【それより雪麗さん。もしがしだら、あのズル女への嫌がらせは失敗がも……】


(どういうことです?)


双鈎(そうこう)だっぺ】


 聞きなれない言葉に雪麗が首をかしげたとき、ちょうど、春霞が筆を置いた。


「できましたぁ」


 その表情は、先ほどの泣きべそとは打って変わって、余裕綽々(しゃくしゃく)である。

 ―― なるほど、すり替えをうまくごまかす策があったようだ。


「早速、見てみましょう」


 皇帝と皇太后が、春霞の机の前に向かう…… これでは、春霞も不正をしようはずがないのだが。


 机の上に置かれた、まだ墨の乾かぬ書をしばらく観賞したのち、皇太后、続いて皇帝が、大きくうなずいた。


「―― 先のものと同じ手蹟()のように見受けられます」


「うむ…… 手蹟()自体は、よろしい」


 どうやってか春霞は、持参してすり替えたものと同じ書体を、全員が見ているこの場でなしたようだ。


【あの、顔と声と姿だげは異様に()え、宦官だっぺ】


 美雀がイライラと指さしたのは、皇帝の傍ら ―― 天女とすら評される美貌の宦官、暁龍であった。


【あだすは見でたんだ。あいづ、部下に命じで、自室がらあの書を取ってごさせで、紙の《《2枚目》》に敷がせでたっぺ】


(ああ…… わかりました)


 暁龍がこっそりと用意させた書を、春霞は上からなぞった、ということらしい。双鈎とはつまり、贋書作成の技法のひとつなのだろう。


 部下の宦官に取ってこさせた、ということは、あらかじめ同じ書を複数枚作っていたということ ―― すなわち、今回の選妃で春霞が提出した書を作成したのは、明らかに暁龍、またはその一派、といことになる。


(春霞と暁龍、つながっていたのですね…… )


 回帰(ループ)9回目の今回まで、気づかなかった事実だ。

 これまでも処刑の際には必ずふたりして雪麗の元を訪れてきてはいたのだが…… 暁龍は皇帝側の使いだろうと考えていた雪麗は、ふたりの仲を疑ったことがなかった。


【皇帝の前で、そっだなこどしだなんてなあ…… バレたら、ふたりともタダじゃすまねえはずだっぺな?】


 真実を告発しろ、と美雀が暗に雪麗をせっつく。しかし今この場で、それはできない相談だった。


 相手は、ただの役人ではなく、皇帝の信頼厚い (どころかデキてるとほぼ公認の) 宦官なのである。

 そして、同じ《《タマなし》》どうしのためか、宦官の結束というのは、血の繋がりよりも濃く1枚岩のように固い ―― 暁龍が皇帝の目の前で部下に命じて不正を行わせたのも、自信があるからだ。

 たとえ、ことが明るみになっても、決して処罰されないように言いくるめることができる、と ―― 


 つまりここで不用意に発言すれば雪麗は、宮中に女官の3倍はいるという宦官全員を敵に回すことになってしまうだけなのだ。



 ざわり、と、雪麗の背筋に冷たいものが走った。

 恐怖ではない。嫌悪感だ。



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