5-3. 最終面接②
急な皇帝の言葉に、春霞はきょとん、とした顔をした。
「へ……? 李家が宮廷を……? なんのことですかぁ?」
「…… そなた、知らずにこの題材を選んだというのか?」
「い、いえぇ……? ですから、婦徳を…… 」
「その言葉を述べ、皇后位を勝ち取った椋妃はな、良心ある優秀な役人を次々と放逐しては身内を宮中にのさばらせていったのだ」
皇帝の言葉に、さすがの春霞も、やっと事態を悟ったらしい。ひっ、と息をのんだ。
「椋家の者たちが宮廷を我が物顔に独占し、民に重税を課して驕奢に耽った結果、国中に賊が横行し、虞朝は滅びた ―― 椋禍と呼ばれる、有名な故事なのだがな」
「皇帝陛下。李賢妃に、そのような意図はないでしょう」
皇太后がたしなめたが、逆効果だったようだ。
皇帝は眉間をぐっと寄せ、ますます語気を強めた。
「妃たるものが、かような題材を選ぶこと自体が思慮が浅いのだ」
「申し訳ございません!」
ここで叫んだのは、雪麗である。
一歩前に進み出て、完璧な仕草で土下座した。
「申し訳ございません。どうか、春霞をお許しくださいませ…… 非は、わたしにあるのです」
「申してみよ」
「春霞に、選妃の書に良い題材はないかと問われ、深く考えずにこれを教えてしまったのです。思慮が浅いとの責めは、わたしが負うべきものでしょう」
「そうよ! わたくしは、お姉様に教えられたことを書いただけですわ! お姉さまったら、ひどい!」
「そのとおりでございます。春霞を、責めないでやってくださいませ。いかような罰でも、わたしがお受けしますゆえ…… 」
春霞になじられながらも、必死で頭を下げ、反省してみせる雪麗。
だが今度は、皇太后が顔をしかめた。
「李賢妃は…… 己の研鑽ぶりを示すための書の試験の題材に、教えられたことをそのまま写した、というのですか」
「せめて、自ら故事を調べようとは考えなかったのか、李賢妃よ」
「あ…… あう…… だって、時間がなかったんですものぉ」
―― いよいよだ。
雪麗は改めて、悲痛な表情を作りながら頭を下げた。
「そのとおりでございます。たった 5日ほど前ですから…… 詳しく調べる時間など、ございませんでしたでしょう」
「 5日? じゅうぶんではないか」
「そういえば、この書は……」
皇太后が、改めて手元の書をしげしげと見つめた。
どうやら、今の発言で、春霞のすり替えに気づいたようだ。雪麗の狙いどおりである。
「つい半時前になしたばかりにしては、墨が枯れているようですね……? 李賢妃?」
「はっ、はぁい……っ」
半泣きになりながら返事をする春霞。内心は、焦りと戸惑い、そして雪麗への逆恨みでいっぱいであることだろう。
雪麗にとっては、恨まれても今更、であるが。
「このままでは埒が明きませんね。もう一度、同じ書をここで書いてごらんなさい」
「そうだな。それが良かろう」
「そ、そんな…… その書は間違いなく、わたくしがなしたものですわ! お疑いになるのですか? 皇太后さま! 陛下!」
「間違いなく、というなら、同じ書をなすのに何の問題があるのでしょう? 早くなさい」
皇太后はあくまで穏やかだが、譲る気はないようだ。
「暁龍、準備させよ」
―― そして、皇帝が命じてしまえば、もはや春霞に逆らうことは許されない。
宦官たちの手によって妃たちの横に置かれた机に、春霞が泣きべそをかきつつ向かっている間に、蕣徳妃と楸淑妃の面接が行われた。
蕣徳妃の主な話題は、その男装と学問試験の回答についてである。
男装については、徳妃は日頃からそれである。こちらのほうが似合う上に動きやすい、という理由からだ。
実際、男装の徳妃は、その清々しい佇まいが女官たちに人気である。皇太后も咎めはするが本音では、満更でもないのだろう。
「選妃という半公式の場にまで男装はいかがなものでしょうか」
「この場であるからこそ、私の能力をお見せするために必要と存じます」
「…… と申すのは、どういうことか?」
「私は妃である前に武人です。
たとえここに賊が押し入ったとしても、私が陛下と皇太后さまをお守りし、指一本触れさせぬと誓いましょう」
皇太后も皇帝も笑ってうなずき、場の空気はむしろ柔らいだ。
さて、より問題なのは、学問試験で彼女が熱心に書いた 『婦徳なる教えへの反論』 のほうである。
だが徳妃は、あっさりと言い放った。
「盲目的に従う徳はすでに徳ではないでしょう」
「理由は?」
「たとえば、常に夫に従順なだけであれば、夫が危機に陥り判断を乞えぬときに救えぬ可能性もあります。
いかなるときも自身の判断を保ち、より良き道を進むのが真の徳かと存じます」
「なるほど…… では、なぜ、容姿を保つ必要も家事万端たる必要もないと説くのでしょうか?」
「それは、人には得手不得手というものがございますので。不得手なことを無理になそうとするのは効率的ではありません。
むしろ出しゃばらずに得意な者に任せ、自身はその補助に回るほうが、戦術としてはより上策といえましょう」
「戦術…… 後宮は、戦場なのですか?」
「あっ…… いえ! けけけ、決して! そういうわけでは!」
皇太后のやや意地悪なツッコミに徳妃が慌てふためき、会場は一気に和やかな笑いに包まれた。
この後宮において、そうありたい自身というものを貫き、なおかつそれが好意的に受け止められる ―― なんとも得な性分だ、と思わずにはいられない雪麗である。
続いての楸淑妃の面接は、皇太后との仙薬談義に終始した。
―― 楸淑妃はなんと、試験の書に詩や故事ではなく、神仙術の秘薬のレシピを書きつけたのである。
「これは紅鉛丹ですね。ですが主な材料が、12~13歳の未通の乙女の血とは…… 」
皇太后は、かすかに眉を曇らせた。
紅鉛丹とは、飲み続ければ不老不死を得られるとされる、神仙術の秘薬中の秘である。
その試作品はすでに、楸淑妃から皇太后の手に渡っていたのだ。