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5-2. 最終面接①

 選妃試験の最終面接 ―― 皇太后と皇帝が上座につくのを、妃たちはひざまずいて迎えた。

 皇太后は常と変わらず、崩れることなど決してないような微笑み仮面で表情をおおっている。

 皇帝と雪麗たち妃が会うのは、およそ2ヵ月ぶりだ。すなわち中秋節の月見の宴以来だが、その頃より、顔色が赤黒みを帯びてやつれているようである。体調が悪いとの噂があるが、おそらく本当なのだろう。


 さて、皇太后と皇帝が直接行うこの面接は、先に行った学問と書の試験結果をもとに進められる。

 つまりこれ自体は、試験というより講評の意味合いが強いものなのだが…… 歯に衣着せぬ容赦ないツッコミが繰り出されることもままあるので、妃たちも、さすがに緊張していた。

 選妃自体にはやる気がなくても、面接は別。なにしろ応答によっては、後宮のトップと国のトップ、2氏の心証をとんでもなく悪くしてしまうかもしれないのだから。


「華桜宮 李春霞(り しゅんか)


 面接の最初は4妃の中で最も位の低い、春霞である。

 暁龍に名を呼ばれて前に進み出た春霞に、早速、皇太后が声をかけた。


「素敵な衣裳ですね」


 控えていた雪麗たち3妃は、とっさに、うつむいた。笑いを噛み殺すためである。


 皇太后、薇青月(び せいげつ) ―― 前皇帝の寵愛を一身に受け、下級女官から当時の四妃を差し置いて後宮の頂点に上り詰めた人物だが、成金にありがちな浅薄(せんぱく)さや悪辣(あくらつ)さは全くない。

 むしろ、思慮深く慈悲深い、婦人の(かがみ)と評されていた。

 身分の低く貧しい者たちへの(ほどこ)しを積極的に行い、また、しばしば浄衣院を訪れては、病で死を待つばかりの下級女官たちを自ら看病する。

 普段の生活も華美とは程遠く、学問を好み、質素な服を身にまとって(かいこ)の世話と機織りを楽しむ日々を送っていた。


 ―― つまり、皇太后の面接で妃が着るものは、失礼にならない程度に質素でなければならないのだ。


 豪華な衣裳はそれだけでNG ―― 春霞自身が気づかなくても侍女が止めそうなものだが、春霞は気に入らないことを言われると容赦ない性格。

 そのため、華桜宮の使用人には誰ひとり、この我が儘(わがまま)な主に忠告をする者がいないのである。


 皇太后はにこやかな視線を春霞に送った。


「まさに綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)といった、いでたちですね。袖と裾の刺繍に、帯の珊瑚と真珠の飾りも見事だこと」


「はい! 袖と襟元には、西方の花編(レース)をあしらいました。わざわざ取り寄せたんです。珊瑚と真珠は、李家のお父様からの贈り物です。それから、(スカート)には全面に桃李に桜、春菊を刺繍させ、華桜宮の名に相応(ふさわ)しくしてみましたぁ」


 得意満面に、ずんずんと墓穴を掘っていく春霞。

 その頭の中には、少し前に見せつけられた雪麗の孔雀糸の衣裳への対抗意識しかない。

 皇太后は穏やかにうなずいた。


「そうですか。それで、七夕節のおり、華桜宮の下賜が変更になったのですね」


「そうなんですぅ! なにしろ、賢妃の年俸ってあまりないでしょう? 意外と、やりくりが大変なんですよぉ」


「あらあら…… ご苦労さまだこと」


「はい! ありがとうございますぅ!」


 このやりとりに、皇帝はためいきをつき、そばに控えた暁龍は困ったように目を伏せ、雪麗たち3妃は再び、一様にきつく奥歯を噛みしめて吹き出しそうになるのを封じた。


 ―― 七夕節は乞巧節とも呼ばれ、刺繍や裁縫をはじめとした技巧の向上を天に願う日だ。

 毎年この日に後宮では、工女 ―― 衣服や器物の作成を担う下級女官たちに、菓子や刺繍糸、絹布などを下賜する風習がある。

 今年の七夕節は、華桜宮からは上等の糖蜜菓子を賜る予定になっていたのが、蓋をあけてみれば普通の饅頭(まんじゅう)だったのだ。

 そのことは当日、女官長から皇太后に報告された。

 糖蜜菓子は下級女官にとっては、滅多に口に入るものではない高級品だ。

 楽しみにしていた者も多かろうにと心を痛めた皇太后は、後日、自費で再度、菓子を女官たちに賜ったのだった。


 そのことを、皇太后は控えめに当てこすったのだが、春霞だけは全く気づいていない。


 おそらく、にこやかな表情の裏で、皇太后の(はらわた)は煮えくりかえっていることだろう。

 大幅減点、確実である。


 だが衣裳は面接の本題ではないし、雪麗の嫌がらせもまだ本番ではない。


 次に皇太后が口にしたのは、順当に学問試験の結果についてだった。


「―― あなたにしては、よく学んだようですね」


「はいっ。頑張りましたぁ」


【頑張ったのはズルだけだっぺ】


 美雀が吐き捨てたとおりなのだが、もちろん春霞には聞こえていない。

 鼻高々に胸を張っている。


【なぁ、雪麗さん。あの袖のこど、バラさねえのが?】


 春霞の作弊(カンニング)を暴露しろ、とイライラせっついてくる美雀に、雪麗は黙ったまま目で合図した。


 物事には、順序というものがあるのだ。

 今ここで春霞が失格になってしまったら、せっかく仕込んだ嫌がらせの成果が見られないではないか。


 ―― 実は、次の書の試験の講評こそが、その瞬間。

 選妃試験の書で評価されるのは、字形や全体の構成など見た目の美しさだけではない。選ばれた題材も、重要なポイントとなるのである ――


「后妃たるもの、もし嫉妬せざれば、必ず子孫に恵まれ百福がくだる……」


 皇太后がおっとりと、春霞の書を読み上げた。


(いにしえ)(りょう)妃の言葉ですね。婦徳を端的にあらわした名言です。文字も揃いがよく、なかなか美しい」


「はいっ。ありがとうございますぅ」


【ちょっと! このまんま行ぐど、あのズル女のひとり勝ちでねえが! んもう!】


 腹を立てた美雀が、ついに春霞を (やはり全く気付かれていないが) ポカポカ殴り出した、そのとき。


「…… それは、李家が将来、宮廷を牛耳るという宣告のつもりか?」


 重々しい声がした。

 年の割に嗄れているそれは、皇帝のものだ。


(ふふ…… 来ましたね)


 内心の高笑いをおくびにも出さず、雪麗はあえて、悲痛な表情を装った。

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