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1-1. 9度目の正直①

黄鳳に四華あり、四華なくして玉座立たず ――


 四華と称賛される黄鳳建国来の四名家のひとつ。それが、李家である。


 国の東領と縁が深く、かつて人に神通力があった時代より春と風を司るといわれる明るい雰囲気に満ちたこの家で、先に生まれていた女児がその妹よりも愛されなかったのは、ひとえに生まれた日のせいだった。


 李家の者は、春生まれが望ましい。

 しかし雪麗は、予定よりもひと月以上はやく、まだ雪をかぶった梅の枝の蕾も開き初めていない頃に生まれてしまったのである。


 そのため、冬の一切を取り仕切る戒律峻厳たる(とう)家に雪麗が養女として出されるのは、妹の春霞が生まれた段階で決まっていたことだった。


 7歳になったとき、雪麗はそれまで育った家と、そこで育まれた好奇心の旺盛さや活発さ、そして若干の怠惰さや身勝手さといった李家らしい気風から別れを告げた。

 苳家の養女としての、厳しい教育が始まったのである。


 法と正義を尊び鍛練を重んじる苳家の気風に馴染むため、雪麗の額には行動と思考を制限するための呪符が刻まれた。

 見た目はよくある、額を飾る花鈿(メイク)のようだが、入墨されたそれは取ることができない。

 そして、幼い子どもが 『苳家らしくない』 ことを考えたり行動したりするたびに、苦痛を与えた。

 『苳家らしい』 とはつまり、法や規則に、ただひたすらに忠実であることだ。額にこの呪符を刻まれて以来、雪麗は世間や他人が正しいと決めたことに盲目的に従うことを要求されていた。それに背くことはもとより、疑問に思うことすらも許されなかったのである。

 そして呪符は、雪麗が成長し後宮に入ってその学力と評判の良さから皇貴妃に任命されたのちも取れることなく、雪麗を縛り続けた。


(ですから…… このように、もう少し寝ていたいと思ったりしますと、すぐに頭が痛くなって……)


 回帰(ループ)9回目の朝 ――


 雪麗は柔らかな絹の感触の中で、寝返りを打った。


(これほどゆっくり眠れるのは、幼い頃以来です……)


 そこまで考えて、はっと目を開く。

 苳家の戒律にそむき、いぎたくなく寝過ごそうとしているのに頭が全く痛くならないことに気づいたのだ。


(もしかして…… まさか。いいえ、でも、もしかしたら)


 押さえようとしても湧いてくる期待に突き動かされ、雪麗は起き上がった。

 鏡台をのぞきこむ。額に手をあて、また離し、またあて…… 繰り返してみたが、鏡にうつった姿は変わらなかった。


(紫水仙が、消えています……)


 紫水仙。雪麗の額に施された、行動と思考を縛るための花鈿(メイク)である。

 一生取れることのないと思っていた呪符は、あとかたもなく、なくなっていた。

 

(なくなったのですね……)


 呪符がなぜ取れたのか、理由を雪麗が知るわけもなかったが、さしずめ 『9度目の正直』 といったところだろうか。

 これまでろくでもない回帰(ループ)を繰り返した、御褒美かもしれない。


(とにかく…… 自由、です…… )


 足元から湧いて全身に広がっていくような解放感を、雪麗は鏡に見入ったままじっくりと味わった。


(これからは…… 法よりも何よりも…… 守りたいものを優先できるのですね…… )


 前の8回の人生では、呪符に縛られて、できなかったことができる。

 救えなかった人も、きっと救える。救うために動くことが、できる。


 その結果、今回の終結(エンド)にやってくる処刑が、とんでもなく酷いものになる可能性はあるだろうが……


(そうなったら、その前にラクに死ぬこと(自殺)だってできますもの……!)


 雪麗は、鏡の中の己にニッコリ笑いかけた。


 これまで、苳家の人間らしくあることをやたら厳しく強制してきた呪符が、消えたのだ。

 9度めの人生は、きっとこれまでと違うものになる。

 ならば今度こそ、目指せ究極の安楽終結(エンド)


 法を守りながらもコッソリと陰湿な復讐をしたり、寵愛を得たりするために奔走するなど、馬鹿馬鹿しい。

 それよりは、自由に生きて、自由に死ぬのだ。


(さて、そうと決まったら…… まずは朝ごはんですね)


 死んで回帰したばかりだからだろうか。

 お腹が、ものすごく減っている…… と、すれば。


 まずは 『ずっとやってみたかったこと、その1』 である。


「明明。香寧」


「はい」 「お呼びでしょうか、雪麗さま」


 雪麗が鈴を鳴らして呼ぶと、待ち構えていたように侍女ふたりが目の前に揃った。


「あれ? 今日は紫水仙の花鈿をされてないのですね、雪麗さま! 飽きたんですか? 」


「こら、言葉遣いが悪いですよ明明」


「はあい。雪麗さま、飽きられたんなら次は椿とかどうです? 」


 首をすくめ、ぺろりと舌を出しながらも反省したふうには見えない。ハキハキとした態度が気持ちの良い、若干幼いほうが明明。

 明明をたしなめている、優雅な立ち居振る舞いがお手本のような年かさのほうが香寧である。 回帰(ループ)を体験する前の、1度めの人生では、最古参として頼りにしていた侍女だ。

 だが、香寧は回帰(ループ)のたび、雪麗を裏切ってきた。


(今回も、あなたは裏切るのですか、香寧…… ?)


 今では、香寧を前にすると少々複雑な心境になってしまう雪麗である ―― が、回帰1日目でいきなりそれを問うのも、気が引ける。それにきっと、問うても、わかってはもらえまい。


(それに今回は、楽しく生きてラクに死ねれば万事好好(オッケー)ですからね!)


 まだ起こっていないことまで先回りして心配しても、面倒なだけだ。それよりは、今を思いきり楽しもう ―― 

 瞬時にそう決めると、雪麗は内心のワクワクを押し隠し、わざと厳しい表情を作った。


「花鈿は当分けっこうですよ、明明。それから香寧、すぐに女官服を用意してちょうだい。司膳の食堂に行ってみたいのです」


 侍女たちの目が、大きく丸く見開かれた。


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