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5-1. 仕返し

 宦官、暁龍が書の試験の終わりと最終の面接試験について告げ、妃たちがめいめいに、ゆるゆると立ち上がりはじめたときに、事件は起こった。


「きゃっ……」


 春霞が、雪麗の机につまずいたのである。


(…… 9度目)


 雪麗は思わず出そうになるタメイキを、かろうじてのみこんだ。

 わざとではないのかもしれないが、何度回帰(ループ)しても同じことを繰り返してくるあたりにどうしても、つい、悪意を感じてしまう。


 机の上は、惨憺(さんたん)たる有り様になっていた。墨がこぼれて、せっかくの書を見る影もなく汚している ――


「…………」


 (しゅう)淑妃が細い眉をわずかにひそめ、(しゅん)徳妃は 「やったな」 と、唇だけ動かして顔をしかめてみせた。


 妃たちの顰蹙(ひんしゅく)は全く意にとめていないらしい。


「ごめんなさぁい!」


 (そで)で口元をおおい、春霞は甲高い声をあげた。


「わざとじゃないのよ、お姉さま …… お願い、怒らないで。許してくださいな……」


 うっ、と、もう片方の袖で涙を抑える真似をしているが……

 両袖の下の顔は実は笑み崩れているのではないかと、邪推せずにはいられない雪麗である。

 もっとも、雪麗のほうも、聖人ぶった穏やかな微笑み仮面の下は大爆笑なのだが。


 ―― たとえ雪麗が許しても、妃にあるまじき粗相(そそう)が公に許されるはずもない。

 この嫌がらせで春霞は結局、自身の評価を下げているのである。

 そのうえ、回帰(ループ)の都度起こる出来事であるだけに、雪麗のほうは対処もばっちりだ。


「…… いいのですよ、春霞」


「ほんとですか、お姉さま…… あ」


 顔を袖から上げて、ありがとうございます、と言いかけた春霞の口がぽかん、と開いた。


「そんな…… どうして?」


「いえ、別に…… 下に敷いた毛氈(もうせん)がなるべく汚れないように用心して紙を重ねていただけですよ?」


 机の上の墨で汚された書と全く同じ、いや、墨付きがより鮮やかなものをもう1枚、春霞に示し、雪麗はここぞとばかりにニッコリしてみせた。


 ―― 紙を重ねた上から墨を乗せれば、2枚目・3枚目にもにじんで、やや色は薄くなるものの、同じ書が出来上がる。

 書の試験後の春霞の行動を見越していた雪麗は、あらかじめ紙を2重にしてコピーを作ることで対策していたのだ。


 まずコピーを提出用として机の上に残し、春霞に汚されたあとに、隠しておいた1枚目のオリジナルを提出しなおす ―― 飽きるほどに繰り返したことではあるが、このたびの春霞の反応は、特に見ものだった。


 目を丸くし、口を開けて書に見入っている。


 あらゆる書体を取り混ぜながら破綻なく、春夏秋冬をあらわした1篇 ―― 妃にしては教養がない春霞にも、その見事さはわかるのだ。


(やはり、美雀さんは素晴らしいです…… でも)


 ちらり、と雪麗が見やったのは、書の隅に端正な楷書で書かれた 『仙泉妃』 という号。雪麗のものである。

 特徴のない字癖までが完璧に再現されているのだが……

 ここには美雀の名を書くよう、言っておいたはずなのだ。


(どうして……?)


【もちろん! 首席とった御褒美に、無尽公の書をねだるんだっぺ!】


 首をかすかにかしげただけなのに、美雀は素早く雪麗の疑問を察知したようだった。

 袖を軽く引く真似をしながら、早口で畳み掛ける。


【お願いだっぺ! な? な? なっ?】


 つまり美雀は、無尽公 ―― 浩仁の書がほしいがゆえに、復讐を後回しにした、ということらしい。


 それはいいことだが。


(わたしとしましてはもう少し、春霞に嫌がらせを返してみたかったのです……)


 美雀が正体をあかし、気味悪く微笑みかけでもしてやったら、春霞はきっとこわがるだろうに ――

 若干、残念な雪麗である。


 だがここで。

 思いがけなくその機会をくれたのは、ほかならぬ春霞本人だった。


「お姉さま…… 素晴らしい書ですわね。誰の手蹟()かしら? 李家に推薦したいくらいだわ」


「あら、あなたこそ、成長しましたね。昔は集中力が途切れがちで計画性のない書をなしていましたのに」


「当然ですわ、お姉さま!」


 実際のところ春霞が成長したのは、書をこっそり持参したものにすり替える技術程度だろう。


 彼女の机に載っているのは、以前に美雀もなしてみせた 『お上の(おう)書』 ―― 書聖ふうだが、皇帝好みに小粒に揃わせた結果、真の汪書とは全く違うものになった感のある書だ。おそらくは、字の堪能な役人にでも頼んだに違いない。

 だが雪麗のイヤミにも気づかず、堂々と胸を張るのが、春霞の図々しいところであった。


「それでお姉さまは、誰に頼んだというの? 内緒にするから、教えてちょうだい?」


「残念ですが、こちらの書は間違いなく、わたし (に取りついた幽霊) がなしたものですよ?」


「隠しても無駄よ、お姉さま。いつものいい子ちゃんな手蹟()とはぜんぜん、違うじゃない。ね、誰なの?」


「…… 仕方ないですね」  


 雪麗がタメイキをついたとたんに、春霞の目にはずるそうな光が浮かんだ。


 ―― おそらくは、代行者の名を聞いた瞬間に騒ぎたてて、雪麗を皇貴妃の位から追い落とすつもりなのだろう。


(けれど、この名を聞いたら、どのような顔をするのでしょうね)


 雪麗は楽しみつつ、じゅうぶんに間をとり、もったいをつけて口を開いた。


「実は、楊美雀という尚寝の女官の霊が、わたしに乗り移っていたのですが…… ご存知?」


【あーっ! ひどいっぺ! ここでバラすなよぉ! 御褒美はどうなるっぺ!】


 美雀が叫ぶ声は、当然、春霞には届いていない。不思議そうに、首をかしげている。


「楊美雀……? いいえ、さっぱり覚えがないわ」


【嘘だっぺ…… あだすにお礼くれるって呼び出しでおいで、宦官とふだりで小虹河に突き落としたではねえが……!】


 ショックを受ける美雀だが、春霞にとっては下働きの女官など、備品と同じなのだ。いちいち覚えているはずもなかった。


「では…… こう言えば、わかるでしょうか?」


 雪麗は、春霞にそっと耳打ちをした。


「あなたが、華桜宮の庭で宦官と逢い引きしたときに落とした、耳飾りを拾った女官」


 一瞬、春霞が凍りついた。


「…… お姉さまったら。言いがかりはよしてよね?」


「そうですね。お互いに、そうした幼稚なことはよさねばなりません。ね? 春霞?」


 ぎり、と奥歯を噛みしめつつ、春霞は非常に不満げにうなずいたのだった。



―― だが、雪麗の嫌がらせはまだ、終わっていない。

 むしろ、次 ―― 選妃試験の最終面接が、本番なのだ。


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