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4-3. 作 弊

 実は美雀に聞かなくても、この選妃試験で春霞がなにをしているのか、雪麗はもう知っている。

 作弊(カンニング)だ。


【ズルだっぺ! こう、袖に薄ぅぐ、答えが書いてあっでな。わがらねぐなるど、こっそり見るんだっぺ】


『あの子の、やりそうなことです』


 ためし書き用の端紙に美雀への返事を小さく書きつけて、雪麗はためいきをついた。

 

【でいうがだ、あんなバレにぐいように頑張っで書いだら、嫌でも覚えそうなのに…… あっ、まだ見でるっぺ! もしがしで賢妃って、バカなんでねえの?】


『それ以上言ってやらないでください』


 そのとおりであるだけに、春霞が少々痛ましくなる雪麗。

 美雀が首をかしげた。


【ずいぶん親切だなぁ? せっがぐ教えでやっだのに、バラさねえのが?】


『ええ』


 ふんっ、とつまらなさそうに、美雀が鼻を鳴らした。


 確かに ―― これまでの回帰(ループ)では、その場の全員にわざとバレるよう仕向けて、春霞に恥をかかせたこともある。復讐に燃えていた4回目のことだ。

 あのときの春霞の慌てふためいたうえに逆ギレする姿はなかなか見ものだったし、その不正により春霞が、妃から2階級下の婕妤(じょうよ)に落とされたのも良かった。


 だが、それから回帰(ループ)を重ねるに従って次第に、雪麗は春霞が(あわ)れになってきてしまっていたのだ。

 

―― 春霞のような、後宮には合わぬくらいに短絡的でアホな子であっても、名家の姫に生まれた以上は、そこで生きるほかはないのだ。

 もし万一、試験に落ちて四妃の座を追われるようなことがあれば、実家の李家からはかなり責められることだろう。

 春霞としても必死なのである。常に必死さの方向性が違うところが、残念だが。


 回帰(ループ)するたび雪麗を陥れにかかる張本人になにを優しいことを、と雪麗自身思わぬでもないが……

 ラクな最後を迎える、という目標ができた今となっては、恨みよりも憐れみのほうが増してしまっているのも、また事実。


 それに、今回はもう別の嫌がらせを仕込んでしまっている。ここで不正を暴かずとも、最終的に春霞の受けるダメージはかなりのものになるはずだ。




「―― 学問の試験は以上です。小半時(こはんとき)の休憩をはさみ、書の試験を行います」


 暁龍が告げると、春霞以外の3妃たちの間には、ほっとした空気が漂った。


 ―― 本音をいえば、彼女らにとってはかなりどうでもいい試験である。

 受験者は、現在の4妃のみ。

 もともと選妃試験には侍女身分以上の女官が参加できるのだが、皇帝が後宮に見向きもしない (つまりは寵愛⇒栄達のコースが望めない) 現状で、わざわざ側室になりたい者はそういないのだ。

 従って、よほどの失態でもおかさない限り、妃たちが、貴・淑・徳・賢のうちのいずれかの位に収まることは決まっているようなものであった。


 この度の試験も、向上心だけはバリバリにある春霞以外はみな、 『早く終わればいいのに』 としか思っていないのだ。


「控えの間にお茶とお菓子を用意しております」


 清林宮の侍女の言葉に、雪麗たちは一瞬、同じ方向に視線を送った。春霞である。

 5年前の選妃試験で、休憩時の茶に下剤を盛られた思い出は、3妃にとっては軽くトラウマになっていたのだ。

 だが春霞は、ムッとしたようだった。


「お姉さまがた、意地悪だわ。5年前の失敗をまだおっしゃるつもり?」


「それだけのことをなさったのよ、あなたは」


 たおやかな柳眉をひそめるのは、(しゅう)淑妃。母親が誰とも知れないことから、白狐の子と噂される妖艶な美女である。

 だがその実態は、神仙術に凝り、怪しげな仙薬ばかり作って常に実験の機会を窺っている残念淑妃だった。

 同じ趣味の皇太后とは仲良しだが、閨房のほうにはとんと興味がなく、ほかの妃たちにも基本親切である。


 5年前の選妃試験の下剤騒ぎは、彼女の薬の知識のおかげで大事に至らず済んだのだ。


 しかし、春霞にあまり反省しているそぶりは見られなかった。


「今回はやらせてませ…… じゃなくて、きちんと侍女たちは管理していますから!」


 当然のことなのに、胸を張る春霞。

 その衣裳が、これまでになく華美なものであることに気づき、雪麗は内心でほくそ笑んだ。

 昨日、豪華な孔雀糸の刺繍を見せつけた効果が、思わぬところで出たものである。


 春霞は、気ままで礼を重んじない。

 皇太后のご機嫌伺いなどしたこともない彼女は、後宮の最高権力者の好みも知らないのだ。

 ―― これは、最終面接が楽しみなことになりそうである。



 休憩を挟んで、いよいよ書の試験が開始された。

 妃の芸術性を試すものである。

 書は黄鳳国で、単なる遊芸とは異なる一段高い芸術とみなされていた。(ガク)(まい)が身分の低い芸人の、画が絵師の仕事であるのに対し、書は、教養がないとなせぬからだ。

 従って、妃たるものはよく書をなさねばならない ―― 頭ではわかっていても、雪麗はこれが得意ではなかった。


 読みやすく、整った字であるだけではだめなのだ。

 真に芸術である書は、自己の言葉にはあらわしがたい部分の発露でありながら、同時に観る者を異界に誘う。

 だが、雪麗は、これまで周囲から押しつけられてきた世界しか知らなかった。法律、規則、他人の目…… そうしたものばかりで、雪麗の世界はできていた。

 深く自己の内面を鑑みようとしても、空っぽで、なにもない。

 雪麗のなした書に対する評価は、常に定まっている。

 ―― 可もなく不可もなし ――


 だが今回、活躍するのは美雀だ。


 『雅号は美雀にしてくださいね』

 

 端紙に書き付け、試験用の紙の下に持参した紙をもう1枚敷くと、雪麗は美雀に合図した。


【じゃ、乗り移らせでもらうがら】


 温度のない幽霊の手が首筋にさわり、次の瞬間、雪麗は眩暈(めまい)のような感覚におそわれた。

 

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