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3-1. 終結ラクなら

【だがら、んげな回りくどい方法さ使っでねえで、さぐっど賢妃どもを小虹河に突き落とせばいいだよ!】


「そのようなこと…… 美雀さんひとりでおやりくださいな?」


【冷でごど言う女子(おなご)だっぺ…… ああ、ええだよ! やっでやっぺ!】


 宮正院にて美雀の遺書を調べたあと、仙泉宮への帰り道 ――


 雪麗と美雀は、行きよりもさらに激しく議論を戦わせていた。

 先を歩く明明がたびたび振り返っては、適度に調子を合わせてくれていなかったなら、雪麗は誰が見ても、誰もいない空間に向かって喋る変人である。 


「そうそう、もし、わたし含め、仙泉宮の誰かに乗り移って、そのような雑な復讐をなさった場合は……」


【ふん、底意地悪ぐ笑っだっで、こわぐなんがねえだ!】


「…… まるきりなってない、どヘタな書を見かける都度、これこそが楊美雀の手蹟()と周囲に喧伝(けんでん)したうえ、(ばつ) (感想) をつけて念入りに保証してさしあげますね」


 ぐっと詰まる美雀。

 黄鳳国では、書を鑑賞し心動かされた場合に 『跋』 と呼ばれる感想をつける慣習がある。それを逆用して、もっともらしい 『跋』 をつけ本物であるように見せかけるのは、贋書作りの基本の技なのだ。

 ―― 自分は贋書を作っても、自分の贋書は作られたくない。


 美雀はむー、とうなった。

 

【…… 条件によっでは、その、選妃試験っつうもんに、乗らねえごどもねえだが…… 何させる気だ?】


「簡単なことです。選妃試験で美雀さんがわたしに乗り移り、書の才を(ふる)うだけですよ」


 選妃試験とは、後宮の妃の誰ひとりとして5年間子ができぬときに行われる、側室の選び直しを目的とした試験である。

 それがちょうど、雪麗が回帰を果たして時を戻った直後に実施されるのだ。


 ちなみにその内容は、徳行・才能・家柄で決まることになっており、容姿は二の次だった。

 そして、才能の中でも書の才は、最も有利なものとされている。

 李家、蕣家、楸家、苳家 ―― 四名家出身の妃の中では能筆なほうではあるものの、雪麗自身は己の手蹟()を標準的でつまらない、と感じていたし、周囲の評価も同じだろう。


 しかし、もし美雀がその才を発揮すれば……

 きっと、圧倒的なものになる。


 それで、上昇志向だけは強い (が実力はなく努力もしない) 春霞が悔しがれば、美雀にとっても雪麗にとっても少々スッキリできるのではないだろうか。

 

「―― わたしが最終面接で、楊美雀の名を明かしてから、春霞に向かって、にたぁり、という感じで笑いかけてあげれば、名誉回復と嫌がらせ、両方兼ねられるでしょう?」


【うーん、面白そうだげんど…… あんだが失格になりそうだね、それ】


「うふふふ。降格にはなるかもしれませんね」


 だが、それはそれでかまわない。

 実のところ雪麗はもう、皇貴妃の地位には全く興味なかった。年俸こそは末端である賢妃の2倍近くもらっているが、その分、気苦労も仕事も多いのだ。

 式典への強制出席やら、使節団のもてなしやら、皇太后へのご機嫌伺いやら、定期的な皇帝への奏上やら……


 特にラスト、つまり皇帝に 『たまには後宮に足をお運びくださいな。妃たちも寂しがっております』 と心にもないお願いをしないといけないのが、雪麗としては最悪だ。

 お願いをしなければ 『義務を怠っている』 と陰口を叩かれ、お願いをすればしたで、陰口を叩かれる。

 つまりは、なにをしようと陛下が後宮に足を向けることはないのに、それが全て皇貴妃のせいだとされ 『お心を惹きつける努力が足りない』 などと言われるわけである。別にいいけど。

 

 1度も閨房(けいぼう)を共にしたことのないのに権力だけ持ってる亭主など、元気で留守が一番だ。後宮の妃たちだってみんな、そう思っているに違いない。


 ―― とまあ、そんなわけで。

 雪麗としては降格むしろ大歓迎、なのである。


「大丈夫。わたしは、終わりがラクなら全て良し、なので無問題ですよ」


「ちょ、失礼ですが、すごい穏やかぶって恐いこといわないでくださいっ!」


 これまで黙って相づちを打ってくれていた明明が、急に口を挟んだ。


「トップは雪麗さまじゃないと。(しゅう)淑妃なら後宮の者はみんな、いい実験台扱いでしょうし、(しゅん)徳妃なら、後宮全体が武闘訓練所になってしまいます」


「あら、どちらも素敵」


【んで、李賢妃なら気に入らない奴らや都合が悪い奴らは、皆殺しだべなぁ…… まじ恐いっぺ】


 ころころと雪麗が笑い、明明が顔を思い切りしかめ、美雀が身を震わせたとき。


「楽しそうですね」


 仙泉宮の黒門に程近い道の向こうから、背の高い人影が歩いてきた。待ってください、と後ろを小柄な少年が追いかける ―― 浩仁と、侍従の九狼だ。


「皇太弟殿下。もしかして、宮においでくださっていましたの?」


「ええ。伝達事項がありまして、宮を巡っているところですよ、苳貴妃。お会いできて良かった」


 浩仁の涼やかな目元とわずかに微笑む薄い唇から、雪麗はさりげなく目をそらした。後宮では恋なんてしないほうがいいことはもう、身にしみて知っている。


「殿下がご自身で……? よほどの重大事項なのでしょうか?」


「大したことではありませんが、見回りを兼ねて。

 実は今朝がた、見慣れない女官が仙泉宮に入っていくのを見かけまして…… 怪しい者を見てはいませんか?」


 宮正の女官から、浩仁が調べに来た、と聞いたときからもしや、とは思っていたがやはり…… と、雪麗は反省した。


 うっかり 『楊美雀』 と名乗ったがために、どうやら浩仁に、完全に目をつけられてしまったようである。


 だが、雪麗は落ち着き払ってゆったりと首をかしげて見せた。皇貴妃として被り続けてきた、穏やか仮面である。


「新しい下働きの子ですね、きっと」


「最近、雇い入れたのですか?」


「ええ。おかしいのですよ。あの亡くなったと噂の楊美雀と、同姓同名なのですから」


「楊美雀ですか」


「ええ。ご存知でした? 彼女のこと」


「確か、後宮のものを盗んで売っていたが、罪の意識に耐えられずに自殺。でしたね。遺書にもそうありました」


【違うっぺ! あだすの遺書じゃねえっぺ!】


 浩仁がすらすらと、つい先ほど成り行きで調べたことを述べると、美雀は怒って浩仁を殴りはじめた。もちろん、空振りである。


(これだけ頑張って殴っていたら、もしや、いつかは……? )


 ふと湧いた疑問に一瞬夢中になったため、次の浩仁の予想外のひとことに、雪麗はつい、穏やか仮面を忘れ、 「はあ!?」 と変な声をあげてしまったのだった。


 ―― 浩仁は、はっきりとこう、言ったのである。


「ですが、あの遺書は贋作でしょう」



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