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プロローグ

「お姉さま、残念だったわね」


 勝ち誇った妹の表情と、そのかたわらに杯を捧げ持ってたたずむ宦官の天女のような美しい顔を、雪麗は交互に眺めた。


 後宮の妃の中で最高の位である皇貴妃 ―― 雪麗の住まう仙泉宮はいま、悲しみに覆われている。

 主が無実の罪で毒杯を賜る ―― 女官たちは柱の陰で涙を流しながら、白の死に装束をまとった雪麗を見守っていた。


 雪麗は無実であり、単に()められただけということは、全く誰の目にも明らかである。

 なにしろ(とう)貴妃といえば、代々、忠誠心が厚く法と正義を重んじるカチカチにお堅い家柄の出身。

 それだけに後宮においても法規を遵守し、女官たちにも己も厳しく身を律してきた―― そんな彼女が、するはずがないのだ。

 生まれたばかりの皇子と、その母親である実の妹を呪う、だなんてことを。


 証拠として雪麗の寝所から本人の手蹟()による呪詛文が見つかってもなお、女官たちは信じなかった。

 皇太弟の協力を得て、皇帝や皇太后に上奏を繰り返した結果、雪麗は罪一等を免れはした。


 だが、それでも証拠は証拠、罪は罪。


 公開の処刑は免れたものの、雪麗は宮の中でひそかに毒杯をあおぎ、その人生に幕を引くこととなったのだった。


「雪麗さま……」


「悲しまないで。わたしは大丈夫ですから」


 泣き崩れている侍女の背を、雪麗は優しくなでた。

 侍女たちは気づいていないが、宮の主の表情は、底抜けに明るい。演技というふうでもなく、心底から嬉しそうである。


 これから死ぬというのに……

 しかし実際、雪麗はウキウキしていた。油断すれば、鼻歌さえ出てきそうである。


 なんとなればもう、慣れきっているからだ。処刑されるのは、これで実に8回目。

 持って生まれた先祖返りの異能の力で、処刑されるたびに、過去に戻っては再び人生を繰り返してきた ――


 8回のうちには、処刑終結(エンド)を回避しようとジタバタ足掻いたことも何度もあれば、どうせ死ぬならせめて恋を成就させようと、ひたすら想い人のために時を過ごしたこともある。

 割りきって贅沢な暮らしを満喫した挙げ句に史上最低の悪女と呼ばれたこともある。


 また、妹のお株を奪い、表向き楚々と振る舞いながら、裏では謀略の限りを尽くして復讐を試みてみたこともあった。これは楽しいというよりは気疲れがすごくて、しかも結局は失敗したため、もう1回でじゅうぶん、と思ったものだが…… ともかく。


 処刑されるのも8回目の今回に至って、雪麗はついに達観した。

 人間はどうせ皆、死ぬんである。

 適当に楽しく暮らして、最後がラクであればそれで良し、ではないだろうか。


 この姿勢をつらぬいたおかげか、今回の終結(エンド)は毒杯になった。これまでで一番、ラクと言って良い。


腰斬(ようざん)ならまだいいけど…… 蟲刑とかだと最悪でしたもの。それに、手足を斬られて(カメ)に放り込まれて死ぬまで飼われたりもしなくて、本当に良かった……!)


 腰斬はその名のとおり、胴をぶったぎる処刑法。首の切断と違い、死ぬまでに時間がかかってかなりしんどい。蟲刑のほうはもっとかかるが、グロすぎてここでは説明できない。字面から適当に想像するにとどめたほうが、無難である。


 ともかくも雪麗にとっては、すでに経験済みの筆舌に尽くしがたい残虐刑と比べれば、毒杯など小吃(おやつ)に過ぎない。

 ついニコニコしてしまうのも、人情というものだろう。


(いけませんね。最後なのですから、感動的に終わらなければ)


 ニコニコをなんとか 『穏やかな微笑み』 程度におさえ、雪麗は居ずまいを正して毒杯をとった。


「お姉さま、最後だから教えてあげるわ」


 春霞がそっと囁いてきたのは、このときである。雪麗の落ち着いた様子が、気にくわなかったのだろうか。

 

「皇子はわたくしが殺したのよ」


「…… なんですって」


 ―― これまでに経験した回帰(ループ)で、初めて知ったこと。

 もともと春霞が産んだ皇子は異様に弱々しく、医官から 「おそらく数日の命」 と告げられていた。そのために病死したものとばかり、これまで雪麗は思っていたのだ。


「罪もない幼子に…… なんということを」


「どうせ亡くなるのだもの。母のために役に立つのは、当然よね?」


 雪麗の動揺ぶりに、春霞は満足げに笑った。

 処刑に際してもまるで物見遊山(えんそく)にでも行くかのような姉の態度が、気にくわなかったのだ。


 ―― ここまで明かされれば、いつも取り澄ましているこの女とて、歯ぎしりのひとつもして悔しがるだろう…… そう考えた春霞の目論見は、ひとまず達成されたわけだが、しかし長くは続かなかった。


 雪麗は、静かに半眼を閉じ顔を半ば伏せた。己の死に際して、先に母に殺された皇子を(いた)んでみせたのである。

 その姿は、今、彼女が手にしているのが毒杯であるとは信じられぬほどに、落ち着いていて気高かった。


「皇子は、お気の毒でした…… それに春霞、あなたも」


「なぜ、わたくしが? 惨めなのは、お姉さまのほうでしょう!?

 知ってる? お姉さまの寝所に呪詛文を隠したのは、香寧なのよ!」


「あの子は助けてあげられなくて、残念でした…… かわいそうなこと。

 口封じとはいえ、殺すことはなかったでしょうに」


「お姉さまは、信頼していた侍女からも、妹からも裏切られて死んでいくのよ!?」


 なぜ、みっともなく取り乱さないのか…… 苛立ち、声を荒げた春霞は、次の瞬間、はっと息をのんだ。


 雪麗が、満面の笑みを浮かべていたからだ。


「春霞、あなたが皇子にしたことも、香寧にしたことも決して許せません。ですが……

 今回は、毒にしてくれて、ありがとう」


 両手に持った杯を一息に飲み干すと、雪麗は優雅な仕草で床几に伏した。




「ありがとうって、なによ!」


 雪麗の喉も胃も、毒でやけつくようだった。


(これくらい、平気です)


 歯を食い縛り、中のものが逆流するのを防ぐ…… 最後の瞬間まで、汚物にまみれたりはしない。

 その程度の嫌がらせは許されるはずだ。

 ―― けれども、もう、目はかすんでしまってよく見えなくなっている。


「わたくしは、お姉さまに勝ったのよ…… なのに、どうして……!」


 いまにも地団駄を踏みそうな、悔しげな春霞の声も、やがて聞こえなくなくなるだろう。


 ―― 苦しくないといえば嘘になるが、これまでの回帰(ループ)で味わってきた地獄とくらべれば、千倍はマシである。


「わたくしのほうが恵まれてるのよ! わたくしのほうが、美人なのよ! なのに、どうして……」


 本当にそのとおりなのに、どうしてだろう…… 遠ざかる意識の中で、雪麗はぼんやり考えた。


 雪麗が人生の終わりに見る春霞はいつも、幸せそうではない。


「お姉さまって、ずるいわ!」


 その声を最後に、雪麗の意識はぷつりと途絶えた。


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