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クレーマー

作者: 杉野高生

「おい!お前どんな教育受けてるんだ!店長を呼べ!」

 スーパーに響き渡る私の怒号、一斉に周りにいる客が私を見て黙り込む……気分がいい、この静けさがたまらない。

 私の大声に萎縮したバイトの高校生の顔も最高だ、きっとこの感じなら今日限りでこいつも辞めるだろう。

 仕事でイラついたときはやはり怒鳴るに限る、私はなにか腹が立つ事があるとこうしてスーパーや飲食チェーン店に行き高校生バイトを怒鳴りつけていた。

 狙うのは基本内気そうな高校生、こいつらは何か言われるとすぐに黙り込み、すみませんしか言わなくなるから最高だ、私は言いたい放題言えるしこいつらはすぐ辞めるから店は新しい高校生を雇う、そしてまた私がミスをした新人を怒鳴る……、これは我ながらよくできたストレス発散法だと思う。

 たまに強気に出てくる店もあるがそんな時は本社にクレームを言えばいい、本社の連中は面倒事を避けたがるから現場の人間の事など考えちゃいない。

 名指しで苛烈に批判しバイトに問題があると判断させれば辞めさせることは簡単だ、従順な奴も反抗的な奴も辞めさせる、それが仕事以外何もなくなった今の私の楽しみだった。

 しかしその仕事も最近は不況の流れで苦しくなってきていた、若い連中は早々に転職していくが私はもう四十五歳、そう簡単に転職できる年齢ではない。

 手に職はあるがこの職自体の需要が無くなればそれは何の意味も持たない、詰みだ。

 もしかしたらこんな状態だからこそ若く未来のある高校生を妬ましく思い、いびっているのかもしれない、私は若さが憎いのだ。

「申し訳ございません、お客様、私が店長の鳥山と申します。この度はうちの海野がなにか……」

 ようやく店長が現れた、こいつも気の弱そうな奴で好き放題言えそうなタイプだ。

 そう考えた私は思いつくだけの罵声を店長と高校生に浴びせると足早に店を出た、長居をすると警察を呼ばれかねない、実際前に呼ばれ慌てて逃げたこともあった。

 

 家に帰った私はネットでさっきの店を検索すると地図上の口コミに罵声を浴びせた高校生の名前と文句を書いた。

 普段スーパーの口コミなど見る人は少ないだろうが店員は割とチェックしているもの、こうするとターゲットが辞める確率が高くなるのだ。

 楽しい……、自分が狂って歪んだ行いをしているのは分かっている。

 それでもやはり人を蹴落とすのは楽しいのだ、みんな私と同じように孤独で底辺で夢の無い生活を送ればいい、本気でそう思っている私にもはや良心などなかった。


 翌日、私は仕事終わりに昨日とは別のスーパーへと足を運んでいた。

 流石に同じスーパーですぐ同じことをするわけにはいかない、私は同じ店には最低でも三日は間隔を空けるルールをつけるようにしていた。

 今日の店は昨日よりこじんまりとしたスーパーだった。

 店員はパートのおばさんが二人、それとレジ打ちをしている女子高生が一人いるだけだった。

 狙うのはもちろん女子高生、彼女の顔がゆがむのを想像しただけで私はゾクゾクしていた。


 ……私は適当に商品を手に取るとレジに並んだ。

 私の前の客を見るとどうやらかなり量の多い買い物のようだ、クソ……こいつがもう少し家を遅く出ていれば私がこんな待たされることもなかったのに……、どんなめぐり合わせなんだ。

 ……ただこれでバイトに怒鳴る口実が出来たというものだ、私は早く怒鳴りたくてイライラうずうずしていた。

「こちらお釣りでございます、ありがとうございました。お次のお客様どうぞ」

 ……ようやく私の番が来た。

「お前さぁ、なんで別の店員呼ばないんだよ!前の奴があんな大量に買ってんだから時間がかかるってすぐ分かるだろうが!この無能バイトが!」

 女子高生は驚き呆然としているのかすみませんも言わずただ立ち尽くしていた。

 これは好機と私はさらに罵声を浴びせる、すると女子高生は急に毅然とした態度になり、

「大変申し訳ございません、以後気を付けますので今後ともよろしくお願いいたします」

 そう言うと女子高生はレジ打ちを再開した、後ろの客からの圧力もありこれ以上何も言えなくなった私は買い物を終えると舌打ちをしながらその場を去った。

 その帰り道、私はものすごくイライラしていた、あれだけ暴言を吐いたのにスッキリしない。

 ……敗北感だ、そう、敗北感が私を包んでいる。

 あんな若い小娘に制されたので私は敗北感を感じているのだ。

 帰宅後ネットで工作しても気が晴れない、どうやら今日は眠れそうにない。

 

 ……翌日、私は仕事が終わるとすぐに昨日のスーパーへと向かった、自分のルールでは怒鳴ったら三日空けなければならないのだが今回は別だ。

 絶対辞めさせてやる、私はもうそのことで頭がいっぱいだった。

 店内に入った私は昨日の女子高生がいるかどうか確認した。

 ……いる、しかし今日はレジ打ちではなく品出しや機械を持って発注か何かをしているようだ。

 私は女子高生に近づくと品出しのために置かれているダンボールにわざと足を引っかけ転ぶと大声で怒鳴り散らした。

「いってぇ、こんなとこにダンボール置いてんじゃねーよ!あぶねーじゃねーか!骨折れたかもしれないぞ!店長を呼べ!」

 私は少し大げさに痛がり店長を呼び話をつけようと思った、しかし女子高生は全く動じる様子もなく口を開いた。

「この度はお客様にご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした、ですが店長は現在不在でして……、骨に異常があるなら動かさないほうがよろしいかと思いますので、そのままの姿勢でお待ちください。すぐに救急車をお呼びしますので」

 救急車など呼ばれたら面倒なことになる、私は捨て台詞を放ちまた敗走した。

 それから数日間私は毎日店に出向き女子高生に暴言を吐いたが彼女がスーパーを辞めることはなかった。

 彼女は毎回凛とした表情で店長を呼ぶこともなく私のクレームをいなしてしまうのだ。

 ネットでの工作も意味をなさず本社にクレームを入れても無駄、私は完全に負け犬だった。

 ……しかしさらに数日が経ったときついにあの女子高生がいなくなった。

 テストシーズンというわけでもないのに数日間姿を見せないということは間違いない、辞めたのだ、ようやく私の苦労が報われたのだ。

 ……勝った、私は久しぶりに得た勝利の快感にしびれていた。

 

 それからしばらく経ったある日、社長からある報告があった。

 それは主要取引先である新垣グループが私達の働いているこの会社を完全に吸収することになったという報告だった。

 私も含めた社員全員に動揺が走る……がそれを制するように社長が言った。

 消えるのは私だけだから安心してほしい、そして役員、管理職以外は今までと何ら変わりなく働くことができるらしいと。

 正直ホッとした、勤務地が変わるだけならまだマシだがこの歳で業務内容まで変えられたらそれは事実上のクビだからだ。


「えーそれではここで新垣グループの会長である新垣さんと先日社長に就任した娘の香織さんが是非皆さんにご挨拶をしたいということで、今こちらにいらしておりますのでこれからお呼びいたします」

 そういうと社長は作業場から出ていった。

「そこそこ大きい企業の会長と社長が吸収するからってわざわざこんな汚いとこまで出向くってのも珍しいですよね。……というか娘が社長になったって言ってましたけど、どんな人なんすかね?」

 同僚の真田が話しかけてきた。

「さあな、でも一族経営の会社なんてろくなもんじゃねーよ」

 私がそう言うと真田は心配なのか他の人にも意見を聞き始めた、こういう姿を見ているとこっちまで不安になってくるから辞めてほしい。

 ……ガラっ。

 しばらくすると扉の開く音がして社長と新垣グループの親子二人が入ってきた、瞬間、作業場にいた全員の顔がそちらに向く……するとざわめきが起こった。

「えー私が新垣グループ会長の新垣康夫です、そしてこちらが……」

「娘の香織です。まだ高校を卒業したばかりの若輩者ですが、皆様と共に成長し、日本の経済を盛り上げていこうと考えておりますので、これからよろしくお願いいたします」

 社員は新社長が余りにも若く驚いているようだった……が、私は別のことで驚き、血の気が引いていた。

 ……新社長はどう見ても私がスーパーで粘着していたあの女子高生だったのだ。

「あのー、大学にはなぜ行かなかったんですか?」

 真田は娘の進路に興味があったのかそんなことを聞き始めた、すると会長が口を開いた。

「不要だからです、経営に必要なことについては幼少期からずっと厳しく叩きこんでおりますし。私の本音としては高校すら行かず、すぐにでも会社の一員としてい働いてほしかったくらいなんですよ、まぁ高校に進学したことで在学中に色々な業種の仕事を経験し現場の事も理解出来たと思いますし、より人間として……………」

 会長がなにやらベラベラと娘の自慢話をしているが私の耳には届いてはいなかった。

 頭が真っ白になるとはきっとこういうことなのだろう、まるで考えることを脳が拒否しているようだった。

「それではうちの社員も軽く自己紹介を……」

 現社長が突然余計なことを言い始めた、こっちは今まともに話せる気がしないというのに。

 社員たちは誰から話すかどうかで目を合わせ始めた、すると小娘は私達の方を見てにっこり微笑むと口を開いたのだ。

「……実を言うと社員の皆さんの事は既に存じ上げております、半年ほど前でしたか、吸収の話が出たときに全て調べ上げておりますので」

 そう言い終わると小娘は私を見た、その顔は笑ってはいるが目の奥には怒りがにじみ出ているようにも見える、少なくとも私の目にはそう見えた。

 ……半年前に調べたということは、きっと私がクレームをつけた時には既に小娘は私の事を知っていたのだろう。

 だから初めて文句を言ったとき驚いたような表情を見せたのだ、自分の知っている男がメチャクチャなクレームをつけてきたのだから。

 今考えると小娘を怒鳴っているときに店長が来なかった事もネット工作や電話爆撃が効かなかった事も理解できる、なぜならあの店は新垣グループが展開している店なのだから。

 つまり私が粘着していたあの期間、小娘はバイトなどではなく店長として働いていたのだ。

 ちらりと目線を小娘に向けると彼女はこちらをじっと見て微笑んでいた。きっと私以外の人ならなんと可愛らしい笑顔なんだと思うだろう、しかしどうしても私にはそれが悪魔の笑みに見えて仕方がなかった。


 ……それから数か月後、私はクビになることを覚悟していたがそれはなかった。

 しかし配置換えにより私は新垣グループが経営しているスーパー……、私がクレームをいれ続けたあのスーパーで働かされることになったのだ。

 今まで工具しか握ってこなかった私はスーパーの簡単な仕事すら上手くできず、毎日のようにパートのおばさんに怒鳴られている、そして当然〝お客様〟にも……。

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