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第9話 ベロニカの参考人

 アーバイン様を探そうと決意はしたものの、実際のところ私にできる事は何もない。何かあれば教えてもらう程度だ。

 だけれど、ミスリア様の周囲には気を配っておいた方が良いですと伝えた。私の想像が正しければきっと――。


 そうベルクント様に助言して数日。早速進展があった。

 朝食も済んで間もない時間にベルクント様がやってきた。


「君の力を借りたい。一緒に来てくれ」


 そう言うと有無を言わさず、私を馬車に押し込めた。

 私にも心の準備というものがあるのですがと、文句の一つも言おうかと思ったが、彼の顔を見ると言う気も失せる。ずいぶんと青ざめていたからだ。


 彼の背には、ネガティブな感情を表す花が次々と現れては消えてを繰り返していた。感情が定まらない、混乱している人の花はこんな風に見える。


「本当にどうしたんですか? いきなり連れ出されては驚きますが……」

「あ、ああ。そうか。そうだな、すまない」


 私は暗に、さっさと事情を話せと促したつもりだったのだが、彼は険しい顔をして、黙り込んでしまった。そして沈黙が流れる……。

 本当に、いったい何があったのよ?


「ずいぶんと混乱されているようですね。私を連れてきたという事は、何か進展があったのですよね?」


 しびれを切らした私は少し強めに言った。


「あ、あぁ。そうなのだ。そうなのだが……」


 ベルクント様は、なんとも言えない目で私を見る。その顔はなんだかすがるようでもある。彼の歯切れが悪い理由、いくつか察する所はあるけれど。


 多分、彼にとって都合の悪い事実でも含むのだろう。ネガティブな感情の花の組み合わせで、後ろめたさなんかも分かったりする。


「協力はしますわ。だからちゃんと情報は全部ください」


 結構世話が焼ける人なのかもしれない。と思いながら、私は彼の手を取った。握りこんで、彼の目を真正面から見る。


「深呼吸をして。ちゃんと聞きますから」


 そう言った。

 しばらく握っていると、彼は深いため息をつき、


「わかった。実は――」

 とぽつぽつと、口を開き始める。


 ◆◆◆


 ある女性が捕まった。場所は彼の生家、オラトリオ屋敷の前。ウロウロしていた所を、不審ふしんに思った憲兵が声をかけた。


 捕まったのは中年の女性。『ミスリア様に合わせてほしい』と訴えた。また、この屋敷の関係者だと主張した。


 その人は、オラトリオ家元乳母(うば)であった女性。名をマリア。

 元乳母だ。今はオラトリオ家から離れている。


「私たちの母親は生来せいらい身体が弱く――そこが姉上にも遺伝したのだろう。幼い頃は、病床に伏す母親に代わって、その人が私たちの母代わりだった」


 とベルクント様は言った。彼が乱れていたのは、連行されたのが親しい身内だったからみたい。意外と神経が細い? 連れて行かれただけでしょう? とも思うけれど、それだけ大切な人なのでしょうね。


 閑話休題かんわきゅうだい


 マリアさんは、ミスリア様が傷心と聞きつけ、会いに来たのだといった。平時ならば連行される事もなかっただろう。元乳母が娘も同然のミスリア様に会いに来るのは自然だし、見とがめられる事も無いはずだった。


 だけれど、ミスリア様は現在、アーバイン様失踪事件の重要な参考人に挙がっていた。『姉に対して、接触があるかもしれない』そう報告を上げたのはベルクント様だ。私がそうするよう促した。

 結果、大当たりだったのだけれど、それで動揺していては世話が無い気もするわ。


 私とベルクント様は、近衛騎士団の駐屯地にいた。

 件のマリア様が、騎士様たちに囲まれて、詰問を受けていた。


「ではですね、貴女は本当に何も知らないと言うんですね?」


「ええ、何度もそう申し上げています。自宅に見知らぬ男性が現れて、この手紙をもってミスリアお嬢様に会いに行ってほしいと言われたのです。一昨日の事ですわ」


 取調室のマリアさんは、険しい表情で座っていた。

 歳は四十過ぎ。狼狽える事もなく、取り調べをおこなう騎士の質問に淡々と返事をしている。背の花も風にそよぐオリーブ(平静)。でも、もう一輪。黄色の百合(偽り)


「手紙を持ってきたという男は? 本当に会った事がない人間だったのですか? よく、考えて答えてください。五大侯爵家が関わっているのです。マダムが考えているより、大事なのですよ」


 彼女を取り調べているのは、生真面目そうな顔をした細身の騎士だ。

 問いかけは静かだけれど、ずいぶんと圧力をかけてる。側で見ている私にもそれは伝わる。


「この手紙の内容は? どういう意味ですか?」

「わかりませんわ。私は開けていないのですから。封蝋ふうろうがしてありましたでしょう? 貴方達が開けたのですから、知るハズが無いじゃありませんか」


 圧も彼女には通じていないようだった。

 マリアさんは乱れず、毅然と、どこか遠くを見ながら質問に答えていた。


「――わかりました。質問を変えましょう。端的に聞きます」

「マダム。アーバインは何処にいます? この封蝋の印は彼が普段使いしていたものだ。私たちは彼の消息を追っています。彼が別れたはずのミスリア嬢に手紙を送るのはなぜですか? 答えなさい」


「知りませんわ。騎士様。あなた、お若いようだけれど、年上を敬う心がなっていないのではないですか? 貴族の子弟であられるのでしょうけど。優雅さに欠けますわね。――ベルクント坊ちゃんもそうですよ。こんな無駄な事をしていないで、黙って私を自由にしてくださいな」


 じろりと、睨みつけられてベルクント様はたじろいでいた。


 ◆◆◆


 ベルクント様を見る時、彼女の背には、ハナズオウ(不信)の薄紅が舞っていた。綺麗な花なのだけれど、小さな花弁には人を寄せ付けない硬さもある。


「彼女はきっと、色々知っています」


 アーバイン様とミスリア様をつなぐ誰か。その人が使わせた人だろう。

 前のミスリア様のあの怒りよう。そして、今回の手紙。何より彼女に咲くベロニカ(忠義)

 

『私の姫。美しき白狼。今しばらくお待ちください。雪解けの頃迎えに行きます』


 私の手の中には、さらりとした文体で書かれた短い手紙がある。彼女が持っていたものだ。紙は上質。封蝋の紋章は割れてしまってわからないけれどアーバインが使っていた紋章が押されていたらしい


「ベルクント様、ずいぶん警戒されていましたけど、心当たりあります?」


 私がそう言うと、彼は『ぬ』みたいな顔で眉をひそめた。


「やはり、そうだろうか? 久しぶりに会ったというのに、ずいぶんと冷たくてな……」


「察しの悪い男は、嫌われる」


 私がぼそっと呟いた言葉に、彼は顔をしかめた。

 何もしていないはずだ――とそっぽを向く。


 私の想像が当たっているのであれば、ベルクント様は確かに悪者にされていてもおかしくない。彼にはまったくのとばっちりではあるのだけれど。


読んでくださりありがとうございます!

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楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします。

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