第6話 花知らせ (フラワー・ビジョン)
声を失った令嬢、ミスリア嬢の話を聞いた翌日。色々考えたあと、私はその話を受けることにした。
失踪したアーバイン様の行方も気になるし、彼女に話を聞けば手掛かりを得られるかも、と考えたのだ。
あとは、娘の異変に何も手を打とうとしないオラトリオ辺境伯への反感が少し。
ベルクント様は穏やかで感じが良い人であったし、お姉様のミスリア様にも同情するところが大きい。私は、この姉弟のために何かしてあげたいと思った。
とりあえず、3日後にオラトリオ邸を訪問する約束を取り付けた。
私は、帝立貴族院学院に所属する学生ではあるのだけど、今はちょうど連休中。いい時期であるといえる。
帝都ブランデオンの表通りに、近衛騎士が乗る馬が走る。今日も失踪したアーバイン様を探しているのだろう。
センセーショナルな噂はとどまることを知らず、怒った皇女が、手を下し抹殺してしまった。といううわさ話はまことしやかに語られ、市場の店主ですら知ることになった。道行く人々がみなその話をしているようにも思える。
そんな喧騒を背に、私は帝都の図書館に向かう。件のミスリア嬢と対面するにあたって、いくつか調べものがしたかった。
いくつかの医学書と花の図鑑。
私の不思議な力は遺伝する。祖母から母へ、母から私に伝わった。もし私に娘が生まれたならば同じ力を持つかもしれない。
『共感覚』というものの一種らしいのだけど、詳しいことはわからない。母は医学に照らすことを頑なに拒んでいた。この力を『花知らせ』と呼んで隠していた。
母が言うには、正しい意味で心を読んでいるわけではないらしい。人が無意識で顔に出すサイン。視線であったり、息づかい、汗、口調。そんな兆候が、私には総合して、花のイメージになり映るらしい。
見える花のイメージが何を意味するのか? 経験的には知っている。それでも、たまに見たこともない花が咲くときがある。そんな時、私は植物図鑑を調べる。
花言葉というものがある。どこかの誰かが花にイメージを託し言葉にしたそれは、私の見る感情の花と驚くほど一致している。
なぜだろうと思うのだけど、今のところ納得のいく答えは出ていない。何かの本で読んだ、人間が普遍的に持つ集合的無意識というものが関わっている。と私は思っているのだけど。
母はこの感覚を使って、占いや、相談事に乗る仕事をしていた。今、わたしがしている事も同じ事。
違うのは、母や祖母は、誰しもに分け隔てなく行っていたが、私は貴族を相手にしているという点ね。
「それでも、この手の相談は苦手なのよ」
私は、並ぶ本棚の前で途方に暮れていた。本質的な問題に気付いてしまったから。
この相談事が私に向かないところ。
「恋愛」がかかわっている事だ。恥ずかしながら私は、この年になるまで恋をしたことがない。人を好きという感情もわからないし、それが恨みに変わる事もピンとこない。
おそらくだけど、ミスリア嬢の件は、愛情のもつれなのだろう。
恨んで、恨んでどうしようもなかったアーバイン様。だが、彼が自滅した事で、彼女は何を思ったのだろうか? 普通なら、ざまぁみろ! とでも思うのだろうが、ベルクント様の話から得られる情報を考えると、どうもそうではないらしい。明らかに悲しんでいる。声を失うほどに。
「自分を捨てた男がひどい目にあって、悲しむ事ってあるのかしら?」
私はブツブツとつぶやきながら、図書館を歩く。
しょうがないから、恋に関する詩集でもあさろうかと思っていた。
「ええと、……もう何でこんなに恋に関する本が多いのよ。何がいいのか、さっぱりわからないんだけど……」
初めて近づくエリアにめまいがしていた。思うように目的の本が見つからないためにイライラもしていた。
本棚に並ぶ背表紙に印刷された、恋、愛、男女、情熱の文字。
「愛や恋、惚れたはれた? 知らないわよそんなこと。さっさと目的の本め、出てきなさい!」
やけになった私は次々と本を確認しながら横に移動していく。だからだろう。隣に人がいたことに気が付かなかった。
どん、と肩が当たる。大きな体。平均的な体格しかない私は、簡単によろめいた。
(あ、転んじゃう――)
視界が上を向く。浮遊感。受け身が取れない。それで仰向けはまずい。
――でも私は倒れなかった。すんでのところでふわりと抱き留められたからだ。
「君、大丈夫か――――、と思えば、シィル嬢ではないか」
私を抱き止めてくれた人。それは、渦中の姫の弟君。ベルクント様だった。
◆◆◆
「シィル嬢。こんなところで会うとは奇遇だ。何か探しものだろうか?」
ベルクント様は、さわやかな笑顔を私に向ける。咲くのは友愛のアイリス。少したれ目の眼差しが眩しい。
「あ、はい。その……、父の手伝いのついでに調べものをしようかと」
少し、しどろもどろになる私。どうもこのベルクント様の顔を見ていると落ち付かない。先日はじっと見つめられるせいだと思っていたのだけど。
「そうだったか。聡明な人だと思っていたのだが、やはり普段から知識を取り入れる事に余念がないのだな。努力家なところ、非常に好ましく思う」
少し低めの落ち着いた声がじんわりと染みる。
すごくほめられた。だが驚くのはそこじゃない。この方、異性をほめる時に何も裏がない。
相手をほめようと思えば、大体において、その裏側にある想いの花が咲くもの。例えば『あなたを愛しています』とか、『近づきたい』とか。
だけれど、彼の背には変わらずのアイリスがそよそよと。
「貴方のような方がこれからの帝国には必要な方なのだろう」
爽やかな笑顔を浮かべながら、うんうんと頷いているベルクント様。
本当に心の底からそう思っているらしい。
「え、ええと。ベルクント様はどうしてここに?」
「私は上司の使いだ。騎士団所蔵の目録が紛失していてね。ここに収められているものを借りに来たのだ」
「そうでしたの……」
私は、よくわからない居心地の悪さに居住まいを正しながら、失礼の無いように話題を紡ぐ。
「アーバイン様は見つかったのですか?」
「いや、だめだ。本当にどこへ行ったのやらだよ」
ついでとばかりに、私は聞いてみたくなったことを聞く事にした。
「もし、アーバイン様を見つけたら、ベルクント様はどうされるおつもりですか?」
彼は少し逡巡したあと、答える。
「私個人としては、もう彼に思う事はない。最初から姉上の悲しみを思えばこそであるし……。今は無事見つかってほしいと思うばかりだな」
「そうですか……」
「彼と会っていた時の姉はいつも笑っていたんだ。毎日が幸せそうでな。もちろん、彼が帝国皇女の婚約者である事は知っていたが、それでも姉のうれしそうな顔を見ると何も言えなかった。それは、私だけでなく父も同じだった。それがこんな事になるなんて、今にして思えば早く止めておけばよかった……」
目を伏せ、マリーゴールドを背負う彼。それを見ていると、私の胸になんとも言えない感情が満ちた。
「ベルクント様。私が何とかします。だから、そう落ち込まないで」
どうにも、彼に弱い。柄にもなく、私はやる気を出すことにした。
読んでくださりありがとうございます!
面白かったならば、下の方にずずいっと行ってもらい、☆☆☆☆☆から、作品への評価をしていただけると励みになります。
ブックマークしていただければ、更新がすぐわかりますよ!
楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします。