第56話
彼女は美しかった。上品なドレスを着こなし、黄金の髪を結いあげることなく背中に流していた。彼女が少しでも動くとドレスの裾と一緒に髪が踊っているように見える。目線が交われば蒼く透き通る瞳が自分を映しているのが分かる。頬笑みを浮かべていた彼女の唇が音を出すために開く。五感の全てが彼女に集中していた。
「」
答えてはいけない。全てが彼女に集中している中、自分が今まで培ってきた第六感が逃げろと悲鳴を上げ続けている。
何が起きたのかわからない。
命令に従ってターゲットを拉致し殺す、そういう仕事だった。相手が誰かなんて一々考えたことはない。自分にとっては必要のない情報だと思っていた。ただ生きて行く上に必要なこと。殺すか殺されるかのラインで生きていた。覚悟もあるはずだった。
しかし現状はどうだ。目の前の人間に魅入られ、その一方で強い恐怖を感じている。生きる本能が彼女への服従を促す。何人もいた仲間は一瞬で床へと崩れ落ちた。残るは自分ただ一人だ。
「ねぇ「タイムっ!タイム、ストップーーーーーーー!!!ぎゃぁー殺人現場」
支配されていた五感が一瞬で解放された。
一気に空気が入って咽る。自身が長い間息すらも支配されていた事に戦慄すると共に、支配から解放した者への純粋に眼がいった。
「まぁ、お姉さまったら。声を張り上げて淑女として、いえ、年頃の娘としてどうかと思いますわ」
「張り上げたくもなるわ!あんたこんな事しでかして!いやまぁ、私にも責任がないわけではないけど・・・・・でも殺生はだめでしょう!?卵じゃないのよ。人間は!?恐ろしい兵器にされた卵焼きだって、無駄にしちゃダメって、命あるものを大事にしないとダメですって何度も行ってきたのにあんたは!せめて怪しげな実験台にするとかの方が罪が軽く・・ならないか。じゃなくてっ!」
声の主は少女だった。少女は自分達ではなく彼女に怒りをぶつけている。
少女のあげる声は張りつめられた空気を一掃させる力があった。
「おいっリリア。こいつら生きてるみたいだから!一先ず落ち着け、なっ!」
「リリアさん、落ち着いてください「ヒッヒッフー・ヒッヒッフー」です」
それは確か出産時の呼吸法では。
「嫌ですわ、お姉さま。私無駄な事はしておりませんわ。それにあの卵達は無卵性の卵ですし、きちんのお姉さまの胃に召されたではありませんか」
騎士と思われる男に背中を擦られながら呼吸を整えていた少女は彼女の姉なのか。
いや、確か少女の顔は見覚えがある。
そうだ。もう一人のターゲットだ。確か同時進行で他の奴が始末に向かったはずの人間だ。そう理解した瞬間自分たちの計画が崩れているのを実感した。
結局自分の命はそう遠くない未来に消え失せるのだ。
そうだと言うのにさっきまでの恐怖が戻ってこないのは何故なのか。今は目の前の二人の掛け合いにさっきとは違う意味で魅入られていた。