第46話 救世主の名は
広いホール、美しい内装に天井には大きなシャンデリア。
煌びやかな螺旋階段はレッドカーペットが敷かれておりその階段は王族、もしくは王族ゆかりの人間しか使用を許させない特別な物だ。その階段で繋がっている2階部分の所から恐らくアルフォード王子は姿を現すだろう。我が姉を含む、社交界でも有名な女性達はその階段に近い場所を陣取り笑顔で腹の探り合いをしながら雑談をしていた。
邪魔をしない様言われていたリリアは会場に足を踏み入れてすぐに嬉々として姉の傍を離れた。テーブルには多くの花と高級料理。多くの着飾った女性に飲み物を運ぶ給仕の人間。壁際には所々に騎士団の服装の人達も立っている。舞踏会への入場は夕方頃より始まり、日が沈みきる頃までは各々雑談や食事を楽しむ様伝えられた。
リリアは雑談や食事を楽しむこともなく、迎えに来たディオの後方を歩きながらマリア様の自室に向かっている。
「お城の人達やっぱり忙しそうだね。ディオ君も今日は一段と忙しいんじゃない?」
だとしたら、私に割いている時間が勿体ないというか申し訳ない。
「いえ、特に問題ありません。自分はマリア様の護衛なので特に普段と変わりはないです。リリアさんが来るようになってからは、マリア様のかくれんぼ(脱走)が無くなったので、寧ろ仕事がしやすくなったと他の隊員達は言っていましたよ」
毎度疲労困憊な顔で同期の隊員が言っていたので大変だったのだろう。今の状態でマリア様が一人きりになる状況を作るのは余りに危険である。脱走されていた時は騎士団総出で捜索することも多かった。そのため騎士団の一部の中ではリリアは救世主として有名になっている。
「あはは、そう言えばそんな事カイン様が言ってたな。確かカイン様はお城の警備とかの仕事もしてるって言ってたから今日は忙しいだろうね」
「リリアさん宰・・・・いえ、カイン様と今日逢うお約束では?」
「え、何で!?してるわけないじゃん!」
なっ何を言うだ!逢う約束なんかしてるわけないじゃん!今日は忙しいだろうし、逢えるわけないじゃ・・・・・って違う!別に逢いたいわけじゃ・・・
リリアは急な爆弾質問に混乱していた。
そんなリリアを見てディオも不思議そうに告げようとする。
「え、でも、それ『ガシャンッ!!!!!!!』
ディオがリリアの方に指を向け、何かを伝えようとした矢先、何かが割れる大きな音が鳴り響いた。
「うえっ!?何??」
少し遠くで「すいません、急いでて壺割っちゃいました!」と焦った様な男性の声が聞こえた。
なんだ、壺が割れた音か~って壺!?王宮にある壺が割れたの!?絶対高いよな、弁償させられるのかな。うわぁ、恐ろしい!絶対首が回らなくなる金額よね。あの人大丈夫かなぁ?そういやさっきの声、なんか聞きおぼえがある様な・・・・
「・・・・・行きましょうか。マリア様も早くリリアさんに御逢いしたいはずです」
「え、うん」
ディオも音がした方に視線を向けていたが、特に問題ないと判断したのか直に視線を戻した。
ディオのその一言に促され、考えることをやめたリリアは先程と同じようにディオの後方を歩きだした。
「リリアっ!いらっしゃい!!」
以前通されたマリア様の私室の部屋の戸をノックした。中から侍女と思わしき人物の声がして、ディオが要件を伝えるのと同時にドアが開いた。中からマリアが飛び出しリリアに抱きつく。
リリアも同じようにリリアも抱きしめ返した。
だがその行動を良く思わない人が中にいた。
「マリア様!無暗にドアを開けたり、抱きつく様な行動はおやめ下さい。王女としても、淑女としても恥ずべき行動ですわ。貴女も膝を折るどころか、王族に対しなんて無礼な態度なのですか。分を弁えなさい!」
先程ドアを隔てて聞いた声の主は年配の女性で襟の詰まった紺色のドレスを身に着けていた。厳格で神経質そうな顔で眉間に皺を寄せ、厳しい視線を向けている。
「あっ!申し訳ありません」
慌てて謝罪し膝を折ろうとした。
「やめて!リリアは私の大切な友人です」
マリアは睨みながら、声を張り上げて返すがそれを見た彼女は憐みの籠った視線をマリアに向けて告げる。
「マリア様、幾ら貴族と言えど、このような下級貴族と親しくなるなど御控え下さい。マリア様を利用して王族に取り入ろうとしているに違いありませんわ、浅ましい。ご友人が欲しいのでしたら・・・「グラーフ伯爵夫人」
ディオが侍女の声を消す様に、女性の名を呼んだ。
女性は不愉快そうにディオに視線を移す。
「リリア=フォンス様はマリア様御自身が御友人だと認めた方です。貴女が口を挟むべきでは「黙りなさい!!!」
顔を真っ赤にし怒鳴る様な声。
眉間に皺を寄せディオを見るその顔には明らかな嫌悪感を表している。
「お前の様な卑しい下賤の者がこの王宮にいるだけでも汚らわしいのに、その上私に指図するなど!!お前の様な者が王女の護衛など我が国の品格を疑われるわ」
ディオの眼が微かに揺らいだ。無表情に見えるその顔の下で彼が傷ついた事が分かる。マリアの眼には既に悔し涙が浮かんでいた。
自分の中で何かがブチっと切れる音がした。
「・・・・よ。貴族がなんぼのもんよ、そんなに偉いわけ?同じ人の子の分際で」
「・・・・リ、リリア?」
「リリアさん、落ち着いて「なっ!無礼者!」」
マリア様は驚いたように、ディオは宥める様に声を掛けてきたが、返事をすることも、この怒りを抑えることも今のリリアにはできるはずもなかった。
「貴女パセリという野菜を知っていますか?」
「はっ!?」
「リリアさん?」
「リリア?」
その突然の言葉にその場に居た3人は各々声をもらした。
「仮にも王族の教育係ですもの、一般教養だけでなく専門分野でもしっかり心得ていらっしゃるのしょう?」
多少の嫌味を籠めてそう告げる。
「パセリはハーブの一種でよく食用に飾りとして用いられるごく一般的な食材です。それがなんだというのです!?」
教育係の女性は一瞬突拍子もない質問に気を取られたが、すかさず切り返す。
「それだけですか?」
「?他になにがあると言うのです!?」
苛立った声が返ってくる。
「『なにがある』ですって・・・・・「リリアさん、一先ず落ち着き・・・」あの偉大なるパセリ様に向かって何たる口のきき方!」
ディオは止めようとした。最近知り合ったばかりではあるがリリアが『普通』ではないことは理解している。ゆえに今から始まるであろう『パセリ』についてあまり聞きたくない気がした。
が、既に遅し。
「いいですか!?確かにパセリは我が国では色どりなどに多く使用される野菜の一つで、あまりそれ自体を食べることは少ないです。が、しかしパセリは野菜の中でもトップクラスの栄養素を誇っている事を御存知ですか!?薬効があることは?パセリ・・・いえ、パセリ様はですね、貧血や便秘予防に美容効果、食欲増進に食後の歯磨き代わりとして用いられるほどの口臭の防止、風邪予防に、食中毒予防などにも効くと言われています。つまり、女性が常に抱えている問題やストレスで食事も喉を通らない人、夏バテ予防、口臭が気になる中年さん、そして日頃からあの娘のせいで痛めつけられている私の胃腸を支え続けて来てくれた救世主なんです!土や気候への適応性もいいため栽培がしやすいと御得つき!!そのパセリ様に向かって・・・・謝罪を要求します!!」
「なっなんなの。訳のわからない事を言うばかりか上の立場にある私に謝罪をしろとは!?」
「上?上ってなんですか?身分?それとも年齢ですか?上とか下級とか下賤ってけどね、『下』があるから『上』があるのってご存知ですか?貴女が言う『下』の人間が上の人間を支えているのよ。貴女が偉そうに出来るのは貴女の言う『下』にいる人間のお蔭ね、『下』の人間に感謝でもしたらどうですか?」
「何をふざけたことを!?貴女の様な者が近くにいるとマリア様に悪影響だわ。マリア様の教育係として、貴女の存在を認めるわけにはいけないようね」
「はんっ!パセリ様の偉大さも知らないくせに教育係ですって!?そうやってパセリ様のこともディオ君の事も上辺と偏見だけで見て、中身を知ろうともしないくせに偉そうに教育者なんて語らないで欲しいわ」
「なっ貴女との事は早急に上に報告させて」
「その必要はありませんよ、グラーフ伯爵夫人」
少し懐かしい様な、耳に残る音色の声が聞こえリリアは耳を疑う。
つい先ほどまで高ぶっていた感情が一気に下がるのを感じた。
嘘、まさか。
今日はきっと忙しいはずでしょう?
というか、仮にも王女の私室よね、ここ?
リリアは声のした方に振り向いた。
その先には今日何度も頭をよぎったその姿があった。
なんでだろう、リリア1人いるだけでシリアス展開にならない。
ある意味すごい安定感・・・・・