第45話 はじめの第一歩
「リリア!!」
「あっはい」
甲高い母の声に意識をはっとさせた。
「聞こえなかったの。城に着きましたよ。何度も同じことを言わせないで頂戴。マリーの足手まといだけにはならない様に」
厳しい眼と口調でそう言い放つ母の言葉で目的地に着いたことを知った。
「はい、お母様」
馬車を降り、馬車に乗ったままの母を見上げてそう返す。
「任せて、お母様。アルフォード様の心を私の物にして見せるわ」
自信ありげに姉も言葉を返していた。既に名前で呼んでいるあたりが図々しい。
「ええ、信じていますとも」
そう母も返すと戸を閉め、馬車は母を乗せたまま再び走り出した。
招待状を持っている者だけが、今日この場所に足を踏み入れることができる。
招待状を持っていない者は、どれだけの権力があろうとも入ることができない。
母はおそらく近くのサロンに行くのだろう。今日そのサロンに集まるのはどれほどの人数か。恐らくほとんどの人間が自分の娘からのいい知らせをそこで待つ。腹の中を探り合いながら。
母が去ったのを見送ったマリーはすぐに城の塀の前に立つ兵士達の前に向かった。
早めに出たのにも関わらず、既に多くの年頃の娘が列をなしていた。
恐らくあそこで受付を行い、入場者のチェックを行っているのだろう。
その列の見たマリーは美しい顔を不快そうに歪ませ、受付を行っている人達の方に向かった。そのまま相手に招待状を突き付け、
「マリアンヌ=フォンス=セルマンよ!」
列を作って待っている少女達を無視し、さも当然かのように言い放つ。
彼女の辞書に『待つ』という言葉はないのだろうか。無いんだろうな。
招待状を突き付けられた男、恐らく城の文官であろう人。栗色の髪に、印象に残りづらいほど平凡な顔。
リリアは思った。
あ、同類?よし、マリーお姉様に当たってしまった可哀そうな君に文官その1という名を命名してあげよう。うん、モブを表す善き名だ。
もし結婚するならこういう顔が落ち着くわね。
文官その1は突き付けられた招待状とマリーをおろおろとしながらいい返す。
「もっ申し訳・・・・ありません。じゅっ・・・順番にお並びくだちゃい」
あ、噛んだ。御気の毒な人だ。
「何故、この私がそんなことしなくてはならないの!?貴方私を誰だと思っているの!?」
物凄い剣幕でマリーは言い放った。
「ひぃぃぃっっ~~~~!!!すっすみませんっ!でも命令っな、なので、その、皆さん平等にと・・・・・」
頑張れ、文官その1!言っている事は正しいんだから!周りも助けてあげればいいのに、触らぬ神に祟りなしとばかりに全員がそっぽを向いている。
まぁ、確かに関わりたくないよね。
リリアはふぅ~と大きなため息を吐いた。
「なんですって!?貴族である私とここにいる平民風情が平等に扱われるですって!?そんなこと「マリーお姉様」
マリアンヌがこれ以上良からぬ事を言わない様に敢えて言葉をかぶせる様に話しかけた。
母親に似た強気な眼が苛立ちを隠さずリリアを視る。
「マリーお姉様、並びましょう?国を総べる王の隣に立つ人間は、常に優しくおおらかで慈愛に溢れ、国民からの信頼も厚い人でしょう?マリーお姉様がそういう人だと皆様に理解して頂かなければ。お姉様が誤解されるなんて私悲しいわ。ねぇ、お姉様」
「・・・・・・そうね。私は心が広くて誰にでも優しいから並んであげるわ」
怒りを鎮めたマリーはまるで酔ったようにテンションを上げ、列の最後方を目指し歩き出した。
大丈夫よ、マリー姉さま。お姉様が貴族至上主義の差別が激しくて扱いづらくプライドの高い、そういう人間だと、ここにいる人達は分かっているわ。
リリアも謝罪の意味を込めて文官その1たちに深い礼を一度行い、姉を追う様に最終列に向かった。
意外と早く順番は来て、リリアも同じように招待状を出す。
特に問題もなく、直に「どうぞ、お入り下さい」と言われ、前方を行く姉の後を追う。
中にはどれほどの人達がいるのだろうか。
そしてふと思い出す。この中にこの前の事件の仲間もいるのだろうか。
問題なく舞踏会が終わる事を祈りながらリリアは足を前に進めた。
その後ろ姿をじっと見つめる視線があったことにリリアは気づくことなく城の中へ足を踏み入れた。