3.自称神と逆恨みの王
数日後、いつものように野草を採って小屋に戻ると、このあいだとおなじように扉の前にだれか倒れていた。
「またあの人ね」
ミアが「人」と言ったのは、ほかの魔物たちと違い人間そっくりだからだ。
見た目は大柄な青年である。歳は二十代半ばから後半に見える。黄色い布を衣服のようにまとっている。ほかにこれといった特徴はない。
しかし、本人曰く「人間ではない」らしい。
「また人里に行ったのね」
ミアは腰に手を当て男を見下ろして言った。
重大な怪我ではなかったので、治療するのに長い時間はかからなかった。
「あなた、体格のわりに力が弱いのだからむやみに人間のそばに寄ってはいけないと言ったでしょう」
手当が終わると、ミアは小言を言いながら、摘んできた野草をテーブルの上に乗せ仕分けをはじめた。
小屋には小さなテーブルと椅子とベッドらしきものが最初から備え付けてあった。
「人間観察が俺の趣味なんだよ」
男は横たわったまま言った。人語を話すところもまた人間っぽい。
「魔物なのにおかしな趣味ね」
「俺をそのへんの魔物と一緒にするなと言ってるだろう……」
「あら、そうでしたね」
「俺は昔は神と崇められていたんだ。だが、すっかり崇拝するものがいなくなって力が弱くなってしまった。無理もない。ここにいるのは化身で、本体ははるか宇宙の彼方にあるからな」
「まあ、宇宙の彼方に? それはたいへん」
ミアは仕分けをつづけながらフフフと笑った。
「信じてないな。まあいいさ……人間には想像もできんことだ」
そう言われて、ミアはまたくすくすと笑った。
「いつもの礼というわけではないが、これをやろう」
男はどこに持っていたのか、布のあいだからビンを出した。
「これは……?」
ミアは手に取り、中をのぞき込んだ。
一般的なワインボトルくらいのサイズのビンに黄金色の液体が入っている。
「蜂蜜酒だ」
「どうしたの? まさか——」
「盗んだものじゃない。俺が材料を集めてつくった。ビンは拾ったものだ」
「そう……ありがとう。でも、わたしはお酒飲めないわ。あなたが飲んで」
「いろいろと役に立つものだ。飲まなくていいから持っていてくれ」
そう言って男は背を向け、また横になった。
「そうだ。このあいだ魔物がくれたお魚を干物にしているのよ。一緒に食べましょう」
「俺はそういうものは食わない。貴重な食料だろう。お前ひとりで食べるといい」
「でも、あなたも栄養を付けないと」
「いいんだ。肉や魚を獲るのには苦労しているだろう。ここへ来たときよりだいぶ痩せた」
「まあ、わたしのことまで観察しているみたい」
「人間すべてが観察対象だ。とくにお前は近くにいるしな」
実際、ミアは肉や魚を獲るのには苦労していた。弓や矛など狩猟の道具は使ったことがない。
試行錯誤して作った罠に初めてウサギがかかったときは嬉しかった。しかし、うまいこと獲れても捌くのには心に大きな負担がかかった。
ここに来たときの手荷物の中にあったナイフを握り締めたまま、獲物にとどめを刺すまで長い時間を要した。
「ごめんなさい……」
ミアは涙をぼろぼろとこぼしながらウサギの身体にナイフを入れた。
ウサギを食べたことがないわけではない。だが、家では調理されたものしか見たことがなかった。命を奪うという行為はどこか遠く、自分とは無関係なところにあった。
あるときは命を助け、あるときは命を奪う。
もし、怪我をしたウサギがやって来たらどうするのか?
治療するのか、食べるのか?
自分のやっていることには大きな矛盾があるのではないかと思った。
——たくさんの命を頂いてまで生きる価値があるのだろうか。
そんなことをポツリと漏らした。
「生き物は生きること自体が目的だ。そこに価値や意味は求めない。そんなことを考えるのは人間だけだ。だから面白い」
男は背を向けたまま言った。
「だから、観察のしがいがあるってこと?」
「そういうことだ」
男の肩がわずかに揺れた。ミアには笑っているように見えた。
王になったアランはたった一年で国内の人心を失っていた。
国内だけではない。弔問に訪れていた各国の大臣たちも、弔意の表情こそ変えなかったが、しっかりと次期王の値踏みをしていったに違いない。
いまや、佞臣たちがはびこり、賄賂が飛び交い、税は倍以上に跳ね上がっていた。
先王の統治が盤石と言われていただけに、たった一年でよくここまで国を衰えさせたものだと逆に感心するものさえいる始末である。
先王に仕えた功臣たちはほとんどが僻地に追いやられていた。
アランは自己顕示欲は人一倍あったために民衆の前によく姿を現した。そうすると、先王のときとくらべて自分に人気が無いのがわかるのである。
「なんとかしろ!」
アランは先王を超える偉大な王になりたがった。
そのための善政はなにひとつ行わなかったが。
それで人気が出るはずはないのだが、本人にはそれがわからないらしい。国王であるというだけで崇められるものだと信じて疑わなかった。
手っ取り早く人気を上げるなら、減税をするか戦争に勝つことだろう。
「減税は無理です」
側近のひとりが言った。
国王が一年間浪費したおかげで国庫は空に等しくなっていた。
もちろん金がなければ戦争もできない。戦争は国民の不満を国外に向けるためにも有効ではあるが、軍隊を運用するには多大な費用がかかる。戦争などする理由もなく相手もいない。
残された人気取りは「英雄譚」だった。
普通の人間にはできない功績を挙げて英雄になる。
側近からは混沌の森に棲む魔物を倒して、王の武勇伝を広めようという案が出た。
「俺が行かなくてもだれか屈強な兵士を送ればいいだろう」
贅沢な暮らしから離れて辺境に行くのも嫌なら、剣をとって命がけで戦うのも嫌だという。
たしかに、魔物が棲むといっても、それで困っているものたちはあまりいないのだった。
「魔物といっても害がないのなら倒したところで称賛はされないだろうなあ」
側近たちは話し合った。
「そこは、うまいこと話をつくるさ。『近隣の村に魔物の被害が頻繁に出ているが、だれも退治できないので、王が直々に行って討伐した』とか」
「なるほど。しかし、陛下はあまり乗り気でないようだ」
「混沌の森といえば、追放されたブラックウッドの娘はどうなった? さすがにあれから一年以上経っているし、もう……」
「それが、少し前に西の森の奥深くまで入ったものがいて、混沌の森の近くで女らしき人影を見かけたと報告があった」
「まさか、ブラックウッドの……?」
「あんなところを好き好んでうろうろしている人間はおらんだろう。いるとすれば、やむを得ず住んでいるものだけだ」
「少女がひとりで、いったいどうやって」
少し離れた場所に腰掛けていた王が、ミアの名に反応して立ち上がった。
「生きているのか、ミア・ブラックウッドが……」
王は魔物と聞いておよび腰だったが、ミアの名が出ると一変奮起した。
「そもそも、あの女のせいで俺の人生にケチがついたのだ」
新王は物事がうまくいかないことを他人のせいにするのが得意だった。自分でそんなふうに思い込むことができた。弱い心を守るために自然に身についた悪習かもしれない。
「魔物を討伐したうえで、あの女も殺して憂いを断つぞ!」
少女を殺したところで事態が好転することはないが、王がやる気を出したので側近たちは黙ってうやうやしく頭を下げた。




