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1.婚約破棄プラス国外追放

 深い森のそのさらに奥、人間たちが足を踏み入れることのない原始の森にミア・ブラックウッドはひとりで暮らしていた。

 原始の森は「混沌の森」とも呼ばれ、魔物が棲む場所として人間たちには怖れらていた。

 彼女がここへきて、ポツリと一軒だけある粗末な小屋に住むようになってから一年以上が経つ。

 本来ならいまごろ王宮で悠々自適に過ごしているはずだった。




 ブラックウッド家は公爵で、ミアはこの国の王子と婚約していた。

 貴族の娘ならだれでも憧れる王妃の座を確約されて、彼女の人生は前途洋々と思われた。

 しかし、国王が病で急逝すると、王子とその側近たちの横暴がはじまった。

 まだ国王の葬儀も終わらぬうちに、やれ戴冠式だ、やれ宴だ、やれ親が決めた相手との結婚はいやだと言いたい放題やりたい放題であった。

 戴冠式については、さすがに喪が明けないうちは性急すぎるし、隣国とのスケジュール調整もあるからと先送りされたのだが。


「婚約破棄?」


「そうだ」


 国葬の儀がひととおり終わると、各国の参列者たちのいる前で王子アランはミア・ブラックウッドとの婚約破棄を宣言した。

 王子はニヤニヤしながら、ミアの大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳を覗き込んだ。


「貧乏貴族との縁談は国にとってなんの利益にもならんからな」


 ブラックウッド家が決して貧乏なわけではない。ただ、王子の後ろにいるマクベイン公爵家は大富豪だった。

 王子が派手好きで浪費家というのは有名だった。これまでは父王がたしなめてきたが、そのタガが外れて、贅沢しまくりたいという欲望があふれている。それは、ミアを見下ろして爛々と光る目からも見え見えだった。


「そうですか」


 ミアとしては親が勝手に決めたことであるし、王子を愛していなかったのでどうでもよかった。しかし、他国の大臣まで集うなかでこんなことを言われるのは公爵家として体裁が悪く両親に申しわけなかった。

 彼女の父親は幼少期から王と仲がよく、婚約はそのふたりが相談して決めたことだった。

 ミアの父は国王との約束を反故にしたくないと王子に考えなおすよう求めたが聞き入れられることはなかった。

 王子はミアの平然とした顔を見て、急に表情を歪ませた。


「ふん! 婚約破棄を告げられても涙ひとつこぼさんとは、あいかわらずの鉄面皮だな」


 王子はミアより三つ年上の十八歳だった。親同士が仲がよかったため、小さいころからよく遊んだが、あまりに我儘がすぎるため、年下のミアにたしなめられることが多くあった。しかし、思い通りにならないとアランは癇癪を起こし余計にわめきたてるのである。そんなときミアはいつもあきれ顔で黙ってしまうのであった。


「その達観した顔が好かんのだ! 小娘のくせに」


 ミアはたしかに表情にとぼしいところがあったが、そう言われても顔は生まれつきのものなのでどうしようもない。

 王子はミアがもっとうろたえるところを見たかったのかもしれない。


「こやつの首をはね、ブラックウッド家を取り潰しにする!」


 王子は甲高い声で叫んだ。

 しかし、なんの罪もないのに、いきなり首をはねることなどできるわけがない。しかも、相手は公爵令嬢である。さすがに側近たちが止めた。


「なぜ殺すことができん。俺は国王だぞ! 罪状? 不敬罪だ! 国王を敬う気持ちがない!」


 王子はさらに興奮してわめきたてた。

 ミアは「この人はいくつになっても変わらない。国王の自覚を持てば少しは大人になるかと思ったが、より我儘をエスカレートさせるだけだった」と失望した。

 その顔を見て王子はさらにいきり立った。


「領地を取り上げ、ブラックウッド一族の首をはねよ!」


 結果から言うと、死罪はまぬがれたが、ブラックウッド家は国外追放となってしまった。

 それだけではやはり王子の気がすまず、ミアだけ家族と離れて暮らすことになった。

 ブラックウッド家は公爵である。他国にいると、追放を理由にそこの国と結託して攻め込んでくるかもしれない。そのため、貴族の追放場所は基本的に北の果ての大地だった。ただし、ミアは家族とはべつに西の果ての混沌の森へ飛ばされることになった。




 きらびやかな長い金髪は短く刈られ、衣装も粗末なものに着替えさせられた。

 ミアは、貴族の娘だから野ざらしにはできないと、申しわけていどに作った小さなほったて小屋に住むことになった。

 小屋は混沌の森の入り口にあり、その手前の森とのあいだは木々が少なくひらけていた。そばには小川もあった。

 こんな道もない場所に住居を建ててもらえるだけでもありがたかった。

 死罪にならなかったこともふくめて、王宮内にも同情してくれるものはいるのだろう。

 しかし、結局のところ貴族の娘が魔物の脅威のある森にひとりぼっちでは、どうせ長くは生きられないだろうと思われていた。


 ところが、大方の予想に反して、ミアは一年以上経ってもなんとかここで暮らしていたのだった。

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