危機の前触れ
セリオンはバイクで荒地を走っていた。目指すはフライヤ Freija
セリオンはアルテミドラがフライヤを狙っていることを知ったため、バイクで一人先に帰ることにしたのだ。
「スルト、俺はバイクで、一人ヴァナディースに帰ろうと思う」
部屋の中でセリオンがスルトに言った。
「何か気になることでもあるのか?」
部屋の中にはほかに、エスカローネとアリオンがいた。
「? どうかしたの、セリオン?」
エスカローネが心配そうに聞いてきた。
「セリオンはヒュオンが言っていたことが気がかりなんだな?」
「ああ、そうだ。闇の神官ヒュオンが言っていた。フライヤこそ真の目的だと。だから俺は一刻も早くフライヤに戻りたいんだ」
「そうだな。馬車で帰るのでは時間がかかるだろう。セリオンの判断は正しい。私からも頼めるか?」
「わかった。じゃあ、俺はここで別れて別行動をする。エスカローネはあとから馬車で帰ってきてくれ」
「わかったわ。セリオン、気をつけて」
セリオンは一同とのやり取りを思い出していた。
バイクが風を突き抜ける。
「急いでヴァナディースに戻らないとな。アンシャルや母さんはどうしているだろう? アイーダは学校に通っているんだろうか…」
セリオンにはフライヤに残った兄弟姉妹が心配だった。
そこに大きな音がした。
「? なんだ?」
すると前方の上り坂から巨岩が転がってきた。
「!? なんだ、あの岩は!? くっ!? このままでは!?」
セリオンはバイクを急停止させた。そして、神剣サンダルフォンを出す。セリオンは蒼気を放出した。
そのあいだにも巨岩はスピードを増して転がってくる。セリオンは大剣に蒼気をまとわせた。セリオンは大剣をかかげた。セリオンは大剣を上から下へと振るった。
巨岩はセリオンの斬撃によって一刀両断にされ、左右に分かれて坂を転がっていった。
「ふう… いったい何だったんだ、今の岩は?」
「ククク! さすがは英雄。あの程度の岩ではあっさりと片づけられるか!」
「!? 誰だ?」
セリオンは周りを見わたした。周囲には誰もいなかった。
「クックック! どこを見ている? 俺様はここだ!」
セリオンの前に、黒い影が現れた。そして影の中から一人の男が出てきた。
「!? おまえは何者だ?」
男は茶色の長い髪に、濃い緑色の体にフィットしたスーツを着ていた。特に男の姿で異彩を放つのが、顔につけられた仮面だった。
仮面は両目を覆い、目の上に一筋の光を浮かべていた。
「俺様の名はツェルバベル Zerbabel 悪魔だ」
「アルテミドラの手下か?」
セリオンは大剣を構えながら尋ねた。
「ククククク、その通り。俺はアルテミドラ様に仕える者だ。アルテミドラ様からのご命令だ。セリオン・シベルスクよ、ここで死んでもらう!」
そう言うとツェルバベルは手を前にかざした。
10の魔法陣が出現した。
「魔法陣か。いったい何を呼び出すつもりだ?」
「クククク! いでよ! トレントども!」
魔法陣から木の妖魔トレントが現れた。合計10体。
「トレントを召喚したのか」
「このトレントどもがまずおまえの相手をする。さあ死ぬがいい、青き狼よ!」
トレントたちは狭い道にひしめくように出現していた。これはむしろセリオンに地の利があることを意味する。
「相手はトレントか。望むところだ」
トレントは腕のように枝を伸ばして、セリオンを攻撃してきた。セリオンはとっさに体をかたむけてこの攻撃をかわした。
セリオンはトレントの群れに接近すると、蒼気の刃で、一刀のもとに一体のトレントを斬り裂いた。
斬られたトレントは地響きを立てて道の上に倒れた。そしてトレントは粒子化し消えた。
セリオンはトレントの群れに斬りこんだ。あるものは一刀両断に、あるものは横に斬り裂かれ、あるものは蒼気の刃で貫かれて絶命した。かくしてトレントたちはセリオンの斬撃によって全滅した。
「むう… トレントが全滅するとは…」
ツェルバベルが言葉を漏らした。
「どうする? まだやるか? トレントごときでは俺を止めることはできないぞ?」
セリオンはさっそうと答えた。
「フン! いい気になるなよ。今度はこの俺様が相手になってやる。覚悟しろ! 槍よ!」
ツェルバベルは右手を上に上げると、精巧な金属製の槍を作り出した。
「槍を作り出した? 土属性の魔法か」
「その通り。俺が得意とするのは土属性の魔法だ」
ツェルバベルは槍を構えると、セリオンに近づいた。そして、セリオンの腹を狙って鋭い突きを繰り出した。セリオンは大剣の刃でガードした。
「そらそらそら!」
ツェルバベルは鋭い突きを連続で放った。頭、首、胸、肩、腹など各部分を強力で勢いのある突きが襲った。しかし、セリオンはそれらのすべてを見切り、大剣でガードした。
「どうした? その程度の槍術では俺にとどかないぞ?」
セリオンが冷静に告げた。
「ククク… なら、もっと『力を入れてみる』か?」
「何?」
ツェルバベルは再びセリオンに連続突きを放った。セリオンは再びガードする。
「くっ!?」
セリオンに向けられる突きのパワーがはね上がった。セリオンは手に痛みを感じた。
このままでは大剣を落とす可能性がある。セリオンはガードから回避に切り替えた。
ツェルバベルの突きをよける。
「よくかわすものだ。だが、これならどうかな!」
ツェルバベルは強烈で、鋭い突きを一撃だけ出した。セリオンは大剣を振るって、この攻撃を防いだ。
セリオンは大剣を横に振るってツェルバベルに斬りつけた。ツェルバベルは槍を縦に構えて、この攻撃をやり過ごした。セリオンは大剣で斜めに斬りつけた。
「おっと!」
ツェルバベルは大きく後ろにジャンプしてこの斬りをかわした。
「死ねえ!」
ツェルバベルは槍を構えると、高速でセリオンに接近し、突いてきた。セリオンは足をスライドさせてこの突きをよけた。セリオンはそれから大剣で横に斬りつける。
ツェルバベルは大きく跳びあがりセリオンの斬りを回避した。それから槍を下に向けてセリオンを貫こうとしてきた。セリオンはとっさにバックステップで下がった。
ツェルバベルの突きがむなしく空を突く。
「クックックック! よくかわすな。この俺様とここまでできるとはな」
「おまえのパワーも、スピードも驚異的だ。だが、俺にはさらに上がある」
「なんだと?」
「蒼気!」
セリオンは蒼い闘気を放出した。セリオンの蒼気がツェルバベルに冷や汗をかかせる。
「いくぞ!」
セリオンはダッシュした。セリオンは蒼気の斬撃を繰り出した。
「フン! そんなもの!」
ツェルバベルは槍を横に構えて、ガードした。
しかし…
「ぐううう!?」
セリオンの斬撃は強烈だった。ツェルバベルは全身がふるえた。全力でセリオンの攻撃をガードする。
セリオンはさらに斬撃を出した。セリオンの攻撃がツェルバベルを押していく。
「くっ、こんな… こんなことが!?」
ツェルバベルは焦った。セリオンの攻撃に防戦一方となった。
「はあああああ!」
セリオンは大剣で斬り上げた。
「くそっ!」
ツェルバベルは槍でガードしようとした。しかし…
「なんだと!?」
セリオンの斬りはツェルバベルの槍を切断した。ツェルバベルはすみやかに後方に退避する。
「……ちっ!」
ツェルバベルは切断された槍を無造作に投げ捨てた。
「どうやら、白兵戦ではおまえのほうが上のようだな。だが、俺の力はこんなものではない。
この俺様の真の力を思い知らせてくれるわ!」
「? なんだ?」
「くらえ! 多連・硬石槍!」
石の槍が多くセリオンに向かって放たれた。
石の槍は逃げ場なく広範囲に放たれた。
「甘い!」
セリオンは自分に向かってくる石の槍を狙って、蒼気の刃で攻撃した。セリオンによって、石の槍は迎撃された。
「よくやる! なら、これはどうだ? 岩石弾!」
空中に岩石がいくつも形成された。それらの岩石はセリオンを狙って四方から集中した。
「死ね! 岩の圧力でつぶれろ!」
セリオンは巧みに岩石を引き付け、ステップでこの攻撃を回避した。
「石灯!」
セリオンの下から黒い土が盛り上がった。
「!?」
セリオンは考えるより先に体を動かした。黒い土は吹き上がりやがて消えた。
「石灯さえ、かわすとはな。だが、これまでだ。奥の手ほど取っておくものだからなあ」
ツェルバベルがにやりと笑った。
「なんだ? また新しい魔法でもあるのか?」
「クックック! 見るがいい! 石眼!」
ツェルバベルの目が妖しく光った。
「なっ!?」
セリオンは足元から石化しだした。セリオンンはかわせなかった。
セリオンは完全に石になってしまった。それを見てツェルバベルは。
「ハーッハッハッハッハッハ! どうだ! 見たか! これが俺様の力だ! さて、このまま窒息死させてもいいが、それでは俺のプライドが許さない。この槍で、刺し貫いて殺してくれる!」
ツェルバベルは前よりも大きな槍を出した。
ところが… ピキッ!
「なんだ?」
石化したセリオンの体に亀裂が走った。亀裂は全身にいきわたり、表面の石は砕け散った。
黒い石の中から、蒼気をまとったセリオンが現れた。
「なんだと!?」
ツェルバベルが驚愕した。
「ふう… 今のが隠し技か?」
「ぐぬう…」
ツェルバベルの顔が歪んだ。
「これで、終わりだ! 蒼気凄晶斬!」
セリオンはツェルバベルに接近して、収束した蒼気の刃を振り下ろした。
「そんなもの!」
セリオンの斬撃はツェルバベルの槍を両断し、さらにツェルバベルを斬った。
「がっ!?」
ツェルバベルが倒れる。
「くそっ! この、この俺様が敗れるとは… アルテミドラ様… 申しわけありません…」
ツェルバベルは濃い茶色の粒子と化して消滅した。
アルテミドラ宮。
ここはアルテミドラの魔力によって創られた亜空間である。アルテミドラは玉座の間にいた。そこでシュヴァルツおよびヒュオンから報告を受けていた。
「アルテミドラ様、どうやらツェルバベルはセリオン・シベルスクに敗れ、死んだもようです」
シュヴァルツはひざまずいて報告した。
「そうか。ツェルバベルは敗れたか… フフフフ… さすが我が宿敵セリオン・シベルスクだ。
あのツェルバベルを倒すとはな。大悪魔デモゴルゴンも青き狼、英雄セリオン・シベルスクによって倒された。さて… おまえたちはどのような策が良いと思う?」
アルテミドラが二人に質問を投げかけた。シュヴァルツは答えた。
「あの男の力は驚異的です。このまま手下を送って戦わせれば、そのすべてに勝利するでしょう。結果は我々の敗北です。かくなる上は、戦力をすべて出して、セリオン・シベルスクを抹殺すべきです」
「うむ。おまえはどう考える、ヒュオンよ?」
ヒュオンは口を開いた。
「私は私か、シュヴァルツを派遣させていただければ、セリオン・シベルスクを倒せると考えております」
「ふむ…」
アルテミドラは目を閉じた。どうやら何かを考えているようだった。アルテミドラは再び目を開けると、二人に向かって話し出した。
「かくなる上は、この私自らがあの英雄と戦わねばならないかもしれぬ。これ以上、おまえたちに犠牲が出ては困るのでな。ウッフフフフ… それに秘密兵器もあることだしな」
アルテミドラは玉座から不敵な笑みを二人に向けた。
「アルテミドラ様自ら、あの青き狼と戦われるのですか?」
「不満か? シュヴァルツよ?」
「アルテミドラ様のお手をわずらわせるなど、我らの恥でございます。アルテミドラ様は我らが青き狼と戦っているのをごらんになればよろしいかと」
「フフフ…」
「いかがいたしましたか?」
「いや、私は楽しいのだ、シュヴァルツそしてヒュオンよ」
「楽しい? なぜですか?」
ヒュオンが顔を上に上げた。
「私にもなぜかはわからぬ。だが、私はあの英雄と再び雌雄を決するのを喜ぶであろう。それだけは確かだ」
「必ずや我ら二人が青き狼を倒してごらんにいれます」
ヒュオンが力強く発言した。
「確かに、そうなってくれると私としてもうれしいのだがな… どうやら計画を早める必要があるかもしれんな。フフフフフフ…」
大聖堂付属の庭ではシエル、ノエル、アイーダがかくれんぼをしていた。鬼はノエルの役だ。
「いち、に、さん、し、ご……」
ノエルが木に向かって数を数える。そのあいだに、シエルとアイーダは庭園のどこかに隠れた。
「じゅう! よーし! 二人を見つけるよー!」
ノエルは後ろを振り返った。ノエルは庭園全体を見わたした。二人はうまく隠れたのか、どこにもその姿は見当たらない。
「うーん…… どこに隠れたのかなあ……」
ノエルはとりあえず庭園を歩いてみることにした。
「シエルちゃん、アイーダちゃん…… どこに隠れたのー?」
ノエルは周囲を探した。
「あれ?」
ふと、ノエルはあるものに目を止めた。それは金髪の長いポニーテールだった。
ノエルはニヤッと笑った。
「シエルちゃん、みーっけ!」
「うそ!? どうして見つかったの!?」
シエルは驚いた。
「だって、シエルちゃん、髪の毛が見えていたよ?」
シエルは大きな木の裏側に隠れていた。
「よーし! 次はアイーダちゃんの番だね! どこにいるのかなー?」
ノエルが意気揚々とアイーダを探そうとしたとき、ふとバイクの音がした。
「? どうしたんだ? シエル、ノエル?」
そこにセリオンが帰ってきた。
「あっ、お兄ちゃん! おかえりなさい!」
とシエル。
「あれ? お兄ちゃんはスルト大統領といっしょじゃなかったの?」
ノエルが疑問を口にする。
「ああ。敵に俺たちは襲撃されてな、一足先に俺が一人だけ早く帰ってきた。エスカローネやアリオンはスルトといっしょに戻ってくる予定だ。それにしても…… おまえたちは何をしていたんだ?」
「なにって、かくれんぼだよ」
とノエル。
シエルとノエルはセリオンに近づいた。
「そうか。どうやらまだ脅威は訪れていないようだな。安心した」
「あっ! セリオンお兄ちゃん!」
アイーダが藪から姿を現した。アイーダはセリオンに向かって突撃すると、セリオンに抱きついた。
「セリオンお兄ちゃん、おかえり!」
「ああ、アイーダ。ただいま。良い子にしてたか?」
「うん!」
それを見てノエルが。
「アイーダちゃん、ずるーい! 私もお兄ちゃんに抱きつきたい!」
「ぶー!」
とシエル。
「いっしょに遊んでやりたいんだが、急な用があってな。アンシャルは大聖堂にいるか?」
「うん、アンシャルさんは大聖堂にいるみたいだよ。どうかしたの?」
とノエル。
「ああ。ヴァナディースに危機が迫っている」
セリオンはアンシャルを訪ねて、大聖堂の執務室にやってきた。ドアをノックする。
「入るぞ」
「どうぞ」
セリオンが中に入ると、アンシャルは椅子に座って机で執務をしていた。
アンシャルのそばにディオドラがいた。ディオドラは椅子に座って、脚のうえに本を広げて読んでいた。
「セリオン、おかえりなさい」
「ああ、ただいま、母さん」
「早く帰ってきたな、セリオン。エスカローネやアリオンはいっしょじゃないのか?」
アンシャルが疑問を口にした。
「ああ、そうなんだ。ヴァナディースに危機が迫っている。だから俺一人だけバイクで帰ってきたんだ」
「危機だと? どうかしたのか?」
「ああ、驚くべき事実だ。あのアルテミドラが生き返った」
セリオンは単刀直入に事実を告げた。
「何!? 確かか? アルテミドラはおまえによって倒されたはずだったな?」
「そうだ。どうやら奴は復活したらしい。俺はクサンドラでアルテミドラと会った。そして戦いになった。アルテミドラの真の狙いはこのヴァナディースだ。いっこくの猶予もない。アンシャル、ただちに戦闘態勢を整えてくれ」
アンシャルは椅子から立ち上がると。
「それでおまえだけ、スルトとは別に帰ってきたのか。わかった。すぐに騎士団に呼びかけよう。それに軍にも私から要請しておこう」
「ああ、頼む」
アンシャルは一人、部屋を出て行った。
「……また戦いが起こるのね、セリオン……」
ディオドラは心配そうだった。
「そうだね。今回は今までとは違う。本格的な戦闘になると思う。フライヤだけでなく市民も危ない。アルテミドラはフライヤを攻撃するつもりだ。おそらく全戦力を投入してくると思う」
「セリオンも戦うのね?」
「当然さ。俺は聖騎士だからね。たぶん、母さんたちも後方業務をすることになると思う」
「私は自分にできることをするわ。でも、あなたは倒れてはだめよ。あなたはみんなの希望なんだから」
「俺が、希望?」
「そうよ。あなたはヴァナディースの英雄なんだから。あなたはどんなところでも倒れてはいけないわ。エスカローネちゃんのためにも。セリオン、私はあなたを信じているわ。そしてあなたを愛しているわ」
「ありがとう、母さん。俺を愛してくれて。俺は誓う。決して倒れはしない。今回の戦いで、テンペルの兄弟姉妹もヴァナディースの市民たちも助けて見せる。なにより、俺を愛してくれる人のためにね。必ず、この戦いに勝って見せる。そして、みんなのところに凱旋する。約束だ」
テンペルの大聖堂内には入れる限りの聖堂騎士たちがつめかけていた。聖堂騎士団長アンシャルから緊急招集がかかったからだ。騎士たちは近くの者と会話し、どこか不安げな様子だった。
そんな騎士たちの中にセリオンの姿もあった。そこに近くの騎士から、セリオンは声をかけられた。
「なあ、セリオンは今回の非常招集を知っているのか?」
「なぜ、俺に聞く?」
「いや、セリオンはアンシャル団長と親しいだろう? だから団長が何を話したいのか、もう知っていると思ってさ」
「…………」
セリオンは沈黙した。
「俺から聞くより、アンシャルから聞いたほうがいい。ん?」
その後、セリオンの周囲がざわめき始めた。アンシャルが二階のバルコニーからその姿を現した。
「静粛に」
たちまち私語は消えた。さらに騎士たちは体を緊張させ、直立した。
アンシャルが口を開く。
「急な招集にみなが集まってくれて、私は嬉しく思う。残念ながら、非戦闘員はここに来ることができなかったが、それは共同体の長として伝えることにしよう。まずは集まってくれた諸君に礼を言おう。さて、諸君らはツヴェーデンにいたとき魔女の軍隊と我々が戦ったことをまだ、鮮明に覚えていると思う。あの時我らは生きるか、死ぬかの存亡に立たされていた。だが、我々はそのような運命に決して屈しなかった。全力で我々はあがらった。その戦いは無駄ではなかった。それが今日に至るまで諸君らの勇名を、あまねく世界にとどろかせたのだ。今諸君に言わねばならないことが私にはある。それは我々のかつての敵、かつて一人の英雄が倒した存在、暗黒の大魔女アルテミドラが復活したのだ」
アンシャルは大きな声で明瞭に述べた。聖堂騎士たちのあいだで、ざわめきが起こった。
さすがに歴戦の勇者も、この事実には動揺を隠せなかった。
「諸君、静粛に!」
アンシャルが短く、かつ強く告げた。
「諸君が信じられないのも無理はない。私もいまだに信じられない思いだ。なぜなら、一度死んだ者が、新しい命を得て復活したというのだから。私はある者より報告を受けた。そしてスルト大統領もこの事実を知っているようだ。さて、復活したアルテミドラは何を考えているのか、目下のところとぼしい情報しかない。アルテミドラの狙いはこのヴァナディースのようだ。アルテミドラはヴァナディースを悪意ある軍団で攻撃し、滅ぼそうとしている。彼女がいつ、いかなる攻撃を行うのか、それはわからない。今回の戦いは総力戦になるだろう。つまり我々、聖堂騎士団は死力を尽くして戦わねばならない。我々はツヴェーデンを去り、ヴァナディースに移住した。ヴァナディースは祖国だ。我々はこの脅威に対して、毅然と立ち向かわねばならない。我々はアルテミドラと戦う。ここで一つ、諸君に言わねばならないことがある。今回の戦いは命を懸けてのものになるだろう。諸君にも大切な存在はいるだろう。諸君には戦うために、脳裏に思い浮かべることができる人たちがいるはずだ。それが誰かはひとりひとり違うだろう。ある人は恋人、妻、家族…… 諸君はそれらの人々のために戦わねばならない。これは諸君の大切な存在を守るための戦いでもあるのだ。そのためにも、我々は今回の戦いに絶対に勝たねばならない。我々の敗北は大切な人たちや、テンペルの兄弟姉妹の死に至る。それだけは何としてでも阻止しなければならない。騎士と兵士は違う。戦うことは同じだが、騎士は守るべき者のために戦う。兵士は祖国のために戦う。兵士たちは祖国や国民のために戦うからだ。諸君、今回の戦いでは、私も最前線で戦うつもりだ。私は諸君と危険や苦難を共にしたいと考えている。聖堂騎士団の長として、私は諸君らに命ずる。剣を上に掲げよ!」
アンシャルは手から白銀の長剣イクティオンを出すと、それを高々と掲げた。長剣から白銀の光が光った。そして、続々と騎士たちが剣を手にして高く掲げた。
「今回の戦いは普通の戦いではない。これは戦争だ!我々は大切なものを守るために戦う!日々の訓練は軍隊ごっこではない。まさに、今、起きつつある戦いのためにあるのだから。強く、ゆゆしく、雄々しく戦おう! 我々は勝利する。我々は勝利をつかむ。我々は未来を切り開く。諸君! 共に戦い勝利しよう! すべては主なる神の救いあれ! 神が我々と共に戦ってくださるように! 諸君! 戦いの準備をせよ!」
「おおおおおおお!!!」
とてつもなく大きな声が大聖堂内に響き渡った。
アンシャルが演説した後、大聖堂の内陣はさながら野戦病院と化した。さまざまな医薬品や包帯、簡易ベッドなどが
用意され設置されていった。
「ふう…… 大変だったわ。準備はこのくらいで大丈夫かしら……」
作業をしていたディオドラは周囲のシュヴェスターたちを見わたし、一息をついた。
「準備はどうだ、ディオドラ?」
「あら、アンシャル兄さん。兄さんのほうこそ、こんな所で油を売っていていいの?」
「これは手厳しい。だが大丈夫だ。騎士たちは戦うのが仕事だ。何もすることがない今は武器の手入れくらいしかないさ」
「準備は整いつつあるわ。兄さんから命じられた通りに、大聖堂内部は負傷者の治療と看護に当てるつもりよ。子供たちは寮に集められたわ」
「そうか。ありがとう。さすがに子供たちに手伝わせるわけにはいかないからな」
「シエルちゃんやノエルちゃんは大人たちに混じって働くみたいね。アイーダちゃんはダリアちゃんに面倒を見てもらっているわ」
「ダリアに子供たちの面倒を見させて正解だったな。確かダリアはテンペルに来る前にも、学校で教師をしていたんだったか?」
「ええ、そうよ。ダリアちゃんは信仰の生活に入る前は教師をしていたと言っていたわ」
「なら、子供たちは安心だ。子供たちの安全は私たち騎士が守る。だから安心してくれ」
「そうね。兄さんたちが守ってくれるなら安心できるわね。あとすべてをやり遂げたあと私にできることは、神に祈ることだけね」
ディオドラは立ったまま、左手の握りこぶしに、右手を添えて、祈りのしぐさをした。
ディオドラは後世の歴史からは、英雄セリオンの母として記憶されることになる。
「ディオドラ、何か必要なものはあるか? 私が命じてすぐに用意させよう」
「うーん…… そうね…… そうだわ。毛布がもっと欲しいのだけれど、お願いできるかしら?」
「毛布だな? わかった。手の空いている部下に持ってこさせよう」
「それと、兄さん…」
「どうした、ディオドラ?」
ディオドラは真剣な顔つきをして。
「兄さん、死なないでね」
「ディオドラ……」
「今回は戦争のつもりで戦えと命じたでしょう? だから非戦闘員もその覚悟で働くつもりよ。みんなシュヴェスター(シスター)たちは覚悟ができているから。私たちにできることはない?」
「そうだな。そろそろ夕食の時間だ。騎士たちに、食事の準備をしてもらいたいな」
「食事ね。わかったわ」
「それとディオドラ」
「何、兄さん?」
アンシャルはとっさにディオドラを抱きしめた。しばらくそのぬくもりを感じる。
「兄さん……」
「私たちは必ず、おまえたちを守る。信じてくれ。愛している」
「……ええ。信じているわ。兄さんもセリオンも、必ず私たちを守ってくれると私たちは信じてる。私たちは私たちの戦場で戦うわ。ありがとう、アンシャル兄さん」
ディオドラは自分からも手を伸ばし、アンシャルを抱きしめた。
一方、セリオンは大聖堂付属の礼拝堂で、ひざまずき神に祈りをささげていた。
「やあ、セリオン。戦いの準備はできてるかい?」
「? おまえは…… アルヴィーゼ。本当に神出鬼没な奴だな」
セリオンは立ち上がった。アルヴィーゼははにかんだ笑顔を浮かべた。
フライヤ自体が、ものものしい雰囲気に包まれている。厳戒体制だ。
不要な外出は禁止された。
「どうやら軍も戦闘態勢を整えつつあるようだな。いつアルテミドラが襲ってくるかわからないから、な…… 俺たち聖堂騎士も戦闘準備をしているところだ」
「それは良かった。どうだい、セリオン。この戦い、勝てる自信はあるかい?」
「俺たちは勝たねばならないのさ。でなければ、俺たちは自分たちの大切なものを守ることができなくなる。俺たちは勝つ。勝ってここに戻ってくる。俺はアンシャルから内々の指令を受けているんだ」
「へえ…… それはなんなんだい? よかったら、ぼくに教えてもらえるかい?」
アルヴィーゼは好奇心のある目を向けた。
セリオンはしばらく黙り込んだ。この指令は他言無用と言われていたからだ。
「まあ、おまえは天使だから話してもいいか。俺が受けた指令は、アルテミドラの抹殺だ」
「そうかい…… ぼくが思うに、アルテミドラはただ復活したんじゃない。彼女は新しい力を得て、よみがえったと思う。セリオン、かつてと同じ相手だと思っていると、やられるよ」
「そうか…… おまえの忠告は胸に刻んでおくよ。ところでおまえはどうするんだ? ヴァナディースの人間ではないし、何をするつもりだ?」
「フフッ、ぼくも君たちに手を貸すよ。黙って、この危機を見逃せるほど、薄情じゃないからね。ん、おや?」
「? どうした?」
「外が騒がしい。何かあったんだろうか? セリオン、外に行ってみよう!」
それは突如起こった。青い空が赤紫色に変わったのだ。
「あれは何だ!? 空が赤紫色に!?」
セリオンは驚愕のまなざしで空を見つめた。
「おまえも来たか、セリオン」
「アンシャル」
セリオンのそばにアンシャルがやってきた。
「空の色が変わった。何か不吉なできごとの前兆だと私は思う。それに…… あれは!」
アンシャルは指で、空を差した。
「!? あれは…… オーロラ?」
セリオンは口に出した。そらに赤紫のオーロラが現れ、しなやかに動いた。
「いったい、何が起ころうとしているんだ?」
三人は目の前の光景を眺めた。そこに空から声がかかった。
「ヴァナディース市民に告ぐ」
「!? あの声は!?」
「「アルテミドラ!?」」
「私はアルテミドラ。暗黒の大魔女アルテミドラだ。諸君の中にはツヴェーデンで我がしもべどもと戦って、私の名を覚えている者もいることだろう。私は告げる。これから、この世界エーリュシオンに闇の支配が到来するであろう。世界は闇の理によって支配されるのだ。私は手始めにこの都市を、フライヤを滅ぼす。それが嫌ならば全力で我がしもべどの攻撃にあがらってみせるがいい。フフフフフフ! 諸君らがどのように抵抗するか、私にはそれが楽しみだ。せいぜい善戦してくれることを期待する。さて、我がしもべどもよ、ヴァナディースを攻撃せよ!!」
アルテミドラが言い終わると、空から、無数のトーデス・マシーネが現れた。それぞれ地上に降下してくる。
「フフフ! 聞いているか、セリオン・シベルスクよ! 私の居城アルテミドラ宮はワープゲートの先にある。私と戦いたくば、塔の上にある入口に来るがいい! そして我らが決着をつけようではないか! この世界滅亡の宴だ。思う存分楽しんでくれ。おまえが私のもとに来ることを、気を長くして待っているぞ? フフフフ、ウッフフフフフ!」
「ちっ! アルテミドラの奴め! 好きな事を言う!」
「セリオン、アルテミドラが言っていた塔とはあれのことだよ」
アルヴィーゼが丘の上を指さした。
「あそこがアルテミドラの言ってた塔か。確かに、あの塔の頂上に黒いワープゲートがあるな」
「セリオン、わかっているな? ザコどもは私たちに任せてくれ。そのあいだにおまえはアルテミドラを討て!」
「わかった、アンシャル。すぐに俺はあそこに向かう」
「それと、セリオン……」
「? どうした、アンシャル?
「死ぬなよ。必ず、生きて帰ってこい。また会おう!」
「アンシャル…… ああ、また会おう!」
セリオンとアンシャルは互いに抱き合った。
「じゃあ、アンシャル、行ってくる」
「ああ。おまえは英雄、そして希望だ。また会えることを私は信じているぞ。アルテミドラを倒して凱旋してこい」
「ああ、わかっている!」
「セリオン、ぼくも行くよ。できるだけ君を消耗させたくないからね。あの塔までいっしょに行こう」
「セリオン」
「「お兄ちゃん」」
そこにディオドラ、シエル、ノエルが現れた。
「母さん、それにシエルとノエルも。どうしたんだ?」
「セリオン、私はあなたの武運を祈っているわ。今回の戦いは私たちにも無関係じゃないから…… あなたを見送りに来たのよ」
「お兄ちゃん、絶対に勝ってね」
「みんな、お兄ちゃんのことを待っているから。アルテミドラに負けないで!」
ディオドラ、シエル、ノエルの順で。
「ああ、俺はみんなの希望だ。絶対にアルテミドラに負けはしない」
そう言うとセリオンはディオドラ、シエル、ノエルと抱擁をかわした。
「じゃあ、行ってくる。アルヴィーゼ、急ごう。敵も部隊編成を終えているだろうから」