ツヴェーデンとクサンドラ
シュヴァルツとシュネー・マシーネを退けたスルト一行は無事にアスリエル峠を越え、ツヴェーデンに到着した。ツヴェーデンはセリオンたちが育った都である。それぞれが感慨にふけった。
「戻ってきた… 戻ってきたんだ、ツヴェーデンに」
セリオンは改めて首都シュヴェーデの街並みに視線を向けた。
城壁広場では一行は駐ツヴェーデン大使チェスカの出迎えを受けた。
チェスカはプラチナブロンドのポニーテールに青い瞳をしていた。チェスカはスルトの前でひざまずいた。
「スルト大統領閣下、駐ツヴェーデン大使チェスカ、参上しました」
スルトは馬車から出て。
「うむ。出迎え、ご苦労。さっそくだがチェスカよ、私はヴァナディース大使館へと向かいたい。案内を頼む」
「はい、お任せください、大統領閣下」
「フェーリクス・マインツァー Felix Meinzer 大統領との会談は明日の予定だ。セリオン、エスカローネ、アリオン、おまえたちは今日は残りの時間を自由時間にしてかまわないぞ。各々好きな所に行くがいい」
「わかった」
「わかりました」
「はい、そうします」
「それでは大統領、こちらへ」
スルトは再び馬車に乗ると、セリオンたちが残された。
「さて、じゃあ、どうしようか、エスカローネ?」
「そうね。自由時間になったんだし、久しぶりにシュヴェーデ各地を巡ってみましょう」
「そうだな。なら、まず初めに、カフェ・モーント・シャインに行くのはどうだ? あそこでコーヒーを飲もう」
「それもいいわね。行きましょう!」
エスカローネはセリオンの腕を取った。
「いいねえ、二人はラブラブでさ。まっ、いいさ。俺は俺で行きたい所があるし、ここからは別行動だな。じゃあ、セリオン、エスカローネさん! 俺は行くよ」
そういうとアリオンは歩いていき人ごみの中に消えていった。
「よし、俺たちも向かうとしようか」
セリオンとエスカローネは久しぶりに、カフェ・モーント・シャイン(月光)を訪ねた。
陽光が降り注ぐテラス席に二人は腰かけた。
「いらっしゃいませ! ご注文は何にしますか? …て、え? セリオンさん? エスカローネさん?
新しい国に行ったんじゃなかったの!?」
そこに一人の女性が現れた。
二人との出会いを彼女は驚いているようだ。
「久しぶりだな、エルヴィーラ Elvira さん」
彼女はエルヴィーラといい、このカフェの看板娘であった。
「え!? セリオンさんも、エスカローネさんもどうしたの!?」
「私たちはスルト大統領についてきて、ツヴェーデンに戻ってきたのよ。一時的な滞在をすることになったの」
「ほんとに二人なんだ…」
エルヴィーラは感慨深くつぶやいた。
「久しぶりね。元気だった?」
「もちろん、元気だったわ! 二人はどうしていたの?」
「建国の時は本当に忙しかったよ。今は自由時間なんだ。 エルヴィーラさん、コーヒーを二人分いただけるかな?」
「ええ、喜んで!」
エルヴィーラは注文伝票を持って、店の奥に入っていった。
「やっぱり、いいな、ツヴェーデンは。どこか故郷の街に帰ってきた気がするよ」
セリオンが言った。
「本当にセリオンの言うとおりね。シュヴェーデは私たちが生まれ育った都だもの。特別な思いがわかないほうがおかしいわよ。それにこのカフェにいると落ち着くわね」
エスカローネがテラスの周囲を見渡した。テラス席は人がいない所を探すほうが難しいほど、込み入っていた。本日モーント・シャインは大盛況だった。
モーント・シャインはコーヒーやケーキで有名な店だった。
「はい、お二人様、コーヒーをどうぞ」
お盆にコーヒーを乗せたエルヴィーラがセリオンたちの席にやってきた。
「ありがとう」
セリオンがお礼を言った。
「ほかにケーキを注文したいんだが、たのめるか?」
「ええ、いいわよ。何にするの?」
「チーズケーキがいいわね」
「チーズケーキね、わかった」
エルヴィーラはうれしそうだった。
「なんだかエルヴィーラもうれしそうだな」
「そうね。きっとエルヴィーラさんも私たちに会えてうれしいんじゃないかしら?」
エスカローネはコーヒーカップに口をつけた。
「おいしい… やっぱりこの店のコーヒーはシュヴェーデ一ね」
セリオンとエスカローネはモーント・シャインで充実した時間を過ごした。
「申し訳ございません。スルト大統領一行の抹殺に失敗しました」
シュヴァルツはひざまずいて、自身の主君に報告した。シュヴァルツは「抹殺」と言った。暗殺とは言わなかった。実際、暗殺のほうが確実かもしれない。
だが、それは彼の主君が気に入らないのだ。
「気にするな。そう簡単に奴らを殺せるなら苦労はしない。今回は敵のほうが上手だっただけだ。フフフフフ」
闇の女主人は笑った。ここはある宮殿の一室だった。内部は暗く、うっすりとした光が内部に差し込んでいる。闇の女主人は玉座に腰かけていた。
「? なぜ、笑うのですか?」
シュヴァルツにはふしぎだった。なぜ自分の主君が笑うのか? 抹殺には失敗した。だが、本気だったわけではない。シュヴァルツは自分の力をスルト一行に見せていない。抹殺用兵器が二体破壊されただけである。彼には自分の主君が、むしろうまく事が運ばなかったことを楽しんでいるように思えたのだ。
「フフフ… そんなにふしぎそうにするな」
「私にはわかりかねます。…何が楽しい…いえ、何を楽しんでいらっしゃるのですか?」
シュヴァルツは自分の疑問を口にした。
「楽しんでいる…その通りだな。私は事態がうまくいかなかったことを楽しんでいるのだ」
「なぜ、ですか?」
「なぜ、か…かつて私はセリオン・シベルスクと戦い、そして敗れた。私はその時も、うまくいかなかった事態を楽しんでいた。なぜだと思う?」
闇の女主人はシュヴァルツに疑問を返した。
「わかりかねます。私には理解できません」
「そうであろうな。おまえならそう答えるであろう、シュヴァルツよ。だが、この私はそうではない。実のところ、私にもわからないのだ。奴らはこの私を楽しませる。特にセリオン。あのセリオン・シベルスクがな。奴こそ我が宿敵。永遠の宿敵よ。だからかもしれん。血が、血が騒ぐのだ。魔女としての血がな」
「………………」
シュヴァルツは視線を闇の女主人に向けた。シュヴァルツの視線は紫の光となって闇の女主人の顔をとらえた。
「安心するがいい、シュヴァルツよ。私はおまえを使い捨てと思ったことは一度もない。むしろ、おまえにはもっと働いてもらいたいと思っているのだ。たかが抹殺用兵器の損失くらいでおまえを罰することはない」
闇の女主人はまじめな顔を向けた。
「今度こそ、スルト大統領一行を抹殺してごらんにいれます。そして忌まわしき光の勢力に死を」
「そういけばいいがな。そこには必ず奴が立ちはだかるであろう…」
「…セリオン・シベルスクでございますね?」
「そうだ。シュヴァルツよ。我らが目的、闇の支配を、奴は必ず拒むであろう。奴は我らに敵対する」
「闇の支配は我らが悲願です。私は世界が闇に支配されるために、あなた様に仕えております」
「わかっておる。シュネー・マシーネの件は気にするな。あれは、この程度でどこまでやれるかを試すための試作品にすぎん。おまえには後で指令を発する。その時まで、しばしの時を休むがいい」
「御意に」
シュヴァルツは立ち上がると、闇の女主人に一礼し、退出した。
スルトとマインツァー大統領との会談は無事に終わった。実務的なことはすでに事務方によって整備されてきたので、両首脳の顔合わせは最終確認だった。両首脳はヴァナディース・ツヴェーデンの友好と同盟条約締結を確認しあった。両首脳は共同で記者会見を行い、両国の政治について質疑応答した。
最後に両大統領が握手をし、記者会見は終了した。セリオンとアリオンは控室に待機していたが、特に危険なことは起こらなかった。セリオンは内心安心した。闇の勢力のテロを警戒していたからだ。
スルトは残りの細かいところをチェスカ大使に一任すると、次の方針をセリオンたちに告げた。
「次の目的地はクサンドラ王国だ。クサンドラは亜人の国だ。クサンドラとも同盟条約を結びに行く。それによって、対ガスパル帝国同盟ができあがる。おまえたちにも引き続き、私の警護の任務に就いてほしい。 実際、この私に警護など必要ないのだが、補佐官たちがつけろとうるさいのでな」
スルト一行はクサンドラ王国へと出発した。クサンドラは森に囲まれた国で、首都はベルノ Berno といい、獣王アロルド Aroldo によって統治されていた。
この国は亜人たちが自分たちの独立と自由のために建国したのである。スルト一行は駐クサンドラ大使フロリアン Florian の案内でクサンドラ王国に首都ベルノへと向かった。
途中、夜になったため、馬車を止めて夜営することになった。
夕食はクサンドラ名物のソーセージをみんなで食べた。ソーセージにはケチャップとマスタードがつけられており、みなはおいしくいただくことができた。
エスカローネはどちらかといえばソーセージは苦手で、食べるのが大変だったようだ。
このソーセージはフロリアンがスルトたちのために用意したものだった。
スルトもソーセージを豪勢にいただいた。
夜もだいぶふけると、セリオンとアリオンが夜警に立つことになった。セリオンは馬車の近くで火をたいた。セリオンは焚火を見つめた。セリオンは考えていた。
「シュヴァルツ」と名乗ったあの騎士は何者で、誰の命令で動いていたのか。
「やあ、セリオン。ここに座ってもいいかい?」
と、そこにアルヴィーゼが現れた。
「アルヴィーゼ… 神出鬼没な奴だな。この前はいつ去ったんだ? まったくわからなかったぞ?」
セリオンはアルヴィーゼに苦言を呈した。
「それは失礼したね」
「…まったく反省しているように見えないが?」
「そうかい? ぼくは神出鬼没だからね、君の言葉によると」
「まあいいさ。座りたいなら、そうしろ。それにしても、おまえの言う通りだった。再び闇の勢力が現れた。俺たちは襲われた。襲ってきたのはゴーレムとも機械とも言えない奴だったが。俺たちは撃退に成功した。だが、そいつらを操っていたのは黒い鎧騎士だった。そいつは自らを「シュヴァルツ」と名乗った。どうやら俺たちを殺すことが目的らしい。詳しいことを知っているか?」
「シュヴァルツか、か… 正直ぼくにも敵の正体はわからないね。また新しい敵が現れたのかもしれない。シュヴァルツが騎士なら彼の「主が」いるはずだよ。その「主」が何を考えているのかは
ぼくにもわからない。ただ、いえるのはぼくが言った通り、闇の勢力が現れたということだけさ。
シェヘラツァーデ後の平和は終わりだよ。敵は…!?」
「? どうした?」
セリオンはアルヴィーゼにけげんな視線を向けた。
「森の動物たちがおびえている! これは、何かが来る!」
アルヴィーゼは周囲を睥睨した。
その時、セリオンは大きな影が森の上を飛行して行くのを見た。
「あれは… 竜か!」
「セリオン! まずい! あの方向には村がある! ぼくは空間転移の力を使える。ぼくの手を取るんだ!」
「わかった!」
セリオンは差し出された手を取った。すると、一瞬のうちに村の前に移動した。
「すごいな。本当に転移できたのか」
「来たよ、セリオン!」
セリオンとアルヴィーゼの前に翼を広げた黒竜が現れた。
「来たな! おまえを村に行かせはしない!」
セリオンは蒼気を発した。蒼気を大剣にいきわたらせる。
セリオンは蒼気をまとうと、大きくジャンプし、蒼気で黒竜の頭に叩きつけた。
黒竜はセリオンによって大地に叩き落された。黒竜はもだえた。黒竜は体勢を立て直すと、セリオンに向けて炎の息をはいた。
セリオンは大剣の刃に氷を形作った。セリオンの必殺技「氷結刃」である。
セリオンは鋭さを増した、氷の刃で黒竜の炎の息を斬り裂いた。炎の息は拡散され、霧散していく。
黒竜はその凶悪な目を、セリオンに向けた。
「はあああああああ!」
セリオンは大きくジャンプすると、黒竜の左目を氷結刃で斬りつけた。
「ギャオオオオ!?」
黒竜の左目から出血が起きた。黒竜はもだえ苦しんだ。黒竜が首を大きく振る。
黒竜は烈火のごとく激怒した。黒竜は膨大な炎を口に集め、炎の息で薙ぎ払ってきた。
「くっ!? まずい! あの炎では村まで炎が達してしまう!」
セリオン自身は氷結刃で炎のブレスを斬り裂き、無力化できるのだが、村にはまったく炎のブレスに耐久力がなかった。
そこにアルヴィーゼが現れた。
「そうはさせないよ!」
アルヴィーゼは銀色に輝くバリアを張り、炎のブレスをくい止めた
かくして、炎のブレスから村は守られた。セリオンは氷結刃で炎のブレスを斬った。
「このまま俺がここにいたら村に損害が出る! 場所を変えるか!」
セリオンは駆け出した。セリオンは平地へと黒竜を誘導する。村から黒竜が離れるように。
黒竜はセリオンへの怒りに燃えていたため、あっさりと飛行してセリオンを追ってきた。
「よし、いいぞ。ついてこい」
セリオンは自ら戦場を決定した。
それはセリオンと黒竜の戦いが本格的に始まることを意味した。
セリオンは黒竜と大剣を構えて対峙した。
「ここで勝負をつける。いくぞ。これからが本当の戦いだ!」
黒竜は大きく叫び声を上げると、黒い息をはいた。
「!? 黒い息! 闇属性のブレスか! なら!」
セリオンは大剣を光輝かせた。セリオンの必殺技「光輝刃」である。
セリオンは光輝刃で黒竜の黒い息を斬り裂いた。
「光波刃!」
セリオンは三日月型の光の刃を二発、放った。光波刃は黒い息を斬り裂き、黒竜に向かった。
「ギャオオ!?」
光波刃は黒竜に命中した。黒竜の首から血が噴き出した。セリオンは光輝刃で黒竜に斬りつけた。
「くっ! 硬い! なんて硬さだ!」
セリオンの斬撃はかろうじて黒竜を傷つけた。黒竜の胴から血が流れた。
黒竜は前足でセリオンを踏みつけてきた。セリオンは回避する。
黒竜は前足を叩きつける。セリオンはジャンプでかわし、光の刃で反撃した。
一瞬黒竜はひるんだ。黒竜の前方に闇の球体が複数現れた。
「あれは! 多連・闇黒槍か!」
セリオンはとっさに後方に跳びのいた。黒竜は闇の槍を多数、発射した。
闇の槍がいくつもセリオンを狙って放たれる。
セリオンは次々と迫る闇の槍を光輝刃を振るって、迎撃した。セリオンは闇黒槍を斬りはらった。
黒竜は魔力を集めた。セリオンは黒竜から何かが来ることを予測した。
「? 何が来る?」
黒竜は口を開き、魔力を放った。セリオンは真横に跳び、緊急回避した。
黒竜のグラビトン・プレスだった。闇の圧力はセリオンがいた場所を粉砕し、地面を砕いた。
「なんて威力だ!」
グラビトン・プレスの威力はすさまじく、くらったら瀕死の重傷だろう。
黒竜は口に魔力を集中させた。
「なんだ? 重粒子が集まっている!」
黒竜のグラビトン・ボム。黒竜は口から重粒子をはきだした。セリオンは後方に跳びのいた。
グラビトン・ボムは地面に当たり、円形に広がり、地面を粉くずに変えた。
「高い攻撃力だ。これはうかつに隙を見せられないな」
セリオンは粉々になり、大きな穴になった場所を見た。
黒竜は再び口に魔力を集中させた。
「また、同じ攻撃か!」
黒竜はグラビトン・ボムを連発してきた。一撃の威力を落として、数で攻めるつもりのようだ。
セリオンは大剣に光の粒子をまとわせた。セリオンは光子の刃でグラビトン・ボムを迎撃した。
光の粒子が重粒子を斬り裂いた。
黒竜は圧倒的な魔力を口に集中させた。
「!? これは、なにか大技が来るな」
セリオンはその大きな魔力から黒竜がなにか大技を出すと読み取った。これは黒竜が今まで見せたことのない攻撃だった。
黒竜は四つ足を固定した。それから、口から強烈な重粒子のビームをはきだした。
グラビトン・ブレスである。
セリオンは光輝刃を最大で展開した。セリオンは光の刃をきらめかせた。セリオンに向けて重粒子の大口径ビームが発射された。ビームは森を突っ切り、木々をなぎ倒した。
この攻撃は地形そのものを変えた。このビームの中から、光の大剣を輝かせたセリオンの姿が現れた。
「ふう… 今のが最強の攻撃か?」
セリオンは大剣を構えて立っていた。セリオンは無傷だった。
「今度は、こっちの番だ!」
セリオンは雷の力を集めた。セリオンの大剣から放電が起こる。
「くらえ! 雷鳴剣!」
雷電が黒竜の硬い体を貫き、打撃を与える。黒竜の内臓にまでダメージは及んでいた。
「ギャオオオオオ!?」
黒竜は横に倒れて、のたうち回った。
「これでとどめだ! 雷光剣!」
セリオンの大剣に、雷の圧力がつどう。セリオンは雷光に輝く打撃を、黒竜に叩きつけた。
雷光の一撃がはじけ飛んだ。強力極まる無双の一撃が黒竜の命を奪った。
黒竜は全身をのけぞらせ、黒い粒子と化して消滅した。
かくして村は守られた。
スルト一行は長旅の末、ついにクサンドラ王国王都ベルノに到着した。ベルノに到着したのはその日の昼だった。
「獣王アロルドとの会談は明日だ。おまえたちは本日は自由行動にしてよろしい。城下町でも観光してくるがいい」
「わかったよ、スルト」
セリオンが言った。スルトはフロリアンに案内されて、大使館へと入っていった。
「さて… これからどうしたものか」
セリオンが思案した。
「なあ、セリオン。今度は俺も二人について行っていいかな?」
セリオンはエスカローネの顔を見た。エスカローネは笑ってうなずいた。
「ええ、いいわよ」
「そうか。なら今回はアリオンもいっしょにベルノ観光といくか」
「やったぜ! ありがとう、二人とも!」
三人はベルノ観光のため、町へと繰り出していった。
「それにしても、ベルノの城下町は大きくて広いんだな」
セリオンは町全体を見渡した。セリオンの目にはベルノの城下町がありありと目に入った。
「さすがに、クサンドラ一の町だけあるわね」
「ベルノはクサンドラの政治と経済の中心らしいね。大きいわけだよ。… ん?」
アリオンがふと何かに注意を向けた。
「? どうした、アリオン?」
「おっ! これは何かうまそーな匂いがしてきたぞ! こっちだ! 二人とも、早く!」
アリオンは一人で芳香へと突撃していった。
「やれやれだ。一人で先に行ってしまったよ。しかたがない。俺たちも、後をついていこう」
「ええ、そうね」
セリオンはあきれ気味の声で言った。セリオンとエスカローネはアリオンの後をついていった。
アリオンは一つの店の前で、目を輝かせながら立っていた。
「アリオン! そこで何をしているんだ?」
セリオンが尋ねた。
「この店の中から、いい匂いがしてくるんだよ。セリオン、昼食はまだだったよな? ここで昼食を取ることにしようぜ!」
まるで犬が何かを強く訴えるようにアリオンが言った。
「ここは、レストランか? 高級感はないな。むしろ一般大衆向けか? まあ、いいだろう。エスカローネ、この店で食事を取ろう」
「ええ、そうしましょう」
「やったぜ!」
セリオンたちはレストラン「大熊亭」の中に入った。それから空いている席に座った。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、お呼びください」
「このベルノで有名な食べ物はなんですか?」
アリオンが店員に尋ねた。
「そうですね。ぴりからカレーライスがおすすめですね」
「じゃあ、それを三人分ください」
セリオンが代表して店員に注文した。
「わかりました。ぴりからカレーライスを三人分ですね? 少々お待ちください」
店員は店の奥に下がっていった。
「それにしても、ぴりからカレーライスか。どのくらい辛いんだろう?」
とアリオン。
「名物らしいからな。そこそこ辛いんじゃないか?」
「ほんとね。どれだけ辛いか楽しみだわ」
「お待たせしました。ぴりからカレーライス三人分です」
しばらくすると、店員がカートにカレーライスを載せてやってきた。
「ありがとうございます。いただきます」
とセリオン。
「うっわー! うまそー! いっただきまーす!」
さっそくアリオンがカレーライスに口をつけた。セリオンとエスカローネもそれに続く。
「「「!?」」」
「か、からっ! 辛い!」
アリオンが口から火を噴き出した。
「うっ!? これは本当に辛いな」
「舌がピリピリしゅるわ」
エスカローネが口から舌を出した。
三人はなんとかこのカレーをたいらげることができた。セリオンたちは料理の支払いを済ませると、店から外に出た。
「ううー! まだ口の中が辛い!」
アリオンは深呼吸した。
「おまえは自爆しただろう、アリオン。まったく、次からは気をつける… !?」
とたんにセリオンの表情が変わった。
「どうしたの、セリオン?」
エスカローネはセリオンの視線をたどった。
「!? あの人は!」
「あいつは… 峠道で俺たちを襲った鎧騎士だ!」
アリオンが言った。
アリオンの言葉通り、そこにはシュヴァルツが剣を抜いて立っていた。
「また、あいつか! 今度は何をする気だ!」
セリオンが大剣を出した。
シュヴァルツが抜き身の長剣を持っていたため、セリオンは相手側の戦闘の意思を感じ取った。
「…セリオン・シベルスクよ。今度こそ消えてもらう。いでよ、『トート Tod』!」
シュヴァルツは低い声で告げた。シュヴァルツの前に魔法陣が現れ、そこからトートを召喚した。
トートは紫の体に黒い鎌を持つ悪霊だった。
街の人々は一斉に逃げ出した。
「うわあああああ!?」
「助けてー!?」
「誰かあ!?」
人々が通りからいなくなると、アリオンはさやから刀を抜いた。
「へん! よくもまたやってこれたな! まったくこりない奴らだ! 今度も返り討ちにしてやるぜ!」
アリオンは刀の刃をトートに向けた。
「セリオン、アリオン君、気をつけてね」
エスカローネが心配そうに言った。
「ははっ! 大丈夫だって! こんな奴に遅れは取らないぜ!」
アリオンが前方に向かって跳びだした。アリオンが斬撃によってトートを攻める。
アリオンの攻撃はとても鋭かった。しかし、トートは鎌でアリオンの攻撃をすべてガードした。
「こいつ! やるな!」
トートは大鎌に闇をまとわせ、強力な一撃をアリオンに打ち込んできた。
「アリオン、下がれ!」
セリオンが叫んだ。
「ちいっ!」
アリオンはとっさに後方に跳びのいた。トートの鎌が空を切る。
「アリオン、気をつけろ。こいつの攻撃は強力だ。どんな手をほかに持っているかわからない。うかつに接近するのは危険だ」
トートはまだ自らの攻撃を隠している、セリオンはそう思った。
トートが両目をぶきみに光らせた。
「? なんだ?」
アリオンがいぶかしんだ。それから、アリオンは闇の縄で両手、両足を拘束された。
「なっ!?」
トートは再び鎌に闇をまとうと、闇の刃をアリオンめがけて撃ちだした。
「そうはさせない!」
セリオンがアリオンの前に立ちはだかった。セリオンは大剣を光輝かせると、輝く刃でトートの斬撃を斬りはらった。トートの攻撃が霧散した。
「アリオン、今助ける!」
セリオンはアリオンを拘束していた闇の縄を光の大剣で切断した。
アリオンの拘束が消えた。
「セリオン、Danke schön!(ありがとう)」
「気にするな。来るぞ!」
「今度はこっちの番だ!」
アリオンは刀に炎をいきわたらせた。アリオンの刀が赤々と燃える。
「お返しだ! くらえ! 火炎刃!」
アリオンは炎の刃を射出した。赤い炎がトートに向かって迫り、命中した。
しかし、トートの全身から青いバリアが現れ、アリオンの技を無力化した。
「なっ!? バリアか!」
「なら、これならどうだ! 光波刃!」
セリオンは光輝く大剣から光の刃を放った。光波刃は正確にトートのもとに飛んだ。
だが、トートのバリアがまたしても光の斬撃を防いだ。ただ、バリアの色は青から赤に変わった。
「バリアの色が変わったな。強度も落ちているように見える。強力な攻撃を出せばあのバリアを破壊できるかもしれない」
トートの目が再び光った。トートはセリオンを見ていた。
「甘い!」
セリオンとアリオンはその場から横に跳んで緊急回避した。
「どうやら、目が光ると呪縛の合図のようだな」
トートは闇を収束した。なにやら大技が来そうな感じだった。
「アリオン、気をつけろ! 何かが来る!」
「わかったぜ、セリオン!」
トートトは闇の力を「闇黒波動」として撃ち出した。強烈な闇がセリオンたちに迫る。
セリオンは光輝刃を出した。そして光の大剣で闇の波動に斬りかかった。
「くっ!? なんて、エネルギーだ!」
セリオンは光の大剣で闇の波動を防ぎ切った。トートは再び闇を収束した。
「今度はなんだ?」
トートは闇を上方から雨のように降り注がせた。
「上からくるぜ、セリオン!」
「わかっている!」
トートの広範囲技「闇黒瘴雨」である。
セリオンは光輝刃で、アリオンは紅蓮剣で、闇の雨を耐えた。闇の雨が収まる。
「この程度の攻撃が俺たちに効くと思うなよ!」
アリオンは紅蓮の刃をトートに向けた。トートの姿が消えた。
「消えた!? いや!」
トートはセリオンに攻撃してきた。トートが大鎌をセリオンに向けて振りかぶる。
セリオンは大剣でトートの一撃を防いだ。トートはさらに鎌に闇をまとわせてセリオンに連続攻撃をしてきた。
「くううう!?」
セリオンは大剣をぶつけて、大鎌による攻撃を相殺する。
「俺の存在を無視しちゃ困るぜ! はあああ!」
アリオンは紅蓮剣でトートを攻撃した。トートのバリアの色が赤から黄色に変化した。トートは大鎌を振りかざした。
「何をする気だ?」
セリオンは警戒した。
トートは大鎌を構えると、自身の全周囲を回転して攻撃した。
「ちいい!」
「くうう!」
セリオンは大剣で、アリオンは刀で、トートの回転攻撃を防御した。
「! 今だ! アリオン!」
「行くぜえ!」
二人はこの回転攻撃の隙を逃さなかった。セリオンは左から、アリオンは右から、左右交差するように光の刃と炎の刃がクロスした。セリオンとアリオンの交差攻撃。
トートのバリアは音を立てて破れた。
「これで決める! 光子斬!」
セリオンは光の粒子を収束し、光子の斬撃を繰り出した。
セリオンの攻撃はトートに致命傷だった。トートは闇を噴き上げて消滅した。
「やったな、セリオン!」
「こいつは倒したぞ? 次は何を見せてくれるんだ、シュヴァルツ?」
「………………」
セリオンはシュヴァルツに大剣を向けた。
「…これで勝ったと思うな。今回も失敗したが、きさまらの命は必ずこの私がもらい受ける。今回の戦いでおまえたちがしばらく生きながらえたにすぎん。さらばだ」
シュヴァルツを闇の渦が覆った。シュヴァルツは消えていた。
「また消えた、か…」
次の日、スルトとアロルドとが同盟条約締結のため二者でトップ会談をした。
「お招きを感謝する、アロルド王よ」
「この会談が実り豊かになりますように、スルト大統領」
二人は個室で会談した。セリオン、エスカローネ、アリオンはそれを見守った。
「これで、この国に来た目的を果たせたな。二人の会談がうまくいくといいんだが」
「そうね。うまくいくといいわね。だって、私たちはそのために来たんですもの」
エスカローネがセリオンの言葉に同意した。
「そうだな。ん? アリオン、どうした?」
一人アリオンが沈黙していた。何かを思いつめたような表情をしている。
「どうした、アリオン。ずっと黙ったままなんておまえらしくないぞ?」
セリオンは心配した。
「なあ、セリオン。俺たちを襲ったあの黒い騎士は何を考えているんだろうな? あいつらは俺たちが邪魔らしい。シュヴァルツはまた襲ってくると思う。セリオンはどう思う?」
「そうだな。奴らは政治的思惑で動いように見える。おそらく奴らの狙いは俺とスルトの二人だろう。シュヴァルツが何を考えているかはわからないが、俺たち二人の抹殺を考えていると思う。俺が一番気になっていることは事件の首謀者だ。いったい誰の考えでシュヴァルツは動いているのか? シュヴァルツの主とはだれか? またシュヴァルツに仲間はいるのか? いったいどのくらいの勢力なのか? まず敵のことを俺は知りたい。それが… ん?」
その時スルトが部屋から出てきた。
「心配をかけたな。会談は順調に進んだ。大枠での合意に達した。これでヴァナディースとクサンドラは同盟条約を結ぶことができるだろう。後の細かいことは事務方に任せる。それと、セリオン」
「? なんだ?」
「アロルド王がおまえに会いたがっている」
「俺に?」
「そうだ。玉座の間で待っているそうだ。『黒竜を撃退した者』とぜひ会ってみたいとのことだ」
セリオンは一人玉座の間に向かった。玉座にはアロルド王が座っていた。セリオンは謁見を許された。
セリオンはひざまずいた。
周りから高官たちの興味の視線がセリオンに注がれた。
(ずいぶんと、注目されているようだな)
「そなたが黒竜を撃退したのか?」
アロルドが口を開けた。
「はい。私がある村に向かっていた黒竜を倒しました」
「そなたの働きによって邪悪な竜が倒され、多くの村人が救われ、村は被害を受けずに済んだ。クサンドラ王国を代表して感謝する」
「いえ、特に褒められることでは」
「フフフ… 黒竜を撃退するほどの実力者か… 血が騒ぐのう…」
「… は?」
セリオンは目を獣王に向けた。
「堅苦しい話はこれまでとしよう。セリオン・シベルスク殿よ、ひとつわしと立ち会わんか?」
「? それは獣王陛下と対戦するということですか?」
「フッフッフッフ! その通りじゃ」
セリオンとアロルドは円形闘技場に移動した。スルト、アリオン、エスカローネがそれを見守った。
「獣王と対戦か… なんでこんな展開になったんだ?」
アリオンが疑問を口にした。アリオンはセリオンとアロルドに目を向けた。
「うーむ… アロルド王は武芸の達人でな。実は会談中、私も手合わせをしないかと誘われたのだ。むろん、丁重に断ったのだが…」
「実際、アロルド陛下はどのくらいお強いんでしょうか?」
「うむ。この国の全軍人の中で一番強いそうだ。つまり、クサンドラ一強いということだ」
「そんなに!?」
エスカローネは驚いた。闘技場の中ではクサンドラの役人たちが、競技の準備をしていた。
セリオンはアロルドとどういう勝負をするのか、わからなった。
戦いの服装に着替えたアロルドは、その大きな体に合うような大剣を持っていた。
セリオンも自分の大剣を、神剣サンダルフォンを手から出した。
「フフッ。おぬしも大剣を武器とするのか。見かけによらずすごいのう」
「はあ… それほどでも」
「さて、では競技に移らせてもらおうか。説明を頼む」
「はい、わかりました」
セリオンとアロルドの前に、一人の高級官僚が進み出た。
「セリオン殿、あそこにあるわら人形が見えますか?」
「はい、見えます」
セリオンの十メートル前に、二体のわら人形が十字架にかけて置かれていた。
「これは的に斬撃を当てる競技です。的はあのわら人形です。当てるのはどんな斬撃でもかまいません。わら人形を切断できれば良いのです」
「わかりました」
「それでは両者準備を。これから競技を始めます」
「では、まずわしからいかせてもらうぞ! ぬん!」
アロルドは全身に力を込めた。アロルドから炎の気が現れた。
「すごい炎だ。アリオン以上かもしれないな」
セリオンが言った。
「ふふふふ。驚くのはまだ早い。見せてくれよう我が技を! ぬううん! 火焔破斬!」
アロルドは炎の気を高め、炎の斬撃を放った。炎の斬撃はわら人形に命中した。
飛ばされた炎の斬撃はわら人形に燃え移り、炎上させた。炎がわら人形を焦げさせる。わら人形が焦げる匂いが辺りに広がった。
それを見てセリオンが。
「今度は俺の番ですね。では、行きます!」
セリオンは光の刃を大剣に収束した。大剣が黄色く輝く。セリオンは輝く刃から光波刃を出した。
光の斬撃が的に直撃する。それだけにとどまらない。セリオンの光波刃はわら人形を固定していた十字架をも切断した。
「おお、これはすごい!」
アロルドが感嘆の声を上げた。
「あの十字架はヒエロニウム製で、通常の斬撃なら切断されず、傷が入る程度なのだが、さすがセリオン殿だ!」
「ただ今の勝負はアロルド王がわら人形を全焼、セリオン殿が十字架まで切断、審査の結果引き分けとなりました。では次の競技に移らせていただきます」
「次はいったい何の勝負をするんですか?」
「はい、ところで、セリオン殿は槍技が使えますかな?」
「ええ、光の投げ槍、光投槍が使えますが」
「そうですか。我らの王アロルド陛下も、炎投槍が使えます。それでは投げ槍の準備は必要がありませんね。セリオン殿とアロルド陛下の二十メートル前に的となるわら人形が用意された。
「あれが的だ。この勝負はあの的にどれだけ近く投げ槍を命中させることができるかどうか競う競技だ」
アロルドが説明した。アロルドは大剣を地面に突き刺した。
「では、またわしからいかせてもらう! どりゃああああ!」
アロルドは右手から炎の槍を形成すると、炎投槍をわら人形に向けて投げた。炎投槍はわら人形の中心に突き刺さると、わら人形を炎上させた。
「ふふふ、どうじゃ? さすがのセリオン殿もこれ以上正確に的に当てることはできまい? この勝負、わしの勝ちかのう?」
アロルドが胸を張って言った。
「…さて、どうでしょうね」
セリオンが前に進み出た。右手に光の槍、光投槍を出現させる。セリオンは光投槍を的めがけて放り投げた。光投槍がわら人形に命中した。光の槍はわら人形の心臓部を正確に射抜いた。
「むう!? 的の心臓を狙うとはな!」
アロルドが驚いた。
「ただ今の勝負、陛下が的の中心を、セリオン殿が的の心臓部を射抜いたため、両者引き分けとします!」
審判が告げた。
「ほう… ここまでやって勝負がつかんか… それでは直接剣技で勝負をつけるしかあるまい」
「剣技で勝負ですか? 望むところですよ」
セリオンが大剣を構えた。アロルドも大剣を引き抜き構えた。
「それでは両者! いざ尋常に… 勝負!」
セリオンは大剣を肩越しに構えるアロルドを見た。強い。
一目でセリオンは思った。強敵だ。
アロルドの剣はディグニタス Dignitas という名である。「壮麗さ」という意味がある。
両者は固まったまま動かなかった・
「フフフ… おぬしの強さをひしひしと感じるぞ、セリオン殿。互いにいつまでもこうしているわけにはいくまい。ではこちらから参らせてもらうぞ!」
アロルドが先に動いた。セリオンの目にはアロルドの動きが瞬時に消えたように見えた。
速い!
アロルドは大剣でセリオンの首めがけて薙ぎ払った。セリオンは身をかがめてこの攻撃を回避した。
「ほう… 今のをかわすか… さすがに、やるのう」
「驚異的な身体能力ですね? いったい何をしたんですか?」
セリオンが尋ねた。
「何… 身体能力を上げる魔法を使っただけだ。一時的に身体スピードを上げることができる。このようにな!」
アロルドは再びセリオンに斬りかかった。真上からアロルドの大剣が迫る。セリオンは氷の刃を出した。氷の刃がアロルドの大剣を受け止める。
「ただ速いだけの攻撃では俺に効きませんよ?」
セリオンは不敵な笑みを浮かべつつ、アロルドの大剣を防いだ。
「ぬう… やるではないか。ではわしも自分の必殺技をみせるとしよう! 火焔剣!
炎がアロルドの大剣の刃を覆った。オレンジ色の炎の大剣で、アロルドはセリオンを攻撃してきた。
「氷結刃!」
セリオンは氷の刃で炎の大剣に対抗する。氷の大剣と炎の大剣が互いの攻撃で火花を散らした。
セリオンとアロルドは互いに攻撃を繰り返した。その戦いぶりは見事で、それを見守る人々に感嘆の思いを湧きあがらせた。
「なかなかやるが、これで終わりじゃ! 火焔破斬!」
大きな炎の斬撃がセリオンに振り下ろされた。セリオンに危機が迫る。
「秘剣、氷星剣!」
セリオンの大剣が氷の光を発した。氷星剣はアロルドの炎の斬撃をかき消し、アロルドの手から大剣ディグニタスをもぎ取った。
「なんだと!?」
アロルドは驚愕した。セリオンは大剣をアロルドの前に突き付けた。
「この勝負、俺の勝ちですね?」
セリオンが告げた。
「なんということだ… このわしが敗れるとは… さすがヴァナディースの英雄…」
「勝者セリオン・シベルスク!」
審判が高々と宣言した。周囲で見ていた人々から賞賛の叫びが沸き起こった。
クサンドラ城では、スルト一行のための晩餐会が催された。主にはずだった鶏肉が出され、肉を敬遠する人たちのためにサラダも出された。晩餐会はスルト一行のために催されるはずだったが、セリオンがアロルドを下したため、セリオンのための晩餐会になった。
セリオンはエスカローネと共に晩餐会を楽しんだ。エスカローネは胸元が開いた青のイブニングドレスを着ていた。胸元から豊かな双丘がのぞかせる。
「エスカローネ、その服似合っている」
「ありがとう、セリオン」
「それにしても、華やかだな」
「本来なら、スルト大統領が主賓なのに、誰かさんがアロルド王に勝っちゃうから誰かさんのための晩餐会になっちゃったんじゃないかしら? ウフフ!」
セリオンは苦笑いを浮かべて。
「確かにその通りだな。だが、俺も戦士だ。名誉心は持っている。だから俺はあの戦いに負けるわけにはいかなかった」
「私は信じていたわ。セリオンが絶対に勝つって」
「エスカローネにそういわれるとうれしいよ。実際勝ちはしたものの、アロルド王は強かったよ。あれだけの炎の使い手はそうはいない。アリオンでも勝てるかどうか…」
「闘技場での戦いについて話しているのか?」
「スルト」
「スルト大統領」
そこにスルトが現れた。手にはワイングラスが握られていた。ワインは水で割ってある。
スルトはワインに一口つけた。
「セリオンよ。おまえのアロルド王との戦いは実に見事だったぞ。おまえの父として私は誇りに思う」
「スルトからそう言ってもらえるとうれしいよ」
「また、新しい技を修めたようだな。名は何というのだ?」
「氷星剣。氷の星のような剣」
「氷星剣か、なるほどな。アロルド王の火焔破斬を破るほどの技だ。おまえの技の中でも上位の技なのだろうな」
「ああ。氷結刃ではアロルド王の攻撃を防ぎきれなかっただろう。奥の手を出さざるをえなかった、そんな感じだ」、
「ふむ。おまえがそう言うのならアロルド王の実力も相当なものなのだろうな」
「何かわしの話でもしているのかな?」
そこにアロルド王が現れた。その手にはワイングラスを持っている。
「今回の晩餐会はスルト大統領一行をもてなすためのものだ。楽しんでおりますかな? 料理も酒も用意したつもりなもだが?」
「お招きに感謝する、アロルド王。あなたがたが我々を歓迎してくれていることはよくわかっている。ただ、主役は私というより、彼のほうになったようだが」
スルトはセリオンのほうに向きなおった。
「不快な思いをさせたのなら謝罪しよう、スルト大統領」
「別に不快な思いはしていない。今回の晩餐会の主賓は彼こそふさわしいと私も思っているのだ」
「そう言ってくれると、ありがたい。いやはや、私の臣下は彼が私に勝つとは思わなかったようでな。注目の的が彼に移ってしまった。さすが、英雄と呼ばれるだけのことはある。ヴァナディースの英雄の力、しかとこの目で見ましたぞ」
アロルドはセリオンを見た。セリオンは照れながら。
「ありがとうございます。アロルド王からそう言われるうれしいですよ」
「わしも自分の腕は自覚しているつもりだったが、わしの炎を破るとは、上には上がいるものだな。まさか負けるとは思わなかったぞ。さすがに黒竜を討滅しただけのことはある」
「ウフフフフフフ… お話が盛り上がっているようですわね、アロルド陛下」
とそこに一人の緋色のスーツをきた女性が現れた。晩餐会に出るにはいささかふさわしくない格好だ。
「おお、君か。紹介しよう。こちらは我が国の魔法研究所の所長を務めている『ドリス』女史だ」
「なっ!?」
「そんな!?」
セリオンとエスカローネは絶句した。
「フフフフフ… 久しぶりだな、セリオン、そしてエスカローネ。私はおまえたちの再会を楽しみにしていた」
緋色の女、赤の貴婦人はそう述べた。
「アルテミドラ!? ありえない… おまえは確かに俺が倒した… 俺が、この手で」
セリオンは両目を大きく見開いた。セリオンには目の前のできごとが信じられなかった。
「その通りだ。私は確かに覚えているとも。フフフフフ… 痛かったぞ、おまえの一撃は。おまえの宿敵サタナエルも復活できたのだ。この私も同様に新しい命を得た。悪魔としてな」
アルテミドラはにいっと笑った。
「なんだ、知り合いかね?」
「ところで陛下」
「何かね?」
「真実を話しましょう。私はあなたを利用していました」
「………………」
アロルド王は沈黙した。
そこに闇の渦が二つ起こった。一人はシュヴァルツ。もう一人は神官風の白い服を着た男性だった。
「シュヴァルツ!」
セリオンが言った。
「また会ったな、セリオン・シベルスク。我が主はアルテミドラ様だ」
「スルト一行を抹殺しようとしたのはアルテミドラだったのか!」
「その通りだ、セリオンよ。私がシュヴァルツに命じたのだ」
双方の敵対感情が緊張の火花を散らした。
「さてオーダー4444(しししし)=死死死死を実行せよ」
アルテミドラが右手から機械兵器の映像を映し出した。
「フフフフ… これは魔法とゴーレム、そして機械の合成体だ。名は『トーデス・マシーネ Todesmaschine』。おまえたちが倒したシュネー・マシーネの量産型だ。さきほどのオーダーは命令、つまり私の命令に服する忠実なしもべになる命令だ。闇の神官ヒュオン Hyon よ、おまえにトーデス・マシーネの指揮を任せる」
「はい、わかりました、アルテミドラ様」
ヒュオンが進み出た。
「私たちはここでおいとまさせてもらおう。これも私からの晩餐だ。せいぜい楽しんでくれ。私たちは高みの見物とさせてもらおう。フフフ、フハハハハ!」
そういうとアルテミドラたちは闇の渦に飲まれて消えていった。
「くっ! アルテミドラめ! いったい何を企んでいる!」
「セリオン、アルテミドラが言っていた命令ってなんなのかしら?」
「アロルド王よ、詳しく教えてもらいたい。トーデス・マシーネとは何か?」
「うむ… 実のところ、このわしにもよくわからぬのだ。魔法研究所はドリス女史… いや、アルテミドラに一任してあった。どんな研究をしていたかはわしにもわからんのだ」
アロルドはすまなさそうに告げた。
「申し上げます!」
「何か?」
そこに一人の兵士が現れた。兵士は緊急の要件を持っていた。
「城外に機械兵器が集結しつつあります。おそらく、城内に侵入しようとしているかと!」
「何!?」
「アロルド王よ、どうやらすばやく行動する必要があるようだ。決断はすばやく行わなければならん」
「スルト大統領…」
「私たちにここは任せてくれないか? トーデス・マシーネの目的は私たちだ。見事、トーデス・マシーネを撃退してみせよう。セリオン、アリオン! ついてこい! 私たち三人で迎撃だ!」
「わかった!」
「わかりました!」
スルト、セリオン、アリオンの三人は城門の前に出た。三人はそこでおびただしいトーデス・マシーネの群れを見た。
「敵はおそらく数の優位で城内になだれ込もうとしているんだろう。しかし、そうはいかん」
スルトは豪剣フィボルグを右手から出した。スルトは豪剣を構えると、雷霆の力を解き放った。
雷霆がスルトの剣に集まり、放出される。
「くらうがいい! はああああああ! 覇王雷霆斬!」
雷霆が直線状に放たれ、トーデス・マシーネの群れを襲った。どうやらトーデス・マシーネにはバリアは搭載されてはいなかったらしい。マシーネたちはスルトの雷霆に直撃した。
マシーネたちは連鎖大爆発を引き起こした。
「むう…」
スルトは膝をついた。
「さすがにあれだけの攻撃を出しては、まともに戦えんか…」
「スルト、大丈夫か?」
セリオンが尋ねた。
「あれだけの攻撃をしたんだ。体力をそうとう消耗したんだろう? あとは任せてくれ。俺とアリオンで城門は守り切る! いくぞ、アリオン!」
「ああ、いくぜ、セリオン!」
セリオンとアリオンは多数の敵を狭くなっているあたりで迎撃することにした。
セリオンの作戦通り、敵は城門に突撃してきた。門から城の入り口にかけては狭くなっている。敵は数の優位を生かすことができず、混雑によって行動不能に陥った。
セリオンとアリオンは無双ぶりを発揮し、迫りくるマシーネたちを倒していった。胴体を両断されたマシーネたちは爆発して四散した。
「どうやらトーデス・マシーネをどれだけ投入しても、おまえたちを倒すことはできないようだな」
「おまえは…」
そこに闇の神官と呼ばれた青年が現れた。
「私の名はヒュオンだ。お見知りおき願おう」
「あんたの目論見もついえたようだな。マシーネをどれだけ投入しても、俺たちを倒すことはできないぜ?」
ヒュオンは周囲を見渡した。トーデス・マシーネの残骸であふれていた。もうマシーネは二十体も残っていなかった。
「それは認めねばならないようだ。だが私たちの戦力がマシーネだけだとは思わないことだ」
「どういうことだ?」
「フフフ… 現れるがいい。大悪魔デモゴルゴン Demogorgon よ」
ヒュオンの前に大きな魔法陣が現れた。
「くっ! この邪気、大きい!」
「何が現れるんだ!?」
そこに巨大な悪魔が現れた。
獣のような骨の顔に、大きく膨らんだ胴体、鋭い爪、長い腕、それらを備えた悪魔が空中に浮遊していた。
「さあ、死に、果てるがいい。セリオン、そしてアリオンよ」
「なんて巨大さだ。これではまるで竜だな」
デモゴルゴンの前に、いくつもの小さい魔法陣が現れた。
「セリオン、くるぜ!」
「ああ、わかっている!」
デモゴルゴンの前方から闇魔法「多連・闇黒槍」が放たれた。狙いはセリオンとアリオンだ。
「アリオン、迎撃しろ!」
「わかってる!」
セリオンは迫りくる闇の槍を大剣で斬り裂いた。
アリオンも刀で闇の槍を斬りはらった。
デモゴルゴンは両手に闇の魔力を集中した。それから、セリオンとアリオンに闇の圧力を加えてきた。
デモゴルゴンの「邪圧」である。
「くっ! 圧力か! なんてパワーだ! だが!」
「おう、セリオン!」
二人は後ろに下がって邪圧をやり過ごした。すぐセリオンはダッシュでデモゴルゴンに近づき、ジャンプして大剣を振るった。大剣は確実にデモゴルゴンを斬った。だが、デモゴルゴンには痛みを感じているようなそぶりはなかった。
「物理攻撃は効果なし、か」
それからアリオンがデモゴルゴンに近づき、紅蓮の刃で斬り上げた。
「これなら、どうだ!」
アリオンの攻撃はデモゴルゴンに多少のダメージを与えたようだった。
「技なら効果があるぜ、セリオン!」
その瞬間、デモゴルゴンの目が妖しく光った。
「アリオン! 下がれ!」
セリオンが大声で叫んだ。
デモゴルゴンの目が光ると、アリオンがいた位置で爆発が起こった。アリオンはとっさに後退していて無事だった。セリオンは蒼気をまとった。蒼い闘気がセリオンの全身から吹き出る。
セリオンは蒼気の刃を振るった。デモゴルゴンにダメージを与えた様子はない。
「蒼気も、効果なし、か」
デモゴルゴンは右手を構えた。鋭い爪で全面を薙ぎ払った。
セリオンもアリオンも後退して、この攻撃をかわした。
「鋭いな…」
セリオンの顔に風が吹きつけた。するとデモゴルゴンは一瞬にして消えた。
デモゴルゴンは一気にセリオンの前に現れ、間合いを詰めてくる。
デモゴルゴンは鋭い爪をセリオンに叩きつけてきた。
「!?」
セリオンは横に跳びのいて回避する。
デモゴルゴンは両手を上にあげた。
「今度は何をするつもりだ?」
デモゴルゴンの両手から黒い魔力が上方に放たれた。そののちに黒い色の雨が降ってきた。
「アリオン! 上から来るぞ!」
「ああ!」
デモゴルゴンの「黒い雨」だった。
上方から広範囲に黒い闇の雨を降り注がせる。逃げ場はない。
セリオンは光輝刃を出して上に向けた。アイオンも同じように紅蓮剣を上にあげ、この雨を相殺する。
セリオンとアリオンにこの攻撃が効果がないと判断したのか、デモゴルゴンはこの攻撃をやめた。
デモゴルゴンの目に闇の力がつどう。
デモゴルゴンの「レーザー・アイ」
デモゴルゴンは目からレーザーを出し、二人を薙ぎ払った。セリオンとアリオンは後方に下がってこの攻撃をやり過ごす。
「今だ!」
レーザー・アイは強力だったが隙も大きかった。セリオンはデモゴルゴンに接近し、光の大剣を振るった。デモゴルゴンが大きくのけぞった。
「こいつの弱点は光か!」
デモゴルゴンはセリオンに口から暗い、闇の息を吹き付けた。
「甘い!」
セリオンは光の大剣で闇の息を斬り裂いた。
「これは痛いぞ? 光、在れ! 閃光剣!」
セリオンは大剣を高々とかかげた。セリオンの大剣からまばゆい閃光がデモゴルゴンに打ち付ける。
セリオンの前面に光があふれた。デモゴルゴンは苦しんだ。瞬間移動で、後ろに逃げる。
デモゴルゴンは口を大きく開いた。「魔闇砲」
デモゴルゴンの最強の技で、城ですら一撃で消し飛ばす威力がある。そのビームがセリオンに命中する。当たった地面が爆ぜた。煙が充満する。デモゴルゴンは会心の一撃が当たり、笑みを浮かべた。
やがて煙が風の流れと共に消え去る。
そこには光輝を展開したセリオンが無傷で立っていた。
セリオンはデモゴルゴンに接近し、大きくジャンプして上から下へ光子斬を放った。
光の粒子がデモゴルゴンの体を斬り裂く。デモゴルゴンは絶叫を上げた。
デモゴルゴンは大地に倒れると、紫の粒子と化して、消えていった。
ヒュオンはそれを険しい顔で見送った。
「どうだ? おまえが召喚した大悪魔を倒したぞ?」
「おのれ… まさかここまでやるとは思わなかった。さすがにシュヴァルツの襲撃を二度も防いだだけのことはある。だが、勘違いするな」
「どういうことだ?」
セリオンは大剣を構えてヒュオンに尋ねた。
「クサンドラでの攻撃は前座にすぎない。私たちの本当の目標はおまえたちの国の首都だ」
「!? フライヤか!」
「その通りだ」
ヒュオンはにやりと笑った。
「せいぜい、今のうちに勝利の美酒に酔いしれているがいい。さらばだ」
そういうと、ヒュオンは闇の渦をまとって、夜の虚空に消えた。