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ヴァナディース

その日は建国後の初雪だった。ヴァナディース Wanadiis では雪が降っていた。

「草原の国」ヴァナディースでは雪が積もる様子を見せた。

ヴァナディースはまず「都市国家」である。それと同時に「領土型国家」でもある。

国の始まりは「神=Gott」がかの地への移住を指示したことによる。

神の声が始まりだった。国の起こりとして宗教が果たした貢献は大きい。

かくしてヴァナディースはシベリウス教主導のもとに建国された。

そして、そこには一人の英雄とその象徴たる「青い狼」があった。

ヴァナディース共和国は政教分離型の国家として出発した。これはシベリウス教では政治への介入を禁止しているからである。ヴァナディース市民たちは今年初めての雪を、神妙な雰囲気のもとに見つめた。

ヴァナディースに降る雪は美しかった。やがて降り続いた雪が止み、次の日雪かきをする市民たちの姿があった。それはテンペルでも同じだった。現在スルトが大統領になった。テンペルの団長にはアンシャルが就いていた。アンシャルの指揮のもと騎士たちは雪かきをしていた。

そんなひと時。

「行くぜ、セリオン!」

アリオンが雪を丸めてセリオンに向けて投げつけた。

「甘い!」

セリオンはアリオンが投げつけた雪玉を見事に回避した。そして自分が持っていた雪玉をアリオンに投げつけた。

「がっ!?」

セリオンが投げた雪玉はアリオンの顔面に直撃した。

場所はヴァナディースの大聖堂前。彼らは雪かきが一段落したために、雪合戦を始めたのである。

「くっそー! よくもやってくれたな、セリオン! 次は俺が当てるぜ!」

アリオンは改めて雪玉をセリオンに向かって投げた。

「ははは! どこを狙っている? 俺はここだぞ?」

アリオンの投げた雪玉はセリオンには当たらなかった。

「ちょっと、アリオン! どこを狙っているのよ!」

そこにシエルから追撃が入った。

「そうだよ! お兄ちゃんにぜんぜん当たらないじゃない!」

ノエルも舌鋒鋭くアリオンを批判した。

「うるさいなー! おまえたちだってまったく的外れな所を狙っているじゃないか!」

セリオンたちはセリオンとアイーダ、アリオンとシエル、ノエルに別れて雪合戦をしていた。

「まったく、おまえたちは相変わらずだな」

セリオンは苦笑した。

「お兄ちゃん! アイーダはがんばっているよ!」

アイーダは小さな雪玉を作ると、それをシエルに向けて投げつけた。

「うわっ! びっくりしたー! ノエルちゃん、アイーダちゃんはあなどれないよ!」

アイーダの投げた雪玉はシエルの近くに着弾した。 

「アイーダはよくやっているな。えらいぞ」

セリオンはアイーダの頭を撫でた。

「えへへ!」

アイーダは照れながらも、喜んだ。どうやらアイーダは今まで雪合戦をしたことがなかったらしい。

だが、初めてのわりには命中精度はよかった。

「それにしても、おまえたち。アイーダに負けるなんて情けないぞ?」

セリオンの精度が高いのには理由がある。セリオンはボール投げや槍投げなども訓練してきた。

それが雪合戦で生きているのである。

「ううー! こっちも負けないよ! ほら!」

ノエルがアイーダを狙って雪玉を投げた。しかし、ノエルの投げた雪玉はアイーダに届かず下に落ちた。

「あちゃー! 届かなかったよ! 今度は当てるからねー!」

ノエルが闘志を燃やした。 セリオンは考えていた。

(こんなことをしていられるのも平和だからか)

闇との戦いは久しくなかった。敵は今のところ姿を現してはいない。

もちろん、いずれどこかで闇の勢力が現れるだろうが、今セリオンはつかの間の平和を心から満喫していた。平和は良い。もっとも、セリオンにとって平和とは戦いのための準備期間であり、訓練のためにあった。

今は剣をわきに置いて、子供の遊び相手をしてやるのもいいかとセリオンは考えていた。

「おりゃあ!」

アリオンが踏み込んで雪玉を投げつけた。それをセリオンは正確によける。

アリオンの雪玉が当たらないのはアリオンの視線でどこを狙っているのか分かるからだ。

今度はアリオンはセリオンの胴体を狙ってきた。セリオンは器用によける。

「くっそー! またかわされたかー!」

「あらあら、まあまあ。みんなで楽しんでいるの

ね」

「母さん」

そこにディオドラがやってきた。ディオドラは笑顔でみんなを迎えた。

「あっ、ディオドラさんだ!」

アイーダが反応する。

「ディオドラさん!セリオンお兄ちゃんはすごいんだよ! さっきからアリオンさんの玉を全部よけているんだから!」

「あら、そう。セリオン、あなたは大人なんだから、少し手を抜くくらいがちょうどいいのよ?」

「アリオン相手に手は抜けないさ! だってアリオンは大人扱いしてほしいんだろう?」

「そうさ! 俺はもう子供じゃないんだ。手加減なんて許さないぜ!」

「ほら、アリオンだってこう言っているよ?」

ディオドラはため息をついた。

「はあ…… まったく、あなたたちったら子供の遊びで真剣になるんだから……」

そう言いながら、ディオドラはこれも平和なひと時が続いているおかげだと思った。

そしてこの平和はセリオンがもたらしたものなのだ。

自分の息子は平和な時でも闇との戦いは忘れないだろう。ディオドラは祈った。

しゅよ、できることならこの平和が長く続きますように)



本日は「雪祭り」だった。雪で像が作られ、子供たちに大人がチョコレートを与えるイベントである。

ゆえに、子供たちが楽しみにしている日であった。

セリオンはエスカローネと共に騎士団長の館を訪れた。アンシャルやディオドラ、アイーダと共に雪祭りの会場に行くためだ。今この館にはアンシャルとディオドラ、そしてアイーダが住んでいる。

スルトが騎士団長と辞めてからアンシャルたちの家となっていた。

セリオンは館のドアの前に来て、警備員に来訪の目的を告げた。警備員はセリオンのことを知っていたので、すぐに取り次がれた。

「なんだか、直接会うのが面倒になったな」

セリオンがぼやいた。

「しかたがないわよ。だってアンシャルさんは騎士団のトップなんですもの。セキュリティーは必要だわ」

「セリオンお兄ちゃん!」

「!? アイーダ!」

アイーダがドアから勢いよく飛び出てセリオンに抱きついた。アイーダはよくセリオンに抱きつく。

彼女はセリオンを慕っているからだ。

「こんにちは、アイーダちゃん」

「こんにちは、エスカローネさん!」

「やあ、セリオン、そしてエスカローネ」

「うふふ。こんにちは、セリオン、エスカローネちゃん」

「なんだか、久しぶりに会えたような気がするぞ。実のところほぼ毎日顔を合わせているのに……」

セリオンが不平を口にした。

「おまえの言っていることはもっともだよ、セリオン。実際副団長時代は警備などなかったのに、騎士団長になってから警備がつくようになった。正直うっとうしいのだが……」

そうアンシャルが話した。心底そう思っているのがわかる。

「そうなのよね。別に私やアイーダちゃんを気にして警備があるんじゃなくて、兄さんを守るためにあるのよね」

とディオドラ。

「まあいいさ。さてちょうど5人そろったようだし、雪祭りの会場に出かけるとしようか」

とセリオンが告げた。

5人は雪祭りの会場になっている大通りにやってきた。現地では氷の彫像が並んでいた。

彫刻家たちの腕の見せ所である。

まずシベリウス教創始者シベリウス。次いで英雄アクレウス Akleus シベリアの地をガスパル帝国から守り、独立を維持した将軍である。

その次は妖精シュネーマン Schneemann 大きな白い袋を持っていいて、その中にはお菓子が詰まっており、出会った子供たちにお菓子をくれるという。

さらにエスター Esther シベリウス教女子修道会、初の創始者で敬虔な信仰者。

しゅのしもべの見本であり、いついかなる日もしゅに仕えた人。彼女はいくつか著作も残している。ディオドラにとって彼女はあこがれの人だった。

セリオンたちはそれらの彫像を眺めながら、平和の広場に向かって歩いた。

平和の広場には出店があり、セリオンたちはそこでアイスクリームを注文した。

会場は人であふれていた。セリオンたちはベンチに座って休むことにした。

「それにしても人が多いな」

セリオンがつぶやいた。雪祭りの会場の大通りは手でもつないでいないと、離れ離れになってしまう可能性があった。セリオンはエスカローネとアイーダはアンシャルやディオドラと手をつないだ。

「だってヴァナディース共和国が建国されて初めての雪祭りよ。普段より人が多くても仕方ないわ。それにしても、みんないろんな所からきているのかしらね?」

エスカローネが明るく言った。アイーダはアンシャルとディオドラのあいだに座って、クレープを食べていた。よく見るとアイーダはおいしそうにクレープを食べている。

「あ、アイーダちゃん!」

「?」

そこに一人の女の子がやってきた。年はアイーダと同じくらいで、アイーダのことを知っているようだった。

「アイーダちゃんも雪祭りに来ていたんだ?」

「エリゼちゃん! エリゼちゃんも雪祭りに来たの?」

「うん。私は両親と一緒にね。アイーダちゃんはお父さんとお母さんと一緒にきたの?」

「違うよ。こっちはアンシャルさん。こっちはディオドラさん。アイーダには父と母はいないから」

「アイーダ、この子は?」

アンシャルが口を開いた。

「この子はエリゼちゃん。アイーダの学校での友達だよ」

アイーダは現在公立の学校に通っている。アイーダはエリゼにセリオンたちを紹介した。

「へえー。アイーダちゃんっていろんな人に囲まれているんだね。ちょっとだけうらやましいな。あ、お父さん、お母さん!」

エリゼの近くに彼女の父と母がやってきた。

「アンシャル様、平時は娘がお世話になっております」

エリゼの父がアンシャルに深々と頭を下げた。

「いいや、気にしないでくれ。こちらとしても、アイーダと仲のいい子がいるのは、喜ばしい限りだ」

「私はアイーダの義母を務めております。名前はディオドラと申します。よろしくお願いいたします」

「いいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」

エリゼの母が答えた。

セリオンはアンシャルがうやうやしく対応されていて、ふしぎに思った。

でも、よく考えてみれば、アンシャルはテンペルの指導者。それはつまり聖堂騎士団長。宗教界の重役だったからだ。セリオンはそんなアンシャルを興味深そう眺めた。

エリゼの父と母は背中が見えるほど深々とおじぎした。

それに対してアンシャルは苦笑いを浮かべていた。エリゼたちは丁重な態度で去っていった。

「アイーダちゃん! 今度はうちで遊ぼうねー!」

そうエリゼが言い残して。



雪祭りの日の午後、大統領官邸にテンペルのみんなが集まった。

テンペルのみんな―兄弟姉妹たちである。

セリオン、エスカローネ、アンシャル、ディオドラ、アイーダ、アリオン、ダリア、クリスティーネ、シエル、ノエルなどなど。

スルトはすぐには来れないとのことだった。部屋は官邸の中でも客を出迎える広間で、内部はイルミネーションで飾られていた。

セリオンはシエルとノエル、そしてアイーダにチョコレートをプレゼントした。

パーティー会場にはコーヒー、ワイン、オレンジジュース、ケーキなどの食べ物やの飲み物があった。

スルトは遅れてパーティーにやってきた。

「もうパーティーは始まっていたか。今日は無礼講だ。よく飲み、よく食べるがいい。そしてよく話そう」

セリオンはスルトが現れると、部屋の隅に移動した。

「こういうのもいいな」

「どうしたの、セリオン?」

「エスカローネ…」

セリオンの隣にエスカローネがやってきた。

「ヴァナディース建国後の雪祭りだ。俺はみんなとこうして一緒にいられてうれしいよ」

「そうね。こうしてみんな一緒にいると、本当の家族のようね」

「こんな関係がすっと続いてほしいと俺は思う」

「うふふふ」

エスカローネが声を出して笑った。

「なんだ? 何か変か?」

「ううん。そうじゃないわ。セリオンって素敵だなって改めて思っただけよ」

「なんだ、そんなことか」

セリオンは顔を横に向けた。照れくさくてセリオンは、顔をそむけているのだ。

「でも、最近は今までよりも時間があるような気がする。とにかく、建国当初は忙しかった。やるべきことがたくさんあった」

それは国を新たに作るという、前代未聞のプロジェクトだった。一番大きなことは市民軍の創設だった。軍隊は外国の脅威から国を守るために不可欠だったからだ。セリオンも軍事教官として兵士たちの教育にあたった。

「その忙しさも今はない。ごめんな、エスカローネのそばにいてやれなくて」

セリオンはエスカローネの瞳を見つめた。思わず引き込まれそうになる。自分と同じ色の瞳。まるで聖堂騎士の制服のような青。

「私は大丈夫よ。だって建国の時のセリオンはとても充実した表情をしていたわ。家には遅く帰ってきたけど、私にはセリオンが幸せに思えたの。それに私はあとでセリオンを独占するつもりだったから…

 覚悟してよね?」

「それは大変だな。エスカローネ、愛している」

「私もセリオンを愛してる」

二人の瞳が交差する。二人の唇が自然と近づいていく。ごく自然に二人の唇が重なった。

「おほん! 少しいいだろうか?」

「? スルト?」

「スルト大統領?」

そこに甲冑に身を包んだスルトがいた。 セリオンは相変わらずスルトを呼び捨てにしている。

ほかにスルトを呼び捨てにできるのはアンシャルくらいだ。

「セリオンとエスカローネに話がある。ここでは話ずらい。別の部屋に来てもらえないだろうか?」

「ああ、かまわない」

セリオンとエスカローネは目をぱちくりさせた。

「ほかにアリオンを連れてくる。お前たち三人に頼みたいのでな」



別室―スルトの執務室にて。セリオン、エスカローネ、アリオンの三人はここに招かれた。

スルトは椅子に座った。

「それで、どういう要件なんだ?」

セリオンが沈黙を破る。

「一体、どのようなお話なのでしょうか?」

と、エスカローネ。

「うむ。実はな、私は大統領として公式にツヴェーデンを訪問することになった」

「ツヴェーデンにですか?」

とアリオン。

「建国後、初の公式外国訪問だ。そこでセリオンとアリオンには護衛を、エスカローネには回復役を頼みたいのだ。さすがに大統領ともなると護衛なしで動くこともできないのでな。どうだろうか? 引き受けてもらえないだろうか? もちろん、報酬も用意する」

「ああいいぞ。引き受けよう」

「はい、私でよろしければ」

「それはよかった。引き受けてくれたことを感謝する。向こうではチェスカ Czeska 大使が受け入れ態勢の準備をしている。ツヴェーデンではマインツァー Meinzer 大統領との会談が行われる予定だ。

お前たちの役割は道中の護衛だ。もちろん、ツヴェーデンでは自由な時間もある。おまえたちは好きにシュヴェーデを見て回ってかまわない」

セリオンは何か質問したげな顔をした。

「ところで俺たちは何で移動するんだ?」

「私たちは馬車で移動する」

「馬車? 列車や車じゃなくて?」

「政治とは何かとめんどうでな。馬車は速度はあまり速くはないが、格式は一番なのでな。それだけではない。ツヴェーデンの後にはクサンドラ Xandra 王国を訪問する予定だ」

「クサンドラ王国? なぜだ?」

「ガスパル帝国に対して同盟を結ぶつもりだ。今回の訪問は同盟関係を確立することが主な目的だ」

セリオンはうなずきながら。

「なるほど。対ガスパル帝国のための同盟か。建国後のヴァナディースにとってその脅威は東のガスパル帝だからな」

「そういうわけだ。三人ともよろしく頼む」

スルトは三人に頭を下げた。

スルトはこの三人を心から信頼していた。スルトは大統領として多忙な日々を送っていた。市民からの支持も高く、国の最高指導者として評価されていた。

 


大統領一行がツヴェーデンに向かって出発することになった。

「道中、魔物と遭遇するかもしれない。気をつけてな」

とアンシャル。

「くれぐれも、安全には気をつけてね。セリオンとアリオン君がいるなら心配ないと思うけど」

とディオドラ。

アンシャルとディオドラ以外にも、アイーダ、シエル、ノエルの三人が見送りに来ていた。

三人とも簡単なあいさつを述べると、馬車はツヴェーデンに向かって出発した。

ツヴェーデンには古代レーム Röm 帝国が整備した街道を通っていく。

この街道網はすでに古代レーム帝国が滅んだにもかかわらず、千年以上昔に作られたのにいまだに機能していた。もっとも街道を整備している国とそうでない国があり、整備している国の代表がヴァナディースやツヴェーデン。整備していない国の代表がガスパル帝国だった。

もともとこのレーム街道は軍用道路で、軍隊を速やかに移動させるために作られたのだ。

それは軍事的に有利になると同時に、敵も同じメリットを享受できることでもあった。そのため、諸刃の剣になる可能性を併せ持つ。それを嫌って、ガスパル帝国は街道を整備しないのである。

逆にヴァナディースやツヴェーデンは街道網が経済活動に有益でもあるから、街道網を整備している。

道中ロムセ Romse 大河にて。

馬車は止まり、宿泊の準備をすることにした。ロムセ大河はヴァナディースとツヴェーデンのあいだの国境である。

町が、ヴァナディース側とツヴェーデン側に作られており、ヴァナディース側のホテルにスルトは宿泊する。セリオンとエスカローネは町を見に行くことにした。

二人は店の建物が左右に挟み込んでいる一角に来た。

「なんだか、すごいわね。左右にお店が並んでいるわ」

「そうだ。エスカローネ、宝石店に行こう」

「宝石店に? どうして?」

エスカローネはふしぎそうな顔をした。

「いいから、いいから」

そう言うと、セリオンは強引にエスカローネの手を取って、宝石店に入った。

「いらっしゃいませ。どのようなご利用でしょうか? Kann ich Ihnen helfen?」

女性店員が二人を迎えた。

「ねえ、セリオン。この店高そうよ?」

「すみません。ネックレスを探しているんですが」

「それでしたらこちらです。どうぞ」

セリオンはネックレスが展示されているケースにやってきた。

セリオンは、緑の小さいエメラルドがついているネックレスを指さした。

「これが欲しいんですが」

「わかりました。少々、お待ちください」

店員はてきぱきと包装した。

「はい、こちらになります」

女性店員はセリオンに商品を渡した。それからセリオンはお金を渡して、支払いをすませた。

「ほら、エスカローネ。俺からのプレゼントだ」

「え? セリオン、いいの?」

エスカローネは目をぱちくりさせた。

「ずっとこうしてプレゼントしたかったんだ。受け取ってくれるか?」

「…ありがとう、セリオン。大切にするわね」

それから二人はロムセ大河を観光した。ロムセ大河はヴォーデン山に源を発する大河で、海まで続いている。ロムセは雄大な大河であった。

「わあー、すてきね。見て、水の色が明るい緑色をしているわ」

エスカローネが驚いて、大河を眺めた。

「本当だな。緑色の河は珍しいな」

「ねえ、セリオン。私はお手洗いに行ってくるわね」

「ああ、俺はここで待っているよ」

エスカローネは去っていった。セリオンは一人だけになる。

「それにしても、この大河はすばらしいな。これも自然の美か」

「君もこの大河に興味をそそられるのかい?」

「おまえは?」

「ぼくかい? ぼくは君と共通の友人を持つ者だよ」

「共通の、友人?」

男は銀髪おさげで、灰色の瞳、紺の上着にズボン、ブーツを着用していた。

「それにしても、このロムセ大河はすばらしいね。こうして見ているだけで、時間も空間も忘れてしまえるのだからね。まさに神は被造物を良く創ったわけだ。すばらしい御業だよ」

男は視線をロムセ大河に定めた。その後二人のあいだに沈黙が続いた。

そこにエスカローネが戻ってきた。

「セリオーン! ただいま!」

「ああ、おかえり、エスカローネ」

「セリオンを一人にしてごめんなさい」

「一人? 俺は…」

セリオンは自分の左隣を見た。そこに男はいなかった。

「あれ? おかしいな。さっきまでいたのに?」

「セリオン、どうしたの?」

男の姿はなく、完全に消えていた。セリオンはあの男をふしぎに思った。




スルト一行はロムセ大河を渡河した。向こう岸へ行くために、橋を渡る。

橋は金属製で、ツヴェーデンの技術力を誇っていた。

「すごいな、河の流れがよく見える」

セリオンがそう口にした。

「私もそう思うわ。こんな美しい緑の河があるのね」

エスカローネがセリオンに同調する。セリオンとエスカローネは馬車の中から、感慨にふけった。

再び一行はレーム街道沿いに移動した。セリオンは一千年前の古代の技術に驚かされた。このような街道がいまだに機能しているのだ。セリオンは改めて古代レーム帝国の技術を称賛するのであった。

道中、夜になったので夜営することにした。

セリオンは見張りに立ち、火を焚いて寝ずの番をした。

セリオンは火の前に腰かけた。

「前に座ってもいいかい?」

そこにあの男が現れた。あの男、ロムセ大河でセリオンの隣にいた人物である。

「おまえか… 突然現れるんだな。俺たちに何か用があるのか? いったい何を考えている?」

セリオンは男に不審の目を向けた。男はセリオンの返事を聞かずにセリオンの前に腰かけた。

火が音を立てて燃えていた。

「おまえは誰で、何者なんだ? いいかげんに話してくれ」

「ぼくかい? ぼくの名はアルヴィーゼ Alvise 何、旅好きのただの男さ。ぼくは君に言うべきことがあってここに来たんだ」

「言うべきこと?」

「そうさ。平穏な時は終わりを迎える。新たに再び闇の勢力が動き出す。君は闇との戦いの最前線に出る。光と闇は永遠に相反する原理だ。君の思いとは関係なく、君は光の側に立ち、闇と戦わなければならない。それを神が望んでいる」

「闇との戦いか。望むところだ。俺の人生は闇と戦うためにある。相手が誰であっても異論はない」

アルヴィーゼは表情をやわらげた。

「ふふふ。さすがだね、セリオン。君なら確かにそう言ってくれると思っていたよ。頼もしいね。君は光の側の希望だからね」

セリオンはアルヴィーゼの顔をじっと見つめた。

「俺はまだ自分の名前を名乗っていないぞ? いったいなぜ知っている?」

「それはね、共通の友人がぼくに君のことを教えてくれたからだよ。ぼくは君に会えてよかった。君がいかに勇敢な人かわかったからね。気をつけるといい。闇の敵はいつ、どこで、君たちを襲うかわからないからね」

その時、森の中から狼の遠吠えがした。セリオンはそちらに気を取られた。

「狼か… ん?」

セリオンはアルヴィーゼに視線を戻したはずだった。

するとアルヴィーゼは消えていた。

「神出鬼没な… まったく、言いたいことだけ言って去っていったな。それにしても、アルヴィーゼは何者なんだ? あれは予言だろうか… 光と闇の戦いか。平和ボケも考え物だな」

セリオンは独白をすると、焚火に木の枝を投げ入れた。セリオンは赤々と燃える焚火を見ていた。

そして思いを巡らしていた。これから起こる闇との戦いを。




スルト一行はアスリエル峠にやってきた。アスリエル峠はガイナッツォ山とレメート山に挟まれた峠で、交通の難所であった。その狭い谷には雪が積もっていた。その峠道に一人の騎士がいた。

黒い鎧騎士は背を向け、峠道に仁王立ちしていた。

「む、なんだ、あの黒い騎士は?」

スルトが鎧騎士の存在に気付いた。スルト一行は鎧騎士のため停止した。

「本当だ。あんなところにいられると通行の邪魔だな」

セリオンは黒い騎士から不吉な何かを感じた。あの黒い騎士が何を考えているかはわからないが、武装していることは確かだった。黒い鎧騎士は背中に黒い長剣を背負っていた。

「このままでは先に進めません。どうしましょうか、スルト大統領?」

同じ馬車にいたエスカローネがスルトに聞いた。

「うむ。このまま通行できるように交渉してみよう。すまないがセリオン、行ってくれるか? それとアリオンも連れて行ってくれ。私には何か嫌な予感がするのだ」

「…わかった。行ってくる」

セリオンは馬車から降りると、アリオンを伴って、黒い鎧騎士のもとへと向かった。

「すまない。我々はそこから先に進みたいのだが、あなたがそこにいてこちらは通行できない。どうかそこをどいてもらえないだろうか?」

セリオンが声をかけた。黒い鎧騎士が振り返った。

「スルト大統領一行だな?」

「そうだが、どうしてそれを知っている?」

「…………」

「何も答えないのか?」

「スルト大統領一行よ。私怨はないが、ここで全員死んでもらう」

「なんだと?」

「なんだって?」

黒い鎧騎士は手を前にかざした。すると渦巻く闇が現れた。

闇はスルト一行の馬車の前後に現れた。その闇の中から、機械ともゴーレムとも思える兵器が現れた。

合計二体である。

「なんだ、こいつらは!?」

とセリオン。

「これらはシュネー・マシーネ Schneemaschine 。おまえたちを殺す兵器だ。さあ死ぬがいい、スルト一行よ」

「アリオン! おまえは後方の奴を相手にしてくれ! 俺は前方の奴を相手にする!」

「わかったぜ、セリオン!」

そう言うと、アリオンは後方のシュネー・マシーネへと向かっていった。シュネー・マシーネはつぶらな二つの目、頑丈で丸みを持った装甲、筒状の両手を持っていた。

セリオンとシュネー・マシーネが対峙した。シュネー・マシーネは両手から青白いビームを出してきた。セリオンは持っていた大剣で受け止めた。

「ん? これは!?」

セリオンは大剣がビームによって氷雪化していくのを見た。

「まずい!」

セリオンはすぐにビームの射線から離れた。

「冷凍ビームか」

セリオンは大剣を振るい、氷雪を振るい落とす。シュネー・マシーネは両手から冷凍ビームを連射してきた。セリオンは同じ過ちは繰り返さずに、ビームを回避する。

「当たるか!」

セリオンは反撃した。セリオンは大剣でシュネー・マシーネを攻撃した。セリオンが大剣を振り下ろした瞬間、目に見えるバリアで大剣が防がれた。

「!? バリアか!?」

シュネー・マシーネはトルネードを自身の周囲に巻き起こした。このトルネードは周囲にあるものを切り刻む。セリオンはとっさに後方に跳びのいてかわした。

「くっ!? トルネードのせいで近くにづけない…」

トルネードがおさまる気配はない。しかし、同時にこれはシュネー・マシーネが接近しないことも意味した。

「くらえ、翔破斬!」

セリオンは蒼気の波でシュネー・マシーネに反撃した。しかし、翔破斬はトルネードを破ったものの、またしてもシュネー・マシーネのバリアに防がれた。

「ん? あのバリアは?」

セリオンの目がバリアの変色をとらえた。

「あれはもしかしたらバリアの劣化を示しているのかもしれない。なら!」

セリオンは蒼気を放出した。凍てつく闘気がほとばし出る。セリオンはこれで今まで何人もの強敵たちと渡り合ってきた。セリオンは蒼気をまとい、シュネー・マシーネのバリアをめがけてすさまじい連続攻撃を行った。バリアがもろくなり、徐々に攻撃が通るようになり、最後にはパリンとはじけ飛んだ。

セリオンはこのチャンスを逃さなかった。セリオンは雷の力を収束し、必殺の一撃、「雷光剣」を放つ。「雷光剣」はシュネー・マシーネの五体を木っ端みじんに吹き飛ばした。


一方、アリオン対シュネー・マシーネ。アリオンは後方のシュネー・マシーネと戦闘状態に入った。

シュネー・マシーネは雪の結晶を形成すると、それらをアリオンに向けて発射してきた。

「甘い!」

アリオンは刀身に炎をまとわせると、炎の刀で雪の結晶を迎撃した。雪の結晶は弾幕としてアリオンおよび後方の馬車へと迫ってきたが、アリオンはそのすべてを斬り落とした。

もっともシュネー・マシーネの状態に変化はなく、むしろそれをぶきみにアリオンは思った。

「機械か、ゴーレムかわからないけれど、無表情ってのはぶきみなものだな」

シュネー・マシーネのブリザード・ビーム。ブリザードを収束して、ビームとして撃ち出す。

「紅蓮剣!」

アリオンは炎のつるぎをブリザード・ビームに当てた。アリオンはむしろブリザード・ビームを溶かしてしまった。アリオンの炎のほうが出力が上だった。

「どうやら、俺の炎のほうが上のようだな。次は何をしてくれるんだ?」

シュネー・マシーネはブリザード・ビームが通じないので混乱しているらしい。

「来ないのか? ならこっちから行くぞ?」

アリオンは炎の刃を燃え上がらせると、炎の刃をシュネー・マシーネに向けて飛ばした。

アリオンの「火炎刃」である。しかし、火炎刃はシュネー・マシーネにぶつかることなく青い色のバリアで防がれ消滅した。

「なんだって!? くっそー! あの青い光はバリアか! 俺の火炎刃が効かないなんて!

なら、これならどうだ!」

アリオンはシュネー・マシーネに接近し、紅蓮の刃による猛攻を加えた。集中的にシュネー・マシーネを攻撃する。バリアの色こそ劣化したが、アリオンの攻撃はバリアを破ることができなかった。

「!? 何かが発生する!」

アリオンはシュネー・マシーネの反撃を予測する。

シュネー・マシーネの周囲にサンダーボルトが生じた。アリオンはとっさにシュネー・マシーネから距離を取った。アリオンはサンダーボルトをかわした。サンダーボルトは強力だったが、弱点もあった。

技の発動後に硬直し、しばし行動不能に陥るのである。それを見逃すアリオンではなかった。

「今だ! はああああああ!」

アリオンは紅蓮の刃でシュネー・マシーネを連続攻撃する。バリアの色が危険水準である赤にまで劣化しそのまま砕け散った。

「くらえ! 紅蓮煉獄斬!」

圧倒的な炎がシュネー・マシーネを襲った。炎はシュネー・マシーネの装甲を溶解していく。

シュネー・マシーネの機械のボディーがむき出しになった。

「逃しはしない!」

さらにアリオンは追撃した。刀でシュネー・マシーネの頭、両腕、両足を斬り落とし、とどめに紅蓮剣でシュネー・マシーネのボディーを一刀両断にする。

「!? 爆発する!?」

シュネー・マシーネはアリオンによってバラバラにされると、異音を響かせドカーンと爆発した。

それをアリオンは間合いを取って見送った。


セリオンの背後でドカーンと爆発する音がした。どうやらアリオンがシュネー・マシーネを倒したらしい。

「後方の兵器もやられたようだな」

「……………」

黒い鎧騎士は沈黙した。

「おまえは何者だ? いったい何を考えている?」

「……………」

「せめて名前くらい名乗ったらどうだ?」

「…この私に名などない。どうしても呼びたくば、『シュヴァルツ』と呼ぶがいい」

「シュヴァルツ―Schwarz 黒か」

「今回はおまえたちの抹殺に失敗した。だが、次はこうはいかん。しばしの時、生きながらえたことを喜ぶがいい。さらばだ」

黒い渦がシュヴァルツを包んだ。

「逃がすか!」

セリオンは闇の渦に大剣を振り下ろした。しかし、セリオンの斬撃は空を切った。

「ちっ! 逃がしたか。それにしても『シュヴァルツ』か… いったい何者だ? アルヴィーゼが言った通りになったな」

セリオンは大剣を下ろし、天を仰ぎ見た。

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