五十五
「クロ! できた!?」
「デコレーションがまだ。もうちょっと大人しくしとけ」
「私も手伝う!」
「……んー、じゃあ、これ机に運んで」
「はい!」
リアの誘拐事件が起きてから二日が経った。
色々とエリオラにぶん投げたのであとのことはよく知らんけど、Sランク冒険者が誘拐事件を起こしたあげく禁術にまで手を出していたというのはかなり問題になったらしい。
まぁ、どうでもいい。どちらかというと派手に壊しすぎたせいで本当にエリオラがやったことなのか怪しまれていることの方が俺にとっては問題だ。
あと、骨すら残らないように消し飛ばしたせいで死体が出てこないからグレイが実は生きていて逃げたのではないかなんて的外れな推理をする輩が出ているというのもちょっと困る。
エリオラとかの関係者を嗅ぎ漁って何かの拍子に俺に辿り着くなんてことになったら最悪だ。ないとは思うけど。
「ルシフェル!」
「……おい。俺はクロだ。マジでいい加減にしろ」
最悪と言えばこれが一番最悪だったか。
「エリオラ! こんにちは!」
「はい! リア様、こんにちは!」
名を知られた。
だから何だってことではあるのかもしれないけれど、俺にとっては重要なことだ。
もし、エリオラが俺の昔の名前を言いふらしたりしたら俺はここに住むことを許されなくなるかもしれない。俺が許されているのはあくまでもアリーシャが召喚した悪魔であることと名も知られていないような雑魚悪魔だと思われているからこそだ。昔のことが知られてしまえばそういう訳にもいかない。
だから、絶対に黙っておくように口止めはしたのだけど。
「エリオラも一緒にケーキ作ろうよ!」
「はい! おい、ルシフェル。何をすればいいんだ?」
「……」
こいつ。本当に大丈夫なんだろうか。
やっぱりあの時殺してしまった方が良かったんじゃないだろうか。
「……これ、何の騒ぎ?」
「アルもケーキ作ろ!」
「えぇ……」
「作るの!」
「あぁ……もう、うん。分かった。作るよ、作るから」
騒がしさに釣られてやってきたアルを半ば強引にリアが隣に座らせる。そんな助けを求める様な目で見られても俺には何もできない。
「あ、ちょっ、リア! そんなところにクリームいらないよ」
「多い方が美味しいでしょ?」
「多ければ良いってものでもないよ」
ちなみに俺の考えていたケーキとはすでに色々違う。
というかせっかく焼いたスポンジを台無しにする勢いでめちゃくちゃなデコレーションをリアが筆頭になってやっている。
ま、それはそれでいいだろう。
「ほら、貸してみ。もうちょっと見栄えよくするからさ」
結局のところ俺が守りたかったのは、こんな日常だったのだろうから。
ありがとうございました。




