四十六
「……言ってみろ」
どんな願いでも聞き届けるつもりだった。
神を殺してくれというなら、たとえ死んでも殺しに行くつもりだった。
どんなことでもやるつもりだった。
「…………あの子たちは、きっと放っておいてはもらえないと思うの」
「……そうだな」
誰の事を指しているのかはすぐに分かった。
アリーシャが死ねば、最強の魔導士であるアリーシャの子供を周りは放っておかないだろう。
ありとあらゆる人間が二人と何らかの接点を持とうとするはずだ。それどころかどさくさに紛れて二人を自分の所になんて馬鹿げたことを考える輩が沸くかもしれない。
それほどまでにアリーシャの実子という存在には価値がある。
「私の弟子は皆いい子だけど、あの子たちを普通に育ててくれないと思う」
「……あいつらいい子ではないけどな」
有象無象はどうとでもなる。二人に近づかせるつもりもない。
でも、アリーシャの弟子共はそういう訳にもいかない。
絶対に何が何でも二人を自分の所で引き取ろうとするはずだ。
なぜなら、ほとんどの奴が二人を溺愛しているから。たぶん、二人の為なら国どころか世界の一つや二つ当たり前のように滅ぼす奴ばかりだ。アリーシャの言うような普通の育て方は絶対に期待できない。
それだけなら……良くはないが、まぁいいとして。それ以上の問題として、アイーシャへの尊敬が強すぎて二人にアリーシャになることを求める可能性のある奴が何人かいる。
うっかりそんな奴の手に二人が渡ってしまえば間違いなく二人がアリーシャの言うような普通の育ち方をすることは無い。それどころか無茶な育て方をされて殺されるなんて事にもなりかねない。
どちらにしてもアリーシャが二人に普通の育ち方をしてほしいと思っているのなら、二人が弟子の誰かの所へ行ってしまうことは避けなければならない。
なら、誰が育てるべきか。
「……クロが二人を見てあげて」
「……お前が生きればそれで済む話だろ」
「わがまま言わないで」
「……」
そうなる。
話を切り出された時から、そこに話は落ち着くのだろうということは予想できていた。
でも、それはつまり、アリーシャが死ぬことを認めたようなものだ。
そんなお願いを大人しく聞くつもりにはなれなかった。
大体、悪魔に子供を任せようとするなんてどうかしている。
そんな親はきっと世界中探したってお前くらいのものだ。
自分の子供がかわいくないのか。
「俺に子育てができると思うか?」
「大丈夫よ。最強の悪魔だもの」
「子育てにそんなもの絶対に必要ないだろ」
めちゃくちゃな理屈だ。
どこの親が子育てに力を求めるんだよ。
「それに、貴方はクロだもの。だから、大丈夫よ」
「どんな理屈だよ……」
何も大丈夫なんかじゃない。
うまくいくビジョンが全く見えない。殺すことしかしてこなかった俺に人を生かすことができるはずがない。
「……俺は、料理ができない」
「練習すれば簡単にできるようになるわ」
そんなのはできる奴のセリフだ。
それにそういうことが言いたいんじゃない。
「……俺は、あいつらが悩んでいても助けてやれない」
「大丈夫よ。貴方は貴方が思っている以上にあの子たちと仲良しなんだから」
違う。そんなことを言いたいわけでも言ってほしいわけでもない。
俺はあいつらと仲良くなんてなれていない。
俺にあいつらを育てるなんてできるわけない。
だから……。
「……俺は……俺には……俺じゃあ……お前みたいにはなれない」
「なる必要があるの?」
「……っ」
「私は、クロはクロのままの方がいいと思うわ」
「……」
そういうことじゃない。そんなことが話したいわけじゃない。そんな言葉を聞きたいわけじゃない。
「……俺じゃダメだ」
「そんなことないわ」
「お前じゃないとダメなんだよ」
「……そんなことないわ」
俺が聞きたかったのは。
俺が話したかったのは。
俺が言いたかったのは。
俺が二人を育てるに足るかどうかとかそんな話じゃなくて。
もっと、私的でシンプルなこと。
「俺は……」
ただ、それが言いたいだけなのに。
ただ、その言葉を聞きたいだけなのに。
分かっているのか分かっていないのかアリーシャは話を逸らすから。だから。
「お前に死んでほしくないんだよ。死ぬな、アリーシャ……っ」
それを口にするしかなかった。
「……ごめんなさい」
「……謝るな」
「……」
生きる理由があるはずだ。
死ねない理由があるはずだ。
死んでいる暇なんてないはずだ。
だから、死ぬなよ。受け入れるなよ。俺みたいな悪魔なんかにお前の大事な子供を任せようとするなよ。悪魔に普通の子育てなんか絶対に無理なんだから。
お前は死んじゃダメだ。
だから、謝るな。どんな手を使ってでも生きると言ってくれ。
それだけで、俺は何だってできるから。
俺は……お前が死ぬのは結構嫌なんだよ。
「……クロ」
「……なんだ?」
「お願い」
「……」
嫌だ。そう言いたい。でも、言えない。断れるわけもない。
「二人には特別扱いされるようなことはあって欲しくないの」
「……」
「他の子と同じように、普通に育ってほしいの」
「……」
「特別って一人なんだよ」
「……」
「一人は……寂しいんだよ」
「……っ」
言われなくてもそんなこと知っている。
「私は、あの子たちをそんな目に合わせたくない。特別なんかじゃなくていい。普通でいいの。誰か、ちゃんと見てくれる誰かが居たならそれでいいの」
「……」
「……二人にとってのその誰かがクロだったら私は安心よ」
「……」
お前がその役割は果たすべきだ。
そんな当たり前の一言はもう出てこなかった。
意味がないと理解してしまったから。
「……ねぇ、クロ」
「…………なんだ」
「二人をよろしくね」
「……」
一度だって受け入れたつもりなんてない。
だというのに、当たり前のように、決まりきっていたことのように、アリーシャはそんなことを言う。
「……ふざけんな」
「……」
「……聞いてんのか」
「……」
「……おい、アリーシャ」
「……」
「……返事、しろよ……っ」
そして、言いたいことだけ言って、アリーシャはそれきり何も喋ることはなかった。
あれだけ流れていた血が止まっていることが、俺にどうしようもなく終わったことを告げていた。




