四十五
「ねぇ、クロ」
「……なんだ」
アリーシャの手が伸びた。
何をする気かは知らなかったけれど、抗うつもりはなかった。
「貴方は自由よ」
「……ふざけんな……っ」
首輪が外された。
何が自由だ。そんなもの、俺がいつ望んだ。俺が自由だったことなんて一度もない。俺が自由を望んだことだって一度もない。
何かを望もうと思ったことも首輪を嵌められるまではなかった。そして、たった一つだけだ。俺が望んだのは。
「俺は……っ。俺は……今が嫌いじゃないんだ。だから……」
その先の言葉が継げない。だからなんなのか。どうなってほしいのか。どうしたいのか。それが言葉にできない。
適した言葉が見つからなかった。
「……くそっ」
何もできない。
自分がどうしたいのかも分からない。
「俺は、最強の悪魔だった」
七大罪なんて呼ばれてはいたが、残りの奴がまとめてかかってきても俺一人に勝てないような名ばかりのものだ。
俺は最強の悪魔だった。生まれた時から今までずっと、悪魔の中では一番強かった。天使も悪魔も俺の敵ではなかった。
「……それしかなかった」
それだけあれば十分な事しか経験してこなくて、自分の力が役に立たないことへの対処なんて知らなくて。
力しか持ってなかったから、何もできない。
「俺には……力しかない」
何をすればいいのかが分からない。
自分に何ができるのかが分からない。
どうすれば納得のいく結果を得ることができるのか。
一体何をしたいのか。
どうしたいのか。
何も分からなかった。
一から十まで全て分からなかった。
そして、気付いた。
永遠に等しい寿命を持ちながら、この時ようやく俺は気付いた。
自分に何もないことを。
力なんて、肝心な時には何の役にも立たないということを。
「……壊すための力じゃ、お前の傷を癒すこともできない」
どうしてもっと早くに気付くことができなかったのだろうか。
どうして癒すための力を身に着けようと努力しなかったのか。
時間はあったはずなのに。
無限に等しいような時間はあったはずなのに。
どうして何もしてこなかったのか。
どうして壊すだけの力に満足していたのか。
どうして……もっと早くに認められなかったのか。
今を、失いたくないと。
「俺には……何もない」
「……」
持っていたはずのものは全て幻想に過ぎなかった。
強いつもりでいた。
何一つ守れないくらい弱かった。
ただ一つ欲しいと思ったものを守ることすらできなかった。
何が最強の悪魔だ。
そんなものに一体どんな意味がある。
俺は……無力だ。
「……クロ」
「……」
「貴方は貴方が気付いていないだけで色んなものを持っているわ」
「……」
そんなことはない。
何もないからこんな時に何もできない。
「でも、クロはそれを認めないわよね」
「……」
認めないんじゃない。
ただ、俺は持っているように見せるのがうまかっただけなんだ。
「だから、それを理解してほしいなんて言わないわ」
「……」
アリーシャの手が頬を撫でた。
「……ねぇ、クロ」
「……?」
「貴方をここに呼んだのはね、お願いしたいことがあったからなの」




