三十九
「ねぇねぇ」
「おい。俺を巻きこむな」
「お母さんの味方……?」
「やめろ。そんな目で見るな」
少し鬱陶しそうな視線を向けてやるとリアはそれをどう受け取ったのかそんなことを言って俺から二歩後ずさる。
そんな「裏切者!」みたいな目で見られてもそもそも味方だったときなんてない。
「……クロは悪い悪魔!」
「残念だけどいい悪魔なんてどこを探したっていやしないぞ。基本的に悪魔は悪者だからな」
つーか、クロってなんだ。俺の事か?やめろ。犬かよ。
「クロ! め!」
犬かよ。
「……おい。一応聞くが、そのクロってのは」
「クロはクロ」
指を指された。なるほど、俺の事で間違いないらしい。
ざけんな。
「生憎、俺にはそんなありきたりな犬の名前みたいなのよりもよっぽどましな名前があってな」
あからさまに拒否してアリーシャの怒りは買いたくない。これまでの様子を見るにないとは思うが念のため。
しょうがないから断るみたいな感じでいきたい。
「でも、クロはクロ」
でもじゃねえよクソガキめ。
「……一応聞いておきたいんだが、なぜクロなんだ?」
「真っ黒だから!」
俺の羽織ったローブを指さしてそんなことを自慢げにリアは叫ぶ。
安直か。
いや、ここまで行くともはやテキトーといった方が適しているか。
「黒色好き?」
「別にそういうわけじゃない」
「どーして黒色ばっかりなの?」
「……考えたこともないな」
なんとなく。ただ、なんとなくだ。
天使共が白を好みがちだからそれに対抗してというのは少なからずあるのかもしれないが、深く考えたことはなかった。
いや、しかし、深く考えなくとも本能的に選んでしまうということは好きという事なのだろうか。
「……クロ?」
「……なんだ?」
「考え事?」
「……いや、なんでもない」
やめだ。考えるだけ不毛だ。
何も得る物がない。
むしろ余計な方向に話がずれている。
このままじゃ俺の名前が犬にありがちな名前に改名させられてしまう。それだけは避けないと。
別に元の名前に愛着があるわけでもないが、そんな残念な名前になんてなりたくない。
「……クロ」
「だから俺は…………待て。何を考えている? 今、何を考えている?」
ポツリと呟かれた名前。リアかと思った。
違った。それを口にしたのは母親だった。つまり、アリーシャだった。
嫌な予感がした。
「……良い名前ね!」
予感は当たった。外れちまえ。




