三
「どんどん目玉焼きが美味しくなっていってる……」
「今日は塩の加減と卵を入れるタイミングを変えてみたんだ。うまくいったようで何よりだよ」
「こんなのもう悪魔じゃない……。ただの料理好きの主夫だよ……」
美味しいと言いながらもどうにも納得がいかない様子のアル。というか誰が主夫だ。一応これでも悪魔だわ。教育上よくないから魂とか喰わないようにしてるだけで全然その気になれば喰えるわ。
自分でも悪魔らしくないことやってるなとは思わないでもないけど、そもそも悪魔らしいなんてのは悪魔をきちんと知らない奴が勝手な偏見やら妄想やらで勝手にそう思ってるってだけの話で別に全ての悪魔が悪魔らしい悪魔ってわけでもない。
己の欲に忠実なら、それはすなわち悪魔と呼ぶにふさわしい。
だから、俺は十分に悪魔をやっていると言えるのだ。
まぁ、そんなことはもう何度も繰り返し言ったことだから今更改めて言われないでもアルはきちんと理解しているのだろうけど。
「クロ~、食べさせてー」
「いよいよ食べるのすら面倒になったか……」
髪を梳かし、ご所望通りの髪型にして、椅子に座らせるという食事をとるための準備のほとんどを済ませたのだが、どうやらそれでは満足いかなかったらしい。
素直で扱いやすくて身内贔屓を除いても間違いなく可愛いのでこのままでいいかと思っていたけれど、リアの今後を考えるならもう少し何とかする努力をした方がいいかもしれない。
「リア。大人になったら自分のことは全部自分でやらなくちゃいけなくなるんだ。だから、あまり周りに頼り切りになるのは良くないぞ? 将来、何もできなかったら困るのはリアなんだから」
「……クロと結婚するからいいもん」
「そうか。じゃあ、何の問題もないな」
なるほどリアさん頭いい!
将来的にも一緒に住んじゃえばリアが自分で何かをできるようになる理由なんてないもんね!
ところでそれって家政婦と何が違うの?
「いや、あるから。しっかりしろバカ悪魔」
「なにもそこまで言わなくても……」
「言うよ。親代わりの悪魔が姉と結婚とかそれどんな悪夢さ」
勘弁してくれ。そんな意味合いを言外に含ませ心底嫌そうな顔でアルが言う。
もちろん俺だって本気でリアとどうこうなんて考えちゃいないが、実際、リアがこのままなら将来的に身の回りのことをやるのもやぶさかではないかもしれない。
「言っておくけど、このまま甘やかして大人になってからも面倒をみるなんて絶対ダメだからね」
ダメらしい。
「……あーん」
「リア!」
口を開けてあとは待つだけという状態のリア。しかし、アルとしてそれは許せないことらしい。
俺にどうしろと言うのか。
やめろ。そんな目で俺を見るな。二人とも。
「むぅ……」
この姉弟、誰に似たのかとんでもなく頑固だ。それこそ一度言い始めたら絶対に折れないし譲らない。妥協なんてこれまでしたのを見たことがない。
しかし、姉弟間での揉め事となるとどういう訳かあっさりと決着がつく。どうにも何となく今日はこちらが折れる日みたいなのが分かるらしい。
俺と喧嘩した時、こいつら絶対折れないんだけどどういうことかな?たまには俺にも勝ちを譲ってほしいんだけど?
頬を膨らませ、今日はどうにも折れることにしたらしいリアがなぜか俺に恨めし気な視線を向けながらナイフに手を伸ばすのを眺めながらそんなことを考える。
止めときゃよかった。なんか無駄に傷ついた。あと、リアが俺を恨むのはどう考えたって筋違いだと思う。明日から寝ぐせ治してあげないよ?