二
この世界で悪魔という種族の生態に詳しい者は少ない。
だから、初めて目にした悪魔が俺だった場合、取り返しのつかない悪魔という種族に対しての認識の誤りが起こりかねない。
……ま、これまで出会ってそれなりに接することがある関係になった奴らはどいつもこいつも、この説明をすると「分かった分かった。人間だって個性があるんだからそれと似たようなもんだろ?」なんていう分かっているんだか分かっていないんだかな返答が返ってきたのだが。
悪魔は神に管理されている天使と違って己の欲望に忠実だから気をつけろ。
そういう話がしたいのだけど、どうにも俺という一悪魔のことだけを見て悪魔に偏見を持っている奴が多いように思う。
「クロ~、お腹すいたぁ~」
……こいつなんかはその一人だろう。
「盛りつけたから机に運んで」
「わぁっ! 半熟~!」
「つつくな。破けるぞ」
「はーい」
白髪碧眼の美少女。
まだ寝起きで眠たいのか欠伸混じりに両手で彼女好みの半熟に仕上げた目玉焼きがのったプレートを運ぶ少女の容姿を出来得る限り簡潔に表現するならだいたいこんなところだろうか。
普段は活発で明るいのだが、死ぬほど朝に弱いため朝だけはものすごく素直で扱いやすい。ずっとこのままでいいのに。
「……リア」
「んー?」
「髪の毛。寝ぐせついてる」
「……やってー」
「……あのな。いい加減それくらい自分でできるようにしないと」
「クロがいーの!」
「……っ。お前な……」
髪の毛の一本一本がその持ち主とはまた別の意思を持っているんじゃないか。そんな錯覚を覚えるほどに好き放題にあちらこちらに跳ねてまるでメドゥーサのようになっている髪の毛を指摘する。
すると、さも当然といった様子でリアは櫛を俺に渡してそのまま背中を預けるようにして俺にもたれかかって荒れ狂っている髪を差し出した。
ガードが緩すぎる。
くだらない男に引っかからないか心配になるな。
「リア。お前、両親に似て顔は良いんだからくだらない男に引っかからないように気をつけろよ?」
「……ん~?」
……心配だ。
浮いた話の一つもありそうな年頃なのに、浮いた話どころかそもそも恋愛感情そのものを持ち合わせていなさそうなところが余計に心配を煽ってくれる。
「……ま、変な虫が寄って来たら殺してなかったことにすればいいか」
「よくないよ。なに朝から物騒なこと言ってるのさクロ」
完全にこちらに体を預け、自分で寝ぐせを直そうという意思は一切感じられないリアの髪に櫛を通しながら来るかもしれない未来を考えているとどこか呆れたような声が掛けられた。
「……というか、クロがなんだかんだリアに甘いのもリアが全部クロ任せになっちゃう理由だと思うんだけど」
「……でも、この髪のまま行かせるわけにはいかないだろ? 本人気にした感じ全然ないけどこれでも女の子なんだしさ」
「…………」
「……アル? どうかした?」
「……いや、なんでも」
「……? ご飯出来てるから顔洗ったならさっさと食べとけよ。あんまりのんびりしてられる時間なんてないだろ? あ、ご飯食べる前には手洗い忘れずにな」
「……うん。そうだね」
リアと同じく白髪碧眼。
リアよりほんの少し高い身長と女だと言われてしまえば信じてしまいそうなほど綺麗な中性的な顔立ちが特徴の少年。
リアの双子の弟のアル。
朝に死ぬほど弱いリアと違って寝ぐせ一つ無く身だしなみは整えられている。姉弟揃って顔面偏差値は高いようで何よりだ。もっとも俺は人でないのでそこら辺のことに関して理解は出来ても共感はできないのだけど。
始終どこか呆れたような視線を俺に向けながら話した後、手を洗いに行ったのか部屋を出る際に「あれほんとに悪魔だよね? 知らない間にファスナー出来ていて中に人間が入ってるとかじゃないよね?」とかぶつぶつ独り言を言っていたのはどういう事だろうか。あとできっちり問い詰めよう。
「……よし、まぁこんなもんか」
「今日はポニーテールがいい」
「自分でやる気はない?」
「ない!」
「あって」
微量の魔力を流し込んで無理やり寝ぐせを抑え込む。加減を間違えると寝ぐせどころかリア自身も抑え込んで、なんなら圧死させてしまいかねない何気に高度な魔力コントロールを駆使しながら頑固かつ柔軟な寝ぐせとの勝負に決着をつける。
どうやら寝ぐせを直した程度でうちのお姫様は納得する気は微塵もないようだけど。
「いただきます」
なんかアルが呆れを通り越してバカを見る様な目で俺の事を見ている気がするのだけどこれはどういう事だろうか。
なんだやるのかこの野郎。これでも昔は最凶の悪魔とか言われて天使からも悪魔からも怯えられてたんだぞ。