二十八
ほんの数分、それが終わればたぶん手を貸すつもりだろう。聞くことを聞いたなら、そのあとは惜しむことなくその手を貸してくれるのだろう。数分が、数秒が、リアの命にかかわることなんてないと思っているのだろう。実際、誘拐したのだからリアを殺すなんてことは考えにくい。
でも、それは絶対じゃない。
一秒だって余計なことに使っていられる時間なんてない。俺が何者かなんて分かりきった問いに答える時間なんてあるはずもない。
「本当にアリーシャ様のご息女を助けたいと思うのなら」
「もういい」
「――カハッ!?」
「もういい……。もう、そういう回りくどいのはいらない」
足元を見る様なやり方だ。
それが悪いとは言わない。目的があってそれを達成するためにそれが必要だというのならやればいい。
でも、世の中それが通じる相手ばかりじゃない。
エリオラは知っていたはずだ。悪魔を嫌い、悪魔を警戒する彼女は死っていたはずで知らなければいけなかったはずだ。
悪魔相手にそんな方法が使えるはずがないと、気付くべきだった。
「……っ。このっ……放、せ……!」
右腕一本。
俺がエリオラを押さえつけるのに必要なのはそれだけだった。
首を絞められて、壁を背に宙に浮いたエリオラは抵抗を試みてはいるが、まるで効果はない。それどころか酸素が届いていないのか徐々に無意味な抵抗すらも勢いを無くし始めている。
「……っ。はぁ……はぁ……。こんなことをしてタダで済むと」
「リアはどこに居る? 答えられないならお前はもういらない」
「……っ」
死にはせずとも意識くらいはとぶかもしれない。そんなことに使っていられる時間なんてあるはずもない。
手を離すと重力に従ってエリオラは地面に落ちる。足に力が入らないのか尻もちをつくような形で。
悪魔は狡猾だ、なんて人間は言うけれど、人に個性があるのと同じように悪魔にだって個性はある。
俺に細かい交渉はどう考えたって向かない。だって、大概の事は力で無理やり押し通してきたのだから。
アリーシャは、俺にもっと力以外での解決をできるようになんて言っていたけれど、それができるほど賢かったら初めからこうはなっていない。
リアの身の安全が絡んでいるこんな状況なら尚更だ。
だから、俺らしく、悪魔らしく、教育に悪いことこのうえないけどそれはあとでじっくり言い聞かすとして。
とにかく、リアの居場所を聞き出さないと。
「……悪魔め」
「リアの居場所を教えろ」
「……」
「聞こえなかったのか? リアの居場所を教えろ」
「……」
強情な奴だ。黙って従うつもりは微塵もないらしい。自殺願望でもあるのだろうか。
性能が下がってしまうから避けたかったけれど、洗脳して人形にしてしまおうか。のちのちの後処理を考えたらその方がよほど早いかもしれない。
いや、でも、やっぱり性能が下がってしまうのは怖い。
「……ノワールの事も、俺の事も、知りたいことはリアを助けてから全て話してやる。だから、教えろ」
最終勧告だ。これでまだ黙るようならもういい。
性能が落ちるのは不安だけど、人形にして無理やり従わせる。
元に戻せる保証だってないのだから本当に使いたくない手なのだけど仕方がない。手段を選んでいられる余裕なんてないから。
「……悪魔相手に口約束?」
「俺を信じる必要はない。アルを信用しろ。俺はリアとアルの前で嘘を吐いたことはない」
「……クロ、嘘は良くないよ」
「おい」
なんてこと言いやがる。
見ろよ。エリオラの奴、来た時よりも酷い不信感に満ちた目で俺の事見てんじゃねえか。
「……分かった。じゃあ、魂の契約を結ぼう」
口約束は信用しない。
悪魔と対峙するなら当たり前の心得だ。
そして、エリオラのその言葉は口約束でないのなら話に乗ってやってもいいという意味を言外に含んでいる。と勝手に俺は思うことにした。
そのため悪魔との契約を結ぶ際にもっともよく行われる手法、魂の契約を結ぶことにした。できればその時間も省きたかったからこその口約束だったのだけど。
魂の契約はその名の通り魂を用いた契約だ。破れば魂を持っていかれる。約束は基本的によっぽどでない限り破るものという認識の悪魔であってもこればかりは破るわけにはいかない。
「俺はお前の知りたい俺についての全て話す。お前は話を聞く前にリアの居場所に俺が到着するまで案内する。これで良いな?」
「……あぁ、問題ない」
腕に刻まれた契約を結んだことを示す刻印を見てエリオラは一度頷くとそう答えた。




