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池田 和美の桃太郎・第四話  作者: 池田 和美
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桃太郎・ニューホープ|(ではないな)



 三人はいったん屋敷に戻ると、マツバの妹と使用人たちへ短い別れを済ませて、村を出て南に向けて歩き出しました。

 三人の姿が見えなくなるまで、マツバの妹が門のところで手を振っていましたが、マツバは一回も振り返りませんでした。

 道は再び山道へ入って行きます。ここまでも山道が多かったのですが、今度は登る一方でした。

 ササモリからトメタマへは、そのままずっと登る一方の山道でした。途中何度か野宿を挟みましたが、ササモリまでと違って三人旅だったので、桃三四郎が寂しさを感じることはありませんでした。

 道は深い森に差し掛かりました。

(もうそろそろかな?)

 桃三四郎がそう思いながら曲がり道を曲がると、やっぱりそこに三人の男が仁王立ちになって道を塞いでいました。

 真ん中で鞘ごと腰から外した太刀を地面に突き刺している男が、桃三四郎を認めるとニヤリと笑いました。

「また会ったな」

 男はこれまでに二度も襲ってきた野盗でした。

「あなたは…」

 桃三四郎はこの野盗の執念深さに言葉を失うのでした。

「電気の点検の人」

「うん、♪かんさ~いーでんき~ほーーあんきょうかい。ってコラー」

 野盗は関西地区限定のノリツッコミをしました。

「城ヶ崎団左右衛門だよ! じょ・う・が・さ・き、だ・ん・ざ・え・も・ん! 忘れたのか!」

「ああ、そうでした。すみません」

 素直に謝った桃三四郎でしたが、ここまでくると確信犯でしょう。

「今日こそは目に物を見せてやる」

 ギョロリと三人を睨み付けたかと思うと、ふっと力を抜き、標高が高くなったことで素晴らしくなった眺望へ目を移しました。

「嫌な時代になったものだ…」

「またそれですか?」

「またそれなの!」

 まるで駄々っ子のように地団駄を踏んでみせました。

「口上ぐらいさせろ」

「桃三四郎どの。この者たちは?」

 初対面であるマツバが訊ねました。それにニウが答えました。

「うん。ここら辺で野盗をしているオッサンだって」

「オッサンって言うな!」

 伸ばし放題の無精髭面の中年が言い返しても、オッサンはオッサンでした。

 キリッと顔を引き締めると言いました。

「オジサンと呼んでくれ」

「わたしが相手になりましょう」

 マツバが一歩前に出ました。両腕の大型武器が無いとはいえ分厚く固そうな鎧には威圧感があります。団左右衛門は気圧されて一歩引くと、それを不安そうに見上げる両脇の手下にアイコンタクトが飛びました。

「十文字! 加々見! 高層対流圏偏西風攻撃だ!」

「おう!」

 その掛け声と共に三人は縦一列になって、突撃してきました。

「しねや~」

 まず手下の一人が腰だめに匕首を構えて、体ごとぶつかってきます。その直線的な攻撃は避けられやすいですが、そこをこの高層対流圏偏西風攻撃は考えてありました。

「とうりゃあ」

 匕首を構えた男の真後ろから、新顔の野盗が竹槍を繰り出しました。匕首の男の左耳を掠めるような攻撃位置でした。

 同時に二カ所への攻撃。武道の達人でもそれは回避が難しい物です。ですが、これで高層対流圏偏西風攻撃は終わりません。

「とどめにオレだあ」

 二人のさらに後ろから団左右衛門が手にした太刀を抜き打ちにかかりました。

「このオレのカネニタマグロノミツを喰らえ!」

 しかし、以上の攻撃をマツバはまったく避けませんでした。

 そのまま微動だにせず、体全体で匕首の切っ先も、繰り出された竹槍の攻撃も、受け止めたのです。

 普通ならば脇腹と肩口に深い傷を受けるはずでした。しかし彼女の厚い鎧は二人の攻撃を受けても、傷一つつきませんでした。それどころか匕首は刃こぼれをし、竹槍に至っては折れてしまった程でした。

「で? おしまいですか?」

「あ…」

「あう」

「ちょっとまて、練習の時はうまくいったんだが…」

 トドメ役の団左右衛門に至っては、また自慢の太刀が鞘から抜けない始末。

 手下の二人は、渾身の一撃でマツバに武器を突き立てながらも、相手が無傷という事実に、顔色が青白く変わっていました。

「それでは、こちらからも行きます」

 自分に突撃したまま硬直している手下二人に、マツバは遠慮無く拳を振るいました。といっても何かの格闘技というわけではなく、近所のイタズラ坊主への鉄拳制裁するようなゲンコだけでした。

 しかし匕首や竹槍に傷一つつかない鎧の一部、手甲が指まで覆っているマツバの拳でした。手下二人は軽そうに見えたその一撃で目を回してぶっ倒れました。

「ああっ! 十文字! 加々見!」

「これで、あなただけになりましたが?」

 マツバが腕組みをして威圧しました。その横に腕の爪を短剣ほどに伸ばしたニウが並び、さらに桃三四郎も反対側に立ちました。

「まだやりますか?」

 桃三四郎は遠慮気味に訊きました。

「お、おぼえてやがれ!」

 団左右衛門は気絶している手下をその場に残し、こちらに背中を向けないように横走りで逃げようとしました。

「あ」

 だが場所は山の中。三歩も行かないうちに足を木の根に取られ、それは見事に転んだのです。


 ゴチン!


 ゴロゴロと転がった団左右衛門は、その先に生えていた大木に頭を盛大にぶつけると止まりました。

 そのまま彼も手下と同じように地面に大の字にのびてしまったのでした。

「手強い敵だった」

 さも恐ろしかったように桃三四郎がつぶやきました。

「いま思ったんだけどさ」

 ニウが遠慮無く桃三四郎の顔を眺めました。

「あんたが真面目に戦っているところを見たことがないんだけど、本当に強いのか?」

「そりゃあもう」

 ニコニコとした笑顔で言われても全然信用できませんでした。



 夕方になった頃、曲がりくねった道は登り坂のまま、まだ続いていました。道ばたには小さな道しるべが置いてあり、その表面に「留玉の山までもう少し」とありました。

「そろそろのようですね」

 道しるべを見た桃三四郎は、安心したかのように溜息をつきました。

「気を緩めるんじゃないよ」

 ニウは道の先を面白く無さそうに見つめていました。

「たしかに」

 マツバは半身になって立っていました。

 仲間の二人がさりげなくも戦闘態勢をとっているのを不思議に思っていると、道を向こうからやってくる影があるではないですか。

「おや?」

 歩いてきたのはコウモリでした。背負子を背負ってこれから山の中で枝打ちにでも行くような格好でした。

「ここら辺では見ない顔だ」

「コウモリどの。わたしは鬼ヶ島へ鬼退治に向かう途中の、桃三四郎と申す者です。トメタマの山は近いのですか?」

「はぁ、あんたらが鬼退治一行? でももうトメタマの山へ行っても雉はいませんよ」

「雉?」

 今までと同じ様な受け答えでも、桃三四郎はキョトンとしました。

「あんたら雉を仲間にするために向かうんじゃないの?」

「違いますよ」

 マツバが口を挟みました。

「ご覧の通り犬も猿もいません」

「あんたらがその代わりかと」

「いや、違うよ」

 ニウが即答しました。

「ただ行く方向が同じなだけさ」

「わたしは雉を仲間にするためにトメタマに行くのではありません」

「そんなこと言っても、雉だけじゃなく他の鳥もトメタマにはもう住んでないよ。わたしと同じコウモリなら住んでいるけど、わたしらは鳥でも獣でもないから、お供にはついていかないよ」

「いえお供が欲しいのではありません。わたしは仏さまの導きで、トメタマの山に眠るという、どのような化け物でも切り払う『伝説の剣』を探しているのです」

「伝説の剣?」

「心当たりが?」

「それならトメタマの山でも、南側の栄楠狩場(えいくすかりば)っちゅう平原にあるよ」

「本当ですか、コウモリどの」

「ああ。これくらいの…」

 コウモリは両手で一抱えほどの大きさを示しながら

「石につきささっているよ」

 と、教えてくれました。

「石に刺さっている伝説の剣?」

 ニウが奥歯に物が挟まった顔になりました。

「それで、えいくすかりばにあるって…」

 マツバも何か言いたそうな顔になりました。

「なんかオチが見えたような気がするな」

 マツバと顔を見合わせたニウが言いました。

「ここからなら、この先にある分かれ道を左に行った方が近道だ」

「ありがとうございます」

 素直に頭を下げる桃三四郎に、コウモリは地元の者らしく忠告を付け加えました。

「もう暗くなるから、ここで野宿した方が危なくないよ。朝一に出れば充分午前中にはつくから」

「コウモリどのは?」

「わたしはこれから山仕事だよ。夕方から宵の口がわたしたちの時間だからね」

 そう言い残して、コウモリは一礼すると道を下って行きました。

 桃三四郎たちはその場で黍団子で食事を取り、小さな焚き火で暖を取りながら野宿をしました。

 翌朝は日の出と共に出発しようと支度をしていると、昨夕のコウモリが薪を背負子にいっぱいにして現れました。

「分かれ道まで案内しようか」

「かたじけない」

 三人とコウモリは分かれ道で手を振り合って分かれました。

 道は一旦下り、そして丘を登ると、その頂上で視界が開けました。

「うわあ」

 開けた高原の眺望はとても素晴らしい物でした。

「うわあ」

 こちらの呆れたような声はニウでした。彼女は足元に広がるやや傾斜した平原を見ていました。

「あれ、全部ですかね」

 マツバが確認するように二人に訊きました。その栄楠狩場なる平原には、見わたす限りに一抱えはあるような石がごろごろと転がっていたのです。

 そして、そのほとんどに剣が突き立っていました。

「何十本あるんだろ」

 ニウが感心したようにつぶやくと、

「いえ、何百本でしょう」

 マツバが訂正しました。

「と、とりあえず行ってみましょう」

 桃三四郎を先頭に歩き出しました。すると道の先に関所のような門が立っており、そこで白い蓬髪に伸び放題の白い髭という、着る物まで白い物で統一した老人が胡座をかいてキセルからのんびりと煙を立ちのぼらせていました。

「人がいますね」

「いるな」

「あの人に訊いてみましょう」

 躊躇無く近づいていく桃三四郎の背中に「もうちょっと警戒しないのかよ」とかなんとかニウのつぶやきが聞こえました。

「おはようございます」

 礼儀正しく挨拶から会話に入る桃三四郎。

「おう、おはよう」

 キセルをくゆらす手を止めて、普通に応対してくれる老人。

「わたしは鬼ヶ島へ鬼退治に向かう途中の桃三四郎と申す者です。失礼かもしれませんが、あなたは?」

「わたしゃここで暮らす仙人じゃ」

「そうですか。それでは聞きたいことがあるのですが仙人どの」

「おう、なんじゃ」

「私はここに、どのような化け物でも切り払うという『伝説の剣』があると、仏さまの導きでやって来ました」

「ああ、そこらへんにあるんじゃない?」

 とても砕けた調子で、立ち上がって手にしたキセルで門の向こう側を示しました。

「あれらがすべて『伝説の剣』なのですか?」

「違うよ」

 あっけらかんと仙人。

「ここは地脈竜脈のせいか、色々な神剣やら聖剣、魔剣から妖刀まで集まってしまってなあ、そなたが求める『伝説の剣』があるとしても、それがドレだか儂には判らんのじゃ」

「では、わたしが探します」

「そうするがいい。ただし」

 仙人はキセルで桃三四郎の肩を軽く叩くと、厳かに告げました。

「この門より持ち出せるのは、その剣の正統な持ち主だけじゃ。そうでないと剣に魂まで喰われ、お主は未来永劫まで地獄を彷徨うことになるぞ」

 仙人の言葉に、桃三四郎は真っ直ぐな瞳を返しました。

「わたしは鬼退治をしなければならない身。必ずや己が剣を手にしてここを出ましょうぞ」

「うむ。判ればよい」

 仙人は人好きする顔に戻ると、一行に道を譲りました。

「必ずや己が剣を手にって、判るのかよ三四郎?」

「きっと」

 桃三四郎は地面の石に突き立った剣の林の前にきっぱりと言いました。

「いや、たぶん」

「…」

「ま、間違えないと思う。間違えないんじゃないかな…」

「それで『ちょっと覚悟はしておこう』って言うんだろ」

 ニウは溜息をつきました。

「桃三四郎どの」

 二人のマヌケな会話の間に、マツバが一本の剣に歩み寄って、しげしげと眺めていました。

「どうされた」

「ほら。よく見ると」

 マツバの指先が剣の柄に向けられました。そこには字が刻まれているようです。

「なになに? 『何でも切れるがコンニャクだけは切れない剣』???」


 …。


「こちらにも書いてあるな」

 桃三四郎は隣の剣を眺めていました。

「ええと『大蛇の尻尾から出てきたが、酔うと公園でマッパダカになってしまう剣』」

「それはクサナギ違いでは?」

「さあ」

 マツバのツッコミに首を捻る桃三四郎。

 どうやら全ての剣の柄に、その剣の名前が刻まれているようでした。これならば間違えることはなさそうです。

「手分けして探しましょう」

 桃三四郎の提案に、二人がうなずきました。

 三人は別々の方角に分かれて剣の柄を覗き込み始めました。しかしどれもろくなことが書かれていません。

「なになに『家内安全』?」

「こっちは『大願成就』です」

「これなんか『安産祈願』だぜ」

 話し声だけを聞いていると、いいかげんなオミクジのようでした。

 一列を見終わって二列目に取りかかったニウとマツバが、同時に一つの剣を覗き込みました。

「『恋愛成就』?」

 二人の手が同時に柄へかかりました。

「こ、こら。マツバ。あんたは向こうを探しなさいよ」

「い、いえ、ニウどのこそ、あちらを」

 お互いが譲りません。まるで尻相撲をしているように、体全体で押し合って、その剣を自分の物にしようとします。

 そんな争いが起きていることに、つと気がつかない桃三四郎は、栄楠狩場の端の方まで来ていました。

「これは『商売繁盛』、こっちは『交通安全』。無いなぁ~。これなんか『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』だもんな」

 桃三四郎は次へ移ろうとして、もう一度戻ってきました。

「あった…」

 そこには他の栄楠狩場に立ち並ぶ剣と同じ物が、同じように一抱えほどの石に突き立っていました。

 桃三四郎はもう一度剣の柄に刻まれた銘を声に出して読みました。

「『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』」

 いちおう桃三四郎は『どのようなイヒ物でも切り払う伝説の剣』とか、『どのような化け物でも切りキムう伝説の剣』じゃないかと疑って、三度確認してみました。

 どうやらこれが本物であるようです。

「よし」

 気合いを入れて桃三四郎は『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』に手をかけました。

 最初はじっくりと、そして段々と力を込めていきます。

 そして剣は、抜けませんでした。

 両手をかけて、両足で踏ん張ってもダメでした。

 どうやら一人では無理のようです。桃三四郎は辺りを見まわしました。

 すると入り口近くのまだ二列目の辺りで、ニウとマツバが睨み合いをしていました。

「マツバは後から来たんだから、先輩のあたしに譲るべきでしょ!」

「いえいえ。このような事に先輩も後輩もありません。ニウどのは、もう少し女性的魅力を磨くことに専念されては?」

「そ、それは、あたしの胸があんたより粗末だって言っているの?」

「そんなことは申しておりません」

「あの~」

 鬼気迫る二人へ、物怖じしたのか腰の引けた態度で話しかけようとしました。

「でんせつの~」

「「黙ってて!!!」」

 二人同時に怒鳴られて、首をすくめてしまう桃三四郎でした。

「どうした?」

 しょぼんとした様子を門のところから見ていた仙人が声をかけてくれました。

「いえ、『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』を見つけたのはいいのですが、なかなか抜けなくて」

「ほ? それじゃ儂が手伝ってやろう」

 桃三四郎は仙人と連れだって、『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』のところに戻りました。

 桃三四郎が剣の柄に手をかけ、仙人が彼の腰に取りつきました。

「うんとこしょ」

「どっこいしょ」

 まだまだ剣は抜けません。

 仙人は言い争いに決着がつかないままそっぽを向き合った二人のところへ行きました。

「どちらか手を貸してくれんかの」

 人に助けを求められてすぐに動いたのはマツバでした。

 桃三四郎が剣の柄に手をかけ、その腰を仙人が掴み、仙人の腰にマツバが取りつきました。

「うんとこしょ」

「どっこいしょ」

 まだまだ剣は抜けません。

 三人はニウを呼んできました。

 桃三四郎が剣の柄に手をかけ、その腰を仙人が掴み、仙人の腰にはマツバが後ろから抱きつき、そしてニウがマツバの腰に取りつきました。

「うんとこしょ」

「どっこいしょ」

 とうとう剣は地面から抜けました。

 抜けた反動でそこかしこに尻餅をついた四人は、安心した溜息をつきました。

「童話ならなんでもまぜればいいって思ってないか? あのホトケ」

 ニウが憎まれ口を叩きました。

 と、そこに男の声が聞こえてきました。

「嫌な時代になったものだ…」

 全力発揮後の脱力した表情で各々が声のしてきた方向を振り返りました。

 そこにはみすぼらしい格好をした四人ほどの男が立っていました。どう見てもカタギの人間ではありません。それは桃三四郎たちがよく知っている野盗どもでした。

「おぬしは以前にここにきたサムライではないか」

 いつの間にかに栄楠狩場に侵入していた野党の中に、仙人の見知った顔があったようです。

「どうだ、その太刀は? 使いこなせておるか?」

「そのことで仙人さまに訊ねたいことがあって来てみれば、宿敵と出会うとはな」

 憎々しげに桃三四郎を睨み付ける野盗の頭。

「ココで会ったが百年目というやつだ」

「あ、あなたは…」

 いまだ両手で剣の柄を握りしめている桃三四郎は、重労働の後でひりつく喉に唾を飲み込んで言いました。

「カールおじさん」

「はぁ~あ、オラが~の~♪ っておい! 城ヶ崎団左右衛門だよ! いいかげん憶えろよな!」

「はい、すいません」

 素直に謝る桃三四郎。団左右衛門は乱れてもいない着物の襟を直すと、剣が立ち並ぶ栄楠狩場へ目を移しました。

「嫌な時代になったものだ…」

「そ、そこからですかい? アニキ」

「黙ってろ」

 ついツッコミを入れてしまった手下を一喝する団左右衛門。

 しかしそこにいる人間、仙人すら含めて呆れたような顔になっていることに気がつくと、団左右衛門は咳払いを何回か繰り返して誤魔化しました。

「今度は手勢を増やしてきたぞ。お前たちの負けだ」

 たしかにこちら側は脱力して座り込んでいて、向こうは臨戦態勢でした。このまま戦いになったら必ず負けるとまでは行かないが、不利なことには変わりありません。

「ちっ」

 ニウが鋭い舌打ちを漏らし、マツバが慌てて立ち上がろうと鎧を鳴らしました。

「ここは『伝説の剣』の力を見せるときじゃ! お主のその剣の威力、この者たちに見せつけてやれ」

 仙人のアドバイスに桃三四郎は大きくうなずきました。

 桃三四郎は力を込めて立ち上がりながら、剣の柄を持ち上げると、野盗共は太陽光を遮ったその物を見上げて恐怖の表情を浮かべて凍り付きました。

 桃三四郎は『伝説の剣』を最上段で構えました。

 自身の持てる最大の力を発揮しているため、全身の筋肉はプルプルと震え、歯は食いしばられ、眼球は血走ります。

 ともすれば意思とは関係なく折れ曲がりそうになる肘関節を何とか伸ばし、握りしめられた両手の指は、そのあまりの握力で血を噴き出しそうでした。

 握られている柄は流石に頑丈そうで、宝石などの贅沢な物は一切ついていませんでしたが、意匠を凝らしたレリーフは、それなりに豪華で、またそれが滑り止めも兼ねていました。

 鍔は西洋剣のごとく両側に羽根のように延び、何の材質で出来ているか判らないのですが、金色に輝いていました。

 刀身は両刃の直刀で、厚みや幅は日本刀とそう変わらない姿をしていました。

 そして剣先は未だ、まるで大型ブルドーザーのような大きさの岩に飲み込まれたままでした。

 桃三四郎が構える『伝説の剣』は、その突き立った岩ごと地面から抜き取られていたのです。

「ま、まて…。話せばわかる」

 団左右衛門が両手を振りました。確かにこのままでしたら剣身による斬撃よりも、岩による圧殺の可能性の方が高かったのです。もちろん斬撃よりも圧殺の方がより生命の危険が高いでしょう。

「ま、まてと、いわ、いわれても」

 全身がプルプルと震える桃三四郎は、何とか言葉を発しました。

「わたしの言うことを、け、剣がききません!」

「いや、岩のせいだと思うよ」

 ニウが冷静なツッコミを入れたその瞬間に、ポキリという軽い音がして『伝説の剣』が真ん中辺りで折れてしまいました。

「あ」

 そこにいた全員が何かしらのリアクションを起こす前に、『伝説の剣』が突き立っていた岩は、野盗共の頭上へと落ちていました。

「ぎゃああああああ」

「ぐえええええええ」

 野盗どもは『伝説の剣』の先っぽが刺さったままの岩の下敷きとなりました。

「はぁぁ」

 重労働から解放されて、桃三四郎は両膝をつきました。

「手強い敵だった」

「手強かったか?」

 ニウはつい訊ねてしまいました。

「仙人どの」

 桃三四郎は泣きそうな顔になって、いまだ両手で握りしめていた『伝説の剣』を目の前に差し上げました。

「ものの見事に折れていますね」

 マツバがしげしげと見ました。桃三四郎の顔を見て、慌てて付け足します。

「治せる方が、きっといらっしゃいますよ」

「先程申したとおり、あの門より持ち出せるのは、剣の正統な持ち主だけじゃ」

 仙人はキセルをどこからか取り出すと、プカリと吹かしました。

「そうでないと末代まで祟ることになる。それでも、その剣を持ち出す勇気はあるのかな?」

「おいジイサン」

 ニウが乱暴な言葉で口を挟みました。

「おまえさっき、違うと剣に魂まで喰われて、未来永劫地獄を彷徨うって言ってた」

「そ、そうじゃったかなのう」

 自分が口にした設定を間違えたことを、とぼけて誤魔化す気満々でした。

「桃三四郎どの。これが威力の高い剣ならば、その危険を冒す価値があると思うが、その折れてしまった剣にそこまでする理由はないと考えるのだが」

 マツバが残念そうに折れた剣身を見つめるました。

「いえ。この剣がココで折れるのも、なにかの導きかもしれません。わたしはこの剣を持って鬼ヶ島へ向かおうと思います」

 桃三四郎はそう断言すると、誇らしげに折れた剣を掲げました。

「よくぞ言った」

 仙人は感心したようにうなずきました。

「だが抜き身のままでは、なにかと不便であろう」

 さすがはここ栄楠狩場に住まう仙人である。こうなることを予想していたのか鞘を取り出しました。

 桃三四郎の前に同じ様な鞘を三本も取りだして並べました。

「そんなお主に、わしは鞘の販売を行っておる」

「くれるんじゃないんかい!」

 ニウがツッコミを入れてしまいました。

「この青色の鞘はGPSつきで、手元から紛失してもスマホのアプリで現在位置を検索できるという優れもの。こちらの黄色の鞘は、森のアロマ成分が染みこんでいて、たとえ都会でもそのアロマ成分を吸い込むことで、脳のアルファ波が刺激され、いつでも高原での爽やかな気分になれるという健康志向のもの。こっちの青色の鞘は高いところまで届いて、しかも切った物が下に落ちないような保持機能付きという細部まで考えられた逸品じゃ。いまなら三本お買い上げでもれなくこの金色の鞘を一本プレゼント中じゃぞ」

 段々と仙人が深夜のTVショッピングのような口調になっていました。

「三四郎」

 呆れた顔で仙人の売り込みを見ていたニウは言いました。

「そんな折れた剣なら、鞘なんて無くても簡単に持ち歩けると思うぞ」

「わかった、それならこの押すだけでタマネギの微塵切りが簡単にできる『カンタンスライサー』もつけよう!」

「…」

 無言で三人は顔を見合わせると、居住まいを正して、抜くのを手伝ってくれた仙人に頭を下げました。

「それでは仙人どの。お世話になりました」

「まてまて、いまなら分割手数料もジャパネ…」

 なにやら言っていたが、もう興味の外に置いて、桃三四郎たちは歩き出したのでした。

 栄楠狩場の門を出るときには、さすがに桃三四郎の表情が緊張に硬くなりましたが、何事も起きずに通過できたときには、三人で同時に胸を撫で下ろしました。

「桃三四郎よ」

 どこかしらから声が響いてきました。そして眩いばかりの光と共に仏さまの姿が現れました。

「仏さま」

 慌てて桃三四郎は頭を下げ、マツバは膝をつく礼の姿勢になりました。

「桃三四郎よ。よくぞ『どのような化け物でも切り払う伝説の剣』を手に入れた」

「そのことだけどさあ」

 唯一仏さまに頭を下げないニウが、ぶうたれた態度のままで仏さまに言いました。

「こんなすぐ折れる安物で、本当に化け物なんか倒せるのかよ」

 ニウは桃三四郎の右手首を掴み、彼が手にしていた『伝説の剣』が仏さまによく見えるようにしました。

「え? ええ?」

 仏さまは三度確認するように目をこすりました。

「あちゃあ、ポッキリと折れちゃって、まあ」

「仏さまは、この剣を直すことができないのですか?」

 桃三四郎の質問に、なぜか仏さまは動揺したように視線をアッチへ飛ばしました。

「うん、そうだね。ええと、そういったことは違う部署の者に言って貰わないと困るわけだ。私はね、ほら、仏だから。こういう物は『ほっとけー』みたいに、そのままでいいと考えるタイプだから」

「できねえのかよ」

 ニウが残念そうに呆れました。

「できますよ、できます」

 目を泳がしたまま仏さまは答えました。

「剣を直すなんていう奇跡は簡単にできますよ。でもね、簡単だからこそ、そう何度も使っちゃうのは、天にいる者としていかがなものかなあ、と考えるわけだ」

「なんだよ、結局できねえのかよ」

「ニウどの」

 仏さまへの無礼な物言いにマツバが固い声を飛ばしました。

「み仏は、たとえ『伝説の剣』でも折れることがある。万物はこうして流転していると、我々にお教えを下さっているのだ」

「うん、そうそう。わたしが言いたかったのはそれだ」

 仏さまはマツバの言葉尻にのって何度もうなずきました。

「それで、仏さま。次に我々が向かうべき場所はどちらなのでしょう?」

 桃三四郎の問いに、仏さまは空を見上げて言いました。

「うん。次は西だな」

「西?」

「そうだ。とりあえず西へ向かえ」

「そちらの方向にある、なんという場所へ向かえばいいのですか?」

 不安そうに詳細を訊ねる桃三四郎に、威厳を取り戻すようにか、声を重々しくして仏さまは言いました。

「桃三四郎よ。せっかく、この仏が導いているのに、お前はなんだ。『伝説の兜』も『伝説の鎧』も、そして『伝説の剣』もまともに手に入れることができなかったではないか」

「腐ってたし、先に持って行かれてたし、折れたのまでこっちの責任かよ」

 ニウのツッコミは見事に無視されました。

「このままお前が鬼ヶ島に向かっても、とうてい鬼には敵わない。よって別のアイテムを探すことが必要だ」

「そのアイテムとは?」

「ちょ、ちょっとまってね」

 仏さまは分厚い本を懐から取り出そうとして袈裟に引っかけました。後ろを向いて服装を整えながらやっと取り出すと、振り向きながら広げて難しい顔で、その本に目を落としました。

「あれ? 最近、老眼が進行したかなあ」

「なんだよホトケ、老眼かよ」

 ニウのツッコミにも紙面から目を離さずに、口だけで答えます。

「だってさ紀元前からいるんだよ、老眼にもなろうって…。あ、あったあった」

 仏さまは咳払いをして、本の一項を読み上げました。

「桃三四郎よ。え~と、おまえが探さなければならない物は五つある」

 仏は一層目を細めました。

「それは『仏の御石の鉢』『蓬莱の玉の枝』『火鼠の皮衣』『竜の首の珠』『燕の産んだ子安貝』の五つだ」

 棒読みでした。

「おいホトケ」

 ニウが何事かに気がついて、声を荒げました。

「その本の表紙に、なんで『かぐや姫』って書いてあんだよ」

「え?」

 慌てて表紙を確認する仏さま。

「あちゃー、別の攻略本持って来ちゃったか~」

「攻略本って、おい!」

 仏さまは慌てて本を背中に隠しました。

「桃三四郎。とりあえずは西だ。西に向かうのだぞ」

 そして眩い光は消え、仏さまの姿も見えなくなりました。

「なんなんだよ、あのホトケ」

 ニウが口を尖らせていると、マツバが空を見上げて言いました。

「わからんのか。あれは韜晦なさっているのだ」

「いや、素だと思うけどな」

「西かあ」

 桃三四郎は西の空を見上げながら、新しい目標に思いを馳せているようでした。

「西には、あれだ」

 ニウが嬉しそうに言いました。

「海があるんだぜ」

「海?」


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