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妄想の帝国

妄想の帝国 その40 元O市の公園にて

作者: 天城冴

住民投票によって消滅した元O市の公園で、演説する男と数人の聴衆。公園の植木を手入れしながら、彼らを見ていた男たちが語っていたのは…

ポンニチ国の真ん中より、ちょいと東に位置するとある街、公園でもある城跡の広場で男が叫んでいた。

「今度こそ!都になるんです」

パチパチパチと幾人かの聴衆から疎らな拍手が起こる。男は続けて

「確かに、新型肺炎ウイルスの影響を軽視した感はあります。あれのせいで万博はつぶれ、カジノ誘致は不可能になった。経済成長どころか、今の惨状は目に余るものでして…」

聞きながら泣き崩れる女性。結い上げた髪にはところどころ白髪が混じり、身にまとう服もどことなくくたびれている。女性のそばで男の演説を聞く初老の男性のスーツも、質のよさそうな生地ではあるが、ところどころ擦り切れていた。

 やつれた数人の聴衆に囲まれながら、男は延々と演説を続けていた。


「あちゃー、またやってるよ、メイジの党のやつら、ミヤコ構想まだやる気かねえ」

公園の植木の手入れをしていた男性が、彼らの様子をみて呆れ気味に同僚に話しかけた。

「懲りない奴等だなあ。もう、メイジの党も事実上消滅、支援者もほとんどいないっていうのに。この期に及んで、何をする気なんだか、失敗から学ばないというか」

「あの“新型肺炎ウイルスは、うがい薬で撃退”府知事・市長合同会見の失敗から、何も学んでないぐらいだからなあ。もっとも、そんなことをいうメイジの党のミヤコ構想を信じた、この地区の住民たちも、なんというか」

「元O市民っていうべきか、それとも元O府民か。あれほどOの名称にこだわっていたのに、府県にも、市にも今じゃ正式名称として使えないよ。O弁もポンニチ国で一、二を争うくらい有名な方言だったのに、それも消滅寸前」

「仕方ないだろ、メイジの党が主張したミヤコ構想の住民投票、市の存続をかけたミ投票でO市は消滅したんだから。まあ消滅した市は他もあるけど、後の結果が悪すぎたよ」

「周辺市町村どころか隣県までに影響した。ポンニチ国でも指折りの経済圏の一つが壊滅したんだからな。そのうえ、O市のあおりをくらってO府も無くなった。周りの自治体の住民たちは怒り心頭、メイジの奴等どころか元O市民にこの責任をとらせろ、いっそ投獄しろっていう過激な意見まででたぐらいだからなあ。O市、O府の名称廃止ぐらいやらないと収まらなかったんだろう。なにしろ周辺自治体も財政がかなり苦しくて、元O府に援助なんてできない。だから首都T都から俺らが派遣されたんだろう。壊滅状態の元O府、O市の立て直しのために」

「そうだよな、まさか再就職する年齢までいるとは思わなかったけど。しかし、なんだってあんな話にのせられたんだ、O市民は?反対派もいたらしいが」

「メリットしか書いてないミヤコ構想推進派の作ったキレイなHPの文言を鵜呑みにしたらしい。“ミヤコ構想に賛成して、政令指定都市O市を解体して4つの行政区にしても行政サービス変わりません”ってな。その試算も、データも何を根拠に、どうやって算出したか、具体的なことがロクにかいてないのを、よく信じたなとおもうけど」

「マルチ商法で騙される傾向があったんだろ、あいつら。だいたい府から毎年20億交付金って、それ府議会で決めることだと思うが、否決される可能性を考えなかったのかな」

「O市がもらってたから、特別区になってももらえると思ってたんじゃないか。O府議会でメイジの党の議員が多かったから、否決になるとは思わなかったとか」

「新型肺炎ウイルスの影響をホントに甘くみすぎてたしな。ミヤコ構想を有利にすすめるために市民説得に議員や支援者を駆り出したから。そのせいで彼らがウイルスに罹る可能性が増えるとは考えていなかったらしい」

「さすが、うがい薬で“口内のウイルスが消滅”を“体中のウイルスが消滅”とミスリードする奴等だけはあって非科学的だなあ。本人たちも半分信じてたのかもしれないけど」

「そもそも病床も、備品も機器も人材も不足して、冬に新型肺炎ウイルスが再流行したらヤバい道府県にあげられていたじゃないか、O府も」

「それなのにO市が住民投票にかまけたうえ、終わったら行政区の設置作業で人員が割かれて、ウイルス対策が疎かになったんだろ。そりゃ最大都市がそのあり様じゃ、上の府にも悪影響が出るわ。同じメイジの党とはいえ、ヨジムラ元府知事はそのへんは……考えてなかったか」

「自分らも被害をこうむるなんて考えなかったんだろう。ひょっとして、本気で、うがい薬が効くとおもってたんじゃないか、ヨジムラは。それに府や市のトップである自分たちの病床や治療まで不足するとは思ってなかったんだろう」

「いくら元O市長とはいえマツイダは市が消滅したら、タダの人だろ。優先順位は低くなる。医療機関からはよく思われてなかったようだしな、感染対策怠ってたわけだし」

「ウイルスの感染者が増大するような時期に住民投票なんかやる必要あったか疑問だよ。実際、問題と言われた府と市の二重行政の弊害とやらは既にほとんどなかったんだろ。しかもO市の経済を止めるなとかいう割に経済成長率はあいつらが市政、府政を握ってからロクに伸びてなかった。市のHPにもそれ載せてんのに、“計算やり直す”とか酷い言い訳してたぞ、マツイダ市長」

「ウイルス感染防止のための防護服たりないから、雨合羽で、手作りしたのでも、とか呼びかけた奴だからなあ。雨合羽ではウイルス防御どころか、下手すると感染率あげるって医者も言ってたのに」

「うがい薬会見だって、実際に効果があるか研究してた医者たちは、まだ研究成果とはいえないって言ってたのを無理に開いたらしい」

「はあ、一度思い込んだら、どこまでも主張は変えませんか。そのせいで市民、府民、自分のお身内まで危険に晒しても懲りないとはね。あのとき死者だって出たろうに」

「メイジの議員はかなり感染して、重症化や後遺症も少なくなかった。そのせいで議員辞職が大量に出た。ヨジムラ府知事はじめミヤコ構想推進派には大きな痛手だったろうよ、マツイダも無事じゃなかったわけだし。反対派だって動き回ってたが、対策とか元々免疫力上げる努力とかしてたのか、被害はすくかったな。共産ニッポンとかレイワンとかほぼゼロだし」

「科学的合理的思考ってやつがあったんだろ。ま、俺たちのT都だってOの奴等を笑えないけどな」

「しかし、大失敗に学んで修正するぐらいの知恵はあるぞ。それに今やOの奴等は」

「副首都とかいってたのが、首都Tの直轄領扱いだからな。独立した自治体ですらないんだ」

「だいたい副首都にどうやってなるつもりだったんだろうな。まさか特別区になったから、自動的に副首都になるって考えたわけじゃ」

「府から都に名称変更だって、国会での議論が必要だと思うけどな、普通。なんでO市の住民投票だけで、済むと思ったんだ?少なくともO府と周辺府県の合意が必要だろうよ。まあ関東のS県とC県は猛反対しそうだけどな、俺たちこそ副都心県とか言い出しかねないし。それにT都の区と同じって、同じ特別区になったら都になれる、副首都って理屈がよくわからん」

「そもそも都になるって、どういうことか、よく考えてなかっただろ。ただ特別区になればT都と肩を並べられるって思い込んでたとかさ。それにしてもポンニチ国の副首都になろうというのに、傲慢な考えだよな、自分たちだけで副首都になるかどうかを決められるかなんて。ポンニチ全体に影響を及ぼすっていうのにさ。リベラル気取る奴等でさえ、“他県の奴等が反対派に味方して、O市がなくなる!っていうのは逆効果だ、情緒的反応だ”なんていってたらしいからなあ。政令指定都市が消滅する影響はその地域だけにとどまらない、だから他の県からも反対派がきたんだってことがわかってなかったんだとしたら、傲慢というより阿保だが」

「そもそも本当に副首都になる気なら特別区になるとかより他にもっとやることあったんじゃないか。ウイルス対策して、大学と中小企業との産学連携とかをドンドン加速して、産業振興とかさ。で、ポンニチ国の経済の中心になるとかすれば、他の道府県も納得するだろうし、首都Tに対抗できる」

「うがい薬でウイルス撃退会見やっちゃう奴等だぜ。そんな考えになると思うか?カジノと万博という他国からの客を当て込んでるのに新型肺炎ウイルス対策マトモにやってないんだぞ。第一、地震やら津波とかの対策もきちんと考えてなかったんだから、川が多いうえに地盤が弱いってのに」

「外国人観光客が呼べないと話にならないのに、安心して呼べる体制を整えてないわけだからなあ。根本的なところで間違ってるよ」

「外国人呼ぶどころか、ウイルスの蔓延による経済の悪化、行政区への移行の莫大な費用、おまけに府からの交付金取り消しのせいで、行政サービスが悪化の一途。税収あがるどころか、破産寸前で住民も逃げ出す始末」

「医療サービス崩壊が起こったからなあ。新型肺炎ウイルスの影響だけど、あんな投票しなければ防げたかもしれないんだよな。区への移行とか、分割したときの体制を整えるとかでコストと人員が割かれて、検査や治療のバックアップが疎かになりすぎた。だいたい組織を4つに分けたら、1つよりかえってコストかかるってわからなかったのか。同居している家族が別居したら家計が苦しくなるよ、ましてや4分割なら、尚更」

「わかっていても、自分らは利権でなんとか、と考えてたんだろうよ、メイジの党の奴等はな。だけど、周辺自治体にしわ寄せがいくことは計算してなかったわけだ。行政サービスが低下すれば市民が近隣の自治体のサービスを頼ることも、そのせいで頼られた自治体に負担がかかることも、その結果、隣県のH県、N県やK府、W県などの怒りを買うこともな。副首都になるのは不可能って現実を知った市民から突き上げを食らうこともわかってなかったらしい」

「市民っていうか、市民の子孫だろ、怒っているのは。祖父母、両親が阿保だったせいで、俺たちは惨めな境遇になったんだって罵倒して、“O弁はアホの象徴だ、O市、O府に関連するものなんてなくなってしまえ”とか言ってるそうだ。有名な祭りも無くなったよ」

「T都と張り合ってたO府の連中の子供たちが、今じゃT都に憧れ、父祖の言葉を否定するなんてなあ。他所のこととはいえ切ないというか」

「仕方ないだろ、どう見ても親のほうが悪いし。メイジの党の奴等の言っていることを鵜呑みにして、検証もしない。反対派のデータとの突き合わせも確認もしない。ミヤコ構想賛成派の発言の根拠を調べもせずに反対派はデマと断定。ミヤコ構想推進派の主張を否定するデータが市のHPに掲載されているのに、それすらデマだっていう奴すらいたしなあ。なんとなく改革がいい、という気分でミヤコ構想賛成に投票したって答えて、息子に殴られた母親をみたことあるよ。救済課に来てた親子連れ、息子の求職相談だったかな」

「元O市民向けの救済課か。困窮者の生活を立て直すための仕事の紹介と言っても、実質はF一原発の廃炉作業とか廃棄物の完全処理作業とか、人がやりたがらない仕事の斡旋だろう」

「それをいったら身も蓋もない。それに今は金より、才能、知恵の時代だから、思考力や知性がないと思われると不利なんだよ。実際、元O府民っていうだけで、下にみられがちなんだ、マルチまがいの甘言を弄した政党を支援してた奴等の子供って。まして政令指定都市という特権を自ら手放して消滅したO市の出身となると就職はかなり難しい」

「親が安易な決断をしたせいで、子供は不利益を被るのか。そういうことも考えてなかったのかねえ」

「自分が死ぬかもしれないのに医者のいうこともロクにきいてないメイジのトップを信じてしまうぐらいだ、熟慮なんてしてなかったんだろ。メイジの党はキトクケンエキを壊すヒーローだ、ついていけば間違いないと思ってたんだろ。実際はメイジの奴等は古い利権を潰して自分らが新利権を握ろうとしたんだが、自分のやった失策で足をとられて、市民、府民を巻き込んで大ゴケ状態だ」

「はあ、古い利権の奴等のほうが、まだ市民への配慮があったっていうオチかよ。それで散々な目にあったというのに、まだ懲りてないのかねえ、あいつらは」

「今度は何をするつもりなんだか、ねえ。どうせ口先だけ実現なんかしやしないのに」

二人の男性はゆっくりと作業をしながら、数人の支援者に囲まれている男のほうをみやった。


『今度こそ、ミヤコになります!そう、T都直轄領という、この卑屈な状態を打破するために、O市、O府復活ではなく、O国として独立し、この地を首都とします!』

メイジの党のヨジムラ元府知事は熱心に演説を続けていた。


どこぞの国のどこぞの市では、懲りもせずナンチャラ構想の投票が行われるそうですが、どうなるんでしょうねえ。いや副首都とかって、一自治体が勝手に名乗ることを決められるもんなんでしょうかねえ、その前提からしてなんかオカシイような気がするんですけどねえ。というか自称副首都ってかなり恥ずかしいような気がするんですが、ひょっとしてお笑いで売ってる例の自治体の渾身のギャグなんですか?いや、さすがにそんなことは…

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