六話
夢せいか起きるのが遅れ朝ごはんとお昼ご飯が兼用になり、気づけば日が真上からズレ始めた午後2時ごろ。アズマさんが帰ってくる淡い期待を心の奥にしまって、女子たちを見る。
「……」
「そう、あなた名前がないのね。私は、カナエ。他に呼びたい名称があれば好きに呼んでいいわよ」
「……」
「もしかしてあなた、声が出ないの?」
「そっか、じゃあどうしよう……」
このまま聞いていてもいいのだけれど、今後どうするかを話し合わないといけない。そのためにはカナエといったか。お前が邪魔だ。完全に信用していないうえに、素性も知らない。
「おい、カナエ」
「き、気安く呼ぶな。お前に私の名前を教えたわけじゃない」
「だとしても、お前だと二人とも振り向くだろ?」
「っぐ、だ、だったらこの子が優先でしょ、名前すらないんだから」
ごもっとも。しかし、名前か。名前なんて付けたこともない。そんな役割は回ってこなかったからだ。まずはこれを何とかするか。
「何かないか……」
「さっさとつけなさいよ」
「せかすな」
何か、何かないかと牢を見渡すと、暇つぶし用に用意されていた本が目に付く。ここに来て暇なときに目を通していた本。その題名は「神罰」。この本は、科学的な観点ではなく、創造神話を原点とし旧時代の終わりである寵愛の大洪水までを十巻に分け、記した歴史本だ。この中で、何か…。
「洪水」
「は?洪水?寵愛の大洪水の事?」
「いや、違う。旧時代に神が人類の種を絶やすために起こしたとされる洪水だ」
カナエは興味があるのか割と食い気味だ。もう片方はなんのこと?と首をかしげているだけだが。
「なにそれ、神は種を守るための大洪水の前に、種を絶やす大洪水を起こしていたということ?」
「ああ、この本によればある程度までは神の目的通り大繁栄したとか、だから寵愛の大洪水では種を絶やさずに文化だけを取り除いたとか」
説明しながら一つ疑問が生まれた。だからと言って、一瞬で文化をだけ取り除き、世界を作り変えるなんて可能なのか?いくら神が存在したとして、一瞬でそんな器用なことできるか?全人類を別の惑星に瞬間移動させたとか……いや、ない。はずだ、だからと言って否定できる材料もない。
そんな疑問の答えを探し思考する俺などつゆ知らず。カナエは意気揚々と質問を投げる。歴史に興味があるのか、この子の名前が気になっているのかわからないが。今は俺の疑問は後にしよう。
「へー、で、その洪水がこの子の名づけと何が関係あるのよ」
「その出来事にまつわる人物の名でノアというのはどうだろう」
「ノア……いいんじゃない?ちなみにノアってどんな人」
「どんな人かはわからないが、神に言われ家を壊し生き残るために方舟を作った。方舟には金や銀、家族などの全財産と身寄りのものと職人、そして全ての生き物のつがいを乗せ生き残ったらしい」
「へー」
今眉を曲げて露骨に嫌な顔をした、どうやら名前の方に興味が行っているらしい。このご時世歴史に興味あるやつなんて稀なのかもしれない、少なくともそんな奴は俺意外に見たことがない。
「さてと、今日から君はノアだ。よろしく」
ノアと呼ばれて何度も瞬きを繰り返した後、ちょっと深呼吸し珍しく自分から口を開いた。
「…」
やっぱり声はでなかったが、何を言っているかは分かった気がした。
『……ありがとう』
あまりに純粋な笑顔でいうものだからうれしいのはわかるが、どうもこちらまで恥ずかしくなってきてしまう。子供がいたらこんな気持ちになることもあったのかもしれないなと、ちょっとだけありえたかもしれない『if』を想像して上を見て秘かに思っていた決意を固める。
『やっとやること決めた?』
『ああ、決めたよ。未来のために頑張ってみるよ』
彼女は、ふふっとおしとやかに笑うと。
『やっと、シンらしい顔になった。頑張って』
「どうしたんだ?キリッとした顔をして」
「俺やるよ」
二人とも見合って首をかしげて疑問符を浮かべるが、ノアだけどこか嬉しそうだった。
「……」
「何をやるんだ?名前だけ付けて親にでもなったつもりか?…ってまさかお前、わ、わ、私を妻にするとか…それで三人で家族…」
一人で興奮して紅潮してるが、そういえばこいつと約束していたことを思い出す。
「って、その前にカナエ。約束だが」
「あ、ああ。なんだ?ノアちゃんだけじゃ物足りずもう一人か?」
カナエ一人で興奮しているが、こいつの脳はピンク一色なのか?それともこの国の女性はこれが普通のなのか?なんて考えつつ、ニヤッと笑って宣告する。邪魔だったがそうだ、今の俺にはこいつを利用できる。
「何をほざいてる、お前はしばらく俺の召使になれ」
「そうよね、男の子も……って、は?」
硬直してしまった。この言い方だと伝わらなかったか?むしろもっとひどい言い方の方がいいのか?
「言い方を換えよう、俺のどれ」
「言い換えるな!わかっている!」
「じゃあ、決定だ」
「良い訳あるか!」
鬼のような顔をしている。どうやら不服らしい、当たり前か。でも、使える手は今のうちに使っておこう。今後のためにも……
「言っておくがお前に拒否権はない」
「認めないぞ、誰がお前なんかの」
「そうか、仕方ない。お前はお友達のところに帰ると良い。じゃあ行くぞノア。今日はいろいろ準備しないとな」
「……」
唖然としていたノアが俺とカナエを何度も交互に見て、俺の方にやってきた。どうやら、俺の方につくらしい。さて、準備するものはと…
考えながらも、カナエに一言かけておくことにした。決して煽っているわけじゃない。決して。
「じゃあな、さっさと帰れよ」
カナエはかなり悩んで口を開いた。
「待て、私には友達なんかいても……それに帰っても居場所がないんだ、だからその…わ、わかったからその、だらしない顔をやめろ!」
「そうか、ならついてこい街案内と荷物持ちを頼もう」
計画通り、なんてな。