五話
突然行方をくらましたことによる心労と、ここでの言葉遣いを許してください。
貴方を昔から好いています。
でも。気づけば私が知らぬ間に貴方は素敵な女性と出会い、すっかり恋に落ちていました。そして、彼女は子供を身ごもりましたが母子ともに死亡。しかしながら、私はその訃報に少なからず喜びを感じていたのは事実です。ごめんなさい。でも、そんな自分が許せなくなって気づけば貴方を遠ざけていました。それから二年経った今、アルステート陥落が起き、仕える主人と古くからの友人さえも失っているのに貴方との逃避行中にまた、貴方に心惹かれていました。この後ろめたさを我慢するのに限界を感じました。もう抑えきれません、このままでは相次ぐ心労で弱ったあなたに漬け込み、犯してしまうことでしょう。許してくださいとは言いません。立派な罪ですから。だから、一番自分が辛い行動をとり償おうと脱獄いたしました。これだけ聞くと矛盾してますね。
せっかくなので昔話をしましょう。二十年前私は孤児でした。母のことは今でもうっすら覚えていますが、父親のことは何も知りません。それもそのはず。私の母は元々アルステートの人間ではありませんでした。ノトスバラットで盗賊をやっていたそうです。職業柄恨みを買いやすく、あるとき見知らぬ男に性的暴行を受け私を身ごもったからです。いくら戦争がなくとも、犯罪が無くなったわけではなく旧時代と比べ減った程度ですから珍しいわけではございません。アルステートが平和だったんです。だから遠方から母は命がけでアルステートに来ました。当然妊婦が徒歩で国から国への移動などただの自殺行為でしかなく、着いたころにはもう手遅れだったそうです。そんな中、当時の王であったユウキ様の御父上はユウキ様と同じように夜間に出歩かれていた際、偶然母を見つけ連れ帰り、見知らぬ人間のために最善を尽くされましたが母は私を産んでわずか五年で死亡。医師に産むことすら危ぶまれていたのに母は「この子は私の罪と同時に、生物として生きた証です!」と強行したみたいです。結果ベッドの上で寝たきりでしたが、五年も生きたことは奇跡でした。その間ユウキ様の御父上は母だけでなく私の面倒を見てくださりました。学校にも行かせてもらい、まるで本当の父親のように接してもらいました。そして、学校に通い始め三年が経った頃。ユウキ様の御友人として、あの城に招待されていたシン様を見かけました。恋初めたのもこの時でした。当時ユウキ様の御父上と交流があったシン様の御父上が私の名づけ親と知り子供だからか一層気になって仕方ありませんでした。それからというもの、ユウキ様のメイドとなれば貴方様にも多く会えると思い修行しました。今となっては母の代わりにアルステートへの恩返しだと思って仕えていました。ユウキ様の御父上や、シン様の御父上は今どうなっているのでしょうね。それの答えに価値はなくなりましたが。思いのほか長くなってしまいましたね。もう終わりにします。何もかも。
どうか探さないでください。こんなみじめで気持ち悪い人間の最後を見たくはないでしょう。きっと、両親の嫌な血が私をこうさせたのですね。もう、嫌になります。ほんとに。
さようなら
追伸
私の調べではあの子は明日解放されるそうです。偶然チラッと見たのですが無事でしたよ。また、あの子には名前がありません。ぜひ、素晴らしい名前を付けてあげてください。
東 香梨
この手紙を見つけたのは最後にアズマさんと顔を合わせてから、五日後。ようやく決心がついた俺はアズマさんの牢に行くと、洋服から靴ベッドのシーツまでの全部が片づけられ、埃どころかアズマさんの匂いすらなく、まるで初めからいなかったとこの牢が言っているみたいだった。だけど、ベッドに置かれたこの手紙がだけがここにいた、存在していたという証拠だった。嘘偽りない。動かぬ証拠。
俺はこの手紙を見つけた後、ますますどうすればいいのかわからず、ただ街にでて空っぽのような足を前に動かすだけのロボットに成り下がった。外に出たときには真上に有った太陽が見えなくなるまで徘徊を続け、この国の端まで来てしまった。国境は辺り一面の芝生の中、不格好で目立つ人では超えられないほどのウッドスパイクの付いた木製の柵が立ち並び、点々と家屋のような検問が設営されていて、出るに出られない。門もおりていて無理やり中から出ようものなら即つかまり牢に戻されるだろう。いっそこのまま外に出るふりでもして運んでもらおうかと思い検問に近づくと中からする異音に気づいた。肉同士がぶつかり、水音を立てながら喘ぐ女性の声。興味本位で検問のドアを少し開けてみると、そこには男性と会話しながら行為に及んでいる女性。男性が少ないこの国では日常茶飯事なのかもしれない。ただ、どうも見てしまえばどうでもよくなるものでそっとドアを閉め立ち去る。
「くだらな……」
踵を返し、牢に戻ろうと検問から少し離れたで声をかけられた。
「くだらないとは失礼な。これも子孫を残そうとする女の性だというのに」
仁王立ちして俺の前に立つ女性。少しうつむいていた顔を上げる。目の前には、自信満々でボウガンを持ちながら腕を組む少女。修道女とは違い無表情ではない。どちらかと言えば派手な格好で露出も多く我こそは戦士みたいな服装をまとって少々痛々しい。唯一女性らしいといえるのは蝶の髪飾りくらいだろう。他はというと、所々実用性に欠けている服装には小さなナイフが全身に装備され、実に走りにくそう。矢筒は大弓用のものだし。こんな装備で何をするんだと心底馬鹿にしながら、評価後にどうでもいいとスルーすることにした。
「……」
無視して通り過ぎようとすると呼び止められる。幼さが残る無駄にバカでかい声で。
「お、お前!どこへ行く!せめて名前をだな?」
「シンだ」
ついつい答えてしまったが早計かもしれない。なんて考えていたら、この少女は顔を赤くしている。警戒する必要があるかもしれない。
「あの光景を見られたからには私の…私の……!」
バカでかい声がどんどん小さくなって、さっきまでの自信はどこにも見られないまま話したせいで声が裏返り、妙に上ずった声で馬鹿げたことを口にした。
「旦那になってもらう!」
「は?」
あまりに馬鹿げた発言に思わず足を止め、振り返ると頬を桜色に染めながらボウガンを構えながら涙ぐんでいる少女。二十歳にもいかない子供だろう。そんな子供がなに?私の旦那になってもらう?
「こ、この国の法だ!行為を見た男性の直ぐ傍にいた女性は子供を作らなければならない!」
「……?」
「な、なんだその顔は疑っているな!ほ、ホントだぞ!だ、だから、その…」
股をこすり合わせもじもじして気持ち悪い。恥ずかしがるなら言わずに隠れていればいいのにと思った時、こいつでストレス発散してしまえばいいんじゃないだろうかと悪い考えがよぎる。
「そうか、知らなかったよ。教えてくれてありがとう。さあ、なんならここでするか?ん?どうした?やるなら早く来いよ」
わざとらしく両手を広げ一歩一歩徐々に近づいて見せる。多分狂気に満ちた悪い顔をしていることだろう。結果、少女は徐々に戦慄してしゃがみこみ頭を押さえ動けなくなっていた。初めから行為を起こす気はなかったがここまで怖がらせることになるとは思わなかった。
ふと、アイツ……初めて会った時ヨミコに顔が怖いって言われたことを思い出す。ヨミコはそれでも「笑ったほうがいいよ、そうすれば怖くないし、笑顔の方が百倍かわいいよ」と言ってくれた。脳裏に浮かぶ綺麗な思い出に浸っていると、不意に目の前から小さな声がした。
「……、な、なに、なにもしないのか?」
いつもの落ち着きを少しだけ取り戻した俺は、ヨミカを思い浮かべながら慰める。
「悪かった、イタズラが過ぎたよ。でも、お前も悪い。大体お前ティーンエイジャーだろ?」
「だ、だからなんだ!」
おびえながらも食い下がる少女。
「だからだよ、そんなこと安易に口に出したりするものじゃない。わかったならこのことは忘れて家に帰れ」
「い、嫌だ、私だけなんだ。処女じゃないのは!……みんな男を見つけてる」
少女の目には曇りは見られず、焦りと緊張が伝わってきた。わかる。非常にわかる。その劣等感は俺もよく感じていたから。
「周りと比べられるのはつらいな。よくわかるよその気持ち、でもな焦ったとしても得られるのはいつも失敗だけだ。成功の元にもならないただの汚点。お前はお前、自分のペースでやれ」
「な、なにを知ったような口を!私のペースはこれなんだ!」
「ならなんで震えているんだよ、順を追って行動すれば後で少なくとも後悔する回数は減る」
いくら怒りで冷静を装っていても、過去のことを否定されればこっちだって我慢ができなくなるからそろそろ止めたい。
「分かったフリなんかするな!お前みたいなやつに何が分かるって言うんだ!」
「……わかるさ、俺にだっていつもいつもいつも、いつもどんな時だってあのくそ兄貴と比べられてきた!物心つくときにはもう比べられてたさ!」
「うるさい!うるさい!お前は私の旦那になるんだー」
首を横に振って聞く耳を一切持たないわがままなガキ。こういうやつには実力をでわからせるのが鉄則だ。頭をかいて苛立ちを包み隠さずに提案する。
「ああ、もう!わかった、ならこうしよう。その全身についたナイフをお互いに一本ずつ持って先に相手の喉に当てた方が勝ちだ。勝者は相手の要望を飲み込む。どうだ?!」
少女はいきなり出された提案に驚きながらも、首を縦に振った。
ナイフを借り、5m程離れる。俺はただ右手にナイフを持ったまま立っている。一方少女は両手でナイフを握りしめてこちらを伺っている。いくら本当に刺さないとはいえ、人に刃を向けるのは初めてだろうな。なんて思っているといきなり声を張り上げ猪のように突進してきた。
「はああああぁぁぁぁ!」
こうなれば簡単。素早く左手で少女の両手を掴み、右手で少女の脚部に触れ直ぐに引く。「キャ」と小さな悲鳴が聞こえ腰を引くのを確認して左手を離し少女の背中に勢いよく叩きつける。平手打ちで。
「っつ」
バッチ―ンといい音がして少女がうつ伏せに倒れこんだ少女の首元にしゃがんでナイフを当てる。サッとナイフが少女の手から零れ落ちた。案外慣れた動きなもので、少女の手を掴んで倒すまで、2秒とかからなかった。ただ、こんなか弱い少女にやるのは初めてで加減がどうもわからない。
「わかったか?焦りは禁物なんだよ!」
「…」
ナイフを喉から離し、立ち上がるも返事がない。不安に思い仰向けにしてやると案の定気を失っていた。
放置するわけにもいかず、牢へと連れて帰ったものの。先に牢に来ていたあの女の子が顔を膨らませ、言い訳すら聞かずにアズマさんがいたとなりの牢へと行ってしまった。床に放っておくわけにもいかなく、装備を外し、ベッドに寝かせて俺は厚着をして床に寝っ転がった。眠ろうにも、変に興奮していて眠れない。
もしかしたら、骨折させてしまったのだろうか?もっとひどくて、実は肺を傷つけて朝起きた時には死んでいるのでは…と心配しすぎて眠れず。その日は変な夢を見た。ぼんやりしていてよく覚えていないが、誰かに何かを誘われていたのは覚えていた。