四話
~ゼランデュ城監獄~
アルステート陥落から三日が経った。実際は投獄で正解だが、牢獄は普通の部屋で出入り自由で何不自由ないとはいえ、流石に国の外までは出られない。強いて言えば腰袋と二つの宝石を取られたことと、またしても相棒を失ったことが不安要素か。それ以外は普段よりも満足のいく食事に、質のいい水から作られる酒まで用意されていて、むしろ生活水準は向上してしまっていた。さらに言えば毎日お小遣い程度だがお金すらもらえる。アズマさんはそれが逆に落ち着かないらしくいつ見てもあたふたしていた。
「あ、アズマさん」
「シ、シン様。ずいぶんお変わりになって」
牢から出るタイミングがたまたま一緒になった。あのボディスーツは着ていない、治療中に脱がされ没収されたと言っていた。そのため今はゼランデュで買ったであろう薄く白いロングTシャツに、黒いロングスカートという大人の女性感があふれ出ている服装。
「アズマさんこそ、大人の女性って感じがしてますよ」
ちょっとだけ赤面させバツが悪そうだ。
「その、これはいつものメイド服に感覚が似ているから買ったもので渡された修道服よりは落ち着きますし。こんな私のことよりもシン様、あなた様の方が気になります。そのとてもお綺麗になって素敵ですよ」
「何を、ちょっとあの頃に似ているだけです」
牢に連れてこられまず初めに、なぜか身だしなみを整えさせられた。髭を剃られ、散髪し服装もワイシャツに長ズボン。今はなんとかいつものマントだけは羽織らせてもらったが、着替えさせられたときはどこか昔のような堅苦しさを感じてしまうのにもかかわらず急遽合コンさせられた。無論全て断り情報収集に変えたが。どうやらこの国。奉仕共和国ゼランデュでは子供を除く男性の比率が全体の二割ほどしかいなく、男の俺は貴重らしい。ただ、精子だけを採られるとかされないあたり奉仕国らしいこの国の特徴が出ている。どんな人にも優しい。ただ全員表情が無表情なのが気になるところ。ゼランデュを出歩き、ある程度の地理は頭に入れた。この国は、どうやら六芒星の形をしているらしい。
「あの子はどうなりました?」
「わかりかねます。あの子だけ別です。私も何度か聞いてみましたが一貫して無表情で知らないと言われました」
いつもより心なしかアズマさんの表情が暗く、言葉遣いも変わっている。今までこの人から憤りを感じたことなんてなかった。俺たちを怒るときは怒りとやさしさがぶつかりあって怒るに怒れない雰囲気を醸し出していたのに……普通に怖かったけど。
「でも、肝心なのはその先ですよね。もし仮にあの子を無事助け出したとして、どうします?正直想像できなくて怖いんです」
アズマさんも同じだったみたいで同情よりは、共感に近い顔をする。
「そう……ですね、どういたしましょうか」
「とりあえず、立ち話もなんです。こっちの牢で話しましょう」
変に出てまずい話にでもなればその場で何されるかわからないため俺の牢に移動した。ここには監視される全てなかった。監視人も居なければ、盗聴器もない。まさに悪だくみをするにはうってつけの場所だ。お茶を淹れテーブルを挟みで話し合う。一口紅茶を含み、話し合いの封を切る。
「状況を整理しましょう。アルステートは、ユウキを…王を亡くし、国土から人権までエレステートに略奪されたも同然です、それにどうして三つの国が一度に攻撃を仕掛けてきたのかも明らかにしないと」
「それに関しては、単純に三つの国が手を組んでいた。と考えるのが妥当ですね」
「ええ、ですか。なぜ三つもの国がアルステートを落としに来たのか。それが重要です」
「単純に恨みを買っていたというわけでもなさそうです。ユウキ様はいつの日かこうなることを予知していらしたようで、常日ごろから非常時の対応を気に留めていらっしゃいました。
「だから、メイドにあんな破廉恥な…」
「は、れ……、んっん!、男性陣からそのように見えていたのですね」
少し目線が痛いのは気のせいだろうか。変な汗が噴き出てきた。ここは保身には走ろう、アルステート男性兵士のためにも。
「いや、ユウキの趣味かと思ってましたよ。でも、そのような理由があったからと聞いて少し安心しました」
「……、ともかく警戒を解くのはシン様やリオン様ぐらいでないと…」
そこまで言って気づいたアズマさんが食い入るように聞いてきた。
「リ、リオン様はどう、なさりましたか?!」
「……」
うつむいて無言で答えるぐらいしかできなかった。いくら頭では受け入れても、まだ心の底では受け入れられていないからだ。声に出したくない自分のわがままだってわかってはいる。わかっているはずなんだ。なのに。
「そうでしたか、申し訳ございません。仰りにくいことを」
「いえ、声に出せない自分がどれだけ臆病か。私情をこういった場で入れてしまう自分が情けないです」
「そう仰らないでください、私のせいですから。続けましょう」
アズマさんがこちらの気を察しながら、話し合いを続ける姿勢でいてくれるのはとても助かる。だからこそ、顔を上げ期待にこたえなくてはならない。
「ですね、続けましょう」
「ふふっ。ユウキ様はそんなシン様のようなお人だからこそ信用してあの子を預けたかったかもしれません」
変に照れ臭くなる、ここまで棚に上げられるのは久しぶりでどうも落ち着かない。アイツに言い寄られたとき以来か。
「……よしてください、そう言われるの慣れてないんです」
「ヨミコ様のことでしょうか」
心を読まれ、目を見開いて驚くと、少し冷めてしまった紅茶を一口だけ口に含み「顔に書いてあります」とだけ返された。ポーカーフェイスをいつも心掛けているつもりなんだが…どうもアイツのことは出てしまうものか。
「その、ヨミカ様関係で一つ疑問が」
「は、はい。どうぞ」
「ヨミコ様がお持ちになっていた赤い宝石は誰かに狙われたことは?」
記憶を駆け巡るものの、そういった理由で何者かに襲われたことはなかった。街に出て横を過ぎる人々はあの宝石を見ても綺麗な価値のありそうな宝石とだけ見ている人ばかりだった。
「俺の知る限りいませんね」
「そうですか。いえ、盗賊すら滅多にいないこのご時世にその宝石目当てでアルステートを襲ったのならばそのつながりが引き起こしたのかと」
「確かにその線もあり得ましたね。でも、いなかった。なら、なぜ今になって狙われた?なんでだ?」
「今になって価値がわかった、もしくは使える人間が現れた、ここらあたりが妥当でしょう」
「そうですね、そこら辺りだと思います。でも、価値がわかったにしてもそれだけのために三つの国が動くのか?」
空を飛べる、火を操れるそんな色にまつわる能力だけを手に入れたところで、過激な国が欲しがるような一騎当千の能力を得るわけじゃない。俺の想像不足かもしれないが、人の想像の域を出はしないことはこの目で知っている。
結局どれだけ話し合っても、有力な答えは出なかった。「全部集めれば願いが叶う」「全部集めれば世界が手に入る」「全部集めると悪魔(天使)が復活する」など、全部集めるという仮説から離れられなく、不意に出てしまった本音が騒動の引き金になった。疲労とはいえ自分でも目に余るほどに。
「あいつらが殺された理由すらわからないなんて…」
アズマさんはうつむき、目を閉じながら口だけ動かす。いくらこの人でも心に傷を負っていたみたいで、デリカシーのない発言だった。
「はい、お二人のを思うと胸が痛みます」
「すみません、こういうのもなんですが、大丈夫ですか?」
「ええ、お気になさらず、いつまでも悩んでもいられませんから」
目を開いて少し微笑んで見せるアズマさんが少し痛々しく思った。そういえばアズマさんとは昔からの付き合いだけ過去はあまり知らない。何かあったのは知っているがまったく教えてもらえていない。皮肉にもその苦労のおかげでこうして平常心でいられるのだろう。
「そうですね、俺も見習わないと」
「そんなことありません、今ではシン様の方が立派です。無理している雰囲気が全く感じられないほどに」
アズマさんは少なくとも嘘や世辞を言っている訳ではなさそうだ。自分でも結構無理している自覚があって所々我慢できていないのに。見られていないだけか?
「そうですか?結構出てたと思うのですが」
「少なくとも私よりは」
隣の芝は青く見えるというやつだろうか。お互いに見えていないだけなのかもしれない。なんて思った時だった。
「もし、我慢できなくなったら。遠慮なく頼って下さいね」
「え?」
「なんでもないです。忘れてください」
途端に顔を隠しながら牢を飛び出し行ってしまった。その顔を赤く染めていたのか、青ざめさせていたのかすらわからなかった。
結局この日はほとんど進展がなかった。また、この日からアズマさんとは顔を合わせることが次第に減っていった上に、深夜に帰ったり朝帰りをしたりとどこか様子がおかしくなっていた。だからといってシンには声をかける勇気はなかった。