二話
次の日。戦争が始まった。
ユビキタス UW1656年。7月25日。
今まで一度も起こったことのない戦争が始まってしまった。
全てを失う争いが。
その日は夜が明ける寸前まで飲み明かして、午後の鐘がなるまで吐いていたとき爆発音がして我に返った。
「おえぇ、な、なんだ?こんな時に」
急いで家から飛び出し、空をかける「それ」を見る。
直後から2度3度と、繰り返されるけたたましい爆発音。音だけ聞けば連続打ち上げ花火のように聞こえなくもない。だけどそんな平和な代物じゃなく、人々の体を一瞬で肉塊に変える悪魔の笑い声のような空気を切り裂く鋭い音とけたたましい爆発音。
「こいつは……」
俺は知っている。図書館で見た映像に登場する、人を遠距離から効率よく殺す兵器。
「砲撃。初めて……じゃねぇ!なんでこんなもんが飛んでるんだ!」
砲撃は逃げ道をふさぐように東西の出入り口を集中して撃ち込まれ、出るに出れない。仮に通れたとしても外には兵士が待ち構えているだろう。また狙い通りなのかいくつか民家や店にも撃ち込まれていた。
「どうしてこんな、どこのだ?…、いや何してる俺!今は逃げ……」
どこに?街の外は囲まれている。今なら城に…。そうだ。あの子は……。
空色の宝石を思い浮かべ居ても立っても居られなくなる。
「ああ!クソ!もう!」
いつも持ち歩いてる物をいつものように腰袋に入れて家を飛び出し。またすぐ戻る。
「いや、これだけは持っていこう。帰ってこれないかもしれないからな」
城は北にある。自分の家は東端にある住宅街の一軒家だ、城まで少し遠いがそんなにかからない。今砲撃は南から徐々に北へと撃ち込まれている今度の狙いは城だろう。仮に今朝までで飲んでいた酒場で昼まで飲んでいたら何もわからず砲撃が直撃して死んでいたな。こんな風に考えもしなきゃやってられない。大人の叫び声と子供の泣き声が飛び交い、ときに聞こえる懺悔とただ祈る言葉。まだ砲撃は続く。きっと滅ぼされるまで終わらない。後方で人の声が爆発音とともに消えていく。そんな中、城前の中央広場で必死に避難誘導しようと砲撃に負けないぐらいの声を張り上げている成人男性がいた。
「逃げろー!今すぐ城へ!」
「キャー!助けて!誰か!娘が!」
「今行きます!……ああ、君あの子と母親を連れて城まで行ってくれないか?」
近づくにつれそのシルエットに既視感を感じる。
「あれはリオンか」
何度か言い合いながらも周囲に声をかけ続け指示を出し続けている。善意と正義感であそこまで人に尽くせるこいつがうらやましい。
「城が攻撃されてるんだろ?そんなところに逃げたって死ぬのと変わらんわ!」
そんな中、興奮した老人と言いを始めた。そうだ、今朝うちまで運んでくれたお礼でもしておこう。
「ああ、もう!おじいさんいいですか?」
「今更どこに逃げる、城が一番頑丈で地下もあるんだ。むしろ今街の外に出れば八つ裂きになるぞ?」
それを聞いて老人は「それもそうか」とつぶやきしぶしぶこちらに背を向け早歩きして去って行った直後に、中央広場の近くに砲弾が落下しリオンと目を合わせ城に向かった。道中、「おぉ、生きてたか金食い虫」「おかげさまで悪運だけは強くてな」なんて冗談を言えるくらい俺たちには不思議と余裕があった。
走りながら今更ダメもとで聞く。
「どうなってる?戦争でも始めるつもりか?いや、これじゃあ虐殺に近い!」
「俺にもわからん、だけどな。さっき、お前が来る前に城の常駐兵士が砲撃のする方へ二十人ばかり行ったみたいだぞ!」
「二十人?!少ないな!城にはそんだけしかいないのか?」
「いや、父の話ではあと八十人ばかりいるみたいだが、そもそも戦争なんて想定してないからな!百人兵士がいるこの国が多い方だ」
「それもそうだな」
あともう少しでつり橋だってところで声が響き渡り砲撃が止む。特大の拡声器を用いた聞き取りずらい声。キーというノイズの後に続く。
「我々はエレステート王国軍!わかっているだろうがこの平和ボケした国とへらへらしてる国民を心底嫌う兵士だ」
足を止め声の方を向くといつの日か資料で見た古代西洋風の甲冑に鉄仮面。盾と槍まで武装した兵士がこちらに進軍していた。俺たちより後ろはもうそいつらだけだった。俺はリオンと一緒にいつかやったようにつり橋を上げ、夜間にしか使われなかった柵を下す。その間にもド下手で、ちっとも良心に響かずにただただ苛立つ演説は続いていた。
「我々に屈しろ!跪き、奴隷宣言をしたまえ!そうすれば命だけは助けてやろう」
「要求はこの国全てだ!あんな国王をあがめる必要はない!我らの王、ユルグ様に皆仕えるのだ!」
「抵抗するとこの貧弱な兵士たちのように死ぬ破目になる!」
「国王!出てこい!そして我らの戦果となれ!我々兵士は娯楽に飢えている!」
「出てこないなら不本意だが城を破壊する。この世界の中心であるこの城を破壊する!」
王のいる普段は祭事のダンスなどで使われる大きな広場にみんな集まり演説を聞いていた。演説と共に聞こえる笑い声に俺やリオンは頭に血が上りながらも抑えていたが、血の気が多いやつの何人かはすでに武器を持って兵士と共に臨戦状態だった。だが王は静かにい王座で佇んでいた。その姿に市民は不満の声を漏らす。
「王よ!なぜ動かないのです!」
「戦うべきです!」
「エレステートの王、ユルグなどに従いたくありません!」
「王よ!」
その声に賛同する声や、抗議する声、嗚咽を漏らす声、子供をあやす声が混ざり一気にざわつく。それでも動かず下を向いている王に違和感を感じ数人が顔を見合わせている。俺もその一人で、リオンと顔を見合わせて疑問符を浮かべていた。
「どうした?ユウキらしくない」
「ああ、いつものユウキならもう動いて、王自ら手柄を立てに行って兵士の指揮を上げているはずだ」
いつものユウキならば、そうしているはずだ。俺たちはそれを子供のころから知っている。
「だよな、おかしい。どうしたんだろうか。あんなのユウキらしくない」
そこでリオンに提案してみる。この人口密度の中進むのは厳しいがやるしかない。いつも仕えている人間たちも見当たらないのも気がかりだ。せめてアズマさんがいれば喝の一つでも入れていたのにな。
「なあ、リオン。見に行ってみようぜ」
「行くのか?この中進んでいくのは…なんて言ってられないか」
リオンは眉をゆがめていたが、すぐに決意して頭を縦に振った。
リオンと共に王の御前までなんとかたどり着いたが、リオンとはぐれてしまった。少し待ってみるとリオンがもう少しで到着するぐらいの場所にいるのが見えたので、リオンを待ち声をかける。
「おいこっちだ」
手を挙げて目印になってやる。ふと服装が少し乱れているリオンなんて珍しいなんて思った。少し細ければ女性に見えるほど綺麗な肩が見えている。普段ならどんな状況でも恰好だけは整えている男だからか余計に気になる。例え移動中だろうと服装が乱れようものなら一瞬で整えて服装を乱していたことなどない顔をしているリオンがだ。
「リオン、服が乱れてるぞ。お前らしくない」
手を下げ近くに来たリオンをに問てみた。リオンは自分の恰好を見て見たことない顔をして勝ち誇ったように微笑する。いつもとは違う雰囲気で気味が悪い。こいつって追い込まれるとこんな顔したか?などと考え込んでいたところに、服装を整えていないリオンが眼前で立ち止まる。
「うん?どうした?……速く服を直せば?」
「……」
「どうした?貴族のお前がこんなプレッシャーに負けるのか?」
不自然に思った俺はいつもは言わないきつめの冗談を言ってみた。貴族であることをこいつは良しとしない。そこに触れれば一日は口を利かない。
「……!まさかお前!」
危機感を持つには遅すぎた。こいつの容姿に慣れすぎたせいだろうか。
「そりゃ、別人だからな!」
別人の声でリオンの姿をした奴が俺の腹を蹴飛ばし、倒れてゲホゲホとむせているところにまた蹴りを入れてくる。今度は顔を重点的に何度も蹴られ続けながら思う、こいつはなぜ笑顔なんだろうかと。
「な、なにす、うっぐ」
「あははは、どうだい?友人の顔した他人に蹴られる気分はよぉ」
「リ、リオンは……」
「蹴られながらでも他人の心配か?ずいぶん余裕だな!あいつはもう死んだよ!この俺カイト様がやったんだよ!」
より口角を上げたカイトに一際重い蹴りを鳩尾にもらい腰袋からナイフがカラカラと金属音を立てて抜け落ちた。いつも使っているせいか固定する金具がズレていたことを思い出す。だが拾おうにも耐えるのに精いっぱいだ。
「うーん?」
気づいたカイトは蹴りをやめ、ナイフを拾う。仕事の時に使っていたダマスカス鋼の模様が美しいナイフ。横たわり見上げていてもわかるその美しさとは裏腹に長年多くの汚れ仕事を共にしてきた相棒だ。目立つ場所にいる俺らはすぐに注目を浴び、ざわめき始め民衆から疑問と罵倒が投げられ始めたところ、カイトは甲高い笑いで一蹴する。
「アヒャ、ヒャヒャ、お前ら、まだ気づかないのか?」
笑いながら言う問いかけから最悪の結果をはじき出すのは容易で、ざわめく民衆の何人かはまさかといった表情をしている。最悪の事態。それはたった一つ。
「王はもう既に死んでるんだぜ!?ああ、こんだけ大層なナイフをもってるこいつがやったのかもな」
カイトは笑いながら綺麗なナイフを上に掲げ、俺を見下げる。その行動に民衆が口を開けるのに一秒もいらなかった。絶叫とざわめきの後信じられないと泣き始める民衆と、怒りに燃え怒号と共にスコップや鈍器を
震わせている民衆。そして状況を飲み込めずに口を開けている民衆。民衆がどれだけ王を気にいっていたのかよくわかった。騒ぎのなか頭上から黒服の大男がいきなり現れる。
「おい、やりすぎだ」
カイトにそれだけ告げてまた頭上に消え「ああ、すまん。つい興が乗ってしまってな」と返事するカイト。そして勝ち誇った表情で俺のほうを向き。
「俺の目的は果たしたぜ。また会う時までこの姿のままいてやるよ、オレはリュシオルエタにいるぜ。敵でも取りたきゃ来てみな」
さっきの男のように背を向け一度は消えたが、また目の前に一瞬で現れ。
「ああ、こいつはいただいていくぜ」
ナイフを見せつけ頭上に消えた。リュシオルエタは前時代の忍者が使っていた能力を研究している蛍で光あふれる水の国だ。いきなり消えても不思議ではないのかもしれない。それにカイト…どこかで聞いた名だと思いながら何とか立ち上がり王の脈から死を確認した時だった。
「キャーアア!!」
一際高い女性の悲鳴が聞こえた。さっき俺たちが居た所からだ。そこには、身ぐるみをはがされ仰向けのまま全裸で胸から血を流すリオンの姿。表情は苦悶の表情のままだ。発見のタイミングまで管理されていたとしたらかなりの手練れだろう。
「……」
民衆が俺を見つめるなか、ただ立ち尽くすことしかできなかった。幼少期時代からの親友を一度に二人も亡くし、長年の相棒すら失った。ただ、目を閉じ無言で立つことしかできない。勘ぐることもせず、今はただ現実から目を背けたい。目を閉じれば笑っているあいつらがいる気がする。いくら仕事の中で自分の心が死にかけているとはいえ、親友の死は重く今にも折れそうな心にのしかかる。「もう嫌だ!これ以上亡くしたくない!」「どうしてこんな!」「俺はどうしていつも!」いくつものネガティブな考えが頭を回り吐き気と動機が次第に現れ強みを増して、どんどん薄くなっていく自分という存在。脳に酸素が回らずフラフラする。それでも駆け上がってくる気持ちを叫びたくなる衝動を必死に抑えながら「自分はここにいる。大丈夫だ」と繰り返し強く自分に言い聞かせ、その中で思い出す。
「そうだ、あの子は!」
カッと目を開くと目に雫が見え、乱暴に手でふき取り駆け出す。民衆の視線など気にせずに。
王の寝室向かいながらに考えながら心の中で思い続けた。せめてあの子だけは救いたい。もしかしたら昨日ユウキがあの子を預けたかったのはこれを危惧していたから何かもしれない。だから、あの子だけは、せめて!せめて!思えばあの二人がいなくなったら俺は一人。もう誰もいない。俺を支えてくれたあいつさえも亡くして、今度は一緒にいてくれた親友と支えてきた親友さえ亡くした。もう一人は嫌なのに。何やってるんだ俺は!現実逃避だってわかってるさ!
王の寝室は荒らされている様子ではないが。少女はいなかった。ベッドの上にも、下にも。おびえてクローゼットに隠れているのかといくつも探したが見つからなかった。
「クソ、さらわれたか、殺されたんだろうな、でもまだわからない」
希望は捨てずに城のあちこちを探し回った。その間、何度か民衆に話しかけられた。「お前がやったのか?」「これからどうすればいい?」と。俺には人の上に立つ技量もカリスマもない。その上疑惑の眼差しまで向けられているんだ。あいつらがいない今、この国に留まる理由はない。だから、だから。聞かれるたびに「知らねーよ」とだけ返してあの少女を探し回った。下を向きながら。
一通り探し回ったがどこにもいなかった。アズマさんもどこかにと思ったが恐らく殺されてしまったのだろう。姿が見えない。召使や兵士の死体ならいくつか見た。どれも急所を一突きされ隠されていた。多分アズマさんも俺が見つけていないだけでどこかに隠されているのかもしれない。そう思った時だった。
「いつまでも、返事がないから入るぜ!国王さんよ!」
エレステートの兵が城に入り込んだらしい。民衆が集まる広場のほうでは悲鳴と怒号がちらほら聞こえてくる。恐らくそのまま奴隷になるのだろう。あの場で倒れていれば俺も同じように奴隷送りだっただろう。このままでは見つかるため王の寝室に身を隠すことにした。
「……、今を生きよう」