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【短編版】 レベル9999の魔王 ~勇者を待ち続けて500年、暇なので修行したら強くなり過ぎたので、15人の嫁にレベルを【レンタル】してみる~

作者: サナギ雄也

「あああああ、いい加減飽きた! なぜ勇者は来ない!? 奴は何をしているのだ!?」


 荘厳なる玉座の上にて。『魔王』ジェーダスは悲鳴を上げた。

 威風堂々とした魔王である。

 その頭部には黒銀の王冠を被り、体格は長身、魔族特有の尖った耳が髪の隙間から覗いている。

 その衣装は豪奢な装い。各種指輪やアクセサリ、漆黒の外套が『魔族の王』を示している。

 しかし、今その表情は『退屈』に苛まれていた。


「待てど待てども勇者は来ない! 来る決戦に備え、鍛錬をしてきたが襲撃の気配は全く無し! 獣や竜どもの相手をし、鍛えるのも飽きたわ! いったい奴は、何をやっているのだ!?」


 口角泡を飛ばし、魔王ジェーダスは叫ぶ。


 彼は、この世界で『魔王』と呼ばれる存在だ。

 魔王とは畏怖の象徴、魔族の頂点たる超越者。

 古の時代より人間を脅かし、財産や命を脅かす者。闇の帝王とも言うべき存在でる。


 そして、それと対を成す、『勇者』と呼ばれる戦士がいる。

 それこそが魔王の宿敵。別名、『神の使徒』、『最強の人類』、『光の守護者』……その異名は様々。

 その『勇者』と戦う事こそ『魔王』の定めである。


 何代にも渡り、『勇者』と『魔王』は戦いに身を投じて幾星霜。

 ある時代では軍団同士戦い、ある時代は一騎打ちで決し、ある時は天空の城にて決戦を行った。

 それは絵画や英雄譚に記されるほどの激闘――まさに歴史に名を連ねる決戦ともいうべき戦いだった。

 

 それなのに!


 今代の『魔王』、ジェーダスが即位して五〇〇年。魔王ジェーダスは暇潰しに飽き飽きしていた。

 来る日も来る日も、配下の魔獣や竜種との鍛錬ばかり。

 大魔術を磨くため、地下コロセウムで魔術を連発するも実戦経験は無し。

 魔王城屈指の幹部、《八魔将》を交え、数万回もの組み手を繰り返した。まさに決戦への備えは万全、戦術も練りに練り、後は「さあ来い!」と待ち受けたが無駄。


「(一体どうなっているんだ!? 余は忘れられているのか!?)」


 そんな事すら魔王ジェーダスは思う。

 一節には、『勇者』はこの五〇〇年間、何代にも渡って『冒険』に失敗したと聞いている。

 数々の試練や遺跡に屈し、そういったものを踏破出来ず、魔王城へ辿り着けないらしい。

 そして『女性関係』でも苦労していると聞いている。


 そんな状況が続き、あれよあれよと時が過ぎもう五〇〇年。いい加減、魔王ジェーダスの我慢に限界が訪れた。


「なぜ勇者は来ぬのだ!? どこで道草を食っている!? ええい、暇過ぎるわ!」


 髑髏を積み上げられた玉座の上で、ジェーダスが深く嘆いていると。


「――恐れながら魔王さま」


 美しい、凛とした声が鳴り響いた。

 麗しい『メイド』の少女だ。

 銀に煌めく長い髪と、紅に輝く宝石のような瞳。貞淑で、いつも毅然とした様子は怜悧で完璧な美貌と言えた。

 妖精の王女の如きその容姿。彼女を見た者は思わず目を見張り、魅了される。

 彼女の名は【パルティナ】、ジェーダス配下のメイド少女である。


「勇者は旅から旅に身を費やしているのでしょう? ならばその合間に、魔王さま自ら奇襲を試みては如何でしょう? 退屈だと言うのなら、ご自身で赴いてみては?」

「そんな事は出来ぬ!」


 ジェーダスは即座に却下した。


「……何故でしょう? 何か問題でも?」

「問題だらけであろう! 『魔王』とは、威風堂々たる存在! 魔大陸の奥地にて城を構え、軍団を司る覇者! それこそが魔王だ。――それが、奇襲で命を奪うだと? それこそ魔王の名折れよ! 勇者を迎え撃たずして、何か『魔王』か!」


 もっともらしい事だが大変面倒臭いことを言い出した。


「はあ……」


 思わずパルティナから呆れの溜息が洩れる。


「そうは言っても魔王さま? もう五〇〇年ですよ? 魔王さまが即位なされてから、すでにそれだけの年月! 来る日も来る日も修行ばかりで、魔王城で待ちぼうけ。――いい加減、こちらから出向くべきでは?」

「だがそれが魔王というもの――」


 ジェーダスの反論を遮り、まくし立てるようにパルティナは語る。


「そもそも! 今代の『勇者』にしたって、旅立ってからもう30年じゃないですか! 彼はすでに四十代。とっくに全盛期は過ぎて『おっさん』ですよ! たぶんこのまま待っていてもまた途中で力尽きるか、諦めて辺境でスローライフの二択! 魔王城ここへは永遠に来ないでしょう!」

「そんなわけあるか! 勇者とは不屈の戦士である! きっと500年、死物狂いで試練へ挑んだはずだ。――今代の『勇者』は、三十年間、修行に明け、遅れているだけだろう。鍛錬に鍛錬を重ね、余を倒すべく励んでいるのだろう……そうだ、そうに違いない、そうだといいな……」

「そんな自信なさそうに言わないでください」


 パルティナとしては呆れて嘆息するしかない。

 ジェーダスと彼女は、いわゆる幼馴染みの関係だ。

 元々ジェーダスは、最下級の悪魔であり、彼女はその時から寄り添ってきた。

 そのため、普段は仰々しいジェーダスの言葉だが、二人っきりの時は素が出る。

 信頼の証とも言うべきものが、その分、本音はだだ漏れになる。


「ともかく! 勇者はきっと止むに止まれぬ事情があるに違いない! でなければ500年も待ちぼうけとかあり得ぬわ!」

「どうでしょうね……」


 流石に、パルティナの言うような事だけはないだろうとジェーダスは信じたい。

 配下の偵察隊によれば、『勇者』は数々の『試練』に飽きが来たと聞く。

 そして冒険を中断、そのままどこかの村で気ままにスローライフしていると噂を聞くが、そんな事はないはず。


 最近は美女を囲って、「ハーレムうぇーい」と言っているとも聞くが、それはきっと、魔王を撹乱するための演技に違いない! とジェーダスは己に言い聞かせる。

 そうでなければ、このまま待っていても余の頭にカビが生えるだけではないか。


 そんな怯えとも心配とも言える不安と戦いながら、今日もジェーダスは魔王城で『勇者』を待つ。


「あのですね、魔王さま。馬鹿も休み休み言ってください。あなたは勇者を倒してこそ魔王なのですよ? 覇道の妨げになる可能性は、少しでも摘み取るべきです」


 不安を少しでも軽減させようとするパルティナ。


「いや、それは出来ん! 不意打ちで勇者を倒すなどと。それは余の挟持に関わる愚行! 断固として拒否する」

「だからって500年も待ちぼうけとか馬鹿ですかー!」


 眉間に指を当てるパルティナだがジェーダスは屈しない。


「魔王さま、その挟持は素敵なのですが、物事には限度というものがあります。いい加減、奇襲なり奸計なり、模索するべきでは?」

「そんな卑怯な事出来るか。『魔王』とは座して待つのが使命よ! それだけは変わらぬ!」


 パルティナは思わず長い溜息をして首を振る。長い銀髪が揺れた。


「はあ……まあ、判りました。ひとまず、その話は置いておきましょう。その前に戦力把握です。――ちなみに魔王さま。この500年でどのくらい強くなったのですか? 上位魔獣や竜種を相手に、ずいぶんと鍛錬を重ねましたよね? 確か、一般的な人間ならレベルは【40】が限界。上位戦士で【70】くらい。勇者の中には……レベル【99】という化物もいたそうですが」


 『レベル』――別名『総合潜在力』。それは高ければ高いほど強いと言える。【70】以上は破格の強さだろう。

 レベル【99】ともなれば、それこそ天災クラスと称される。

 歴代の勇者の多くがその領域に達していた。


 けれど、それでも『魔王』の強さには及ばない。

 『魔王』とは、人類を超越した存在。地を割り海を裂き、天候すらも操る超越者。

 レベルに換算すると、その数値はおおよそ【300】。

 文字通り、強さの次元が違う。

 一般的な『魔王』がその数値であり、さらに【400】や【500】など、化け物を超えた化け物などもいる。

 歴代ではレベル【900】などという超級もいたと記録もある。


「余のレベルか? 前に測った時は、確かええと――」

 一拍置いて、あごに手を当てながらジェーダスが発した答えは――。


「――余のレベルは、確か【9999】だな」


「きゅうせん……え!?」

 パルティナは思わず吹いた。


「え!? ……え? 魔王さま、今なんと言いました!? え、【9999】……!?」

「いかにも」


 ジェーダスは大仰に胸を張り応えた。


「余のレベルは、【9999】だ。……フ。思ったより少なかったか?」

「いやいやいや! 上げすぎですよ! どれだけレベル上げてるんですか! いくら何でもそれはやり過ぎです!」

「……え?」

「普通は【300】とか【400】とかで収まるものですよ! 多くとも【700】くらい。それが……【9999】!? 明らかに過剰です!」

「……だが! 仕方がないだろう!?」


 魔王は玉座から立ち悲鳴を上げた。


「この500年間、修行するしかなかったのだ。来る日も来る日も、演習や魔術の鍛錬ばかり! そんな事をしていたら、いつの間にかそうなった! 体が凄く逞しくなったな」

「だからって、やり過ぎですよ! あんぽんたんですか! ――その間に、奇襲なり魔王城の『罠』を整備なり、いくらでもあったでしょう!?」


 銀髪を振り乱し、メイドの少女は呆れてまた溜息をつく。


「貴様、この余を馬鹿と申すか。良いか? 戦とは力と力、あるいは純粋な武技で決するものだ。ゆえに、卑怯な魔王城の『罠』は全て解除した! この城に罠は一つもない」

「ええ!? 魔王城の罠を!? 『無限ループ』も、『溶岩の沼』も、『幻惑迷宮』も、全てですか!?」

「然り。もう450年前にもなるな……配下が引っかかると可愛そうでもあるし、全て外した」

「何を考えているんですかばかぁ~~~!?」


 パルティナは思わず天を仰ぎ絶叫する。


「いいですか魔王さま、『魔王城』とは、伝統的に無数の罠を設置するのが伝統なのです。『無限ループ』、『幻惑の間』、『溶岩地帯』など、じつに多種多様。それは勇者を弱らせるため必須なのですよ!」

「知っておる。他にもパズルを解かないと進めない空間とかな。だが以前、生まれたての悪魔が迷子になったので可愛そうだったので解除した」

「その気遣いを他に回してくださいもう~~!」


 魔王城の罠。それらは『勇者』を陥れると同時に魔王としての格を示すものである。

 先に彼らが言った他にも『奈落への穴』、『呪文を唱えないと開かない扉』、『滑る床』、その種類には枚挙に暇がない。

 それらは数千年続く勇者と魔王の知恵比べでもある。


 それらを全て解除した。信じられない事態だ。

 パルティナは脱力し、床に手をつく。


「まあ、判っていたことですが……」


 魔王ジェーダス――その力は歴代の『魔王』の中でも至上と言える。

 何しろ、片手で大陸を真っ二つにした事もあるのだ。全力で戦えば星すら砕けるだろう。

 そのため、魔王城では抑制の『結界』を張り、普段は力を『一億分の一』に抑えている。

 しかし悲しいかな――彼はちょっとばかり脳筋だった。いやかなり脳筋だった。と言うよりただの修行馬鹿と言える。

 気が付けば地下の鍛錬場で『秘技! 暗黒魔術百連撃! フフハハ!』とのたまっている。


 まさかそれが、いつの間にか並の魔王の30倍の強さになっているとは――パルティナは全く夢にも思っていなかった。


「いいですか魔王さま、物事には限度があります。腹八分目、親しき仲にも礼儀あり、修行は一日3時間まで。レベル【9999】なんて、そんな馬鹿な数値、前代未聞ですよ」

「しかしだな、余は暇だったのだ。――考えても見よ、伝説にある英雄譚には、魔王は数々の試練を乗り越え、伝説の装備に身を固めた勇者と死闘する。そのための準備を怠っては、勇者に失礼ではないか」

「いやまあ、その高潔さは素敵なのですけど……」

「だがそんな余のレベルも、最近は上がらなくなってきた。いくら修行してもレベルが【9999】から変わらないのだ。100年前、余の誕生日から一切上がらなくなった」

「100年前!? そんな昔に!?」

  

 明かされてほしくない事実はまた一つ明らかになり、パルティナはもう呆けるしかない。


「え、魔王さま、そんな前からレベル止まっていたんですか……? それは俗に言う『カンスト』ですよ! 『総合力限界値カウンターストップ』! それ以上レベルが上がらない、『上限』です!」

「なるほど。だから余はいつまで経っても手刀で山脈を崩せるくらいの力しか持てないのだな」

「それで十分ではないですか! 何考えてるんですか全くもう~!」


 パルティナはジェーダスの肩を掴みゆさゆさと揺さぶる。


「明らかに過剰ですよ! その時に相談してください! そうすればもっと前に、対策考えられたのに……」

 

 ジェーダスの行為は明らかな無駄な行動だった。100年も無為に修行。その間、どれだけ勇者への対策が出来たことか。

 ゆえに、彼は神妙な顔で頷いた。


「……いや、すまぬな。パルティナよ。その不甲斐なさを。その時はお前が『入浴中』で、相談出来なくてな」

「そんなどうでもいい理由で!? いいですか魔王さま、真面目も素敵ですがいい加減にしてください。あなたは魔王さまなのですよ? 栄光ある魔族の『王』! それが、たかがメイドの入浴に遠慮して良いと思っているのですか?」

「でも入浴邪魔したら以前にすごい剣幕で睨んだのは誰だったか」

「ともかく! 配下の機嫌を気にして時間を無為にするなど言語道断! そんな事でいいと思っているのですか、もっと極悪に生きてください」

「そんなこと言われても」


 想像以上の事態にパルティナは天を仰ぐ。


「ま、まあ、過ぎたことは仕方ないです。今後の対策を考えましょう」

「そうだな。過去を振り返っても得はあるまい。――何か妙案はあるか? 余はお前だけが頼りだ」

「(う、嬉しい……)……ま、まあいいです。やってしまったことは仕方ありません。そうですね……確かこの辺りに……」


 パルティナは『玉座の間』の奥にある、書庫へと足を運んでいった。

 そして中から一冊の古文書を取って来る。

 古式ゆかしい、装飾の成された分厚い書物である。


「二十五代前の魔王、『ベルドヴァーゼ様』の古文書に、色々と『秘術』が書いてあります。――それにより、今後の方針を考えましょう」

「ふむ。そうだな。……何か、良い案はあるか?」

「そうですね……ええと……あ、ではこんなのはどうでしょう? 魔王さま、あなたが死んで『転生』するのです、それで赤ちゃんからやり直してレベル【1】からスタートし直しましょう!」

「馬鹿者が! それだと勇者と戦えるまで一体何年掛かるのだ!?」

「ええー、いい案だと思ったのですけど……ではこれならばどうです? 魔王さまが『冷凍睡眠』に入って、勇者が来たらわたしが叩き起こすという……」

「却下だ却下! そんな事したらお前と余の年齢が離れて微妙な関係になってしまうではないか!」

「それもそうですね……わたしも、毎日魔王さまの寝顔見るのも飽きてしま……いえ、それもなかなか魅力的……」

「やめよ! もっとマシな方法を探せ! 転生も睡眠も却下だ!」

「注文が多い魔王さまですね……でもメイドとしてやりがいがあるので頑張ります」


 パルティナはその後しばらく古文書をめくり続けた。


「あ、良いのはありました! ――魔王さま、レベルを『他者に分け与える』のはどうでしょう? 上がりすぎた『レベル』を他者へと貸与する。そうして、過剰なレベルを処理しては如何でしょう?」

「レベルを『分け与える』だと? それは、具体的にどうすれば良いのだ?」


 始めて聞く試みに、ジェーダスは何度かその言葉を噛み締めて問いかける。


「そうですね……『レベルの分け与え』とは、この古文書曰く『其は己の力を分け与えるものなり。覇王たる者、魔力の片鱗を『貸与』する呪法なり』とあります」

「……つまり?」

「つまりですね、魔王さまはとある術式をして、自らの『レベル』を貸与出来ると。そういうことですね」

「なるほど、素晴らしいな」


 ジェーダスは素直に褒め称えた。


「ですから、今後は修行をする際、合間合間でレベルを貸与――俗に言う、『レンタル』をすればいいわけです。無駄なレベルを捌け、相手も強くなる――これほど完璧な方法は他にないでしょう」

「確かにな。余も助かり、他の者も益を得る……素晴らしい! さすがパルティナよ、頼りになる!」

「(ああ嬉しい、心臓の鼓動が!)……もう、おだてても何も出ませんよ? まあとにかく、レベル【9999】とか頭おかしい事態を解決するためには、今すぐ行いましょう、ここで、直ちに」

「一言多いぞ」


 パルティナはパンパンと大きく手を打ち鳴らした。


「守備隊長の『ラーバス』! ラーバスはいますか!」


 直後、『王の間』の扉を開け、現れたのは大柄な牛頭の魔物だ。

 種族名ミノタウロス――その中でも上位種の《ロード・オブ・ミノタウロス》と呼ばれる魔物である。

 その姿は筋骨隆々、巨人や竜種を除けば最高の腕力を持つをも言われる種族である。


「何用でございますか、パルティナ殿?」

「かくかくしかじかで、魔王様のレベルを『レンタル』したいと思います。協力してくれますね?」

「当然。一切合切承知いたした」


 牛頭の守備隊長は快く頷いた。

 さすがは以心伝心、これくらいは出来なければ魔王の配下は務まらない。


「栄えある魔王様の力、その一端を受けるなど、至極光栄です。――では、これからすぐに?」

「はい。善は急げ、早いうちが良いでしょう。魔王さまの気が変わらぬうちに」


 パルティナは銀髪を揺らし頷いた。


「放っておけば魔王さまは、修行してはまた無駄に経験値を得るでしょうし。気が変わらないうちに急ぎましょう」

「そうですな。魔王さまは三歩歩けば修行をしたがる、修行狂ですからな」

「おい。余を修行バカと断じるのはやめてもらおうか」


 似たようなやり取りが過去にも何度もあったため、二人は聞かなかった事にする。


「では魔王様、こちらに。これより『貸与魔術』の詠唱を行って頂きます」

「うむ、胸が高鳴るな」


 ジェーダスは、玉座から立ち上がるとパルティナの言われるまま移動した。

 その途中、パルティナが絨毯の上に特殊な文字を書き記していく。

 特別な魔術を発動するのに必要な紋様――『魔術陣』の構築だ。

 通常、魔術は文言や無詠唱でも可能な場合があるが、高位なものはこういった陣を描くと効率が上がる。

 パルティナの描いたそれは、複雑かつ古代の形式で描かれた大魔術陣だった。


「完成いたしました。――それでは魔王さま、これより『アル・ベルス・リートブート・バエナ』と唱えてください。そうすればあなたのレベルは彼――守備隊長ラーバスへとレンタルされ、その力の一部が浸透されるでしょう」

「なるほど。では早速始めるとしようか」

「ふふ。――さすがに緊張しますな、魔王様、パルティナ殿」


 守備隊長ラーバスが、地面に描かれた魔術陣の中央へ移動する。

 その傍ら、ジェーダスは片手をかざし、厳かな声音で文言を唱えていく。


「我が配下に、魔王の力の片鱗を与えよ! 古代の神々よ、我が眷属に祝福を! ――[アル・ベルス・リートブート・バエナ]! さあ、我が覇者の力、受け取るが良い!」


 瞬間、爆発的な魔力が魔術陣へと注がれる。

 暗黒色の光に空間が染まり魔術陣内を循環。猛烈かつ濃密な奔流となって大気へと拡散していく。

 その、類まれなる魔力の激流が、収束――ラーバスの体へと注がれていく。


「おお、おおっ! これは……っ!」


 溢れる邪悪な力の塊。蓄積された未曾有の魔の奔流。

 そういったものが、ラーバスの腕を、胴を、脚を――余すことなく流れて行く。

 元から力強かった四肢が膨張し、その魔力も増大。姿が、形が変様していく。

「力がみなぎる! 魔力が、溢れてきます! ふははは! これこそ魔王様の魔力、魔王様の根源! これで私は」

 

 その瞬間――パンッ、という音がしてラーバスの体が粉々に吹っ飛んだ。

 

「「ラ、ラーバス――っ!?」」


 ジェーダスとパルティナが叫んだ。

 頭も胴も手も脚も、全てバラバラ、ラーバスは広間のあちこちに四散していた。

 筋骨隆々な肉体は爪ほどの肉塊へと成り果て吹っ飛んだ。

 ジェーダスもパルティナも一瞬何が起こったか解らなかった。


「な、何だ!? いったい何か起こったのだパルティナ!?」

「判りません……わたしの文言、それ自体に落ち度はなかったはず。――『貸与魔術』は、間違いなく、ラーバスの中へ浸透したはずです」

「馬鹿な……ならば何故、ラーバスの体は吹っ飛んだのだ? 原因は?」

「ええと……」


 パルティナは、四散したラーバスの体を丹念に調べ上げた。

 そして古文書を開きいくつものページを確かめると。


「……ええと。魔王さま。そう言えばラーバスには、いくつレベルを貸与しました?」

「む? どういうことだ?」

「いえ……この古文書には、『貸与には危険が伴うため、与えるレベルの量には注意せよ』とあります。――魔王さまは先程、どの程度のレベルをラーバスに与えたのですか?」

「うむ……確か【300】だな」


 パルティナは真顔のまま硬直した。


「だから与え過ぎ! それは与え過ぎですよ魔王さま!」

「だが仕方なかろう、そのくらいしなければ余のレベルは貸与しきれないのだ」

「だからやり過ぎですって魔王さま! 普通、魔物は上位でもレベル【80】くらいが限界です。もちろん多少の上限は突破出来ますが、【300】とかやり過ぎ! 明らかに過剰! ラーバスが吹き飛んでしまいます!」

「ふむ、だから彼は吹き飛んでしまったのだな」

「冷静に言ってる場合か――っ!」


 パルティナは銀髪を振りジェーダスに髪ビンタをした。

 銀髪はいいシャンプーを使っているので良い匂いだった。


「それはさておき、確かに迂闊だったな。普通、魔物というものはレベル【50】程度で限界が来るものだ。上位魔物でもおよそ【80】。ラーバスはミノタウロスの最上位種だったから、【80】近くはあっただろう」

「でもそんなもの、一瞬でふっ飛ばしてしまいましたよ! 魔王さま、力与えすぎです!」

「ぬう……」


 ラーガスは配下の魔物の中でも上位の存在だった。それでも木っ端微塵となるなら他の者たちも同様だろう。

 由々しき事態だった。


「限度を考えてください魔王さま! そんなレベルを貰ったら、どんな高位魔物も吹き飛びます。 もっと抑えて、軽めに!」

「しかしだな、上位魔物が、【80】くらいしか限度ないの、知らなくて……」

「もう~! 自分の部下の限度くらい把握しておいてくださいよ! もう~~!」

「すまーん!」


 神妙に、元は部下だった者の脳みそを撫でるジェーダス。

 その様子に慈しみや哀れみを感じ、やれやれとパルティナは嘆息を漏らす。


「……ま、まあ、過ぎてしまった事は仕方ありません。これ何度言えばいいんですかね? ――ともかく魔王さま、もう一度別の配下を呼びましょう。今度はもっと、少なめでお願いしますね」

「……いや、すまぬがそれは無理だ」


 パルティナがまた真顔のまま固まった。


「はい? いや、何故です? 何か問題でも……?」 

「――じつはな、余は『レンタル魔術』を使うとき、与えるレベルの『最低値』が頭に浮かんだのだがな?」

「はい……」


 嫌な予感がしつつもパルティナは頷く。


「それでだな、余には『レンタル魔術』に際し判ったことがあるのだがな? ――どうやら、余が貸与できるレベルは、【300】が最低限度らしい」

「ええええ――っ!?」


 パルティナは頭を抱えた。


「さん、さんびゃく!? え、なんだってそんな高い数値なんですか!? 冗談っ、それではどんな魔物も、一発で吹き飛んでしまいます! 悪夢です、悲劇です……っ」

「そうだな。……だが余の力が強すぎるせいで、そうなる定めらしい。脳裏に浮かんだ数値で分かる。余は、【300】未満はどうやってもレンタル出来ない」

「さんびゃく……さんびゃくのレベル……」


 パルティナは古文書を持ったままわなわなと震えた。


「だから修業のし過ぎなんですってば、最低貸与レベルは約30分の1までって書いてありますし! この脳筋魔王さま――っ!」

「すまーん! 余もどうすればいいのか判らーん!」


 魔王とそのメイドは頭を抱え絶叫する。

 魔王ジェーダス――彼は、そのレベルがあり過ぎるがゆえ、満足に貸与も出来ない。

 何か対策を講じなければ修行もままならず精神的にも宜しくない。


「まずいな、パルティナ。これはまずい、余は一体、どうすれば良い?」

「待って! 待ってください、まだ方法があります」


 ひとしきり慌てふためき、ふたりとも落ち着いた後。パルティナが、古文書をめくり対抗策を発見する。


「この古文書曰く――こうも記されています。――『強さとは、魔力だけを注ぐだけが唯一の方法にあらず。己の『一部』を込めた欠片を注ぐ事、これのみでも貸与は事足りる』」

「……つ、つまり? どういう事だ?」


 パルティナは何度も古文書の文章を確認してから告げる。

 心なしか、額に汗が流れている。


「……あの、魔王さま。どうやらあなたの体液でも、レンタルは可能らしいです」

「体液?」


 ジェーダスは何度か目を瞬かせる。


「――というと、あれか? 血や、涙などの事か?」

「いいえ違います。この場合……体液とは、白い液の事です」

「ぶ――――――――――!?」


 ジェーダスは盛大に体を折ってむせた。


「げほっごほっげほっ!? なん――え、なんだって!?」

「ですから、白い体液です。――魔王さま、濃厚度に圧縮された己の一部を相手に与えるのです。血よりも、涙よりも、汗よりも濃く、純粋なもの。つまり――」


 パルティナは告げた。騒乱の起点となる言葉を。

 全ての始まりとなるその宣言を。


「――つまり夜伽して、魔王さまの力を与えれば、レンタル出来るらしいですよ? 魔王さま?」

「何だとぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 そうして魔王ジェーダスの波乱に満ちた日々が幕を開ける。


†   †


「いやいや待て! ちょっと待て! お前、何を言ってるか判っているか!?」

「判っていますよ魔王さま! しかしですね、わたしも出来るならこんな方法は告げたくなかったです!」


 メイドのパルティナはさすがに声を上ずらせながらも反論する。


「何が悲しくてこんな宣言しなければならないのですか。聴こえなかったのならもう一度言いましょう! ――魔王さま、あなたの、」

「判った! もうそれ以上言わなくて良い! ……し、しかしだ、よりによって、そ、そ、そんなものなど……!? 何という事だ……」

「ですが、他に方法がありません。魔王さまは『勇者』を待ち受けたい。しかし暇だから修行も続けたい。けれどレベルが【9999】になって上がらない――ならばレベルを『レンタル』するほかないでしょう?」

「しかし、他にないのか? 何かこう……裏技的な。これは話が飛躍し過ぎる……これ以外に、方法が……」

「あるならばさっき伝えています、無いから困っているのですよ!」


 狼狽えるジェーダスに向かい、パルティナは断言する。

 周囲の床にはさっき直接レベルを【300】貰って、砕け散った守備隊長ラーバスの脳みそやら何やらが転がっている。

 そのグロい光景を割けるためにはこれしかない。


「……物は試しです、他の配下にもやってみます? 配下へ片っ端から普通に『レベルレンタル』すれば、耐えられる者もいるかもしれませんけど」

「それは駄目だ! 余の配下が城から消えてしまう!」


 おそらく全部失敗する。

 勘でしかないが失敗する。

 広大な領地に、魔王とメイドしかいない魔王城など、勇者が来たら格好がつかない。


「……となると、他に方法はありません。古文書の著者、魔王ベルドヴァーゼ様も、他に方法はないと残しています。魔王さまはこの方法でレベルレンタルするしかありません」

「嘘だろ……」


 呆然と魔王ジェーダスは放心する。


「そ、そんな破廉恥な真似出来るか。余は魔王だぞ!? 魔の軍勢を束ね勇者を屠る存在――そんな存在が、そんな事出来るか!」

「……それなら聞きますが、他にどんな手があります? 修行馬鹿で搦め手も嫌い、勇者を待つ事しかしない脳筋魔王さまが、他にどんな方法を残していると……?」

「それはだな! 頑張って、限界突破をする……とか?」

「だから! それが出来ないから困ってるんでしょうがーっ!」

「すまーん!」


 パルティナは途方に暮れた表情を浮かべた。

 魔王としてそんな破廉恥極まる事をするなど避けたい。

 しかしパルティナは警告する。


「それにですよ? 大体、魔王さまとあろうものが、未だ女も知らないのはどうなんですか? 魔族に生まれて1800年余り、修行修行ばかりで女の『お』の何も知らない魔王さま。志しは立派でも、魔王としてはちょっと恥ですよ?」

「ぐ……っ」


 狼狽えるジェーダスに、パルティナは嘆息して語る。

 確かに、魔族は長命ゆえ人間の何倍も生きられる存在だ。

 魔界にある本体を破壊されなければ、およそ8000年は存命可能。

 すでに、ジェーダスの年齢は1826才。人間で言えば18才くらいに相当する。人間としてはともかく、『魔王』としては問題がある。


「しかし余は――」

「それにです。歴代の魔王様には、精豪で名の知られた方も多くおられます。――かの勇名な第五十八代魔王の『エンデスブルズ様』、第八十六代魔王『リベルトーゼ様』。それから、第百十二代の『リーベルド様』も、大変な精豪であったと記録にあります」

「嘘だろ!? あの清廉で勇名なリーベルド殿が!? いやそれ以前に、見た目十一歳で、かなりの好少年で、配下たちに可愛がられたと聞くが……!?」

「それは嘘です。実際はその逆。魔王リーベルド様は多数の王妃を囲み、いつも彼女たちを『可愛がって』あげたらしいですよ?」

「えええーっ!?」


 憧れの魔王の一つの真実に、あまりの衝撃に頭を抱えて悶えるジェーダス。


「す、すると何か……? 他の魔王たちも、凄かったりするのか?」

「そうですね……もちろん、中には正妻だけを愛する純真な魔王もいたらしいです。ですが、大抵の魔王は……というか『九割』がたは、王妃が十人以上いて、しかも毎晩代わる代わるに『可愛がって』いたとか……」

「そ、そんな馬鹿な! じゅ、十人以上など……破廉恥ではないか」

「そうですね。ですから魔王とは、別名夜の王だと言えます。魔族の王であると同時に、世界で最も強い夜の帝王――それが魔王という存在です」

「馬鹿な……嘘だ……!? それは聞きたくなかった……」


 世の叙事詩などにはこうある。


『勇者よ……そなたに世界の半分をやろう。そして我が軍門に下り、天界をも征服しようぞ!』


 などと語っていた魔王たちが。


『ゲヘヘおら可愛がってやるよぉ、ゲへヘヘっ!』


 などと欲望もあらわに奥方を襲っていたなどと! 想像したくもない。

 

「おおお、馬鹿な、おおそんな……っ」


 ジェーダスは懊悩する。無知のあまりに頭が爆発しそうだった。


「さて。それでは改めてお聞きします、『魔王』ジェーダスさま。あなたは、他の魔王の方々が王妃との夜伽を過ごしていたのに対し、これまで何をなさってきたのでしょう?」

「し、修行だな……?」

「他には?」

「た、鍛錬と、修練、かな……?」

「全部同じ意味ですけど、他には?」

「ないよ! 知っておるだろうが、いつも一緒だったであろう!」

「開き直らないで下さいよ。……そう修行です。ですが、修行? 勇者の待ち伏せ? ……ふふ、笑われてしまいますよ。いくらレベルが【9999】とは言え、これでは魔王として失格、あまりに未熟です。レベル【1】の魔王と言われても仕方ありません」

「ぐっ……確かに、魔王として格が劣るのは否定出来んな」


 例えば叙事詩にレベル【9999】の魔王がいたとして、その伝説を紐解いてみる。

 強さは破格だが王妃の誰とも愛を交わさなかった、魔王ジェーダス――間違いなく後世の魔王たちに笑われる。

 それだけは避けたい。


 パルティナは労るような声音で続ける。


「個人的にはそんな硬派な魔王さまも素敵なのですが……。一般的に、それは『魔王失格』の烙印なのです。――現状、貴方には二つの大きな問題があります。一つは、レベルが【9999】で、これ以上強くなれないこと。もう一つは、女性経験がゼロで、魔王失格なこと。それともう一つ、修行バカで脳筋である事です」

「一つ多いわ! ……しかしまあ……確かに、三つ目はともかく他は問題だ。このままでは余の人生が無駄で後世の魔王の笑い者になってしまう」

「ですから、わたしは提案するのです。魔王さま、あなたの修行欲を満たし、なおかつ魔王としての『格』を向上させ、さらには味方のレベルも上げる――これ以上最適な案はありますか?」

「ないな」


 

 ジェーダスはしかし、狼狽えながらも抗弁してみる。


「しかしだな? 大きな問題があるのだが……」

「はい。なんでしょう」

「女性に、何と言って誘えばいいのか、判らないのだ……」


 極寒の風がメイドの髪に吹いた。


「……あの、魔王さま?」

「いやだって! 余は『魔王』だぞ!? いつも『話しかけられる』立場であろう! 玉座の間で、それこそ相手から『話される』のが常だろうが! 余から話しかけたことなどないわ!」

「なんで途中でキレてるんですか! キレたいこのはこちらですよもう~!」


 口角泡を飛ばしてまくしたてていたパルティナだったが、「はあ、まったく、はあ……」と溜め息をつくと、何かを諦めたかように弛緩する。


「……判りました。もういいです。それでいきましょう」

「そうか! 判ってくれたか、パルティナよ。では余は――」

「でしたら一度、練習をしてみてはどうでしょう? それなら解決ですよね」

「え……?」

「女性に話しかけるのも難しい。誘うのも無理。なら、まずは、身近な相手とやってみましょう」


 ジェーダスは目を点にして瞬かせた。

 今、凄いことを言われた気が……。


「は、え? 何だと? 身近な相手? 何を言っているのだ……? そんな相手――」

「ですから、」


 と、パルティナは努めて涼しげに語った。

 銀に輝く長い髪を振り乱し、メイド服のスカート端を摘み上げ、優雅に華麗に――。


「――不肖、『わたし』、パルティナが魔王様の相手をさせて頂きます。それで問題ないでしょう?」

「ええええ!?」

「あなた様の良き配下であり、メイドの鑑。誰より『魔王』ジェーダスさまを知る、このわたしが――貴方様の初めて――そう、練習相手になって差し上げます」

「ええええええええ!?」


 そして波乱の日常は続いていく。


†   †


「やばいドキドキする……」


 そして夜。草木も眠る時間帯。

 魔王城の最上階で、寝室のための大広間で、ジェーダスは一人、ベッドの上で待っていた。


「れ、レベルを貸与するためとはいえ……あ、あり得ん!」


 魔王ジェーダスとパルティナは、良好な主従関係だ。

 今でこそ魔王とメイドという関係だが、昔は、辺境で一緒に暮らしていた時もある。

 とある事件でパルティナが命を失いかけ、それを救ったのがジェーダスだった。

 だから、パルティナが彼に対し友好的な理由も、その気持ちもおおよそ知っている。

 だからと言って、こんな事を提案され、すぐ出来るかと言うとそうではない。


「ヤバい、ヤバい……ヤバいっ」


 すでに今日の修行は終わり、後はパルティナを待つだけ。

 部屋に他に誰もいない。

 静謐な部屋は虫一匹の音が聴こえるのみ。

 ジェーダスは先程、体を洗うのを済ませたが落ち着かない。

 心臓が今でもバクバクだった。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい……っ」


 パルティナは先程「シャワーを浴びてきます」と言って浴場の方へ向かった。

 それから30分経っている。それ以降、心臓の高鳴りが収まらないジェーダス。


「――お待たせしました」


 やがて、寝室の扉を開け、銀鈴の声が鳴り響いた。

 瞬間――ジェーダスは思わず息を呑んだ。

 銀に輝く長い髪。その肢体は神話の精霊のごとく美しかった。

 薄い衣装を盛り上げる、豊満で形の良い双丘。宝石を思わせる紅色の瞳に、整った美貌。くびれた腰回りは妖艶の一言で、それだけで一つの芸術品と言える。

 なにより、パルティナのその衣装だ。

 彼女は薄いネグリジェを着ていた。それも、美麗な淡い桃色の。

 煌めく銀髪と、女性らしいシルエット。そして艶美な衣装も相まって、ジェーダスの目は彼女から離せない。


「ぱる……ぱるぱるパル……っ」

「せめて人語で話してください。――ここは、いつも広いですね」


 パルティナは静かな声音で辺りを見渡した。

 そりゃあ魔王の寝所だからな! そしてお前が掃除してくれて綺麗だしな!

 そんな事を思う余裕もなく固まったままのジェーダス。


「魔王さま、いつまでも石像になっていても仕方ありません。そろそろ初めましょう」

「う、うむ……っ」

「では楽にしてください。わたしが全て、導いて差し上げますから」

「う、うむ……」


 うむしか言えない人形と化した魔王。

 その瞬間、パルティナは少し考え、思いつきを口にする。


「魔王さま。――この世で最も美しい女性は、わたしですか?」

「う、うむ」

「ではこの世で最も頼りになる人は、わたしですか?」

「う、うむ」

「やった嬉しい! ……とかやっている場合ではないですね。始めさせてもらいますね」


 そう告げると、まずパルティナはベッド上で硬直するジェーダスの隣へ座り込む。

 そのまま、魔王の仰々しい衣装を脱がせ、彼の瞳を見つめた。


「では、手始めに、わたしに愛の言葉をささやいてください」

「ぶ――――――っ!?」


 ジェーダスは盛大にむせて涙をこぼした。


「無理すぎるわ! そんな事出来るわけないだろう!」

「いやいや当たり前のことでしょう? ムードを高める言葉なくして何の練習ですか! いくらレベルレンタルとは言え、仮にも夜伽です。相手の気分を高め、幸福感を与えるのは当然ではありませんか」

「それはそうだが……! だ、だからと言ってだな……? 余はそんな言葉知らんのだが。あ、愛の言葉? ムード……? あい、アイラブユーとでも言えばいいのか?」

「そしたらミノタウロスのメスを今から呼びますよ?」

「すまん! それだけはやめて!」


 メスのミノタウロスは、夜になるとそれはそれは恐ろしい怪物となる。

 詳しくは語れないが、想像するも恐ろしい。

 少しひくついた表情から一転、真面目な顔を取るジェーダス。


「しかしだなパルティナよ……考えてもみるが良い。余は『魔王』として、ひたすら修行を繰り返してきたのだ。その中に、愛の言葉を学ぶ機会などなかった。仕方なかろう?」

「そうですけど……まあ、いいです。これくらいは想定内。そう思って……ほら! 『初心者でも安心! 女性を口説く言葉百選!』という本を持ってきました」


 ジェーダスは笑顔で本を取り出した少女を見て固まった。


「え……もしかして今、この場で読むのか……?」

「はい」

「あの……裸になりながら、これ読むの、すでにムードもへったくれもないような気が……」

「誰のせいですか誰の? もう何時だと思って!」

「すまん余のせいだよな!」


 そして二人ともその辺はなかったことにして時間を気にしないようにした。

 ジェーダスはパルティナから渡された『愛のことば百選』を読み、学習してみる。

 途中、とんでもないボリュームで何度も挫折しかけた。

 何しろその内容というのが――。


『君のことを思うと眠れない』

『ずっと君だけが俺の心を掻き乱すんだ……』

『もう離さない。ずっと俺だけを考えさせてあげる』


 ああああああああ! と、ジェーダスは羞恥で何度も死にそうになるくらいの言葉を全て暗記することになった。

 おそらく普段の修行の何倍も頑張った。


「なあパルティナよ、これ……全部覚えるか?」

「当然です。これでも『初心者用』ですよ?」

「嘘、だろ……? こ、これを全部だと……!?」

「はい。ですから少なめです。これ全て言えて初めて、恋愛の初心者と言えます」


 ジェーダスは全身が震えた。


「馬鹿な……!? こ、これを全てだと……!? 余は、世界の男がみんな、勇者に思えてきたぞ!?」

「そうです。女性の心を射止めるには、少なからず勇気がいるものですよ。魔王さまはそれを怠ったのですから、少しでも追いついてくださいね?」

「こ、これ、完全に言えるようになるまで……あと十年くらい待ってもらっていいかな……?」

「言っておきますけど、それ本気ならわたし毎日魔王さまの部屋に赴いて、メスのミノタウロス10体と給仕しますがいいんですか?」

「勉強するの超楽しいな! いやー、魔王として知識が増えるのは快感だな!」


 悲鳴上げるように叫ぶジェーダスを、パルティナは呆れながらも口の端を緩めて見守っていた。


「(魔王様、頑張ってください、格を上げるチャンスですよ!)」


 数分後。


「きみ、きみの……」

「口調が硬いですね。もう少し柔らかく」

「ずっと君だけがおりぇの」

「噛まないように。頑張りましょう。はい次です」

「……その、こんな体たらくで、すまぬな。……えっと、もう離さにゃ」

「どんまい! 魔王さま、どんまいです!」


 その後、三時間くらい、ずっと練習していった。

 その結果、何とか三十個くらいの言葉は噛まずに言えるようになったジェーダス。

 パルティナはその間、優しそうな目をしていた。


「さて魔王さま。そろそろ発音練習はいいでしょう。これからわたしに向かって、先程の言葉を使ってみてください」

「これを? これを全部……!?」

「いえ。では手加減して、五個くらいだけ」

「そ、そうか……それならばそうだな……」


 ジェーダスは軽く咳払いをして、パルティナの目を見つめた。


「――君のことを思うと、眠れない」

「っ!?」

「ずっとずっと、君だけが俺の心を掻き乱す」

「――。っ!? ……!? ……!?」

「もう離さない。ずっと俺のことだけを考えさせる!」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 パルティナは胸を押さえて悶えた。


「(やばい、やばいですこれは! ぐっと来る! 体の奥の方まで来る! ……ハッ!? いけない、こちらがかき乱されてどうするのですわたし!)」


 その後ジェーダスは五個の言葉をすべて読み上げたが、その間パルティナは顔がほころんだり、喜色が出ないようにしたり、表情が動かないよう苦労していた。

 そしてさらに30分。


「素晴らしいです、魔王さま! 完璧ですよ! まさかここまで出来るとは……初め、離さにゃいとか言っていた魔王さまが、嘘みたいです!」

「フフハハ! ハハ! そうだろうそうだろう! 余は、やれば出来る魔王よ!」

「では、次は『中級編』ですね」

「……え」

「それが終わったら、『上級編』が待っていますから。頑張ってくださいね?」

 

 ジェーダスは死んだ魚の目になった。

 くたびれたからくり人形のようにぎぎぎと首を傾ける。


「あの……それはジョークなんだよな? 余への試練とか、そういう……」

「当然試練です。……大丈夫! いつまでもわたしが導いてあげますから、魔王さま!」

「もうこれ夢になんないかな……!? 胃にくる!」


 その後ジェーダスは一時間かけて頑張った。


 パルティナはその間、鬼教官だったり、あやし係だったり、励ましを繰り返していった。

 そして、五十個くらいの台詞をマスターした後。


「魔王さま、夜も終わってしまいますし、そろそろ第五の段階に移りましょう」

「……え? 今の第二段階だったのだろう? 第三と第四はどこに行ったのだ?」

「どこかの噛み噛み魔王様が時間を食いまくったので、そんな時間は消えました」

「すまん! 本当にすまーん!」


 ジェーダスがそう口走るのももはや恒例だ。

 やがて、第五段階へと一気に飛ばしていく。


「いやパルティナ……本当なの?」

「そうです。今更なにを言っているのですか」

「いやでも……余は初めてなのだぞ? それに……確かお前も、同じと聞いたが……」


 パルティナは、メイドのため様々な知識が豊富だ。

 そしてその中には、もちろんそういった知識もある。

 加えて、彼女の種族名は、『淫魔サキュバス』――性愛を司る種族である。

 そのため、その手の知識やその技術は超一級品。他に並ぶ者はいない。


 そのはずなのだが、彼女は『なぜか』頑なに男性との経験を持ちたがらず、これまでずっと純潔を保ってきた。

 淫魔でありながら淫魔として経験がない――そんな変わり者がパルティナだった。

 そのパルティナが心なしか赤らんだ頬のまま言ってくる。


「そんな無用な心配……本当に今更ですね。単にわたしが『良い』と思える機会がいなかっただけです」

「そ、そうなのか……?」

「それと断っておきますが、サキュバスと言っても、誰とも寝るわけではありませんよ?」


 ジェーダスは思わずどもった。


「そ、それはそうかもしれんが……」

「この方となら寝ても差し支えない――そんな、安心できる相手だけが寝る対象なのです。

 (それに……わたしは魔王さまが初めてでいいですし、じゃなかった、魔王さまじゃないと駄目ですし、じゃなかった、もう~~~!)」

「今、小声で何を言っているか聴こえなかった」

「さて! 付け加えておくと、魔王さまが寝所に誘える女性が、わたし以外にいないという事もあります」

「まあそれは本当にすまぬ! 余は謝ってばかりだな!」


 パルティナは苦笑し、優しく頬を緩ませた。

 彼女はこの時、幸せだった。彼に仕えて、願っていたものの一つが成就しようとしていた。

 彼女は、本当は――。




 そして、夜は更け――二人は結ばれた。


 もちろん練習なため、最後までとはいかないが。


「げほっ、魔王さま、ちょっと張り切り過ぎです」

「貴様のせいだろが! どれだけ余が頑張ったと思っておるのだ! 逆に褒めろ!」

「魔王さますごーい」

「なんで棒読み!?」


 その瞬間、パルティナの目元から涙がこぼれ落ちた。


「う……」


 雫は目尻からゆっくりと流れ落ち、ジェーダスの体へと伝わる。


「ど、どうしたのだパルティナ!? ど、どこか不都合な事でもあったのか!?」

「いえ……修行バカ修行バカだと思っていた魔王様が、やっと女を知ったのだと思うと、思わず涙が……」

「やまかしいわ! 余計なお世話過ぎるわ! 余の心配を返せ!」


 パルティナは目元を拭いながら笑っていた。

 もちろんそれは嘘だった。嫌いでない相手にこんな事をし、不快になる娘などいない。

 パルティナは、泣きながら、目元を吹きながら髪を整えると、柔らかく笑った。


「ともかく魔王さま。おめでとうございます。――無事、終わりましたので、レベルの貸与が完了致しました」

「え? ……あ」


 瞬間、パルティナの体をまばゆい光が包み込む。

 暗黒色の、邪悪に染まった、『魔王』の力。その力の一部が、彼女に備わっていく。

 渦を巻き、爆発的な魔力が飛び交う部屋。風圧が、暴風が、部屋の調度品を揺らしていく。

 裸身の格好のまま、その光を、新たなる力の脈動を感じるパルティナはゆっくりと頷いて、


「――これで、わたしのレベルは上がりました。つまり、魔王さまのレベルが『レンタル』されたのです。――魔王さま、ご自分のレベルを確認してみてください」


 言われ、即座にジェーダスは己の中の力を見る。

 魔族は集中すれば己の力を『数値化』し、垣間見ることが出来る。

 その中でも、重要なのはレベル――総合的な強さの値。これまでは、限界である【9999】だったが――。


 

【ジェーダス クラス:魔王 レベル:9998】


 

「おい!? たった【1】しか減ってないではないのだが……!?」


 無情にも減った数値は微々たるものだった。

 悲鳴を上げる魔王にパルティナはその悲鳴に怪訝な顔を浮かべる。


「……いやまあ。一度に大量ですと守備隊長のラーガスみたいに吹っ飛んでしまいますし。だから体に優しい方法を行ったわけです。減少量が少ないのは当然でしょう?」

「だからと言って! これは少なすぎるわ。……あ、あれだけの事をして、あれだけの思いをして。レンタル出来たのがたったの【1】? やってられんわ!」

「――でしたら、『何度』も行えばよろしいでしょう?」

「な……んだと……?」


 戸惑いの表情を浮かべるジェーダスに向かい、涼しげにパルティナは宣言してみせる。


「魔王さま、貴方にはいるでしょう? 数多の王妃様が。貴方を愛し、敬い、恋い焦がれる、沢山の花嫁たちが」

「何だと? まさか……」


 言うや、パルティナはジェーダスに腕を指し出した。

 一緒に飛ぼう、という意思表示だろう。

 仕方なくジェーダスは、魔王の衣装をまとい、その手を取って立ち上がる。


「城の上空まで運んでくださいますか? ずっと上へ」

「う、うむ……」


 言われるがまま、ジェーダスは《浮遊》の魔術を使い、魔王城を飛び出した。

 音速を超え、雲海を超え、高度一万メートル――魔王領の全てが見渡せる上空にまで到達する。

 眼下に広がるのは、いくつもの宮殿、尖塔、広場の光景――。


「見えるでしょう? 魔王さま。あなたの『王妃』さまの宮殿が、あなたの『花嫁』のお住まいが」

「……ああ。皆、余の伴侶だ」


 ジェーダスは眼下に広がる、いくつもの巨大な建物を見下ろす。


 ――魔王ジェーダスには、多数の『王妃』がいる。

 王と言うからには当たり前の話だ。いずれもジェーダスと様々な理由で出会い、彼に感銘し、あるいは恋慕し、『花嫁』となった乙女たち。

 その数は『十五人』――いずれも広い宮殿麗しき乙女が住んでいる。


 第一王妃――強大なる竜を従え、戦いの化身と言われる『竜姫』

 第二王妃――亡国から逃れ、再起の時を待つ人間の『王女』

 第三王妃――血と戦いを糧とする、読書狂の『吸血鬼の姫』

 第四王妃――万物を捕食する、寝坊助で魔王大好きな『スライムの皇女』

 第五王妃――海に愛され、至上の歌を歌う『人魚の女王』

 第六王妃――10センチの美少女。妖精たちを束ねる可憐なる『妖精姫』

 第七王妃――天才鍛冶師。宝剣、魔槍、魔剣を創り出す『幼女』

 第八王妃――高貴な森の狩人。けれど弓が苦手な『エルフの王女』

 第九王妃――勇者に捨てられ、商人を目指すもさっぱり儲からなかった元『女賢者』

 第十王妃――若き天才。元神官のくせに魔王に憧れ弟子となった『魔王見習い娘』

 第十一王妃――才女。数万の信者に愛された、麗しの『聖女』

 第十二王妃――天上の舞姫と言われた、美貌の『踊り娘』

 第十三王妃――戦場では一騎当千。けれどエロいと評判の『聖騎士』

 第十四王妃――魔王の幹部の一角。灼熱の美しき『獣王』

 第十五王妃――巨大なる娘。邪悪の使徒を収容し、魔の巣窟である『魔王城』


 いずれも、ジェーダスが世界中から選び抜いた乙女たちだ。

 誰もが様々な経緯を経て、婚儀を済ませた、全員が魔王を愛する『王妃』である。

 

 ――実際は、王妃とは名ばかりで、朴念仁なジェーダスに業を煮やし、パルティナが半分以上無理やり集めたのだが。

 というより、ジェーダスは話した事もほとんどない娘も多いが。

 彼には広大な十五の宮殿と、それに住まう『十五人』の『王妃』たちがいる。


「魔王さまにはいるではありませんか。十五人もの『王妃』が。彼女たち全てと契りを済ませば全て解決です」

「おい待て!? 確かに王女、聖騎士、竜姫、幼女、聖女……様々な王妃がいるが、全員と契れと!?」

「当然です。本当はわたしが全てを担いたいところですが、わたしは『メイド』です。今回はあくまで練習……本当の夜伽はこれからです」

「しかしだな……」

「問題があるとすれば、魔王さまはウブ過ぎてデートも誘えない事ですね」

「やかましいわ!」

 

 ジェーダスは絶叫した。


「大体、そんな破廉恥なこと出来るか! 日頃からそんな事する魔王など聞いた事もないわ! そんな真似をするくらいなら、余は魔王をやめる!」

「何を言っているのです魔王様ーっ! 『魔王』とは、邪悪を極めし存在! 全ての財も、力も、女も、手に入れるのが定め! ですから、王妃の一人や二人、愛するべきです! そして、彼女たちを強くする――いい加減、『勇者を待つ』などと、ドヤ顔で宣言するのはやめてください。貴方は今、生まれ変わるのです!」

「いやでも……考えてもみよ。――そんな破廉恥なこと、歴代の魔王に顔向けが出来ぬだろう?」


 パルティナは小首を傾げた。


「いえ、そうでもありませんよ? 過去の魔王には、結構そういう方はいたらしいです。――第五十八代の『エンデスブルズ様』や、第八十六代『リベルトーゼ様』。それに先程説明した、第百十二代の『リーベルド様』など……特にリーベルド様は十八人の王妃との間に、五十人もの子宝を設けたとか」

「嘘だろ!? 五十人!? え……余は、魔王というか、その定義が、ひどく揺らいだのだが……」

「ですから、頑張りましょう! 歴代魔王の、誰よりも『上』に行くために! 最強を超えた最凶――そう、至高の『大魔王』を目指し、突き進むのです!」

「何たることだ……ああ、何てことだ……」


 十五人もの王妃を口説けだと? 正気の沙汰とは思えない。

 まだ手すら握った事のない王妃もいるのに。

 そんな事をするなら死んだ方がマシ。

 しかし、そう感じる一方で、ジェーダスは思うのだ。


「うむ……だが考えてもみれば、余は未熟だった。これまで毎日を修行に費やし、我が妻たちへ愛を注ぐ時間もなかった。その過去はまさに未熟。無様の極みよ」

「そうでしょうそうでしょう。ですからわたしが、これから指導を――」


「だから! 余はこれより夜伽を沢山行おうと思う」


 パルティナは一瞬固まった。

「……え? 今なんて?」

「そうだ! 確信したぞパルティナよ! お前は、余を導こうと言うのだな? 至高の魔王へと! 魔王を超えし魔王……良い響きだ。そのためには、愛も強さも極め、文字通りの『超魔王』へと駆け上がれと! そういう訳だな!?」

「いえ、あの……そこまで言ってはいませんけど……」

「そのためには! 王妃たちと夜伽し! 最強の軍団、限界を超えさせ! 超常の王妃へ進化させよと言うのだろう? ――良いだろう! やってやろう! この魔王ジェーダス、未熟といつまでも言われてなるものか。レベル【9999】の余、自ら王妃達を愛し、余自身も歴史に名を刻む! そのために励もう!」


 パルティナの額から冷や汗が流れ出る。


「(し、しまった……! 魔王様は『成長』とか『極める』とか、そういうの大好き……!)あ、待ってください、そういう早い展開ではなくてですね……?(そもそも今日は、もう疲れたのでゆっくり自室で休みたい……)もう少し段階を踏んでですね?」

「それではパルティナよ! ひとまずは知識を蓄え、一流の魔王へと成長しよう! まずは練習だな! さっき覚えそこねた第三と第四段階の秘技、ぜひ教えてもらおう!」

「待ってくださいそれは思っていた理想と違うきゃあ~~~~~~~っ!?」


 そうしてジェーダスは魔王城の寝室に戻り、パルティナを翻弄した。

 

 

 翌朝。

「さて! 止めて止めてと叫ぶ女の子を翻弄し、それでもやめようとしない鬼畜魔王さま?」

「すまなかった! だってお前の乱れ方があまりにも美しかったから、つい……!」

「(う、嬉しい!)――そ、それはともかく! これから王妃さまを本格的に愛されますが、誰からでも良い、というわけではありませんよね」

「まあな……確かにな。順番は大切だな」


 あまり面識がない王妃に、いきなりそんなことを頼んでも「正気?」「病気?」としか思われない。

 下手したら離婚とか言われそうだ。選択は十分吟味する必要がある。


「余はこれまで、会話していない王妃も多いからな。あまり急くと嫌われる」

「そうですね、顔を合わせたのが、一年くらい前の王妃様もいますしね」

「それは思い出させないでくれ頼むから」

「まあ、そうした面識の浅い王妃様は後回しにするとして――まずはそれなりに交流があり、レンタルに応じてくれる王妃様に致しましょう」

「ふむ……そうなると、候補となるのは――」


 ジェーダスの脳裏に、何人かの王妃達の姿が思い浮かぶ。

 数多いる花嫁のうち、交流があり、好感が高く、かつ理解の早そうな王妃が、いくつか浮かんでは一人に絞り出される。


「一応いるにはいるが、どうだろうな……」

「それはどなたです?」

「真っ先に思い浮かぶのは――『竜姫』アルフォニカだな」

「ああ……」


 銀色の髪を揺らし、パルティナはぽんと手を叩いた。


「なるほど。500年前に真っ先に婚姻しておきながら、デートの一回もしていない、第一王妃様ですね」

「……何か急に不安になってきた」

 


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