8話「同じ『大きな夢』を目指す同志!」
大阪アニマンガー学院入学より一ヶ月後────────。
とある大阪の賑やかな繁華街。
昼と夜とでは街模様がまるで違ってくる。
夕日が沈み、空を漆黒に覆った時、いかがわしい店が続々と顔を見せる。色香溢れる美女が行き交う男を誘い、その気にさせる。
闇社会の息がかかったぼったくりバーも珍しくない。
そんな折、滴る音がすると共に広がる黒い円。
「うひひひひ……」
身長はやや低く、角刈りで決めた小太りのおっさん。下卑た笑顔で、捕まえた一人の美女を恐怖の顔に染めていた。そしておっさんの周囲に若い男達がニヤニヤと群がっていた。
「い……いや! 助けて!!」
もがく美女は涙を流し、やや悲鳴気味に声を漏らす。
「君ね……、幸せ者なんだよ? この最強剣士イワシロー様に指名されるなんて、ね」
ドヤ顔で笑む小太りのおっさん。
「誰か! 誰かッ……!!」
既に荒廃の世界に満ちた風景を、がむしゃらに見渡して助けを求める。が、それに応えるものはいない。
「無駄だよ……。エンカウントしたら、もう別世界さ。ゆっくり俺達と愉しもうよ。なに、じっとしてくれたら痛くはないよ。ふふふ、じっくりじっくり甘~い蜜を貪り喰らうとしようかね……」
恐怖に震え、絶望に涙を流し、愕然と膝を折り、そして周りの男に手足を押さえつけられてしまう。
イワシローは下卑た顔で、悠々と逆手に持った剣を振りかざし────、
「いやああああああああああああああああああ!!!!!」
女の悲鳴が、闇の世界で虚しく響き渡る。
リョーコと一緒に高架橋に沿った通路を歩いて、学院へ向かっていた。
「テレビでやってたんだけど、最近ね、行方不明多いらしいよー」
「それは物騒だなぞ……」
訝しげに目を細める。
「学校のみんなは大丈夫かしら?」
「……お前もな」
「ふふふ、あんたがいるからへーき!」
「あのさぁ……。夢叶えるんだったら、せめて自分の創作みがけよな!」
「あは、そ~だね」
ジト目で見やる。相変わらずはにかんだ笑顔を見せるリョーコ。能天気だなぁ……。
でも、こうしていると幼馴染と一緒に通学しているみたいだ。
「なぁ……」
「ん?」
きょとんと振り向くリョーコ。
午前の授業は粛々と行われ、漫画を書く際の技術などを教師から教授していた。
相席になっているリョーコとは、時々話し合ったりしている。その更に後ろの席で一人の男が不穏な気配を漂わせていた。
ねっとり睨めつける視線を見せる男。
「ふふふ……、こういう青臭ェカップルが一番ムカつくんだよねぇ……」
そう呟き、ドヤ顔を見せるイワシロー。
「お~い! イワシローはん、帰りに夜の店どうや?」
「キンタ君……」
なんと大珍キンタが明るく誘いに来ていた。キンタと相席になっている森岳タネ坊は寡黙に勉強に取り組んでいた。
「また夜の店かい……。悪いけど、今日は用事があるんだ。とっても大事な、のね……」
イワシローはいやらしげなドヤ顔のまま、ナッセとリョーコの背中を見やっていた。
「そうか~~? 残念やね。ほなまた誘うわ~」
そして、帰宅の夕方。
いつもののようにナッセとリョーコは付き添いで帰路についていた。それに尾行するイワシロー達。ぞろぞろと男は群れて、慎重に後を付ける。下卑た本性を胸に潜ませ、魔の手を忍ばせるべき抜き足で距離を縮めていく。
エンカウントを起こす方法は何故だか分かっているかのようだった。
イワシロー達は本性を現したくて、下卑た笑みで口元を緩ませていく。
目の前の、何も知らぬ青臭い少年と女子のカップルを惨たらしく引き裂き、絶望のドン底に突き落としてやりたいと欲望が湧いてくる。
一歩、一歩、魔性の忍び寄りが距離を縮めると、イワシローの踏み込んだ足を軸に、黒い円が広がった。
「エンカウント!!?」
緊張して身構える。全てが荒廃した世界に切り替わった。
────が、眼前にモンスターがいない。
「後ろ!?」
気付いて振り向いた時は、既に両腕を振り上げてイワシロー達が一斉に飛びかかっていた。欲望を剥き出しに「ひゃっははははははァ!!!」と笑いを上げていた。そんな彼らに見開く。
学校で勉学を共にする、同じ生徒ではないか!?
「達矢イワシロー……??」
「その通りよォォォォォ!!!!!」
戸惑った一瞬の隙を突かれ、男衆に押し倒される形でオレは地面に張り付けられた。
「ぐあっ! な、何をするんだぞ!!?」
複数の男に取り抑えられて、身動きが取れない!
「ナッセ!! ……あんたら何なのよ!?」
片手斧を向け、リョーコは恐々と身構える。それに悠々と歩み寄るイワシロー。卑しい笑顔で近寄ってきて、リョーコは気圧される。一歩一歩後退りしていく。
舐めずりするような下品な目。唇を舐め回す舌。角刈りの額に小さな角が生えている。
「さぁて……! リョーコちゃん……、君の味はなにかね……?」
「くっ!!」
斧を振るも、イワシローは素早く剣を振って弾き飛ばす。手元を離れた斧は宙を舞って、地面に突き刺さった。
更に複数の男がリョーコを背中から羽交い締めした。
しっかり手足をロックされて身動きひとつ取れない。リョーコはこの状況に青ざめて絶句する。
「げっへっへっへ!!! 彼氏も……この通り、動けない……」
にじり寄るイワシロー。ガチガチと震えるリョーコ。涙が溢れる。
しかし、眩い閃光が膨れ上がった。
ボンッ!!
破裂するように、男衆を力任せに四方八方へ吹き飛ばす。そして光の剣をかざしたまま直立不動でイワシローへ睨む。
敵意を露わに、鋭い眼光を見せつける。
イワシローは背中にゾクゾクと寒気が走った。
殺気立つオレの手の甲の『刻印』は青白く煌めいていた。
「離せ!!!」
叫ぶと同時に、目にも留まらぬ疾風のような瞬足でリョーコをさらう。と、同時に羽交い締めしていた男は一斉に弾かれていた。ドサドサ、横たわる。
速い!! イワシローは戦慄した。
「な、なんだね? 君は!?」
「城路ナッセ!! 剣士だ!!!」
雄々しく吠えるオレの気迫に、イワシローはビリッと衝撃を全身に受けた気がした。
さっきまでの弱々しいチビではない。
────まるで小さな侍!
「だが、この剣士衆を前に……君一人で敵うのかね? やっちまえッ!!!」
イワシローと男衆は一斉に襲いかかった。砂埃を巻き起こす勢いで駆け、怒涛と剣を振りかざして、殺意の刃を振り下ろした!
更に鋭く視線を見せ、眼光が走った。手の甲の円の小さな星、つまり衛星は二つ連ねていた。
「星光の剣ッッ!!!」
瞬きの間すら許さぬほど、幾重に描いた三日月の軌跡が踊った。すると男衆は一斉に弾き飛ばされたかのように宙を舞った。一瞬にして、男衆はみな地面に横たわった。
ワナワナと震えるイワシロー。戦慄さえ感じさせる銀髪の男は、鋭い威圧を放っていた。
スラッと軽やかに剣を振り、その切っ先をイワシローへ向けた。
「そ、その女とは、付き合って間もないだろう? なぜムキになるんだね?」
朝の通学でリョーコに質問した事を思い返す。
「なぜ、出会ったばかりのオレに、そこまで親切にしてくれるのかぞ?」
今まで、不自然なぐらい距離を縮めてきた彼女の言動に疑問を抱いていた。見ず知らずの男に、身内のように親切にするってのもおかしい話だ。
だが、彼女は微笑んでこう答えた──。
「だって、あたしが『戦士』だって知っても、あなたは共に『大きな夢』を目指そうって共感してくれたじゃん? ──今まで、そういうのはいなかったから! 足手まとい、クラス変えろ、役立たず、入るな、そういう人ばかりだったよ?」
儚げな悲しみを含む笑顔。そんな彼女にオレは心にじんときた。
今度は彼女が問い返した。
「足手まといって言われてるの知ってしまって、幻滅した?」
「いや!」
「……あたしが女だから?」
「いや!! それは関係ない!」
真摯な目で、リョーコの顔を見つめ、力一杯こう告げた。
「目標は違えど、同じ『大きな夢』を目指す同志だからだぞ!!」
リョーコは感涙して満面に微笑んだ。そして口から「ありがとう」と!
────脳裏に焼き付いた今朝の出来事。それを胸にオレは鋭い視線を見せていた。
「……最初は薄く弱い絆かもしれない、けど! 同じ学校で勉学をしていく仲! これからどんどん多くの人と知り合い、切磋琢磨していって成長して、いずれは『大きな夢』を叶える! オレは師匠のような偉大な『創作士』になる為に! リョーコは斧女子を世界に普及させる為に! そう誓ったんだ!!」
そう吠えたオレに、後ろにいるリョーコは口に手を当てて、溢れた涙が頬を伝う。
「そんな幼稚な夢に酔う馬鹿が!! 夢叶わぬ現実を思い知って、社畜に堕ちろッ!!」
いきり立ったイワシローは剣を振りかぶって、飛びかかってくる。
ギン! 鋭く睨み据え、眩い軌跡が弧を描いた。その一閃は、イワシローの剣を木っ端微塵に叩き割り、次いでその顔に強烈な剣撃を叩き込んだ。
「が……!」
粉々になった剣と共に、白目のイワシローは宙を舞う。そして地面に沈んだ。
「同じ生徒だから、殺さないように打撃系に剣を形状変化させた。だが、二度と『夢』をバカにするな! 今度はこの程度じゃ済まさないぞ!!」
「ひ、ひゃいぃ……」
殴られて顔が変形したイワシローは涙目で蹲り、恐怖に震えた。
それを見下ろすと踵を返し、リョーコの元へ帰る。
「さぁ、帰ろうか!」
「うん!!」
二人は笑顔で笑い合い、漆黒のエンカウント世界は晴れ、明るい夕陽の日差しが溢れた……。
あとがき雑談w
ナッセにやられたイワシローが涙目ですごすご戻ってきて……。
タネ坊「なに!? やられた!?」
キンタ「ありえへん!」
イワシロー「話が違うじゃないかね! 痛い目にあったよ!」(怒)
タネ坊「チッ……! もういい! さて搦手でいくかな」
キンタ「せやな。真っ向から行くと返り討ちやね」
タネ坊「言うなァ! あんな糞餓鬼など!」
次話『そのタネ坊とキンタがナッセたちに近寄る!?』