7話「ナッセの創作『刻印』」
アニマンガー学院の裏施設での面談、そしてミノタウロスとの死闘が終わり、ようやく解放された。
淡く滲んだ橙色の夕日で照らされた街並み、学院出入り口で帰路につく生徒が散っていくように別れていった。
そしてリョーコと共に同じ道路を歩いていた。
「そっちどうだった? もちろん余裕よね」
「……そっちもスライムだったのかぞ?」
「アンタも? うん、昨日のと違って、普通に跳ねてくるだけだったからなんとか、ね」
片目を瞑ってあっけからんと笑う。
その笑顔だけでも安堵させられる。なんか暖かいのが湧いてくる。
なぜあの『仮想空間』があってあの精巧な装置が作られたのかは知らない。ヨネオ校長さんの言葉も気にかかるし、なにか裏があるのかもしれない。
リョーコはそれを知るよししないだろう。また巻き込むかも知れないと、心配が募る。
面談の時は偽物だったが、同じ状況に置かれれば彼女はきっとオレを庇うのかもしれない。世話焼きかお節介か、どちらか知らないが、どことなく身内のように接してきているのが分かる。
「でも無茶はしないでくれぞ」
「え? やだ、心配してくれるの? ありがとうね」
嬉しそうにバンバンとこちらの背中を強く叩いてくる。そんな明るくて元気いっぱいなのが彼女の魅力なのかもしれない。
だからこそ、いつまでも元気でいて欲しい。
「あ、そうそう。近くにアニフレンズって店あるから寄ってかない?」
「……一人で行け、っても強引に同行させられるんだろ? いいよ。付き合うぞ」
はぁ、と片目瞑って溜息つく。
「ふふ」
満足そうにリョーコは微笑む。ルンルンとした足取りで店の方向へと向かう。
「なんだかなぁ……」
思わずボヤいた。
安堵する反面、燻る杞憂を胸に抱き、真剣な眼光を見せていた。
──このままでは、また同じ事が起こらないとも限らない!!
この深夜。周囲が静まり返り、孤独を感じさせる一人暮らしの個室。時計は既に三時を回っていた。
作業している者なら焦燥が募っていく頃合でもあった。
だが、机に向かったまま試行錯誤しながら、何かに取り憑かれたように作業に集中していた。
近くの真っ白な原稿用紙をよそに、眼前の白紙に『刻印』が淡い光を放っていた。それは自分のなぞる指によって形作られていく。
そのメインとなる印の形は『六角形』だった。
作業が一通り終わったら、被せるように両手を向けて念じる。
すると、刻印の真上に星屑が収束、半透明の分厚い六角形が浮き出た。その表面には額縁のような二重の縁で囲まれた無数の星の彫刻が施されていて見た目も華やかだ。
「やったぞ! ようやく理想的な……刻印スキルが、できたぞっ!!」
ようやく完成したという達成感で喜びが満ち溢れた。と同時に押し寄せた疲れが睡魔を呼び寄せる。
紙の『刻印』を指で動かして片方の掌へ移していくと、薄っすらと消えていった。
ふう、と安堵の笑みをこぼす。
「……もうこんな時間か」
机の上の置き時計を見て、まどろんだ目を擦る。瞼が重い。
強烈な睡魔に抗えずベッドへ倒れ込む。柔らかいマットレスに仰向けになって、心地良い毛布の上にマフラーをかぶせて寝入った。
翌日の朝、暖かい日差しを身に受けてマンションから出た。
すると「おはよ──!」と明るく元気いっぱいに手を振るリョーコの姿が目に入る。
「……おはよう。まったく」
ジト目ながら、軽く手を振る。
今までは学院で会うはずなのだが、思ったよりお互いの住居が近くで、共通となる通学路で居合わせる事になった。
「あれ? 隈できてる?」リョーコは首を傾げた。
「……ちょっと徹夜して創作してた」
「なんの?」
「それは実戦のお楽しみって事で」
「ぶ──! けちぃ!」
頬を膨らませるリョーコに苦笑いを見せる。そういう当たり障りのない会話を交わしリョーコと一緒に足を歩んでいく。
以前なら夢にも思わなかっただろう。
人見知りする自分が、女の子と一緒に通学だなんて、以前だったら信じられないシチュエーションだぞ。ちょっとドキドキしてて嬉しいのは秘密だ……。
その時、不意に黒い円が足元に広がっていった。たちまち全ての光景を暗転するように覆い尽くしていく。ドクン、と心音が鳴り二人に緊張が走った。
「来るぞッ!」
「う、うんッ!」
注意を喚起しながら、腰を落とし身構えた。慌てながらもリョーコも片手斧を手に構えた。
これもあの装置が起こした現象だったりしないよな?
荒れた荒野に老朽化して果てた高層ビル群が各々歪み立ち並ぶ。空は混濁した漆黒。殺伐としていて居心地は良くない。
いつもながら気持ちが悪い。なぜ『空想』はこうも気色悪いフィールドを用意するのか?
すうっと床から抜け出すように巨大なカタツムリみたいなモンスターが数匹現れた。そしてその後ろからこのカタツムリを小型にして虫の羽と毒針を取り付けたような蜂型モンスターが浮上。
カタツムリのように渦巻きの貝殻を背負い軟体の身体を持つが顔は触覚のような目ではなく、出目金のように剥き出たまん丸の両目の瞼がある目玉が人間のように見えて奇妙だ。
「ピィ──ッピッピッピ」
歯もない長い口から奇妙な鳴き声。見た目こそ愛らしいカタツムリだが、ここは『空想』の世界。恐ろしいモンスターには変わりない。
「ピギッ」
威嚇するように低く唸り、カタツムリは身を縮み飛び出すと同時に身を殻に引っ込めて縦に高速回転。殻による回転攻撃が一斉にこちらへ飛び掛かる。
「おおおッ!!」
光の剣を振るい、回転攻撃のカタツムリを重々しいながらも次々と払い落とす。鉛のように重くて硬い!
結構な重さと硬度に速度が加わっているから、走行中のバイクにぶつかるのと変わらないのだろう。刻印で身体強化してなければ払い落とす事自体できない。
「くっ!」
オレが前に出ているため、必然とカタツムリの集中攻撃に遭っていた。次々と襲い来るカタツムリを払い落とすので精一杯だ。思ったより大勢でキツい。
「ちょっと! あたしだって──!」
守られてばかりが嫌なのか痺れを切らしているようだ。
「じゃあ転がってる殻をやってくれ! 復活されるとキツい」
「キモいけど……、え──い!!」
リョーコは片手斧を思いっきり振り下ろして殻を叩き割るが、一撃と言えず中途半端に割れて体液が漏れる。ピクピクと痙攣。
「ひえぇ……」
更に気持ち悪がるリョーコ。
「頼む! もっと叩き割ってくれぞ!」
「う、うん!」
ガンガンと何度か斧で叩いてようやく絶命させた。やっぱまだ頼りないか……。
すると不意に彼女の横顔目掛けてカタツムリの回転攻撃が──!
「盾ッ!!!」
咄嗟に左手を差し出す。するとリョーコの手前で星屑が半透明の六角形を形成させ、カタツムリの殻を弾き返す。よし!
「ピィヤァァァァ────ッ!!!」
邪魔された怒りか、カタツムリの回転攻撃がこちらへ飛びかかる。
ガキンと受け止め、踏ん張って歯軋りする。
やっぱいつもの通りじゃ斬れない。もうちっと攻撃力アップ重ねるかぞ……。手の刻印の『星』印に衛生の星を一つ追加。
「おおおおおお!!!!」
気合を発し、両手で携えた光の剣で渾身の一撃を振るう。
一段と鋭くなった一太刀はカタツムリの殻ごと横に裂いた。見事に真っ二つだ。よし、いけるッ!
続々と襲い来るカタツムリにも鋭い視線を向け、幾度か剣の軌跡を描きことごとく真っ二つに斬り裂いていった。
その最中、蜂型のカタツムリの毒針攻撃が矢のように鋭く急降下。
咄嗟に「盾!!」と叫び、生まれ出た光の盾がそれを阻む。弾かれたカタツムリ蜂をすかさず剣で両断────。
かくてモンスターを殲滅させ、退くように黒い円は収縮し、点となって消えた。
軽く駆け寄ってきたリョーコは、興味深そうな顔を見せていた。
「もしかして、徹夜して創作してたの、ソレ!?」
面談の際の腕試しでのミノタウロス戦を思い出し──、
「ああ。守れないと困るからな。昨日徹夜して創作した甲斐があったぞ」
自信満々と笑んで掌の刻印を見せた。
盾を象徴するように、『星』印が入った六角形の紋様が灯っていた。
「ああ──!! いいな! いいな! あたしも、なんか欲しい!!」
「なんだかなぁ……」
羨望して駄々っ子するリョーコに苦笑いする。
あとがき雑談w
ナッセ「三時まで徹夜したから眠いぞw」ぐぅ!
リョーコ「そんな起きてたのーw 睡眠負債ヤバいから生活見直す事を勧めるw」
ナッセ「……そうだな。たまにいい事言うなぞ」
リョーコ(二時までBLのウェブ小説読み漁ってたのは秘密w)
次話『嫉妬するオッサンの襲撃!!』