6話「狂獣ミノタウロスの恐怖!!」
眼前の床からキューブの群れが這い出し絡みつき、徐々に巨体の人型を成していく。
牛の頭部、筋肉質の上半身に、牛の下半身。ゆうに四メートルを超す巨躯。そして握り締める長い柄の斧。
ゲームではありふれたミノタウロスだが、その姿を実際に目の辺りにすると恐ろしく感じる。
「うがあああああああ!!!」
耳に劈く咆哮をあげ、紅い眼でこちらを睨み据えてくる。敵意の気配──、自分はゾクゾクと恐怖が背筋を走った。
今までは小粒なモンスターが多かったが、今回のデカいのは初めてだぞ。
地を蹴ったミノタウロスは、あっという間に覆い被さるように迫ってきた。
驚いている内に、斧が容赦なく振り下ろされた。
「くっ!」
咄嗟に横へ飛ぶ。豪快な破壊音と共に床が抉れた。その際に破片が弾丸のように飛び散る。その破片がいくつか身体に当たり、激痛が走った。
「ぐああ!」
分身とは言え生身と変わらない感覚だ。
なんとか受け身を取って、少し床を滑りながら着地。
体格に合わず速い……。
「があああ!!」
ミノタウロスは再び地を蹴る。冷や汗かきながら恐怖を堪え身構えた。再度振り上げられる斧。
振り下ろされる瞬間を狙い、通り過ぎざまに脇腹を鋭く斬り払った。硬いが肉を斬り裂いた感触と共に、噴いた血飛沫が視界の隅で見て取れた。
「ぎゃああああぉおおおおお!!!」
ミノタウロスは激痛に身悶えるように悲鳴をあげ、血飛沫を撒き散らしながら身を仰け反らせる。
が、それでも致命傷に至らない! まだダメだ……!
ミノタウロスは「ううう……」と恨み辛みと低く唸る。殺気を孕む紅い視線がこちらへ注がれた。
するとズンと身体が重くなる。
恐怖で縛られるように身が震え、ガチガチと強張る。冷や汗がどっぷり全身を濡れる。
──威圧。
ただ強そうな敵に怯えて体が竦むそれではない。
敵の発する妙な気配がこちらを押し付ける感覚。まるで金縛りにあったかのように身体が動かない。しかも息苦しい。
「ナッセ君!!!」
どこからか出薄校長の声が聞こえる。けど、ダメだ……。
ドズッ!
ミノタウロスの強靭な脚で腹を蹴り上げられ、「がっ」と呻き宙を舞った。
続いて、斧の柄で思いっきり殴られ吹っ飛ぶ。ズザザザ、と床を滑って無様に転がる。
「ぐ、ぐうっ……」
床に手を置いて上半身を起こすも、激痛に加え恐怖で震えて動けない。くそっ!
溜飲を下げたのかミノタウロスは悠々とドシドシと歩み寄り、こちらを影で覆った。
いたぶるように何回も蹴り転がし続けた。
何度も何度も身を打たれ「がっ」「ぐうっ」「ぎはっ」と呻くしかできなかった。
それに飽きたのかミノタウロスは斧を振り上げていく。斧の反射光がギラリと差す。
横たわったまま、未だ震えたまま動けず。
──死ぬ!
「やめなさいよ!!」
声に振り向けば、片手斧で構えるリョーコが! なぜ、ここに!?
「ナッセ大丈夫!? 加勢するからっ!」
「お、おい!」
這い蹲るオレを置いて飛び出したリョーコは片手斧で斬り付けるが、ギンと弾かれ片手斧が宙を舞う。
絶句するリョーコを、ミノタウロスは下卑たような顔を見せ、払うように鋭い爪で裂く。
「きゃあ!!」
血飛沫が舞い、床を滑って横たわるリョーコ。
ワンピースを切り裂かれ少し肌や胸が露出。肩に酷い爪痕、垂れる大量の血。それでも震え立ち上がろうとするリョーコ。
ミノタウロスが悠々とリョーコへと歩んでいくその時、強い動揺に駆られる。
脳裏に彼女の明るい笑顔が映り、それに続いて待ち受けているであろう残酷な結末を想像し、感情が弾けた!
────こ、殺させるかぁぁぁぁあ!!!
「おおおおおおお!!!」
裂帛の気合いを発しながら立ち上がった。
その強い感情を糧にするように剣を握る右手の甲の『刻印』が更に展開を広げ、円の『星』印が二つ星に連なって輝きを増していた。
昂ぶる戦意と共に、殺気を孕む視線を見せ、自然と地を蹴る。
慌てたミノタウロスは振り向くが、オレが振るう光の刃が軌跡を描き、腕を斬り飛ばされる。
「う、がぁあああああ!!?」
ミノタウロスはその激痛に悲鳴をあげた。
激情のままに「おおおおおおおおおッ!!」と雄々しく吼え、素早く回り込みながら何度も何度も斬り刻んでいく。
成す術もなく踊るミノタウロス。ガフォッと口から血を吐く。
それでも無我夢中で必死に敵を仕留める事だけしか頭になかった。
「ぬ、がぁああああ!!」
ミノタウロスも怒りを露わに、握り潰さんと太い手を突き出す。凶悪な尖った爪が迫り来るが、逆に鋭く眼光を双眸に灯し、戦意漲らせ突っ込む。
爪が頬を擦り、血が僅かに噴く。
「おお、おッ!!」
渾身の力で杖の光の剣で心臓部にあたる胸を刺し貫く。おびただしい鮮血が溢れた。
「ぬあああぁぁあ!!」
悶えるミノタウロス。
突き刺さった光の刃を残したまま、杖を引き抜き、そのままミノタウロスの肩を足場に真上へと跳躍。
マフラーの両端がまるで翼のように羽ばたき、手の甲の刻印の大きな星は二つの星を衛星にした『太陽』へとマークの形を変え、上へとかざした杖から燃え上がるような山吹色で輝く巨大な剣が伸びる。
「おおおおおおッ!! 太陽の剣ァァ──ッ!!!!」
決死の気合いを吠え、両腕と共に巨大剣を振り下ろし、断ッとミノタウロスの体を左右に裂き、床をも裂く!
裂かれたミノタウロスは爆破四散し、肉塊を周囲にぶちまけた。それらは小刻みのキューブに変質し床へと溶け消えた。
「はあっ、はあっ、はあっ」と殺意漲る双眸で息を切らす。
ハッと我に返り、「リョーコォ!!」と強く叫び、振り向くとそこに誰もいなかった。辺りを見渡しても影すら見えない。思わず呆然――……。
さっきの彼女は錯覚だったのか!?
「……ふうむ。ナッセ君、済まなかったね。スキャン済みのリョーコの偽物を当てて試したのじゃよ」
「あ、あれは……ニセモノ!? ほ、本当だな?」
「うむ。試して済まなかった。本物はもちろん無事じゃよ」
「あぁ……」
それを聞いて安心が溢れて身体がほぐれた。同時に力が抜けへたり込む。しかし思い出したように激痛が湧き「いたた」と呻く。
するとスウッと痛みが消え、身体が軽くなった。ダメージをリセットしたのだろうか?
そういえばここ仮想空間なんだよな。現実と思って必死になってしまった……。すっかり忘れられるほど精巧な作りだったぞ。
まるでそこにミノタウロスがいて、しかもリョーコもいた。そう錯覚させられた。
「……怪我はリセットした。あい済まぬが、もう一戦頼めるかな? 今度はスライムで」
「あ、うん。いいよ。こっちはいつでも」
「ありがたい。後で事情を話すので、普通にサクッとお願いしますじゃ」
「は、はい……!?」
何か意味があるのかと思ったが、気を取り直して目の前に現れたスライムの数匹を見据える。
腕試しを終えた後、面談の個室に戻った出薄校長と机を挟んで向き合う。
「ナッセ君、君は守る者の為に真価を発揮する、優しい心の持ち主じゃ」
「え、いや……そんな大層なものじゃな……」
にこやかな出薄校長に、遠慮気味に首を振る。すると校長は真剣な目を見せた。
「これから辛く厳しい社会が待ってるであろう。そして汚い大人の醜い現実を目の当たりにするかもしれない。じゃが心を強く持って欲しい。いいか、強く心を持って欲しい!」
熱い眼差しの出薄校長に両手を握られ、強く言い聞かせられる。切羽詰まったような雰囲気。何か訴えているかのように見えた。
それに戸惑ったが「はい!」と応えた。
「──それでこそナッセ君じゃ! 今後の活躍を応援しておるぞよ」
にこやかな穏やかな笑顔に頼もしさを実感し、口元が緩む。
「はい!!」
「あ、それと私をヨネさんって呼んでくれないかね? ヨネ校長さんでも……」
「え……? あ……、うん!」
素っ頓狂に見開く。校長は片目でウィンクした。結構お茶目な人柄かもしれない。
あとがき雑談w
ナッセ「ミノタウロスの後だと、スライムよゆーだったなぞw」
リョーコ「うん! 回転スライムより弱いよねーw」
ヤマミ「面談の後、スライムと戦わせられたけど余裕ね……」
エレナ「イージーすぎー!! せめて強いの出してッ!」
スミレ「まぁまぁ~~w 入学したてだし~~w」
タネ坊「あの糞スライムが……! 雑魚が粋がるから惨殺されるんだ」
キンタ「おいおい、素出てるやんw まぁアレは痛いやねw」
タネ坊「済まない……。痛いのもらってどうかしてた」くっ!
モリッカ「思い切って大爆裂魔法ぶっぱせたー!! いえーい!!」
マイシ「剣を振った風圧でボンかし……。ヘッ、汚ぇ花火だし……」
コハク「余裕ですね。こんなスライムごときの攻撃を受ける間抜けな生徒はさすがにいないでしょう」キリッ!
次話『ナッセの能力とは? 『刻印』の秘密!』