26話「心霊の会話! ナッセとヤマミ」
優しい黄緑のグラデーションの空間は、まるで海面近くの海の中にいるかのように、暖かい控えめな光に照らされている。
周囲を蛍のように光子がたくさん飛び交う。地面には見た事もない花の花園。不思議な事に花は淡く光っていた。
オレは一糸まとわぬ姿だ。水の中にいるかのように足元は花園から少し浮いている。銀髪もゆらゆら舞っている。そしてすくい上げるような両手に、溢れ出さんばかりに光の帯を放射状に放つ光球が浮かんでいた。
(ねぇ、初めての洞窟どうだった?)
「ああ。ちょっと戸惑ったけど、おかげで新しいものを知ったぞ」
(へぇ~?)
(どんな? どんな~?)
「うん。ヤマミさんが親切に、色々なスキルを教えてくれたんだぞ。でね……」
ナッセはコテージ外であぐらをかいて目を瞑ってじっとしていた。
周囲を飛び回る無数の光子。まるで蛍のようにゆらゆらゆっくり飛び交っている。そしてナッセの胸の前で光球が波紋を散らしていた。
ヤマミは恐る恐る一歩ずつ歩んで近づいていた。空気がほんのり温かい感じがする。
「ナッセ……?」
「あ…………!?」
聞こえた声で、ヤマミが近づいていた事に驚く。思わず硬直。
「何してるの? もう遅いわよ」
「ごめん。……『心霊の会話』してた。毎晩の習慣なんだ」
「心霊の会話?」
ヤマミは怪訝に目を細める。そりゃそうか。普通はそんなもん知らんよな……。
「これも師匠から教えてもらった儀式みたいなもの? 精神集中して、自然霊と会話するヤツ?」
「そういうスキルなの?」
「あ、いや……。これスキルじゃなくて、瞑想みたいなもので、なんつーか心の世界へ入れるっていうか?」
我ながら説明下手だなぞ……。
「なにそれ?」
訝しげなヤマミさん。そりゃそうだよな。伝わったら苦労しないか……。
そう思ってると、自分のそばに乙女座りで腰を下ろしてきた。ちょっ……!
まだ途中だから、光のエフェクトはオレの周囲で展開されてるままだ。しかし待っててくれている模様。
「ともかく、何のために?」
「え?」
キッと見つめてくるヤマミの真摯な目。しばしの沈黙。
「……最初は『賢者の秘法』を取得したいからと、師匠から教えてもらった一つの方法だぞ」
ヤマミの目が丸くなる。
「賢者の秘法……ですって!? あのS級高等魔法系スキル??
あれを取得できれば、どんなスキルの効力も何十倍と極大化する幻の補助強化系魔法スキル! 歴史の中でも、取得できたものは僅かひと握りの創作士しかいないのよ!!?」
大慌てのヤマミさん、すげーリアクションだ。そんなに凄いのかぞ?
「でもクッキーさんは、当たり前のように賢者の秘法使ってたし……」
「く、クッキー様!?」
食ってかかるヤマミ。すごい剣幕だ。こっちがビビってしまうぞ。
「外界からきた偉大なる最強の魔女。世界を救ったとも謳われる伝説の英雄でもある。なんであなたが!!?」
恨みづらみと言うかのように睨みつけながら、オレの両肩を痛いほどしがみつく。
「で、弟子にしてくれって言ったから、家庭教師としてやってきたんだぞ。そんで一時的に修行中断して、学院入学したんだ……」
「くっ……! なんてこと!! ああ、もう!!」
大きく取り乱し、わしわし揺すってくる。
「羨ましすぎる~~!!!」
ち、近いよ……! ヤマミさんの顔がち、近い!! ぶ、ぶつかるぞ!
「ホントなのね? ホント? 嘘ついたら許さない!!」
「ち、ちょっ! 待ってくれ!! 痛い痛い!」
ハッとヤマミは我に返る。パッと両肩から手を離す。
「ご、ごめん……」
目を逸らし赤面してもじもじする。オレはふうと一息をつく。和やかに笑んでみせる。
「嘘だと思ってくれて構わない。けど、師匠クッキーはオレの憧れでもあり、そして目指す夢でもあるんだ!」
しばしの静寂。見開くヤマミ。次第にしおらしくなっていく。
「……そう」
なんか気まずい空気かなぞ……? で、でも間違った事は言ってないよな?
「魔女クッキー様は、全ての魔道士と僧侶の憧れ」
ヤマミはいつもの真剣な表情で、こちらと向き合う。
「……魔道士と僧侶、全ての?」
「そう。クッキー様はあらゆる属性の攻撃魔法をマスターし、貴方の言う『賢者の秘法』を更に昇華させて、天災すら起こせる。更に、ありとあらゆる治療と復元と浄化系の魔法まで極め、死者すら蘇らせられる。とても信じられない伝説。どこまで本当か分からない。けど、彼女はどこの世界でも有名」
そ、そこまで? 師匠はちょいちょい難しい事も言ってたけど、そういう自慢話は言ってなかったぞ。
そんなとてつもない魔女が、オレを弟子に??
「な、なんでオレを弟子にしちゃったんだ?」
「こっちが聞きたい!!」
そう昂ぶっていたが、ヤマミはすーはー深呼吸する。そしてキッとこちらを見据える。
「まず『心霊の会話』! どういうものか教えてもらいましょうか?」
ひ、ひぇえ! 目がマジだ。奥底に滾る炎が見えるようだぞ。
「……『賢者の秘法』の習得の為には、自然に宿る霊と協力出来なきゃダメらしい。そこで自然と協調するために必要なのが『心霊の会話』なんだぞ」
「方法は?」
「基本、一日一回。オレは寝る前の毎晩。瞑想を何年も繰り返す事で出来るようになる。そりゃ、本当に会話できるか疑心暗鬼になったものだし、うっかり一日逃して台無しにした事もあった。けど、三年経て、やっと声が聞こえるようになってきた」
「声が……?」
「うん。自然の意思を感じる声っつーか」
「で、具体的にどんな話するの?」
「いや、実はそんな大層な話じゃないんだ」
ヤマミは怪訝に眉を顰める。
「どんな話?」
「……普通に会話するだけ」
「普通の会話?」
「そう。ただの談笑。何気ない会話をするだけ。何も特別な会話でもない」
ヤマミは憮然と黙り込む。納得いってないように見える。
「自然の霊は、多分なんでも知っている。悪用すれば、世界全部筒抜けで知る事ができてしまう。敵の情報。対象の人の盗聴や監視。人の個人情報と寿命。これから起きる事象と因果。なんでも知り得てしまう」
「へぇ?」
やっぱり疑ってる。薄ら笑みで見下ろしている。
「でもな、そういう打算的な会話では、そっぽを向かれる」
「そっぽを向く?」
「ああ、聞こえなくなってしまう。だから悪人には絶対できっこない。自然霊は普通に談笑したいだけ。楽しく会話したいだけ。それだけを望む」
「……そうね。あなたが打算的な会話ができれば、こうして私から教えてもらわなくてもいいものね」
「そうそう! そうだよ!」
「で、普通の会話だけ?」
「そう。打算的でなければ、どんな愚痴も聞いてくれる。けど、ただ悪い事ばかりじゃダメだ。良い事と悪い事それぞれ、等しく話さなければならない」
ヤマミはコクコクと相槌を打っている。熱心だなぞ。
「人は、悪口とか嫌な事をついつい口にしてしまう。だからこそ、良かった事なども意識して、感謝の気持ちを持つ事が大事。かと言って、完全にイイ事ばかり言う善人に偽るのもダメ。ネガティブとポジティブを両方バランスよく意識しなきゃダメらしい。その上で本音を彼らに打ち明けるんだ」
「つまり悪い事と良い事を口走るくらいが、ちょうどいいってことね?」
ヤマミは長い後髪をサラッと掻き上げる。
「あ、そうそう。彼らに解決を求めるのもダメ。それこそ打算的だぞ。……嫌な事話せば、同情してくれたり慰めてくれたりしてくれる。良い事話せば、一緒に喜んでくれる。これらひっくるめて彼らの楽しみになっているみたい。
だからオレは『賢者の秘法』を取得できなくてもいい、彼らと会話していたい。そう思うようになったんだぞ」
「ふーん」
こちらをじっと見つめている。
「……どうやらクッキー様の弟子というのは本当のようね。分かったわ」
「信じてもらおうと話した訳じゃないけど……」
不意にオレの反対側の頬を、ヤマミの手がスラリと撫でる。顔と顔を引き寄せるようにグイと引き寄せられる。ドキッと思わず火照ってしまう。なんせ、ヤマミの美人顔が間近だ。艶があって綺麗な姫カットの黒髪。そして美しい白い肌にピンクの唇。この艶かしい雰囲気に心音が高鳴っていく。
積極的に顔を寄せてきている。まるでキスでもしそうだぞ。マジで女の顔が近い。初めてだ……。
「これから、毎晩付き合うわ!」
「え?」
ギリ、と頬を強めに握ってくる。有無を言わせないみたいだ。
「本当に貴方がクッキー様の弟子なら、逃さない手はない!」
ふふふ、と悪魔のような笑みを見せるヤマミ。
なんというか強い執念のようなものを感じる。逆らってはいけないような気がした。それを察したのか、手を離してくれる。
「さて、瞑想だったわね? 普通にやるの?」
「え? 今から? ちょ、遅いって言ってなかった?」
ヤマミはこちらと同じようにあぐらに座り直す。まぁ、どうせダメと断る理由もない。観念して肩の力を抜いた。
「うん……。普通に瞑想するような感じでいいぞ。目を瞑って、独り言のように心で会話を続けるんだ」
「心の中で?」
「うん。最初は独り言で、良い事、悪い事、話し続けていたぞ」
ヤマミはこっちをじっと見ている。
今もなお、まだナッセの胸に光球が波紋を散らし、周囲を光子が浮遊。まだ『心霊の会話』は行える状態。そこに行き着くまで相当な時間がかかったのだろう。
……負けない! 貴方に出来て、私ができないなんて許せないから!
ヤマミはオレに向けていた顔を戻して、静かに目を瞑る。
と、とんでもない事になったぞ……。これからずっと毎晩、付き合わなきゃいけないのかぞ…………?
どうせなら、癒し系のスミレちゃんがよかったなぞ。
「なんだかなぁ……」
諦念して、また心霊の会話に耽っていく。
ナッセとヤマミが揃って瞑想に耽る、その背後のコテージの更に反対側で、スミレとリョーコが向き合っていた。
スミレは屈託のない笑顔で拳を肩の高さにまで突き上げてみせる。拳にはオーラの塊で包まれている。
緊張するリョーコは思わず竦む。
「このままじゃリョーコちゃんは置いてけぼりされそうなので、ちょっとオーラの講座を行いたいと思いま~す!」
リョーコはギクリとする。こちらの悩みと焦りを見透かされたからだ。
フフッとスミレは悪戯っぽく微笑んだ。
あとがき雑談w
ヤマミ「入学からナッセ追いかけていたら凄いのが師事してたなんて……!!」
ナッセ「ん? 追っかけ?」
ヤマミ「な、なんでもないから/////」(赤面あせあせ)
『賢者の秘法』
S級高等魔法系スキル。三大奥義の一つ。
対象のスキルの効力を極大化する補助強化系魔法スキル。
これの存在を知る錬金術士が最終目的として、日々精進をしている。
余談ではあるが『心霊の会話』を経て、錬成できる事を知る創作士はほとんどいない。
ナッセ「頑張るぞー!」
ヤマミ「私も(ナッセと一緒に)頑張ってみせる///」(どきどき)
次話『スミレとリョーコの百合イチャイチャ始まる?w』