15話「世界の違和感……?」
……疲れた。
テーブルに並べた二体のエキドナのフィギュアを見比べながら、意識は落ちていった。
新品の綺麗なエキドナと、煤けて所々欠けている汚れたエキドナ。無機質な動かぬ表情。その凛とした瞳は塗装故に何も映さない。
それらは寝落ちたオレを前に意思もなくただただ沈黙するのみ。
「はっ!?」
目を覚ませば天井が視界に入った。慌てて起きると、棚の上のエキドナのフィギュアが一つ。
綺麗で可愛い、ほんのり愛しさが湧く。
しかし、どことなく孤独による寂しさが胸中を締め付けた。なんだこの空虚な気持ち……。
足を床に着けて、そのまま洗面所へ歩んでいく。
バシャバシャ顔を洗う。冷たくて心地よい。さっぱりする。そして鏡を見る。
映る自分を見て、ふうと息をつく。崩れた黒髪を手で掻いて軽くほぐす。
黒いアルタートケースに画材と原稿用紙などを入れて、更に財布などが入ったショルダーバッグを肩に掛けて、部屋を後にする。忘れ物をしたような気がして首の辺りに手を引っ掛けるが何も掴めない。
マフラーを着けてたような、僅かな違和感を感じた。
「はは、冬じゃあるまいし」
気のせいと思い、玄関を出た。マンションを出ると晴れ晴れとする青空。眩しい朝日。背伸びする。
そしていつもの通り学院へ足を歩ませた。
どことなく何か足りない気がした。誰かと一緒に歩いてた気がする。二人? 四人?
……今日はなんか変だ。なんか胸につっかえがあるような……?
いつもの通り一人で通学しているのに、オレどうなったんだ…………??
いつもの喧騒に満ちた始業前の教室。
自分人見知りするので、ひっそりと目立たない席へ向かう。すとんと一人で席に着くと、なぜだか腑に落ちない。すごく寂しい……。あっさり過ぎてる……。前は誰かに引っ張られたような──……?
いやそれよりも、見慣れてるはずのみんなが……少しおかしい……!?
全員黒髪。……それが普通なんだけど、普通じゃないような………………!?
ガクン! 暗転しながら光景が傾く。そして鋭い痛みが走った。
「うっ……!」
痛っ……。何が…………?
気付けば自分は床に横たわっていた。身を起こすと、床に打ち付けた腕が痛む。そうかテーブルにうっ伏して寝落ちてしまったのか!
そして床に転がり落ちて醒めた……のか! いたた!
テーブルの上にエキドナのフィギュアが二体並んでいる。
「…………夢か」
現実みたいだったぞ。だが今の世界と若干違う。まるで並行世界へ行ったみたいな────……。
未だ抜けぬ眠気こもる目を擦る。
その翌日、学院施設のとある一室。藻乃柿ブンショウは冷たい目で資料を見ていた。
生徒達のステータスが記された資料だ。
「……武劉フクダリウス!」
「は! ここに……」
肩幅が広く筋肉隆々とした大男。チェック柄の服と目の奥が見えぬ眼鏡。
普通の人を装ったような格好の、二メートル近い大男は跪いて頭を垂れていた。藻乃柿はカツカツと足踏みを鳴らして歩み寄ると三枚の資料を渡す。
「……共にB級の創作士である森岳タネ坊と大珍キンタは優秀だ。こちらをこそこそ嗅ぎまわってるようだが……、それはいい。問題はその後ろに付いているゴミだ」
「と言うと?」
フクダリウスは三枚の資料に目を通し、最後にナッセの資料で手が止まる。
「城路ナッセ。D級創作士。一般人なみの貧弱なステータスを補助魔法で強化してやっと普通の剣士レベル。そんなゴミは育成の無駄だ。エンカウントに便乗して殺せ!」
冷淡な目で藻乃柿は言い捨てた。
「お言葉ですが、トラウマを植え付けて挫折させるだけでいいかと?」
「ショッキングを与えるなら森岳と大珍の方だ。親しい友の死によって何か新しい能力を発現させるかもしれん。クヒヒヒ!」
狂気に笑む藻乃柿、冷徹な双眸が愉悦と歪んでいく。
もはや人の命をなんとも思わぬ非情な目──。フクダリウスも一筋の汗を垂らす。
この男…………! 正気じゃない!!
「……分かった」
目を瞑り承諾した。
始業前、賑わう教室。
「あら、失礼!」
オレの肩にぶつかった一人の女性、黒髪の姫カットのヤマミは凛と言い放つ。
凛としていて静かな目。落ち着き払った態度。自己紹介の時だって、オレと違って落ち着いてたなぁ……。
「私は夕夏ヤマミ。クラスは魔道士。……あまり馴れ馴れしくして欲しくないわ」
そう突き放すような言い方。あれ以来も、他の男が絡んでたらしいが、あしらわれたらしい。
そんな高嶺の花にぶつかってしまった……。恐れ多い…………。
呆気に取られている彼の隙を突いて、ヤマミは小さい機器をショルダーバッグの前ポケットへ忍ばせた。
「す、すみません……」
「ナッ……、城路さん、気にしないわ。ごきげんよう」
後ろ髪をサラッと払い踵を返す。それに唖然とする。リョーコが「おーい!」と手を振る。
ヤマミとスミレは互いに頷き合う。
あの人は……?
胸がドキドキする。ふわふわしてて、明るくて、アイドルのような美少女。自己紹介では……。
「わたしは岡本スミレです~! 仲良くしてくれると嬉しいな~」
明るくてハキハキしている笑顔。ふんわり淡い水色のロングがモフモフっぽい。ふわふわな感じの白いワンピースで太ももまで切られている。綺麗な肢体に黒い靴下に茶色の靴。
男の誰もが、守ってあげたい人ナンバーワンと推すであろう、理想と憧れを具現化したような美少女。
ヤマミがスミレと一緒の相席に座るのを見て、仲良しだなと思った。
そういえばもう一人いたんじゃ? エレナだっけ……? 今日は休み??
「もしかして、気になる子~?」
「ちゃうわい!」
むふふ、とニンマリしたリョーコが近づいていた。オレは頬を赤らめさせてジト目で否定する。
このこの~っと、つついてくる彼女に、むず痒さを覚えた。
ふと見やると、タネ坊とキンタは何か薬らしきものを飲み込んでいた。
「フフフ、これで俺たちは天才だぜ!」「さすがワイの相棒やね」
……何言ってんだろう??
悪巧みしてるみてーだ。まさかな。
周囲を見てみると、個性豊かな生徒たちで和気藹々だ。
…………あの夢とは大違いだなぞ。
あっちは何にもなかった。みんな同じような黒髪でどこか素っ気ない。何か欠けていた。
なにより、あっちの自分は完全に独りだった……。友達も何もない空虚な自分……。それ故に、締め付ける寂しさは耐え難いものだった。
ここが現実で良かったなぞ……。
────そして授業!
「うおおおお!!!」
後ろの方で歓声が起きた。
何事かと振り返るとタネ坊とキンタに生徒たちの驚きが集約されていた。彼らの描いた人物画はパースも完璧。腕と足、胴の長さも完璧。顔も整っていてまるで写真のように見えた。
……作画のクオリティも完璧かよ。揃ってハゲ頭なのに、二人は完璧超人だ。
ちょっと嫉妬の念が沸く。
戦闘力も高い。絵描きも上手い。加えて信頼できる相棒。そしてケンカもしないほどの仲の良さ。ハゲと容姿以外は完璧だ。それにタネ坊は性格もいい。謙虚で努力家でなにより誰とでも打ち解けられる高いコミュ能力。
明るい笑顔で生徒たちと和気藹々しているのを見て、オレは曇った顔をする。
「たいへん君は素晴らしい!! きっと卒業したら、プロ漫画家としても即戦力になれますよ!」
先生は感嘆を漏らしていた。
「いえ、自分はまだ未熟です。これから精進できるよう頑張ります!」
「せや! ワイもまだまだこれからやで」
わいわいと楽しそうに……。くそ……。
…………いや、これはタネ坊とキンタの人柄の良さと努力による賜物。彼らの得たものだ。それを妬んだりするなどもってのほか。あっちはあっち、こっちはこっち。
自分に言い聞かせるようにして嫉妬の念を必死に振り払っていた。だが!
ドン! と不意に机を叩く音が響き渡り、みんなは身を竦ませた。つ、机ドン!?
「今は授業中だし! 集中させろしッ!!」
怒りに満ちたマイシが震える拳で怒鳴り上げた。これには自分もビックリだぞ。
先生も生徒も萎縮してか、それぞれ持ち場に戻って作業を続けることにした。ナッセはマイシの机の用紙を見やる。白紙だ。何も描いていない。
多分、きっとオレと同じ気持ちなのかもしれない……。自分は胸の奥にしまっておくけど、彼女は表に出すタイプなんだな。同じ剣士に対して、強い対抗心を抱くのもその理由かも知れない。
彼女とは目を合わせないように静かに目線を外した。
だがマイシはナッセをじっと見ていて憮然としていた。彼が何も言わず背中を向けたのが癪に触ったようだった。
更にコハクはそれらを蔑んだ視線を見せていた。
……この世界の人間は本当に醜い。同じ同胞に対しても刃を向け、自己の利益や感情で殺し合いまでする。全く救いようのない生き物ですね。
そう思い、密かに殺意を胸中に秘めていく。
短気なマイシだけではなく、人望のあるタネ坊とキンタにすら向けるコハクの眼差しは等しく冷淡だ。
そしてその帰り。夕日が射す学院。
「いけね。忘れ物したぞ!」
慌てて教室へ戻って、自分の机を────、ピキッ!
「ちょっと! 遅いわよ!! どうし……」
痺れを切らして戻ってきたリョーコ。ピキッ! 彼女もまたオレ同様に石化した。
人気がなくなった教室にて、異様で違和感が過ぎる光景が二人の目に入ったからだ。
「あの劇薬すごかったやん! ワイら本物の天才になれたわ~!」
「ああ、そうだなっ! 効き目が短いのが難点だがね」
「せやな~! この世で一番好きやわ~!」
「俺も愛してるぜっ……!」
なんと隅っこでタネ坊とキンタが愛し合うように抱き合い、互いの手を絡みつかせ、唇を重ねていた。
まるで恋人同士のようだったぞ。しかもオッサン同士で。
…………はたしてこれも現実なのかぞ……?
「おげぇ……」吐いた。
あとがき雑談w
タネ坊「ん? こんな石像あったかな?」
キンタ「あの二人とそっくりやねw」
タネ坊「そんな事よりホテル行かないかい?」
キンタ「ほな行こかw」
二人が去った後、石化していたオレはハッと我に返った。
すると目の前のヤマミがビクッと竦んで硬直。徐々に赤面していく。
ナッセ「え?」
ヤマミ「な、なななななな!!」(極度の赤面ww)
スミレ「タイミング悪いね~w」
脱兎のごとく、ぴゅーんと煙幕を立てて走り去っていくヤマミ。オレは呆然とする。
気付けばスミレとリョーコはニマニマしていた。
ナッセ「……何なんだったぞ??」
スミレ(最初にナッセちゃんとぶつかった後に赤面してたね~w ナッセちゃんからは見えないだろうけどw)
今日の夜。ベッド上でヤマミは「恥ずか死ぃ……」と赤面した顔を枕に埋めて悶えていた。
次話『強敵現る! バーサーカーの猛襲!!!』