122話「追憶! 唐突な駆け落ちぞ!?」
────────元いた世界。
ネガ濃度は高かったらしいが、平和だった。
第二次世界大戦後は日本が急速に経済成長を遂げ、世界に誇れる国へと成り上がった。
その甲斐があって、不自由なく平等に人々は学問を学び教養を得た。
更に身の回りには常に電気や水が通っており、それだけで生活は潤っていた。
その中で城路ナッセは日本で日本人として生まれ、不平不満もなく育てられた。
だが、なぜか心が満ち足りなかった……。
「どうせ好きになれる人なんて、この世に存在しないんだ…………」
…………そう思っていた。思っていたのに!
あの時の、ヤマミの眩しい笑顔が忘れられない。
数多ある並行世界の一つのたった一人。もう二度と会えないのに……!
「それでも……会いたい…………!」
量子世界で、食卓テーブルにポタポタと涙を滴らせた。
目の前の料理が滲む。とまらぬ嗚咽。心配そうな鍵。
「終わったよ!」
ふわりと首に巻かれるクリーム色のマフラー。懐かしい温もりがする。
──別れる間際にもらった一生ものの彼女からのプレゼント。
「ちょい丈夫に特殊細工して、復元しといたよ」
背中から両肩に手を置かれて、クッキーは優しい声で言ってくれた。
ギュッとマフラーを握る。
涙を拭い、しんみりな気分で「ありがと……」と返す。
「うんうん。本当に好きだと思える人って貴重だよ。君がそんなに泣くなんて初めてだからね」
「そっか…………」
このぽかぽかする気持ち、初めてだ……。
今まで初恋や好きになった人にも似たような恋愛感情は抱いてたかもしれない。
けど、なんだかこれだけは特別なようにも感じるぞ。
数多くの並行世界で何度も死を迎えていたけど、今回だけは心にずっしり重く響く死だったぞ。
……まだ愛おしく想う気持ちが心に残っている。
「それに、巡りに巡って再会もあり得るかもね────……」
含みのあるクッキーの言葉。その理由を、オレはのちに知る事になった。
────元の世界から、一二七〇載五六九〇正もの離れた並行世界!
広い海を見渡せる當山県。
そこでは侍が長く続いた歴史の並行世界。警察やほとんどの創作士は腰に刀と脇差しを差している。洋服の比率は多いが、まだ着物を着ている人も少なくなかった。
各地の城は政府となっていて、治安を収めていた────。
中学校。前の並行世界と同じ学校。
オレはふてくされるように頬杖をついて退屈そうに席についていた。
「今日は転校生が来ます。仲良くしてやってくださいね。さぁ」
担任の先生に促され、教室に入ってくる女生徒。
おおっ、と周囲の感嘆が漏れる最中────。思わず目を丸くした。
静かな表情の姫カットロングの綺麗な女生徒。
「……私は夕夏ヤマミ」
思わず体が震えそうになる。今すぐ駆け寄って抱きしめたいくらい狂おしい感情が湧き上がる。
しかし目の前の同じ姿をしているヤマミは、前の並行世界のヤマミとは別人だろう。
おそらくこちらの事情は知らない。
避けるべきか? それとも一からやり直すべきか……?
タタタタッ!
事もあろうか、驚く先生や生徒を尻目にヤマミはこちらへ駆け寄ってきた。そしてオレの両手を取り合い、微笑みの顔を見せた。
「ナッセくん! 会いたかった!」
────え?
閉ざされた屋上。昼飯にご一緒と、ヤマミと一緒に青空の下で揃って腰掛けていた。
「マフラー、ずっとつけていてくれたの?」
「ああ。一生大切にするって誓ったからな。それより……」
笑んでいたヤマミは、静かな面持ちに切り替えて右手の赤い『刻印』を見せた。
「ごめんなさい。前の世界で、会えなくて…………」
「え? こ、これって……?」
「私のお父様、いえ父こそが恐ろしい敵だったの! だから私は殺された」
「え? ええ──っ?」
四首領ヤミザキ。世界に名を轟かす四人の内の一人。
それこそ夕夏家総統として国内に大きな影響を及ぼしている。その娘がヤマミだったのだ。
鳥籠のような制限された所で育てられたが、それは同じ人として育てられていなかったのだと言う。
「私も『より強い子孫』として望まれ、それが叶わぬならば『間引き』されて魔法炉代わりにされる。つまり殺される。そう、私はあなたと別れた後、しばらくして──…………」
広々とした円形の安置所。そこでは放射状に黒い棺桶が数え切れないほどに並んで置かれていた。その中心でヤミザキとヤマミは向き合っていた。
厳かな雰囲気でヤミザキは、半握りの手でヤマミへ近付けている。
「お前にはやはり才能がないようだ。悪いが我が夕夏家の未来の為に犠牲になってもらおう」
「お、お父様ッ……!?」
ヤミザキはヤマミの首を掴む。
ズズズ、と赤い稲光がヤマミからヤミザキへと流れていく。
「ああ……あ……………!」
力と命を全て吸い取られていく。絶望に苛まされる最中、脳裏に愛おしいナッセがよぎった。それさえも底知れぬ闇へと意識は深く沈んだ。
コトリ、と仰向けにヤマミは事切れた。
静かに眠るようにヤマミは花に囲まれて黒い棺桶に入れられて、蓋がゆっくりと閉まっていく。ヤミザキは何食わぬ顔でこの場を後にする。
そして真っ暗闇に灯りを消され、安置所は完全に静まり返った……。
すると黒い花びらを散らし、黒いドレスを纏った艶かしい魔女が軽やかに降り立つ。
暗めの長い金髪がフワリと舞う。
「はろぉお~! 私は漆黒の魔女アリエルよぉ~!」
妖しげに笑み、流れるように懐から『種』を取り出す。演舞のように優雅にくるくる踊りながら、とある棺桶へ近づくと『種』を落とす。
それはチャプンと蓋をすり抜け、ヤマミの体内へ沈んでいった……。
「ヤマミちゃん。また会いましょうねぇ~~。こきげんよぅ~~」
顔を傾げ、ゆらゆらと優雅に手を振る。
冷淡に笑む黒き魔女は、旋風を巻く黒い花吹雪に包まれ忽然と消えた。
死んでいたのに、目も閉じていたのに、棺桶に入っていたのに、何故かそう映って見えた。
それからしてヤマミは長い時間をかけて再び新しい命を授かった。
「……生き返った?」
ヤマミは頷いてきた。
この話には驚かされた。だが、にわかに信じられない。
「漆黒の魔女アリエル」
「ク、クッキーさんとは違うのかぞ!?」
「……あなたも?」
ヤマミもパチクリと驚きを見せた。かいつまんで、こちらも魔女クッキーの事を話す。
すると同じ魔女でも二人は容姿も性格も違っているように見えた。魔女はもしかしたら他にも存在するのかもしれない。
しかし漆黒の魔女は興味本位のように『種』をヤマミに埋め込んだだけだ。
何のために…………?
「それより、なんでオレのいる並行世界へ??」
そうなのだ、気の遠くなるような数多ある並行世界の中からオレのいる所を探し当てるなんて、それこそ浜辺の中の砂粒一つを探し当てるより難しい。
しかしヤマミは冷淡に笑ってみせる。それが艶かしく思えた。
赤い刻印を左指でツンと触れる。すると赤い刻印は黒に染まり、パラパラと剥がれて虚空へと流れ去っていった。
今度はパシュンと魔法少女に身を変える。
思わず緊張が走って、即座に辺りを見渡す。しかし敵影はおろか気配も感じない……。
「……何が??」
「話は後! 行くわよ! 『刻印』で防御はやく!」
「え?」
唐突にこちらの手首をグイッと引っ張り、素早く屋上を飛び立った。
ビュゴォ────────────────ッ!!
まるで飛行機のように、大気を鋭く切り裂きながら広い大空を超高速で突っ切る。次第に遠のいていく町は山脈へと変わり後方へ景色が流れてゆく。それでもヤマミは止まらない。
「うわあああああああ!!!」ビリビリ……!
咄嗟に刻印を展開して防御力上げてたからいいけど、それでも超高速移動の際にかかる凄まじい空気抵抗が体を圧迫してくる。それに加え、気圧の関係で凍てつく空気も痛い。
ドズオオォォォォン!!!
途端に、向こうの自分がいた町から赤々と爆発柱が下から膨らんで空まで一気に噴き上げた。あっという間に空は赤く染まった。
え? ええ? な、何が起きた??
つーか、當山県消し飛んでるレベルだぞ……。
「やっぱり! あのバカ親父、キレると辺り一面焼き尽くすんだわ!」
「いや、何がどうなってんの?? なになに? 説明してッ!?」
「普通、赤い刻印はねバカ親父以外に消す事はできないの。でも私はなぜか消せる。
……で、消す前に『夕夏家って異世界にリベンジするために用意周到に準備してるみたいだけど、何百年経っても全然挑戦しない臆病者は、プルプル震えて屋敷に引きこもってなさいバーカ!』ってね!」
えぇ……。っていうか、そんな過激な言い方するんだなぞ…………。
「こっちで突然刻印消したから、私のいる場所が分からなくなったの。ざまぁでしょ!」
「いや……。つか、どこ行くの??」
広大な大海へ飛び出してもヤマミは一向にスピードを落とさない。
「海外!」
「え? ……お、おい! おい!?」
しばらく数時間すると、ようやく見えてきた小さな島国に降り立った。
そのまま手際よくホテルへチェックインして、相部屋を取った。その際にヤマミさん英語ペラペラだったぞ……。すげぇ……。
あっという間に広い相部屋に着いて、呆然。
大窓から覗く景色は壮観だった。綺麗な砂浜と青い海。キラキラとウロコ状に反射光が煌く。
「ハ、ハワイィ~??」
怒涛の展開過ぎてついていけないぞ。
ヤマミさんってすっげぇ行動力だなぞ……。あんなパワフルに駆け落ち…………??
するとギュッと背中から抱きしめてくる。
すげー会いたくてたまらなかったとばかりに、ヤマミからの強めの抱擁。懐かしい香りと温もりに思わずドキドキする。何分か経ってから、ようやく離れた。
振り向くと、頬を赤らめさせて流し目を見せるヤマミの表情が視界に入った。
どきっと、心を奪われるような魅惑的な美人顔……。
「ナッセ! 本当に嬉しい! また会えて良かったわ……!」
あとがき雑談w
ヤミザキ「うわーん! 聞いて聞いてー私の娘が反抗期になったよー」(泣)
ヤミコ「だからって、国消し飛ばすのはやりすぎだわさ」
ヤミザキ「だってさー。なんでか私の目的知っちゃってるしー」(泣)
寝室でヤミザキは赤ん坊っぽく、妻ヤミコの膝枕に寝転がって甘えていた。
ヤミコ「でも、言うようになったわさ。それでこそヤマミってかしら」
ヤミザキ「えーん、こっち頑張って準備してるのにー!」(泣)
ヤミコ「はいはい。しょうがないでちゅーねー」
ヤミザキ「でもでも異世界怖いんだもん! ガチで怖いんだもん! でも頑張って勇気出さなきゃ……」(泣)
ヤミコ「うんうん。よしよしー」
ヤミザキ「うわーん! ばぶばぶー!」(泣)
第一子息子コクアはそれを扉の隙間から偶然聞いてしまった。
コクア「…………」(愕然)
聞かなかった事にしてトボトボと去っていった。
後に、いつも威厳溢れるヤミザキを見ながらコクアは「裏では母にオギャッてるんだろーなー」と思うのだった……。
ヤミザキ「異世界へのリベンジ、明日こそ本気出す!」キリッ!
ヤミコ(いつも言ってるぅーw キャハw)
※本編とキャラが違っていますw
次話『ハワイで二人きり……//// きゃっ/////』