11話「日本橋へ初デートぞ!?」
トイレの白いシンクにボタボタと滴り落ちた赤い液は中心部の排水口へと流れゆく。おじさんは前屈みにゴホゴホと咳き込んでいた。霞んだ目で真紅に染まったシンクを見下ろし、苦しそうに息を切らす。
おじさんこと彼は藻乃柿ブンショウ。
今の時代を遥かに超える高度な文明で作られた施設を担当する先生だ。
「まだ……まだまだ! 私は……私はっ、生きねばならん!! これから先をっ……!」
混濁する気持ち悪い気分と駆け巡る激痛。ただただ続く絶望に苛まされながらも、藻乃柿は諦めぬ言葉を吐露する。
拳を作りギリギリと震わせるほど握り締めた。
もう彼に残された時間は多くない。不治の病に冒され、延命の薬や鎮痛剤でその場その場を凌ぎきっていく毎日。それでも死の足取りは着実に忍び寄ってきていた。
彼の脳裏には可愛い愛娘と最愛の妻。──そして掲げる自分の夢。それだけが絶望を拭ってくれる。
「大丈夫かね? 藻乃柿さん」
「……出薄校長」
霞んだ目で振り向くと、心配そうな顔をした初老の校長先生がいた。
「前にも言ったが藻乃柿さん。例え、自分の命が幾許もないとしても、世界や生徒を犠牲にしてまでも『夢』は叶えるべきではないのじゃ!」
藻乃柿は強く睨み据え「大人しく死ね、と言うのか……!?」と低く唸るような声で吐く。
「人間は万能ではない。そして万能にはなれぬ。人それぞれに人生があり、各々が待ち受ける運命を受け入れ、死ぬまで懸命に生きる。君のような人もいる。……それに人の道を外れてまで生き延びたところで主の妻子は喜ぶまい」
「偽善だな!」
「…………かもしれん。じゃが」
「いいか!? 私には叶えなければならぬ偉大な『夢』がある! そしてそれはひいて人類のためになる!
あの『空想』の力を有効利用して、遥か遠き星の世界へ届くために! 更に次元を隔てる外界へ飛び立つために!!」
既に狂気の目に染まっているのを見て、出薄校長は冷や汗を垂らし目を細め、懸念を抱く。
「だからこそ、今期の生徒から生まれるであろう『運命の鍵』所有者を必ず見つけ出す!!!」
狂気に満ちた笑顔。口から垂れる真紅。底知れぬ絶望の最中もがいて一縷の望みに縋るべき人の表情だった。
「──『運命の鍵』。それを手にした者の、どんな願いも叶えてくれる。それは世界の常識を覆すことすらできるだろう。不治の病を治し、不老不死すら得られ、人生のやり直しも、異世界転生も、そして死人を生き返らす事も可能ッ……!」
クヒヒハハハハ、と狂気染みた哄笑を浮かべる。
彼が『運命の鍵』とその効力を知っている事に、出薄校長は更に強く懸念を抱く。
地球上で知っている人間は、自分を除けば一人も存在しない。自分以外に知ってるとすれば外界から来たという例の魔女だ。
「……魔女クッキーかね? 君を唆した」
「いや! そんな微温い魔女ではない! 別の、魔女!!」
上目遣いで不敵に笑む藻乃柿。出薄校長はもう一人の魔女の存在に目を丸くした。
五月二〇日────。
夕日の朱に染まる商店街。ここは『日本橋』。賑やかに人々が行き交う。ここは大阪でも有名な地域でもある。
──色々な物が売られている華やかな街だ。
アニメや漫画やキャラのグッズはもちろん、対戦カード、ゲームもレトロなどなんでもござれだ。オタクなら一度は行きたい場所でもある。
大阪で暮らし始めてから、何度か行っている。色んな変わった物を眺めたり、推しキャラのグッズを探すのも楽しい。
……今回は学院の帰宅てがら、リョーコに誘われたんだぞ。
行き交う人が多い最中、リョーコと一緒にあちこち散策していた。
「画材って、ここのアニフレンズがいいって聞いたんだけどどの辺りかなぁ?」
リョーコはキョロキョロ見渡す。
「……それなら梅田のアニフレンズでもいいだろ」
「ううん! 友人から、ここの方が種類も豊富で多くのトーンが並んでるって聞いたの」
「その友人と一緒に行けばいいのに……」
ブツブツと口を窄めたまま愚痴る。
「え──、つれないな──!! 今回はナッセと行きたかったんだよ!?」
本音を言うなら、万歳して喜べるシチュでもある。なにしろ金髪おかっぱの美少女とデートみたいな事ができるのだ。
でも、なかなか素直になれないのがもどかしい。
「仕方ないなぞ」
「む~~! こんな美少女と一緒なんだから、喜ぶべきー!」
「自分で言うか……」
ジト目でリョーコを見やるのだが、やはり明るくてはきはきしている女性は魅力的だ。それに肌の色や体のラインも美しい。そして胸部の大きな膨らみが、垣間見える谷間が、甘美的に視線を誘うぞ。
……はっ! そ、そんな目で見るわけにはいかないんだぞ!!
「そういえばニュース見てる?」
ほっ! 気付いてなくてよかった。気付いてたら、絶対からかってくる!
胸とか見ないようにしよう……。
「いや……。アニメとか見るけど、それ以外は」
「え~~? ちゃんと見たほうがいいよ──?」
「そんなんネットで見れるだろ……。あとヤッホーのHPでも記事出てるし」
ジト目で拗ねるような感じで呟くが、リョーコは構わず次の話題を繰り出す。
「でねでね、なんか世界中で動物が減っていく事件起きてるみたい」
「……密猟か?」
「分からない。けど、なんか動物だけじゃなくて虫も鳥も魚もぜーんぶみたいだよ?」
「それは妙だなぞ……」
そういえばネットでもそういう話題がちらほらあったなぞ。
人間に限らず動物すら含めて行方不明になる事件。でも原因は分からず政府も専門家もお手上げだったぞ。これも『空想』と関係しているのか、まだ分からない。
ネットでは自然汚染の影響、宇宙人の密猟説、方舟選別、世界滅亡の前触れ、色々と諸説が飛び交っているが信憑性としては低い。
ただ気になるのが、創作士の行方不明と同じ事件かどうかだ。
もし同じだとすると無差別に行方不明になってる事になるぞ。いなくなったそいつはどこに行く?
いきなり存在ごと消滅するのか? どっかに転移されるのか? 最悪殺されて処理されたのか……?
「うへ~~~~!!! ひっどいです~~!!」
どこからか声が飛んできた。その方向を見るとビルとビルの間の小さなゲーセンだった。壁もなく室内剥き出しにクレーンゲームなどが置いてある所だ。
ケースの中でクレーン動かして景品をゲットするというワンコインのゲーム。
それに頭を抱えて悶絶していた人がいた。あれは……、
「和久モリッカ!」
「え?」
リョーコは自分と同じ同級生だと驚く。覚えていないのかぞ……。
「入学式の自己紹介で聞いただろ!?」
「そ、そうだっけ?」歯切れの悪いリョーコは目を泳がせた。
ともかくモリッカの様子から察するに、クレーンゲームで景品が全然取れないって感じだろう。あの手のゲームはよほどタイミング良くいかない限り中々取れない。
次々とコインを投入しては、クレーンで掴み損ねて悶絶する、その繰り返しだ。
「むむむ! こうなったら、トコトンやってやります~~!!」
真面目な魔法使いぽい見た目に反して、割とムキになってめり込むタイプか?
呆れ気味にジト目で見ていたが、なにか店の様子が違う。
向こうの店員さんが二人ニヤニヤしている。妙だな……、まるでゲットは不可能と確信しているように見えるぞ。怪しい……。
「はあっ!!」
モリッカは気合を発すると、ドウッと全身からバーナーのような激しき光を噴き上げた。
まるで格闘漫画でよくあるオーラ噴出。いやそれはあからさま過ぎだろ……。つかこいつ魔道士のクラスだったよな?
「ねぇねぇ魔道士ってオーラ出せるの??」
リョーコはオレのマフラーの裾をぐいぐい引っ張る。
「普通はないぞ。そもそもオーラはSPから供給して放出する生命エネルギーだぞ。比較的簡単にできる代わりに物体や身体の強化や物理的破壊にしか使えない。つーかそれが限界。
逆に魔法力は杖や言葉、刻印など媒介を必要とするが、MPから供給される精神エネルギーで様々な特殊効果を生み出せる。従って魔道士は身体能力が弱くMPが多い傾向にあるから、普通は魔法を使う事が多いが……」
「はああああッ!」
意気込んだモリッカは、クレーンを手早く操作し、狙った景品をガシッと堅く掴む。これまでのように取り落とさず、そのままゴールの穴へストンと直行落下させた。
「やった~~~~!!」
モリッカは無邪気に飛び上がった。
「へへ」と嬉しそうに、景品であるフィギュアが入ったケースを手にして眺める。
タイミング自体は良かったせいか、今までが嘘のように次々とゲットしまくっていく。
そしてモリッカの足元に景品がどんどん積まれていく。
「なん……だと……!?」
その様子にさすがの店員も呆気に取られ、次第に焦燥を帯びていく。やがて青ざめるまでになる。
さてはオーラでクレーンゲームを覆って性能強化してるな。ズルもいいとこだが、それ以上に……、
「……やっぱ景品がゲットできないように小細工している。……違法だ」
状況を把握し、目を細めながらマフラーで口元を隠す。
片っ端に景品が取られていくのを黙っていられず、店員は体格の立派な黒服の男を二人従えて、ズカズカとモリッカに詰め寄る。
「て、てめぇっ!! 何してくれんじゃァァァァ!!!」
激昂するままに、モリッカの胸ぐらを掴み上げる。
「え、あ! ちょっと! 助けなきゃ!!」
「ああ!」
同じクラスメイトの生徒、このまま放っておけないぞ!
リョーコと一緒に急ぎ足で向かう。
あとがき雑談w
モリッカ「けひゃひゃw 違法のゲーセンで狩るの楽しいですw」
噂では違法のゲーセンが次々潰れていると裏社会で噂になっていると言う。
しかも違法の店員さんも行方不明になるとか?
真相は一体?? 次話で明らかに??
次話『店員さんが変身?? まさかの真実!?』