116話「追憶! 並行世界を跳躍する男!」
見慣れた工場では機器とコンベアが稼働し、振動音が響いてくる。
同じ作業服を着た無個性の社員が各々の役割を背負って、黙々と作業を続けていた。
「お前はクビだ! 来月から来なくていい」
「え……!?」
冷たく突き放すような仏頂面の上司。そして周りの冷淡な社員。……労いの言葉すらない。
血の気を引き、視界が遠のいていくように錯覚した。
スマホでフレンドグループにこれまで起きた事の愚痴を書き込んだ。
するとオカマサからは「ははっ。当然だね。努力が足らない糞餓鬼にはお似合いの末路だ」と心無いコメント。
ドラゴリラからは「オカマサの言う通りやね。それに無職ごときに愚痴書かれても面白くねぇわ~。ウザいから出て行ってもらうかんね」と返信され、グループを追い出される事でトドメを刺されてしまった。ついでにブロックまでされた。
たった今、少ない友達を失ってしまった。
全身から気力が抜けていく……。その場で膝をついて項垂れてしまう。
……オレは間違っていたのか? 全部オレが悪いのか!?
重い足取りでトボトボ夜道を歩く。惨めすぎて涙が溢れる。
友達はおろか恋人も仕事もないないの尽くし。もはや将来に明るい夢を見い出せない……。
その瞬間、視界の横から白光が飛び込む────……。
ドゴンッ!!
気付いたら、真っ暗闇の世界で一人突っ立っていた。
足元を見れば、方眼線が地平線にまで敷き詰められた透明な床……。
この世とは思えない奇妙な場所だ。
「ここは……?」
《量子世界だよ。時間や空間による制限がかからない特異な世界。キミには初めてかな?》
脳に響く声に、キョロキョロ見渡すと、暗闇の空を流れ星が一つ弧を描いて、こちらへ急旋回して飛び込んでくる。
パッと視界に眩しく溢れ、思わず目を瞑る。
徐々に目を開いていくと、目の前に神々しく光輪を纏う銀の鍵が浮いていた。
「この鍵は……?」
ってか、異世界転生の定番なら女神様じゃないのかぞ?
《おいおい、失礼だなぁ》
「えっ!? 心読まれた!?」
《ふっふっふ、キミと縁があって繋がったのさ。喜べー、異世界転生どころか、もっと凄い事できるぞー?》
……ってかコイツ、神様? 心読めるとか嫌だなぁ。
でももういいよ。散々な目にあって、それどころじゃないし……。
《紹介が遅れたね。私は『運命の鍵』。どんな運命も変えられる可能性を持った神器さ。キミはどんな運命を望みたい?》
そう言われて、沈んだ気持ちのまま俯いてしばし考える。
現実、さっきまで単調な仕事ばかりの夢のない勤務を続けていて辞めさせられた。更に追い討ちと数少ない友達に見捨てられた。
正直言ってこの夢が覚めても、お先真っ暗だ…………。
《夢じゃないってば! ……信じてないなぁ》
これまで妄想してきたファンタジー世界が脳裏を走る。
癒される瑞々しい自然。各地で様々な風習や文化を持つ町。心を許せる頼れる仲間。そして自分に好意を持ってくれる可愛い美少女……。
それは退屈で夢のない空虚な日常に打ちひしがれる事なく、子供の頃のようなワクワク感が持てるような夢のある異世界。
もし実現できるなら────────……!
グッと込み上げる僅かな気力。鍵を見据え、口を開く。
また裏切られるかもしれない。けど────!
「オ、オレはワクワクできるような異世界へ行きたい! できるか!?」
《イエーッス! 了解したー》
軽っ!?
言うが早いか、鍵はオレの胸元に先っぽを挿し込んできた。まるで水面に触れたかのように波紋が広がり、深く埋めてくる。そしてガチャリとなにか開く音がした。
すると唐突に暗転し、気付けば床に巨大な時計が現れていた。針の代わりに鍵が一本と、放射状に囲むように等間隔で並ぶ時字まで現れていた。
そんな奇妙な光景に、思わず言葉を失う。
「な、なに……これ……!?」
やがて鍵はチッチッチと反時計回りに刻み始め、それは次第に加速していく。すると時字は螺旋階段のように下へと続き、鍵もぐるぐると追いかけていく。それに伴い周りの風景が下から上へと流れてゆく。
すると自分の体がどんどん若く肌が潤っていく。
「過去へ……遡っているのか!?」
《キミはもう死んでるし、また人生をやり直すしかないよ》
「ええ、死んだ? いつの間に? ってかやり直す?? 嫌だよ!」
《……ふふっ! トラックに跳ねられて死んだの気付いてないんだね。でも今度は違う並行世界へ渡るから、以前とは微妙に世界が変わってくるよ》
「そんな……唐突に死んでるとか…………!」
ふよふよ、無重力のような浮遊感を感じる。
オレ自身からキラキラと光飛礫を撒き散らされている。徐々に身体は子供へと若返っていく。
────暗転が明けた。
火山がドーンドーンと爆音響かせて噴火しまくっていた。
生い茂る原始森林。荒廃した文明の都の残骸。それを闊歩するは大勢の恐竜。
……時代を間違えた!?
サバンナのような草原の上で、唖然と突っ立つオレ。
物心ついたら、転生したという記憶が蘇ってきた。そして今の現状に驚いたのだった。
「グルルルルル……!!」
ドスドス、歩み寄ってくる巨大な肉食恐竜。血眼で睨んできて、大きな牙が並ぶ口が開かれ。恐怖に体が竦む。
「あああああああああああ!!!!」
ガムシャラに逃げ出すが、ドスドスと追いかけてくる大きな足音と振動はむしろ近づいてきている。
な、なんでイキナリ映画みたいな世界にぃぃぃッ!?
ガブー!
「ギハ────────────ア!!!」
《速攻食われて死んだね……。まさに弱肉強食ッ!》
「説明しろい!」
浮いている『運命の鍵』に、ジト目で見やる。
さっきの並行世界は、絶滅した恐竜のクローンを生み出してテーマパーク作ろうと思ったら暴れだして、そのまま大繁殖を伴って勢力拡大。人類はそれに歯が立たず蹂躙されて文明崩壊してしまったらしい。
まさか映画のような世界を体験するとは思わなかったぞ……。
「ひどい! こんな世界行きたくなかったよ! ウソつきー!」プンプン!
《まぁまぁ、説明は終わってないよ》
どうやら並行世界とは上下左右細胞で積み重なったような形で無限に等しい数で存在している。普通ならランダムで隣接している並行世界へ転生を繰り返し続けるらしい。
だが、こっちは意図的に同一人物のまま記憶を持ち越しながら遠くの並行世界へ跳躍したらしい。
そうでもしなきゃ、延々と同じような世界で似たような人生を繰り返し続けるっぽい。
《今のキミのレベルでは望む並行世界へ一気に渡るのは無理! だから、あちこち並行世界へ刻みながら遠くへ転生し続けるしかないのさ》
「え、そんな!? スパッと異世界いけないのかぞっ!?」
《本来なら恒星間航行よりもずっと難しいよ? 魔法が当たり前な世界ってだけでも、約一二〇〇澗もの並行世界を飛び越えなきゃいけない》
「澗……!?」
聞き慣れぬ数字の単位だ。
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭、穣、溝、澗……だったっけ?
《恐竜の世界は元いた並行世界から三六兆四六〇〇億も離れてるんだよ?》
「そんなに…………!?」
《さぁさぁ、次行こか────》
軽いなぁ……。神器って、そういうキャラかぞ??
しかしオレのレベル次第で願いを叶えているとか、イマイチな性能だぞ。
ってか、こりゃとんでもない旅になりそうだぞ……。
ギャルルル、と時計の針のように鍵が反時計回りに螺旋状の時分を延々と下っていく。
────今度は元の世界から、八七垓一四五〇京先の並行世界。
なんか北極南極の氷が全部溶け出して、陸地が全部で一〇%しかないという環境になっていた。
日本は当然沈没してて、その上を海上都市として築かれていたぞ。
なんかガラスと鉄骨で構成されるピラミッドのような防波堤の中に都市があるという近未来的な感じ。
オレはと言うと……、たゆたうボートの上で海上ぼっちになってる。
「……ここでもぼっちかよっ!」
はぁ、と遠い目で広々とした海上と青空を眺めて、風に当たる。
すると空からイキナリ隕石が尾を引いて落ちてきた。ものすごい轟音を立てながら高い大津波が噴き上げられ、ピラミッド都市が呆気なくドーンと木っ端微塵に吹き飛ぶのを見て青ざめた。そのまま天高い津波はこちらにも押し寄せる。
「ギハ────────────ア!!!!」
ドババババ────ン! 意識は途絶えた。
移ろいゆく万華鏡映る量子世界で、オレは鍵に詰め寄った。
「なぜ滅亡するのばっかチョイスするだァ────!!?」
《そうでもしなきゃ、早く跳躍できないよ》
「……どうせなら、穏便にして欲しい」
ブツブツ言うオレに、運命の鍵はクスクス笑っているような気がした。
《元いた世界から三〇恒河沙八〇〇〇極までの範囲の世界は、ネガティブ濃度が高いからねー。もちろん遠くへ行けば行くほどネガ濃度は薄れていくよ》
「恒河沙……極…………」
万、億、兆、京、垓、秭、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙……。
めまいがする単位だなぞ。そんな遠いのか…………?
《ホラ、元の世界じゃ「死にたい」と悲観に思う人多いでしょ? それに闘争性が高く、些細な事でもトラブルが起きてしまう。だから人の顔を窺いながら気ぃ張って付き合うしかないのさ。故に人間関係にストレスを感じる人が多いのよね》
それは言えてる…………。
《世界によって、ネガとポジの濃度が変わっているのさ。だからね、自分が悪いって責める必要はないよ》
……思い返せば、色んな人と出会っては傷付け合って別れてきた。
それに彼女ができないのも、恋愛が下手で繊細に相手の気持ちを汲み取れなかったが故のもの。
それらを自分の経験のなさと性根の悪さのせいにして、自身を責めてしまっていた。そして後悔に苛まされた。
好きで争いたいワケじゃないのだ……。
「分かった……ぞ」
《うん!》
鍵に表情を見せる顔はないが、傾いて頷いてくれた。
もう腹は決めた! とことん行くぞっ!!
望む並行世界を目指すべき、鍵は時分螺旋を下っていく……。
「繰り返す。オレは何度でも跳躍を繰り返す……ぞ!」
あとがき雑談w
運転手「うわああああ……、酔っ払ってたら轢いてしまった……!」
トラック「また一人、異世界に送ってしまったぜw」
なんとトラックは時空間魔法の使い手で、轢いた相手を異世界転生させる能力があるのだ!
そして実は女神からの使者で、人の手で作られてるようで作らされたのだ!
……ってナイナイw
(ヾノ・∀・`)ナイナイ
次も不思議ワールドが待っていますぞ! 楽しみに!
(`・ω・´)b
次話『究極魔法を会得!? 念願の魔法世界へ!』