5. 客室
この惑星の文化でも入る前には扉をノックするんだと変なところで感心する。ハルちゃんが応えると 男性が入ってきた。なんと髪が緑色だ。結構白髪が混じっていることからお年寄りかもしれない。でも歩く姿はキビキビしていて老人らしさはない。黒のスーツをかっこよく着こなしている。
「■■■■■■■■」
その人は懐かしそうにハルちゃんに話かけた。もちろん私には何をいっているか判らない。ハルちゃんが私の方に手を向けながら相手に何かいった。ハルちゃんの言った中に私の名前が含まれているのが聞き取れたので、おそらく私を紹介してくれたのだろう。その後私の方を向いて、
「神官長のルーバスさん。子供の時にお世話になったんだ。」
と紹介してくれた。
「■■■■ルーバス、■■■■■■■■■■■■」
ルーバスさんが洗練された動作で腕を胸の前に回し、上半身を傾ける敬礼(?)をしてから話しかけてきた。 ショックなことに、この人もメイドさんと同じで緊張しているのが分る、胸の前に構えた手が少し震えているんだ。
なんで?? 何で皆私の顔を見ると震え出すのよ。 私の顔はこの世界の人にとって恐怖の対象なの? そういえば、最初にあったときはお義母様も震えていなかったっけ。いやいや、私、何もしません、無害です、怖くないです。
「『ルーバスです、奥様にお会いでき光栄でございます』だって。」
えっ、今奥様って言ったよね。私のことだよね、 私奥様だよね。昨日結婚式を挙げたんだから奥様でおかしくないよね。うん、いい響き。でもなんか恥ずかしくて顔が火照る。いきなりニマニマし始めた私を怪訝な目で見つめてくるルーバスさん。うん、ゴメン、何か失礼なことをしたかと心配させちゃったかな。私怖くないからね~。
ルーバスさんは神官長なんだからとっても偉い人だと思うんだけど、そのルーバスさんに手が震えるほど緊張される私って何なんだ。ハルちゃんはこの世界女神ルーテシア様のご子息。私はその奥さんだからなのかな。
もっとも、地球ではハルちゃんも私もただの平社員。
なぜ女神ルーテシア様の息子であるハルちゃんが地球にやってくることになったかというと、ハルちゃんの魔力量が限りなくゼロに近いことと関係がある。この世界の人は多かれ少なかれ魔力を持っていて魔法が使えるらしい。といっても生活魔法といわれる魔力が少なくても使える魔法がほとんどで、ライトノベルによく出てくる火の玉を飛ばすみたいな攻撃魔法を使える人はほんの一握り。一方でハルちゃんは女神ルーテシア様の子供であるにも関わらず魔力がほとんどなく、魔法が使えないだけでなく、魔力を感じることも出来ない。これはハルちゃんのお父さん(ハルちゃんが子供の頃にお亡くなりになったらしい)が神ではなく普通の人間であったことを考慮しても非常に稀なことらしい。大人になった今であれば割り切ることもできるだろうが、多感な子供時代はそうはいかなかった。回りからの期待と現実のギャップに苦しめられたハルちゃんは落ち込んだ末、地球でいう引き籠りとなり自分の部屋から出てこなくなった。そんな状態が数年続いた後、心配したルーテシア様が地球に送り出したそうだ。地球では神様の方針で魔法を使える人がいないから回りを気にすることなく過ごせるだろうと。なお、地球でハルちゃんが暮らす準備(戸籍や当面の生活資金、住居等々)については地球の神様に丸投げしたらしい(地球の神様も大変だな)。
ルーバスさんは私たちを客室に案内するために来てくれた様で、私たちはルーバスさんの後を歩いて豪華な客室へ移動した。荷物はメイドさんが運んでくれた。
ここはスイートルームらしく入口に近い部屋には豪華なソファーが置かれ、右奥にはベッドルーム、左にはバスルームが併設されている。どの部屋もばかみたいに大きく、設置されている家具も豪華絢爛で私の口は無意識にあんぐりと空いていたようだ。ハルちゃんに指摘されてあわてて閉じる。地球のホテルで一泊何十万円もする部屋があると聞くが、きっとこんな感じなんだろうか。
とりあえず鞄を開き持ってきた服をクローゼットに掛けなおす。鞄に詰めたままだと皺になるからね。大きなクローゼットなので隅の方にちょこちょこと吊るしただけだ。その後、ふたりしてソファーに座り顔を見合わせて、ホッとため息をついた。
「メイドさんに頼みたいことがあったら、そこにある魔道具のボタンを押せば呼べるからね。夕食までまだ時間があるから、お茶とお菓子でもお願いする?」
「ごめん、ちょっと(精神的に)疲れたから、しばらく横になってていいかな。」
「あっ、そうだよね。緊張したよね。特に母が...ごめんね。」
「大丈夫、大丈夫。」
と話していると、先ほどのお義母様との会話を思い出した。 いや忘れていた訳ではない、あまりの内容に本能が考えることを拒否していたんだ。ホッとしたとたん、そのとんでもない内容に漸く理解が追い付いてきた。
「ね~~。私が神様のはずないよね。」
「いや。僕にも判らないけど、母さんの言うことだからな~~~。」
「私、生まれも育ちもただの一般人。両親も普通の人だよ。霊感もないし、今まで不思議体験なんかしたことないよ。」
「そうかもしれないけど、僕には何とも言えないな。でも気にすることは無いよ。神様であろうが無かろうがトモミはトモミだよ。神の力も使えないんだから。一週間後には日本に戻っていつもの様に会社で仕事してるさ。」
「そうだよね....。」
「お義母様が別の惑星へ行ってしまうと、この世界は滅ぶの?」
「あくまで滅ぶ可能性があるというだけさ。」
「滅ぶとしたら原因は何?」
「一番考えられるのは自然災害かな。母が居なくなると大地震や異常気象が発生する可能性が高いから、それとそれに伴う飢饉や疫病の発生が怖いかな。 国家間の戦争も起きるかもしれないけど、地球の歴史をみれば分る様に、それで全人類が滅ぶということは無いと思う。もっとも、いくつかの民族が絶滅する可能性はあるけどね。」
「お義母様が居なくなるとなぜ自然災害が発生するの?」
「この惑星はまだ若くて安定していないからね。何もしないと自然災害が頻発するんだ。 母が災害が発生する前にエネルギーのバランスを整えているのでかなり頻度が下がっているんだ。でも母がいなくなると元の状態に戻っちゃうからね。」
「そうなんだ。」
「でも、母が居なくなったらいきなり絶滅するわけじゃないよ。それこそ何百年、ひょっとしたら何千年単位での話さ。」
「........」
「やっぱり私しばらく横になるね。ハルちゃんはどうする?」
「それが良いかもね。夕食までやることもないし。その間に僕は昔お世話になった人達に挨拶してくるよ。」
私は部屋を出ていくハルちゃんを見送ると寝室に移動した。
「ハーッ、でかい!」
キングサイズの倍くらいありそうなベッドを見て思わずつぶやいた。このベッドに小柄な私が横になっているところは、子供が両親のベッドにもぐり込んだ様に見えるだろうなと余計なことを考える。
私はベッドに仰向けに横になり目を閉じた。疲れているのは本当なのだが、ハルちゃんに横になると宣言したのは、ひとりで考えたいことがあったからだ。実はお義母様が私の魂を探査したとき、私にも何か見えた気がするのだ。直径10メートルはありそうな大きな球形で全体から虹色の光を発していた。あれが私の魂なんだろうか。だったら嬉しいな。とても美しい。あれが自分の魂だったら自慢できるかも。
私はベッドの上でヨガの死体のポーズを取り、精神を集中して瞑想に入る。実は昔ヨガ教室に通っていたことがあるのだ(もちろんダイエットが目的、効果が無いからやめちゃったけどね)。
しばらく集中していると、頭の中に先ほど見た球体が浮かんできた。よく見ると球体からはからは柔らかそうな触手みたいなものが何本か私がいる方向に突き出している。球体から2~3メートルくらいまでははっきりと見えるのだが、その先はぼやけてどこにつながっているかは判らない。ただ、その内の一本、掃除機のホース位の太さのものが途中で直角に曲がっているのに気付いた。お義母様はインターフェースが曲げられているため魔力が亜空間に放出されていると言っていた。あれが魂と身体を繋ぐインターフェースなんだろうか。何かイメージと違うけど、あの触手を真っ直ぐにすれば正常に戻るのかな。触手の先端を手で持つイメージで引っ張ってみる。うん、びくともしない。まあ、この球体も触手も単なる私の想像である可能性も強いんだけどね。触手は軟体動物の一部みたいな感じで握ってみると少し弾力がある。柔らかそうなのに一生懸命引っ張ってみるがやっぱり1ミリも動かない。 めげずに何度も引っ張ってみるが結果は同じ。頑張ってみるが、だんだんと集中力が落ちてきた。
段落1行目の字下げが反映出来ていなかったので修正しました。