20. 襲撃
翌朝、パンとスープだけの朝食を取った後私たちは待機所を出発した。まだトロクに到着するまで2日あるのか。すぐに瞬間移動で飛んでいきたいけど、そんなことしたら行方不明ということになって、御者さんや他の乗客に迷惑を掛けるのは間違いないだろう。ガマン、ガマンだ。みんな移動には苦労してるんだと実感できただけ良しとしよう。
それは昨晩熟睡できなかったのと、代わり映えのしない景色にうんざりして、つい、うとうとしていた時だった。突然馬車のなかに女性の悲鳴が響き渡った。驚いて目を開けると馬車の床に矢が1本突き立っていた。窓から飛び込んできた様だ。カトリーさんのメイドさんが泣きながら何か叫んでいる。メイドさんの視線を追うと、何か赤いものが...。
それを見た瞬間、意識が完全に覚醒した。カトリーさんの胸が血で真っ赤に染まっていた。矢が1本深々と突き刺さっている。思わず立ち上がろうとした時、更に1本窓から飛び込んで来て馬車の内壁に突き刺さった。馬車が攻撃されている!
とっさに馬車の周りに防御結界を展開する。これで矢の攻撃は防げるはずだ。私は立ち上がりカトリーさんの傍に駆け寄る。意識は無いようだ。まずい、矢が肺まで届いているのは間違いない。このままでは呼吸困難で死亡する。カトリーさんの前でオロオロしているメイドさんを押しのけ、治療魔法を発動すると同時に瞬間移動の魔法で胸に突き刺さった矢を除去する。
治療の間も馬車の外で カン、カンという乾いた音がする。恐らく飛んで来た矢が結界に弾かれる音だろう。
この時点になって漸くこの矢がどこから飛んで来たのかということに考えが回った。窓の外をみると馬に乗った一団が前方と側面からこちらに迫りつつある。こいつらが矢を射かけたのだろう。カトリーさんの回復を確認すると私はハルちゃんに小声でささやいた。
「ハルちゃんどうしよう?」
ハルちゃんは、あたふたとして何も言ってくれない。まあ、ハルちゃんらしいけどね。ハルちゃんに咄嗟の判断を期待してもだめだ。
たぶん彼らは強盗だ。馬車の乗客から金品を奪おうとしているのだろう。警告もなしに矢を射かけてくることから考えて、乗客の生死はどうでも良いらしい。 最近、辺境では治安が悪くなっているという噂は本当の様だ。
仕方がない。少々荒っぽいがやるしかないだろう。私は窓から首を突き出し御者さんに声を掛ける。御者さんに怪我は無い様で安心した。
「結界を張っているので相手の攻撃はこちらに届きません。このまま突っ切ってください。」
御者さんは決心が付かない様だ。そうだよね、結界は透明だから目に見えない。私の指示は、前方から迫ってくる一団の懐に突っ込めと言っている様なものだ。
突然結界に火の玉が衝突して弾ける。攻撃魔法を使えるやつがいる様だ。だがタイミングが良い。これで御者さんにも結界の存在が認識できたはずだ。
「大丈夫ですから、このまま突っ切ってください。」
再度言葉を掛けると、御者さんは納得した様で、馬車の速度を上げた。前方の集団はそのままこちらに突っ込んで来る。
結界の存在は分るだろうに何をしてるんだ。早く逃げて! と心の中で叫ぶ。 だが、私の願いも空しく前方の集団は結界に接触した。馬ごと跳ね飛ばされる強盗達。結界は前方から来た強盗の約半数を跳ね飛ばし、馬車はそのまま通り抜けた。
強盗達はあきらめたのか追ってこなかった。負傷した人の手当をしてくれていると良いのだが。
馬車はそのまま昼食抜きで走り続けた。馬車の中は強盗の恐怖が続いているのか皆無口だ。日暮れになって漸く停止する。私は腹ペコである。御者さんとしては少しでも先に進みたい様だが、さすがに馬の体力が限界らしい。明日の朝までここで休憩となった。例によって簡単な夕食をとり、女性陣は馬車に、男性陣はテントに引き上げる。もちろん男性陣は交代で見張りだ。
「お嬢様の命を助けていただきありがとうございました。 それに、あれだけの傷が跡形もなく綺麗に治ってしまうなんて、まるで奇跡の様です。」
とメイドさんのひとりが感極まった様にお礼を言ってくる。
「タチハ様の様な優秀な魔法使いが同乗して下さっていたのは、女神様の采配に違いありません。本当にありがとうございました。トロクに着きましたら是非私どもの主の屋敷にお越しください。主もお礼を申し上げたいと言うに違いありません。」
「ええ、是非お越し下さい。 心ばかりですがお礼をさせていただきます。」
カトリー様からもお誘いを受ける。
「いえ、私なんか大したことはありません、今回はたまたまうまく行っただけです。 それに、お礼ならアレフさんのことを教えていただいてます。とても助かりました。」
と返すが納得してくれそうにない。カトリーさんの胸の傷を傷跡も残さず治したのがまずかったらしい。すごく感謝されてしまった。結婚前の女性の胸に傷跡が残ったら、そりゃあ気になるよね。結局トロクに滞在中カトリーさんの屋敷でお世話になることで押し切られた。




