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昼間原狂騒・嚆矢 - 17

やがてガチャリと音をさせて、鍵が回る。

鍵はどちらも正解だったのだ。

かがりはまだ疑いつつも扉を握り、軽く力を込めて押す。これといった抵抗もなく、扉は開いた。ユウが興奮のあまりその場をぐるぐると回りながら、早く逃げようと急かしている。


「あ、ああ……」


兎にも角にも檻から這い出したものの、疑問は膨れ上がるばかりだった。

この部屋を去っていく蟻巣塚が、檻の鍵を持っているのをかがりは見ていたのだ。例えスペアキーにせよ、攫った人間を閉じ込めておく檻の鍵を普通同じ部屋に置いておくだろうか。本来は生態飼育用の部屋だと考えれば、利便性優先の面から不用心という程ではないのかもしれないが、今回のように何らかの手段で奪われる危険がある以上蟻巣塚らしくない。

かといって罠を疑おうにも、捕まえておきながらわざと逃がす事でかける罠というのが思い付かなかった。蟻巣塚に目的があるなら、全て檻に入れたままで実行できる。

不自然なのは鍵だけではない。拘束具が揃って急に外れた事も、地下室への扉が完全に閉じられていなかった事もそうだ。

心当たりのある可能性は――。


(霜走さんか……?)


立場上従うしかなかったものの、蟻巣塚のやり方に反抗した舞が、目を盗んで逃げられるよう算段を整えてくれていた。舞は二度、ここへ見回りに訪れているから、こっそり仕込もうと思えば可能ではあった筈である。

蟻巣塚に伝えていたよりも解除時間の早い拘束具を使い、それが解ける頃合いを見計らってごく僅かに扉を開け、彼らを近付けさせないよう会話を繋いで足止めする。真正面からぶつかるならともかく、隠密行動となると専門家である舞が一歩勝るだろう。

これなら、一応の説明はつく。

不確かな推測で寝返りを期待するのは軽率に過ぎるが、かといっておとなしく捕まったままでいても事態は好転しない。ユウを後ろにつかせ、いつでも殴り掛かれるよう体勢を整えて扉へ向かう。

何か、武器になりそうな棒があれば良かったのだが。


扉の向こう側に人の立つ気配はない。

かがりは呼吸を整えると、ノブを握り慎重に手前へ引いた。

特に警報音が鳴り響く事もなく、すんなり開く。

まずは顔だけ出し、上の様子を確認した。人が待ち構えている気配はないものの、相手が相手だけにあまり当てにはならない。

行くぞ、と無言で背後のユウを促し、上を見据えながら一歩、また一歩と階段を登っていく。攻撃なら上段にいる方が有利になるが、人影が現れたら即座に足を掴んで叩き落とせば、眩草以外なら無力化できる可能性はある。


さして時間もかからず、かがり達は一階まで戻った。

暗い廊下には誰も見当たらない。


(どうする……?)


話し合うか、戦うか、それとも逃げるか。

説得できるならこんな事になっていない筈で、戦うなら丸腰でカタンを相手にせねばならず、逃げたところで現状行き場所がない。いっそ笑えてくる程の見事な八方塞がりだが、唯一、後に繋げられそうなのは逃げる事であった。

傍目には従属させた妖狐を使って逃亡となってしまう訳で、同業者に助けを求めるにせよ心象は良くないだろうが、どの道このままでは一方的に都合のいい言い分を許すだけになってしまう。

長々と迷っている時間はない。かがりは脱出する決断をした。

一旦階段の陰に屈み、ユウの耳元で囁く。


「逃げるぞ。家の構造、どこまで見た?」

「全然……でも、俺のいた部屋が外に近いと思う。天井の方から外の光が入ってきてたから」

「たぶん縁側だな……よし、そこへ行こう」


励ますようにかがりに背を叩かれ、ユウが前に立った。

といっても閉じ込められていたのは地下室から最も近い部屋なので、案内するまでもない。

先程ユウが閉じた襖をかがりが開け、ふたりは室内に滑り込んだ。

広い造りの和室は、照明が落とされている為暗かった。畳の上には、ユウが縛られていた紐がだらりと伸びたままになっている。真向かいに見える襖の向こう側が縁側だろう。ガラス戸があっても内側からなら解錠できるし、最悪、力尽くで破れる。

戸を破って、庭に転がり出て、生垣を乗り越えて、走って、走って、走って――それで、どうなる?

確実に手が回るであろうきつねやには戻れない。光安や風香を頼るのは論外だ。

となると数少ない取り引き先を訪ね、窮地に陥っている事を説明し、多方面への通達と助力を乞うか。しかし、ろくすっぽ顔も見た事のない小口の取り引き先相手が、身分証もないままいきなり訪ねてきたとして、その言葉を鵜呑みにする者が果たしているかどうか。

何よりもまず、あの三人を相手にして駅まで逃げられるかどうかが問題だ。

最悪の可能性ばかりが頭の中を巡り、立ち竦んだかのように動くのをやめてしまったかがりを、ユウが心配そうに見上げている。


(……ここまで来たんだ、悩んでいてもしょうがない)


まずはこの部屋を出る。そして外を目指す。

意を決して、かがりは部屋を横切ると襖に手をかけ、音を立てないようそろりと開く。体ひとつ通るか通らないか程度できた隙間の先に、予想通りの縁側とガラス戸、そしてすっかり日の落ちた庭が見える。この先に人がいないかを確認するには、多少なりとも身を乗り出さなければならない。

まずは、左奥から。かがりは息を殺し、襖の向こう側を覗き込もうとした。


「尻尾を出したな。まさか狐を使って脱走とはねえ」

「っ!?」


振り返る。

ニヤニヤ笑う蟻巣塚と静かな目をした舞が、たった今通ってきたばかりの襖を開けて立っていた。そんな、とユウが叫ぶ。足音どころか、襖を開ける気配すらなかったというのに。

だが舞の出自を考えれば、隠形に長けているのは当然だ。下手をすれば最初から室内に潜んでいた可能性まである。だから、こちらに関しては然程かがりに驚きはなかった。脱走劇が上手くいきすぎたせいもあって、やはりという納得の方が強い。

むしろ気になるのは、蟻巣塚の口にした言葉だ。

尻尾を出したなと、蟻巣塚は言った。これが狙いかと思うには思う。

意図的に逃げられるようにしておいて、やましい所があるから逃げたのだと、妖狐を使役し人間に危害を及ぼす危険な奴なのだと、理由付けする手段になるにはなるだろう。


――しかし。


思うのだ。本当にその理由は必要なのか、と。

かがりを始末したいなら、単に今回の敵を追っていて死にましたという事にすればいい。異変に対する内部的、対外的な理由が欲しいなら、それこそ論外だ。無名の小娘ひとりがこれだけの事をやりましたなどと、誰も信じまい。大蛭の生存説の方がまだ説得力がある。

そんな事は、蟻巣塚も承知している筈なのだ。

なのにどうしてここまで、まるで子供が行う苛めのように繰り返しかがりを悪として追い詰めようとする必要がある。

広い人脈を持つでもなく、長い歴史を有するでもなく、研究分野で目の上の瘤になっている訳でもなく、固有の利権を有するでもない、弟子すら持たないたかが町住まいの二流術者を悪に仕立て上げて消して、得られるものは一体何だ。


蟻巣塚が一歩前へ出た。

無表情を保っている舞と異なり、その顔には明確な――明確すぎる悪意が滲み出ている。


「ま、これで心置きなく処断できるってもんだ」

「かがり、逃げて!!」


瞬間、ユウが蟻巣塚とかがりの間に立ち塞がった。

かがりの背後には縁側を挟んで庭がある。ユウでは足止めにもなるまいが、躊躇なく見捨てて即座に身を翻しガラス戸を破れば、庭へ出るくらいは出来るかもしれない。

もっとも前提が前提である以上、それは全く無意味な仮定だ。

かがりは逃げず、蟻巣塚を見た。問うべきではあろうが、今までのように何故、どうしてと繰り返しても意味はない。踏み留まったかがりを戦うと見たのか、ユウが今にも蟻巣塚たちに飛び掛かりそうに牙を剥き出す。


その瞬間、両者が立つ間の壁が吹き飛んでいた。



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